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読書の森

上海ブルース その4




志乃は比較的安全な日本人租界を離れた。

当時の上海は日本を含む帝国主義の列強に事実上支配された形になっていて、その拠点基地を租界と呼んだ。
日本人街などで住む日本人は現地の人と異なる優雅な生活を楽しんでいたようである。

日中戦争が始まった当時、共同租界と仏専租界は抗日運動の拠点となっていた。

志乃は中国人を装い共同租界の片隅に息を潜めて住んでいたのである。


志乃は裏町の小さなアパートに居を構えた。
黒髪を束ね粗末な国民服を纏った志乃は、上海の街に一見溶け込んで見えた。

上海は魔都と呼ばれる程、底の知れない街だった。
危険な一方、素性が知れない女が住んでも別に不思議はない。それが奇妙な安心感となって彼女にあった。


翌年の春、ほのかに甘い花の香りがする夕べ、志乃はガーデンブリッジに佇んでいた。
その側に硬い表情で野々村が居る。
「まだ分からないのか」
低く抑えた彼の声が志乃の耳に痛い。

「金と若い女が欲しい連中がこの街にはウヨウヨいるんだ。
お願いだから帰ってくれ」

長い沈黙の後、志乃が呟いた。
「分かりました。
必ず帰ります。
しかし、その前にお願いがあります。
一度だけで良いんです。私を抱いて下さい」

一生の思いを込めて、志乃は野々村に懇願した。

読んでいただき心から感謝いたします。

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