見出し画像

読書の森

ふるさとは遠きにありて思ふもの

過日、母校早稲田大学を訪れました。学校は連休明け(9/19)から始まるので、私も含む観光客(?)が多いルンルン気分(古い言葉ですね)。
キャンパスはまさに長い夏休み一色でした❣️

何回もお見せしてますが、この写真は学徒動員(1943年)以前に写した早稲田大学キャンパス大隈侯銅像です。母の幼馴染の当時商学部学生から送られたものです。

これが過日反対側から写した大隈さん、私は来るたびに大隈侯が素敵に見えて来ました。
この銅像は大隈侯没後に造られたものですが、ステッキをついてますね。伊達でなく右脚が義足だったからです。
1889年大隈さん51歳の時国粋主義者から銃撃されて片脚を失ってからです。
さぞかし不自由だったと思いますが、それ以降も現役で活躍されてます。座談と食べる事が大好きで、よく自宅に知己を招いては食事会をしてたとか。健啖家でお話大好きな晩年だったそうです。
そして84歳で永眠された。当時としてはかなりの長命だったのですね。

大隈さんは身をもって(中途)障害者でも現役でバリバリ働ける事を示されたと思います。

運とか才能だけでない、不断の努力や中身の強靭さを感じざるを得ません。

早稲田大学もずいぶんと進化(変貌)を遂げています。
前へ前という心意気の強い学校です。
ただし、それを他校のように、それとなくという形で出さないのがここらしい。
まともにぶつかる人が多いと感じます。







ただ不思議な程変わらぬものは、人は変われど脈々と流れているようです。「心のふるさと」です。




私は言わば「勉強バカ」で世間で通る常識も知らない内に婆さんになってしまいました。

限りなく多くの卒業生を生み出したこの学校は、そこら辺の汚い石も光を秘めた宝石もごっちゃ混ぜに提示してくれてます。これを見分けるのが、それぞれの能力なのでしょうね。それから石となろうが宝石となろうが、本人次第です。
、、、、

早稲田大学へ行く途中「私ダメだあ」と痛感した出来事がありました。


高田馬場駅は山手線、東西線、西武新宿線が通ってます。
学生当時の私は、五反田乗り換え山手線で高田馬場、そこから学バス若しくは歩きで通ってました。卒業後も含めて五反田から高田馬場迄の駅順をソラで覚えてた筈なのに、、ショック🤯

過日、代々木経て新宿駅に着いた時「何故高田馬場や新大久保を通過したの?」と思ってしまったのです(新宿-新大久保-高田馬場-目白-池袋が正しい)。
そこで黙ってスマホで確認するのが常識ですが、止せばいいのに新宿駅で降りて、反対回りに乗り、又止せば良いのに車内のおばさん(年下)に「何故高田馬場を通り過ぎるのか?」と聞いてしまった。
おばさんとてもビックリしたらしいけど親切に教えてくれます。
、、、
その後の話はあまりの恥ずかしいので申せません。ああ私ボケちゃったわよ!自己主張ばかり強いイヤーな「嫁かず後家」になってしまった。

これ以上過ちを繰り返さぬうちに「ふるさとは遠きありて」思っておりましょう。
心に誓いました。



ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「エッセイ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事