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透の実家は裕福だったが、寂しい生い立ちをした。
一人っ子の彼を遺し、両親は自動車事故で亡くなった。
育ててくれた叔母夫婦も早世する。
他の人には言ってないが、彼は結構な遺産の継承者と靖子に打ち明けた。
靖子のバイト代位彼にとって痛くも痒くもなかった筈だ。
それでも、それだからこそ、靖子は透の世話を受けたくなかった。
「苦学生だと言っても心まで貧しい訳でない。
割りのいいバイトを一時的にしてるだけだから口出ししないで欲しい」
そう強がりたかっただけだ。
本音を言うと、彼女は透が大好きだった。
「どこか寂しそうな癖に意地っ張り、自分とそっくりだ」と靖子は思ってた。
だから、自立した男と女として付き合っていたかった。
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1月17日の早朝、靖子は何となく胸騒ぎがして早く目が覚めた。
テレビを付けた彼女は信じられない光景を見た。
飴の様に曲がった線路、燃え盛る街、おもちゃの様にへしゃげた家、神戸を襲った大地震は本当の事と思えない。
確か2日前に透は神戸に行くと言っていた。
彼女は透が神戸の何処に何しに行くか知らない。
自分の意固地さが原因で何も聞かずに別れてしまった。
しかし、、、。
しばらくして、彼女はクラスメートから生きている透を見たと聞かされた。
つまり、震災後本人が学生課に現れていると言うのだった。
退学届を持参して。