人気ハンバーガー店も閉店 犯罪が頻発するカリフォルニア州の迷走© Forbes JAPAN 提供
ドジャースの大谷翔平選手も先日のファンミーティングのトークショーでいちばん好きだと答えていた「In-N-Outバーガー」。無数にあるアメリカのハンバーガーチェーンのなかでも、いつもトップ5に入る人気チェーンだが、犯罪のためにカリフォルニア州オークランドの店舗を閉鎖せざるを得なくなったことが全米の反響を呼んでいる。
そして会社としても、閉鎖の理由を「犯罪を抑えられないため」とはっきり声明を出している。
「早くて安くて美味い」で快進撃を続けてきた同社にとって、これが最初の店舗閉鎖となる。
アメリカでは、大都市で真昼間からの組織的な万引き事件が続き、有名な小売店が撤退するケースも相次いでいた。
ドラッグストアの最大手の1つ、「ウォルグリーン」はサンフランシスコのダウンタウンから全店を撤退させ、スーパーディスカウント店の「ターゲット」はニューヨークの中心マンハッタンから出て行った。
治安の悪化が目に余るベイエリア
アメリカは、無差別殺人事件を除けば、一般的な殺人事件は減少しているというのが近年の傾向だが、一方で窃盗や車上荒らしは各大都市で増えている。
かつてこのコラムで、筆者自身も、治安のいいはずの地元ラスベガス地区の一角で、車上荒らしにあったことを書いたことがあるが、犯罪の増加に対して警察官が足りないのが全国的な状況だ。
それでも、カリフォルニア州のベイエリア(サンフランシスコ・オークランドエリア)の治安の悪化は目に余る。このベイエリアの無法地帯ぶりは、州境を接するオレゴン州やネバダ州では見られない。
ユーチューブを見れば、同地区での万引きや窃盗、車上荒らしなどは、たくさん動画が撮られていて、犯罪集団もたいした緊張感なく行為に及んでいるのがよくわかる。
ベイエリアとその他の都市の違いは、前者は拳銃を持たないで犯行に及んでいるケースがとても多いことだ。つまり、犯人たちは犯罪によって所有者と命のやり取りになったりすることがないことを想定している。
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今回のIn-N-Outバーガーも、万引きではなく、車への侵入、財産の損壊、窃盗、武装強盗などの犯罪の激増により、2024年3月に永久的に閉鎖される予定だ。同社はこれまで警備員を雇うなどの防止策をとってきたが、それでも顧客や従業員が繰り返し被害に遭っている現状では閉店を余儀なくされたという。
なんでこんなことになるのか? 明快な答えはない。
1つには、サンフランシスコが全米で最も銃規制を叫ぶ都市で、拳銃を所有している人が圧倒的に少ないため犯罪者にとって危険が少ないという事情がある。
またもう1つには、警備員を雇って銃によって犯罪者を制圧しようとしても、そこで犯罪者がケガを負うと、後に書くように「軽犯罪に対する過剰防衛と武力行使」ということになって、店側が民事訴訟を受けて、大きな賠償を覚悟しなければならないというのが、カリフォルニア州の裁判の判例での現状だからだ。
さらに犯罪者がアフリカ系アメリカ人となれば、そこに「人種問題」を加味して賠償額が膨れ上がるということもある。なので、有名な会社の警備員ほど、ろくに警備もせずに「立っているだけ」なのだ。
また、警察官が現行犯を逮捕して送検しても、人に怪我を与えていない限り地方検察庁が起訴せずに、その日のうちに犯人を無罪放免してしまうので、彼らがまた犯罪に戻って来るという不思議なルーティーンが、サンフランシスコでは出来上がっていた。
地方検察庁の長官は、選挙で選ばれるが、犯罪者の人権を守ろうという検察改革が声高に叫ばれていたときであり、リベラルのなかでも特に過激な人権主義者のチェサ・ブーディン氏が、トランプ政権に反対して(不法滞在者を一切取り締まらないと宣言して人気を得て)長官になったことで、この動きになったようだ。
これが警察官のモラルとモチベーションを著しく下げ、「殺人やレイプとなれば動くが、身体に危害が及ばなかったのなら、インターネットで被害届を出しておいてね」というようになってしまった。
15万円以下なら万引きにしかならない
警察が動かないとなれば犯罪はますますエスカレートするが、アメリカのリベラルの先頭を走るサンフランシスコといえども、このところ世論が変わってきた。
現役の検察官たちが立ち上がり、2022年にサンフランシスコ地方検察庁長官のリコール選挙が行われ、結果、長官のチェサ・ブーディン氏が罷免された。
しかし、このリコール選挙は大差で決まったわけではない。穏健派リベラルの市長が任命した新しい長官も、あいかわらず人手不足である現状は変えられないし、また刑務所も満杯で、廊下にベッドを出して寝かせている刑務所もあるくらいで、どしどし犯罪者を起訴して牢屋に入れるということへの躊躇もある。
さらに、カリフォルニア州の刑法PC 459.5では、万引きという犯罪は、950ドル以下の商品を盗む目的で、通常の営業時間中に営業中の店舗に侵入することと規定されている。
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つまり、白昼に堂々と入ってその万引き額を日本円で約15万円内にさえ抑えていれば、それは万引きにしかならず、さらに万引きであれば(少なくともサンフランシスコでは)警官が来ないのを犯人も知っている。
万引きは軽犯罪であり、被告に前科が1つ以上ない限り、罰金は最高でも1000ドルで、懲役は最長6カ月となっているが、最近は罰金を払えば懲役にならないことがほとんどだ。
つまり、まだ前科がない者を万引きに送り込み、15万円以内の万引きをさせる限り、捕まってもほとんどダメージがない、経済合理性のあるビジネスとして成立しているのだ。
ふりかえって件のハンバーガー店だが、影響を受けるすべての従業員には、近くのIn-N-Outバーガーの店への転勤の機会が与えられるか、あるいは解雇手当を受けることができるという。ファーストフードのなかでも従業員の給料やボーナス、福利厚生が厚いことで知られるこの優良企業は、最後まで紳士を貫く態様だ。
In-N-Outバーガーは、オークランドの地元の慈善団体を支援してきた歴史を持っているが、この火もこれで消えることになる。ウォルグリーンのような小売の万引きから、人気ファーストフード店の車上荒らしへと裾野が広がったショックはカリフォルニア州民を怯えさせている。負の連鎖を断ち切らない限り、企業の撤退は今後も続くにちがいない。
なぜこんなことになってしまったのか? アメリカ経済を代表するカリフォルニア州の迷走に、他の州のアメリカ人は驚き、呆れ、そしてコンプレックスの裏返しで、密かにほくそ笑んでいる人さえいる。