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美女と野獣

2011-07-31 08:40:06 | 劇団四季


昨日7月30日(土曜日)劇団四季のミュージカル「美女と野獣」を観にいってきた。

B席の後ろのほうだったけど、発音が明瞭、くっきりはっきり聞こえる あの発声法は賛否両論は

あるようだけど はっきりわかるという点で凄いと思う。

そういえば渡辺美里も発音がすこぶるよい。あんな早口言葉みたいな曲をきちんと歌うので

はまった。思えば劇団四季と渡辺美里も共通点だったりする。


美しい日本語講座というのに参加したときも目からうろこだった。

美しい日本語を守り、通じさせようとする姿勢は本当に感銘がもてる。

母音を明瞭にし、子音部分は乗せるように発声している。

セミナーでは「ともだちはいいもんだ」の歌詞を取り上げ、

ともだちはいいもんんだ の母音だけでメロディに乗せて歌う練習をしていた。

おおあいあいいおんあ のように、さらにそれぞれの母音の口の形まで講義なさっていた。

一曲 母音で歌うだけであごが・・・痛い。 

つまりは日ごろ、いかに適当にしゃべっていたわけで反省である。

そしてもう一つ、この曲小学生の頃から歌っているはずだけど、

四季の劇団員の方と一緒に歌ったら 異様なほど音程が難しく、歌いきれていないこともわかった。


話は少し変わるが、

近頃の若者たちが使う平板調なことば使いに内輪だけで通じるような省略語にますます???な気持ちになった。

例えば 

おな小→同じ小学校 まあこれはわからなくはないが

オナ中→同じ中学校 や オナマン→同じマンション

これらはどうだろう?初めて聞いたとき何を言っているのと身構えてしまった・・・(笑)

他にもオコ→怒っている 「ちゃんと言え!」と言ってやりたい。

こう言ったことばはいずれ廃れる運命なのだろうけど

自分が中高生だった頃、一種連帯感の表れのような若者語にどんなものがあっただろうか?

ちょべりば、まじうんこ(ちくしょうってことらしい)などあったけど使った記憶がない。

むしろ 「すごいいい。」と言われると 

「すごくいい。」いいは形容詞なのだから それを修飾するのは副詞だろ!

と思っていた節がある。理屈っぽかった。

全体の傾向として 文章、言葉は簡略化される方向になっているように思える。

ツイッターの○○ナウ だってそうだ。現在○○している と言わないのは字数制限のせいばかりでは

ない気がしてならない。

ケータイ小説が流行らないのは 読みやすいのだろうが

読後感 特になし。本を通して別の世界に誘ってはくれない。 

読者に想像や影響を与えることも特になしだからではないか。

これからの日本語の行く末が気になる。








おばちゃん。

2011-07-03 02:24:44 | 旅行


ここ数年 およそ月に1回は泊りの旅行に出かけることが多くなった。
名目は自己研鑽。日本各地を満遍なく廻れればよいのだけど
行きなれた京都 大阪といった関西が多い。

基本交通手段は鉄道。よく東京から大阪までのぞみ号なら2時間半、ひかり号なら約3時間、
そしてこだま号は4時間もかかるので敬遠する人が多いが
割と座席が空いていて時間が有効に使えるこだまの4時間って使い勝手がいいように思う。
のぞみだとやれやれと乗り込んでゆっくり弁当を食べ、
研修ファイルなどに目を通して うとうとすればもう新大阪。
その点 こだまはちょっとした自分のテリトリー内で好きなことだけをできる時間である。
電話に出られなくても移動中だからおとがめもなく、
全自由行動なのが利点である。

よくやっていること
①駅弁を食べる
②資料の整理をする
③景色を眺める(一般道を走る自動車と比べていかに速いかを実感。なぜか優越感がある。)
④うつらうつら眠る
⑤富士山探しをする

列車の旅は圧倒的安心感があるから
うとうと寝られるのだとも思う。もちろん治安と鉄道自体の安全、安心というのもあるが。
決められたレールを走り、時間になれば必ず着くという安心感。
自動車の運転とは違って相手任せの丸投げ状態の無防備感。
乗っている時間は誰からも干渉されないという治外法権感。

だから大雪のなか徐行して走る新幹線に乗って
吹雪のなかどうにか歩いている人たちの気の毒さをはた目で眺めながら
自分は座席に広げた弁当やアイスを食べていたりする。外気は寒かろうと
新幹線内はぽかぽかと暖かいのでアイスはもってこいである。

そんなひとり時間をゆっくり過ごせる新幹線なのだが
この前 となりにやってきたおばちゃんと東京までの約4時間を一緒に過ごすことになった。
いつもはありがたい貴重な時間なのだが
このときばかりは「早く着かないかなあ」と願いばかり。

おばちゃんは別に悪い意図はないと思うが
姑のことや前回旅行行ったメンバーの悪口を延々と話され
さらに同意を求められるので
いつものリラックスムードがなくなってしまった。

初対面で重そうな荷物を網棚に載せたのが運の尽きだったのか、
このおばちゃんは団体旅行に1人参加していると言っていたから
他に話し相手がいなかったからかどうかはわからないけど
ひたすら聞き側にたつというのも疲れるものだという感想だけが残った。

旅は出会いだから話す機会があるのはとてもうれしいことで、
印象深い経験もたくさんあるのだけど
この方はマシンガントークで一方通行気味で
コミュニケーションではなかったのが 困憊の印象を持つにいたったのだと思う。

それでも旅は旅。嫌な思い出だとしてもこころの振幅があるような経験は
貴重なもの。だからやっぱり止められない。