埋蔵文化財センターの展示室内にいよいよ入ってみる。
やはり、歴史の中でも地味なジャンルなので私が行ったときはお客さんは居なかった。
雨のせいもあるかもしれないが。
思っていたほど、広大な展示スペースというわけではない感じだ。
まあ、土器ばかり沢山展示しても皆さん飽きてしまうよね。
このときは「赤き縄文から青き弥生へ」というテーマで展示されていて、各々の土器の違いや暮らしぶりの違いについて触れられていた。
東京都埋蔵文化財センターということから、東京都中の遺物が集約されているのかと思っていたが、こちらは主に「多摩ニュータウン遺蹟」の出土品が集められているのである。
だが、多摩ニュータウン遺蹟は広大な範囲を誇っており一つの集落を示すのではなく、多摩ニュータウンの範囲内で見つかったいくつもの遺跡群であるらしい。だから遺物には「多摩ニュータウン No.○○(○○には数字が入る)遺蹟」と記されてある。
だから遺物も多数にのぼり、展示品以外にも収蔵庫には沢山保管されている様だ。
それから、意外にもここは「写真撮影OK」なのだ。
WEBなどに載せるときは一応ことわって下さいという条件付きだが、これは嬉しいことだ。
撮影が展示物や運営に支障を来さないならば、写真撮影可にした方が多くの人に知っていただくきっかけになるのではないかと私は思う。
私がこうして埋蔵文化財センターでの出来事をお知らせをすることによって、多くの方に興味を持っていただきたいと思う。
展示室に入ってまず最初に目に飛び込んできたのはなんと東村山市の下宅部遺跡出土の漆塗りの弓である。
やはりこう言った木製品が残っているというのは非常に貴重な事である。
東村山の皆さん、是非「八国山たいけんの里」へ行くべきですよ!!
埋蔵文化財センターの職員の方も「やはり縄文というと展示品の多くは土器や石器ばかりになってしまい、イメージとしてそう言った道具ばかり使っていた印象になってしまう。木製品など、残っていない様な物も沢山彼らは利用していた。それを知っていただきたいので、東村山市から借りてきてこの最初のブースに展示しています。」と仰っていた。
メインの展示ルームはこんな感じ。
縄文時代早期から
縄文時代前期
縄文時代中期
これも中期
中期の中の一つ。
実は多くの展示物がガラス越しでなく、直に見られる様になっているんです。
弥生
などなど、時代によってブースが設けられ展示してある。
その他
石鏃
いわゆるやじりですね。
当店のお客様で考古学好きの方がいらっしゃって、石鏃を拾ってお持ちの方がおりますが、私も欲しい遺物です。
黒曜石ならなお。チャートでもいいです。
復元した土器に実際に触れることも出来る。
文様のパターン。
油粘土に縄目を付ける体験もできる。
貝塚の貝も触れるよ。
その他収蔵品も垣間見られる。
ガラスが無いから接写できる。
近くで撮ると、立体感をお伝えできる写真を撮れる。
この時代、日々を生きるのがやっとだったと思う我々の祖先、そんな人たちが使ったダイナミックな土器を目の当たりにすると、彼らの生きるエネルギッシュさを感じる。
器として使用する上で必ずしも必要としないこういったデザインをあしらうということに、心の豊かさを感じる。
来るのが遅くて閉館時間が近くなったので建物を出た。
外には.....
というのも有って
竪穴式住居が復元されていた。
何棟か有る様だが、時間が無くて入り口に近いところだけ見た。
中は真っ暗だったので、住居の入り口までしか行けなかった。
センターの二階入り口。
来たときは一階から来たが、この写真を撮影している二階部分のペデストリアンデッキを通って、鉄道、モノレールの多摩センター駅に行けるルートが有ることを帰りに知った。
ご興味が有る方は是非!行ってみて!
あまりなくても暇だったら....。
クラウドWEB
やはり、歴史の中でも地味なジャンルなので私が行ったときはお客さんは居なかった。
雨のせいもあるかもしれないが。
思っていたほど、広大な展示スペースというわけではない感じだ。
まあ、土器ばかり沢山展示しても皆さん飽きてしまうよね。
このときは「赤き縄文から青き弥生へ」というテーマで展示されていて、各々の土器の違いや暮らしぶりの違いについて触れられていた。
東京都埋蔵文化財センターということから、東京都中の遺物が集約されているのかと思っていたが、こちらは主に「多摩ニュータウン遺蹟」の出土品が集められているのである。
だが、多摩ニュータウン遺蹟は広大な範囲を誇っており一つの集落を示すのではなく、多摩ニュータウンの範囲内で見つかったいくつもの遺跡群であるらしい。だから遺物には「多摩ニュータウン No.○○(○○には数字が入る)遺蹟」と記されてある。
だから遺物も多数にのぼり、展示品以外にも収蔵庫には沢山保管されている様だ。
それから、意外にもここは「写真撮影OK」なのだ。
WEBなどに載せるときは一応ことわって下さいという条件付きだが、これは嬉しいことだ。
撮影が展示物や運営に支障を来さないならば、写真撮影可にした方が多くの人に知っていただくきっかけになるのではないかと私は思う。
私がこうして埋蔵文化財センターでの出来事をお知らせをすることによって、多くの方に興味を持っていただきたいと思う。
展示室に入ってまず最初に目に飛び込んできたのはなんと東村山市の下宅部遺跡出土の漆塗りの弓である。
やはりこう言った木製品が残っているというのは非常に貴重な事である。
東村山の皆さん、是非「八国山たいけんの里」へ行くべきですよ!!
埋蔵文化財センターの職員の方も「やはり縄文というと展示品の多くは土器や石器ばかりになってしまい、イメージとしてそう言った道具ばかり使っていた印象になってしまう。木製品など、残っていない様な物も沢山彼らは利用していた。それを知っていただきたいので、東村山市から借りてきてこの最初のブースに展示しています。」と仰っていた。
メインの展示ルームはこんな感じ。
縄文時代早期から
縄文時代前期
縄文時代中期
これも中期
中期の中の一つ。
実は多くの展示物がガラス越しでなく、直に見られる様になっているんです。
弥生
などなど、時代によってブースが設けられ展示してある。
その他
石鏃
いわゆるやじりですね。
当店のお客様で考古学好きの方がいらっしゃって、石鏃を拾ってお持ちの方がおりますが、私も欲しい遺物です。
黒曜石ならなお。チャートでもいいです。
復元した土器に実際に触れることも出来る。
文様のパターン。
油粘土に縄目を付ける体験もできる。
貝塚の貝も触れるよ。
その他収蔵品も垣間見られる。
ガラスが無いから接写できる。
近くで撮ると、立体感をお伝えできる写真を撮れる。
この時代、日々を生きるのがやっとだったと思う我々の祖先、そんな人たちが使ったダイナミックな土器を目の当たりにすると、彼らの生きるエネルギッシュさを感じる。
器として使用する上で必ずしも必要としないこういったデザインをあしらうということに、心の豊かさを感じる。
来るのが遅くて閉館時間が近くなったので建物を出た。
外には.....
というのも有って
竪穴式住居が復元されていた。
何棟か有る様だが、時間が無くて入り口に近いところだけ見た。
中は真っ暗だったので、住居の入り口までしか行けなかった。
センターの二階入り口。
来たときは一階から来たが、この写真を撮影している二階部分のペデストリアンデッキを通って、鉄道、モノレールの多摩センター駅に行けるルートが有ることを帰りに知った。
ご興味が有る方は是非!行ってみて!
あまりなくても暇だったら....。
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