ついにイントラゲット!です。
2011年の夏、MantananiでOWDをとってからほぼきっかり3年たった昨日、イントラになっちゃいました。
そんなにダイビングが好きかといわれると正直よくわからないし、教える機会があるのかも疑問なんですけど。
もしかして私、PADIの戦略にまんまと引っかかったのかしら?
教材に9万、講習に18万、試験はいったいいくらだったのか正確にわかってないけど7万ぐらい、登録に2万円ぐらい、さらにMSDTっていうおまけつきの講習5万円、おまけつきの登録は3万ぐらい?・・・旅費なんかも併せてなんだかんだ50万ぐらいはたいちゃった計算です。収入ないくせに(TT)。あとで正確に計算するの怖すぎる。
でもね。
今しかできないこと(とっくに手遅れ説もありますが…)で、自分への投資だから、いいんです。
そして終わってみて、やってみてよかった!と思えているから、いいんです。いいんですったら、いいんです。
合格率もかなり高いし、正直もちっと簡単なもんかなと思ってましたが、結構シビアでした。
人の命を預かる仕事だから、そうあるべきですが。
合格率の高さは、費用的にも時間的にも、受けること自体が狭き門だからなんですねきっと。
毎日新しいことを学び、マスターしなければならない緊張感。
20歳そこそこ~34歳の若いチームメイト(候補生仲間)といっしょに、みんなで目標に向かって協力する、久しぶりの熱い感覚は、得難いものでした。
他人と丸一日一緒に、同じスケジュールで生活するという、私の最も苦手とする環境にも、日が経つにつれ慣れたし。
☆言語のハナシ☆
今後教える機会があるとすれば間違いなく日本語だろうと踏んで、ここにきて初めて日本語でコースを受けたんだけど。
2日かけて行われるInstructor Examination, Examinarのマークさんはもちろんガイジン(AUS在住のオランダ人だそうな)で、当初の予定ではプレゼンテーションも日本語で行い、CDのTさんに通訳してもらう算段でした。
ところが。一日目のプールセッションで口が滑って、日常英会話的はできるらしいとばれてしまうハプニング。だって、話しかける生徒役の皆さんはガイジン(スコットランド・アメリカ・フィンランド・中国)で、日本語で話しかけた時のスーパー怪訝な顔が怖かったんだもん(TT)
2日目朝のオープンウォーターのブリーフィングは、どちらかというと項目の網羅性を満たせていればよく、従い単語を並べればいい程度だから英語でやってみたところ、デブリはTさんのいないところでいきなり一番指名=否応なく英語に。←だんだんやばい流れ
午後の知識開発のプレゼンは、ダイビングのブリーフィングと違って、組み立てとか自然な話のとりまわしも大事だし、なにしろ話す内容がムズカシイ。
「体内の窒素量が許容レベルを超えると減圧症のリスクが高まっちゃいます」っていうの一つとっても、日本語だったらあたりさわりないほわっとしたとこで言えても、英語だと結構キッチリしちゃう=間違ったことを言ってしまう危険がある。たとえば、「窒素が許容量を超えると減圧症になります」とかね。だから今まで練習してきた日本語で行こう!と決めて、プレゼンメモも全部日本語で作っていったんです。
で、いよいよ教室に入って、私の番。ツカミのところ(=生徒役の反応がほしいところ)だけ英語で入れようとおもったら、
「英語か日本語、どっちかにしなさい。つーか英語でやんなさい。」
とExaminarの鶴の一声。
否応なく英語で始めました。
あのスーパー怪訝顔5つの前で10分以上話し切れる自信もなかったし。
結果、意外とすんなり。
言葉が出てこない危機もほとんどなくて、日本語で話そうと思っていたことをほぼそのまま英語で伝えられちゃった。
これはこれで、かなり自信になりました。
(まあ結果が良かったからそう思えるんだけどね。もしこれで落としてたら、英語でやったことをスーパー後悔したに違いない。)
そうそう、ネシア語のキャプテンとボートクルーとの、片言のネシア語会話も楽しいひと時。
本番も、ロープをくくる係に任命されちゃって、「げげーーー(わかんないよ~~迷子になったらどうしよ~~)」。
Examinarのわからないネシア語で、(近く近く!!)って願いしたら、ほぼ真上に停めてくれちゃったw。
なんだかんだ、やってよかったっす。
ついでなので、さらに用途不明のSpeciality Instructorもとって帰りまーす。