年の瀬。ということで、まだちょっと早いですが、今年を振り返ります。
2008年の自分は、
春には東京で勤めていた会社で上司がかわるという大きな変化があり、
初夏には引越しが決まり、
秋には退職して引越しし、
冬をこうして京都で過ごしています。けっこう激動だったわ。
多くの人に大変お世話になりました。どうもありがとうございました。
環境の変化に伴い、仕事でも私事でもいろんな人に会えました。
いろんなといっても、大人数が集まったパーティなどのような場で一挙に流れ作業的に会うのではなく、それぞれの相手とテーマを明確にし目標を共有し、真剣に会うことの積み重ねを行なう。
そういう出会いには大きな学びがあります。
そしてオオモノに多々お会いするうち、自分自身はコモノもいいところなのですが、コモノなりに「オオモノの共通点」が見えてきた気がするこの頃です。
キーワードをひとことで言うと、それは「尊敬」ではないかと思いました。
どういうことかというと、素敵な人ほど、他人への尊敬を大切に持ち、それをたえず上手に丁寧に表現しているということです。
なめてかかる、上から目線、比較、卑下、嫉妬、
まだよく相手を知らないうちからでも、だいたい解ってからでも、こうした低いレベルの状態と彼らは縁がありません。
むしろ、初めましての段階から、あなたの素晴らしいところはどこなの?と、屈託なく明るい探究心と人懐こさで、相手の長所を愛そうと待ち構えています。
それももっともで、たいていすごい人ほどすごさを隠します。
あえてシュッと水面下に隠れて、表に出たがることをしません。
派手な格好もしないししたがらないし、とにかく目立たないでいることを好む。そしてさらりと明るい表情をしている。これがもっとも表面的な特徴。
そしてわざと気配を消しているので、パッとは目につかないのです。
だから、良い対人関係は「相手のすごさまで自らが潜って行く」という姿勢が基本。
本当にすごい人は、まずその存在を見つけ出すのも大変。隠れてるので、会うのも大変。ということを、すごい同士だけがわかっているのです。
だから全ての出会いに感謝できる。すべてを大きく生かすことができる。
その感謝力がオオモノの証です。そう、「尊敬」の深部・中心には「感謝」があります。
相手と関われたことにたいする深い感謝、
相手の長所を見つけ出す喜び、
「尊敬」は、上下関係からではなく、自分の持分を認識した上でそれを相手に生かそうとし、またお互い高めあおうとするところからこそ、上質なものが生まれます。
自意識が過剰だと、このように心を開くことができず、良い関係を逃してしまいます。
惜しい!と思うのはたいていこうして関心が相手ではなく自分と自分の仕事へばかり向かっている人で、
もっとも、これが一番多いパターンではあります。
なので、相手への「尊敬」、これは精神に“ゆとり”がないと生みだすことのなかなかできない貴重なものなのかもしれないとも思うようになりました。
さらにいうなら、“ゆとり”、
それは知性の生かしどころといえます。
作り出そうと知恵を働かせないと、手に入らないものです。
素晴らしいものを手にする人は、こうして、小さなところから丁寧に手をかけて、結果大きな喜びを人生に築き上げています。
わたしもどんなことへも「尊敬」を忘れず、豊かな人生を持つ人たちにさらに学びたいと願う、この暮れです。
・・・そんなことを思いながら、明日が誕生日です。一年が速いなあ!
2008年の自分は、
春には東京で勤めていた会社で上司がかわるという大きな変化があり、
初夏には引越しが決まり、
秋には退職して引越しし、
冬をこうして京都で過ごしています。けっこう激動だったわ。
多くの人に大変お世話になりました。どうもありがとうございました。
環境の変化に伴い、仕事でも私事でもいろんな人に会えました。
いろんなといっても、大人数が集まったパーティなどのような場で一挙に流れ作業的に会うのではなく、それぞれの相手とテーマを明確にし目標を共有し、真剣に会うことの積み重ねを行なう。
そういう出会いには大きな学びがあります。
そしてオオモノに多々お会いするうち、自分自身はコモノもいいところなのですが、コモノなりに「オオモノの共通点」が見えてきた気がするこの頃です。
キーワードをひとことで言うと、それは「尊敬」ではないかと思いました。
どういうことかというと、素敵な人ほど、他人への尊敬を大切に持ち、それをたえず上手に丁寧に表現しているということです。
なめてかかる、上から目線、比較、卑下、嫉妬、
まだよく相手を知らないうちからでも、だいたい解ってからでも、こうした低いレベルの状態と彼らは縁がありません。
むしろ、初めましての段階から、あなたの素晴らしいところはどこなの?と、屈託なく明るい探究心と人懐こさで、相手の長所を愛そうと待ち構えています。
それももっともで、たいていすごい人ほどすごさを隠します。
あえてシュッと水面下に隠れて、表に出たがることをしません。
派手な格好もしないししたがらないし、とにかく目立たないでいることを好む。そしてさらりと明るい表情をしている。これがもっとも表面的な特徴。
そしてわざと気配を消しているので、パッとは目につかないのです。
だから、良い対人関係は「相手のすごさまで自らが潜って行く」という姿勢が基本。
本当にすごい人は、まずその存在を見つけ出すのも大変。隠れてるので、会うのも大変。ということを、すごい同士だけがわかっているのです。
だから全ての出会いに感謝できる。すべてを大きく生かすことができる。
その感謝力がオオモノの証です。そう、「尊敬」の深部・中心には「感謝」があります。
相手と関われたことにたいする深い感謝、
相手の長所を見つけ出す喜び、
「尊敬」は、上下関係からではなく、自分の持分を認識した上でそれを相手に生かそうとし、またお互い高めあおうとするところからこそ、上質なものが生まれます。
自意識が過剰だと、このように心を開くことができず、良い関係を逃してしまいます。
惜しい!と思うのはたいていこうして関心が相手ではなく自分と自分の仕事へばかり向かっている人で、
もっとも、これが一番多いパターンではあります。
なので、相手への「尊敬」、これは精神に“ゆとり”がないと生みだすことのなかなかできない貴重なものなのかもしれないとも思うようになりました。
さらにいうなら、“ゆとり”、
それは知性の生かしどころといえます。
作り出そうと知恵を働かせないと、手に入らないものです。
素晴らしいものを手にする人は、こうして、小さなところから丁寧に手をかけて、結果大きな喜びを人生に築き上げています。
わたしもどんなことへも「尊敬」を忘れず、豊かな人生を持つ人たちにさらに学びたいと願う、この暮れです。
・・・そんなことを思いながら、明日が誕生日です。一年が速いなあ!
おつかれさまでした。
いつか、にっこりと振り返られる思い出深い年になりそうですね。
月並みですが、お互いにリスペクトしあえる人間関係を築いていきたいものです。
それにはやっぱり、ある程度の知性が必要なのかもしれないですね。
披露宴の写真、ふたりで写っているものを入れて飾ってます!ほんとうにありがとうございました。
知性は、自分の業績に積むのもいいけれど、
他人の心に生かしてなんぼですよね。
(とかいってわたしはそんなに持ち合わせがないので、感謝だけをせめて、心がけています!)
そして、リスペクトされる側にも、ちゃんとそれを受けるだけの「心の資格」が必要だとも思います。
涼子さんも楽しみな年末年始ですね~^^♪
素敵な休暇を!