とはいうものの、麻也はやっぱりこの古い病院が気に入らず、鈴木に、この入院は長くなってしまわないのか…疑わしくて
「短期入院と僕は聞いてますし…でも、今日も夕方でも諒さん来るから大丈夫でしょう?」
「…いや、それはないでしょ」
「来ますよ。あの調子はいつも通りじゃないですか」
もちろん麻也も来てほしいとは思うが…
鈴木の予言の通り、その日の麻也の夕食の頃、諒はやってきてくれた。
「あ、諒…」
いざ2人きりになると、愛しいが、これまでのような慣れた気分にはなれない。
それをさとられるのも嫌なのだが…
それは諒も同じようだった。
まだあの事件から五日しかたっていないのだから…
しかし、諒はちょっとおどけた様子で、麻也の夕食のトレイをのぞきこむと
「えっ、それスイカのジュース? おいしそう」
「ーロ飲む?」
「うんうん」
そう言って、諒は麻也のカップを取り上げて一口飲んだ。
「おいしい~。これっておかわりできないの?」
「ダメもとで頼んでみようか?」
「いやあいいよ、ごめんごめん」
諒の笑顔がまぶしかった。そして麻也は気づいた。
(諒って、俺のカップ使うの平気なんだ…)
それは事件の前ならば不思議なことではなかったが…
(あ、でももう諒の方からたくさんキスしてくるんだからいいのか…)
「座っていい?」
「うん。少し良くなってきたら、一人は寂しくて」
諒といたくて、とはまだ言えなかった。
あと、実は母が来ることになっていたのだが、心労のせいらしく動けなくなって、近所に住んでいる叔母が看病に来たらしい。麻也はそれも言いたくなかった。
「あ、でも諒は気にしないでね。もしかして今日も、俺のせいでオフつぶれて仕事だったんじゃない?」
すると、
「いや、そんなことないよ」
と諒は言いながらも目が泳いでいるのがわかって、麻也は後悔した。
(やっぱり俺のせいだよね…)
しかし、諒は照れくさそうに、
「実はね、体が固まっちゃったから、いつものエステ屋さんでマッサージしてもらったの…」
「で、何で照れてるの?」
「だってえ、ヤワな男と思われたくなかったんだもん」
まるで以前に戻ったような雰囲気が嬉しい。
「そんなこと思わないよ」
それでも諒はまだ何か言いたそうだ。
「後は? まだ何か言いたそうだよ」
諒は麻也の笑顔が嬉しかったようににっこりして、
「うーん、バレたか。実は社長に出くわしちゃってざっくり命令を受けたの。新曲出さないかって。新アルバムか新シングルを出そうって。で、麻也さんに伝えられたら伝えておいてって」
「?」
いくら頭を休ませ中のミュージシャンの身とはいえ、麻也はびっくりした。
「ずいぶん急じゃん」
「うん、いつも以上にファンを喜ばせた方がいいだろうと」
社長は年内に出したいようだという。
「俺は曲書かなくていいんでしょ?」
「まさか。どうして?」
諒はその質問が理解できないといった風に目を丸くしている。
(…あの時、俺の曲が嫌いって言ったくせに…)
麻也はそんなことを思い出して、腹が立ち、また悲しくもなって言葉に困った。
それで諒も思い出してしまったらしく、しかし、うつむきながら、
「俺、ずっと麻也さんの曲好きだから」
と、口角を上げるその表情が何とも照れくさそうで、嘘が感じられなかったので、麻也は何も言えなくなった。あれはきっと、諒が激しいケンカの最中に叫んだ「思ってもいないこと」なのだろう。
そして、
「ごめんね麻也さん、俺がここに来るだけで、仕事のこと思い出しちゃうよね。
それで真樹はお見舞いためらってるってのに…」
それは麻也も初めて知ったことだった。でも、弟にもどんな理由でもいいから心身を休めて欲しかった。