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日本歴史紀行

家康のつぶやき 9 〜親のしたことには背かないことだ




金森長近。
飛騨高山 初代藩主

家康よりも年長なこの老人は、美濃国 多治見郷(現在の多治見市)の生まれで、信長、秀吉という稀代の英傑に仕え、古くは長篠の戦いで徳川への援軍として甲斐武田と戦い、徳川に勝利をもたらしたました。

武家であり、仏法を尊い、茶道にも精通しつつ、質素倹約を重んじる家風を第一とする金森法印長近は、家康とは懇意で、関ヶ原では会津の上杉討伐のための下向と、早くから家康を支持し、関ヶ原当日は最激戦地となった笹尾山の石田三成の陣と対峙しました。

西軍を征して江戸へ下向する際、家康は長近と共に岐阜城の金華山へ上り、天下静謐を成した
戦いを振り返り、岐阜城下を見下ろしました。

また、家康は秋に長近から贈られる藁包(わらづと)の鮭が楽しみでもありました。


鮭の献上は長近が藩主の座を養子の金森出雲守可重に託した後も続き、ある日、同じ様に藁包で献じられる鮭の包みに驚いた可重は、あまりに質素だとして竹簀(たけす)に包み替えて家康に献上しました。

献上された竹簀を見た家康。

家康は
〜これはその方の父が元々このように包んできたのか、
 それとも包み替えたのか〜

と可重に尋ねると、出雲守可重は身をかしこまって

〜父が元々藁苞で差し上げようとしたのを、
 あまりに見苦しかったので包み替えて参上しました〜

と正直に申しましたが、家康は
〜その方の父、法印はこの様な無用なことをする人ではない。
総じてこれだけではなく〜 
〜親のしたことには背かないことだ。よく心掛けることである〜

と諭しました。


茶道の名器が一国を救う

茶道の造詣が深い長近は、天下の名器〜雲山肩衝(うんざんかたつき)の茶入を秘蔵していましたが、天下の名器たる茶入は天下を治めるべく御仁が持つに相応しいと惜しげなく家康に献上します。

千利休も認めた名器『雲山肩衝の茶入』は、
家康から秀忠へと託され、飛騨高山藩主の座が可重の急死により、急遽 家康の小姓も務めた重頼に決まると「天下の名器、ふさわしい者が秘蔵すべし」と秀忠が言って、重頼の家督相続祝いに返されます。

寛永時代になって高山領内が飢饉となって領民が苦しむと、重頼はかねてより雲山肩衝を所望していた京極高広に三千両で売って、米を大量に買い付けて領民を救済しました。




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