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日本歴史紀行

歴史紀行 特別編 35 小樽運河


小樽運河
北海道小樽市色内1丁目〜3丁目


旧オタルナイ運上屋跡

小樽港は江戸時代からニシン漁をはじめ、アイヌとの交易港として栄え、明治時代となってからも、函館港と共に北海道開拓の玄関口として発展しました。


旧日本郵船 小樽支店

1904年〜1905年(明治37年〜明治38年)の日露戦争の戦勝後、樺太国境画定会議が竣工間もない日本郵船小樽支店でロシア政府代表団との間で行なわれ、数少ない日露戦争での戦利が獲られ、その祝宴が小樽で開かれました。

祝宴が開かれた旧魁陽亭

国境画定が成って日本海、オホーツク海の海上輸送が安定化すると、樺太、沿海州方面への物資を流通させる小樽港の重要性は更に増大し、それまでの官営幌内鉄道、手宮線を利用しての石炭、穀物類を中心とした農産物といった小樽港に停泊する船舶への運び出しは逼迫し始めました。


小樽港の機能を更に高めるべく、港近くに密集する石造倉庫からの荷を運び出しを容易にすべく、運河を造営する必要が迫られました。



2に続きます。









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