清水寺
京都市東山区清水一丁目
798年8月17日(延暦17年7月2日)
征夷大将軍 坂上田村麻呂、清水寺を創建
京都市内一の景観は?と問われた場合、多くの人が思い浮かべるのが、金閣、銀閣、そして清水寺ではないでしょうか。
京都市内を一望できる東山の景勝地でもある清水寺の開創は、794年の平安遷都前の778年 宝亀9年の奈良時代末期、奈良の小島寺の住持、延鎮上人が見た霊夢をうけ、清泉の流れる音羽の滝を探しあてました。
さらに延鎮は、練行中の行叡居士と出会い、居士から観音の祈りを込めた霊木を授かり、その霊木で十一面千手観音を刻み、居士の庵に祀ったのが清水寺の草創とされています。
780年 宝亀11年、後の征夷大将軍 坂上田村麻呂がお産に望む妻の滋養にと、鹿狩りに音羽山に入った際、音羽の滝で修行中の居士に出会い、生類殺生の非を諭され、観世音菩薩の慈悲にうたれ、妻とともに帰依し、仏殿を寄進しました。
その後、田村麻呂は帝から東征の命をうけると観世音菩薩に任務達成を祈願して出陣し、戦勝して凱旋しました。
798年8月17日(延暦17年7月2日)
田村麻呂は観世音菩薩に御恩報謝を誓い、寺領を拡大して伽藍を整備し、名を清水寺と定めました。
仁王門
開山堂(田村堂)
経堂
三重塔
音羽の滝
阿弖流為(アテルイ)母禮(モレ)の碑
創建から1200年余り、京都 王道の観光コースとして認知されています。