アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

アプリコットプリンセス 徳川家綱編

2020-03-17 11:38:23 | 漫画


佐倉領公津村台方の農村は荒れ地を開墾した田畑でしたから、
農民は貧しく暮らしていた。
しかし、堀田正盛が領主となってから一転し
農民の暮らし向きは好転していたのである。
この頃の租米は租率0.5程で、
租金やらその他もろもろの負担が強いられていた筈だが、
なにやら、割付状には記載されないような
優遇がなされていたようだ。

佐倉領民は「佐倉新町たが立てた。日本ひびかす加賀様が」とうたって、
領主堀田正盛の治世を謳歌していたという。

農民
「ここは佐倉領公津村台方じゃ」
「お前は、よそ者じゃな」

アプリコット
「私は、チューリップ国のアプリコットよ」
「阿部忠秋というお方が
孤児のお世話をしているので
お手伝いしているのよ」

農民
「ここ佐倉領には孤児はおらんぞ」
「ここは、堀田正盛様が領主となられてから
ひもじい者はおらぬようになった」
「日本ひびかす加賀様じゃ」
「あっぱれ、あっぱれ」
「皆の衆が浮かれておるわ」

アプリコット
「へーぇ」
「ここは、お米が沢山できるのね」

農民
「いやいや」
「あの、大飢饉では餓死者も出たのじゃ」
「決して米が良く出来る土地ではないぞ」

アプリコット
「へーぇ」
「何でかなぁ?」

農民
「いやいや」
「これは秘密じゃ」
「他の者に言ってはならぬぞ」
「実はのぉ」
「ここ佐倉領は上様から特別な禄を賜っておるのじゃ」
「それからのぉ」
「年貢米を測る升の大きさが
他の領地のものよりも小さいのじゃ」
「これは、堀田正盛様の威光じゃ」
「この佐倉の地だけが
恩恵をうけておるのじゃよ」

アプリコット
「へーぇ」
「何でだろ?」

農民
「上様はここの領主堀田正盛様が気に入っておるのじゃ」
「だから、佐倉は特別に恩恵を受けておるのじゃ」

アプリコット
「そうなんだ・・・・」

農民
「これは、誰にも言ってはならんぞ」
「良いな!」







将軍家光が亡くなり、幕府は大混乱に陥っていた。

松平信綱を標的にする由井正雪をはじめとする
牢人の殲滅作戦を立てている時に
奇怪な事件が立て続けに発生したのである。

酒井忠勝
「七月九日のこと、三河の刈谷城主(松平定政)殿が
増山正利、中根正成、宮城和甫、石谷貞清、牧野成常、林道春を
招いて、饗応していたそうじゃ」

松平信綱
「初耳ですな」

酒井忠勝
「お主は、牢人ばかりではなく
身内からも疎まれておるようじゃぞ」

松平信綱
「身内どころか
近頃は領民からも妙な噂を聞いておる」
「この大変な時に何で
おとなしく出来んのじゃ」

酒井忠勝
「饗応ののち、
牧野、中根、石谷に意見書を依頼し、
皆に証人になってもらい
井伊直孝殿と阿部忠秋殿に意見書を上げたそうじゃ」

松平信綱
「して、三河の刈谷殿は
何と申していた。。。」

酒井忠勝
「それが、
定政殿は今の執政を批判なされておるようじゃ」

松平信綱
「執政批判の意見書を井伊殿と阿部殿に託し
儂にはご無沙汰無しか・・・・」
「これは、まさしく
儂への当て付けでは御座らんか!」

酒井忠勝
「先ずは、その意見書を
老中を呼び寄せ開き見ねばならんのぉ」

松平信綱
「んーーー」
「仲間親藩内で何たる失態じゃ」






堀田加賀守正盛の殉死により、
褒美禄が無くなる心配をした農民は
房州代官の岡上治郎兵衛に会いにいった。

岡上治郎兵衛
「褒美禄とは何じゃ?」

農民
「加賀守様より貰っておった
農民に対しての褒美がありましたので
その事でございます」

岡上治郎兵衛
「んー」
「加賀守様は殉死なされ
将軍は家綱公が継がれたのじゃが
そのことで、佐倉領主役柄も交代しておる」
「代官も交代しておるのじゃ」

農民
「前任のお代官様に確認して欲しいのじゃが?」
「お願い出来ませんか?」

岡上治郎兵衛
「それならば、佐倉領役所にて
確認されたらよかろーぞ」
「代官所では分からぬぞ」

農民
「農民ごときの卑しき者ですから
佐倉領主様の屋敷には近づけません」
「なにとぞ、お力添え下さいませ」

岡上治郎兵衛
「んーーー」
「儂は褒美の禄など聞いておらんのだ」
「もう少し詳しく教えてくれんか?」


江戸時代の農民の暮らしは江戸前期と中期以降で区別して考えた方が良いと思う。
農民に課せられていた年貢は税率が五割程もあり、かなり過酷でしたが、
実際は米の取れ高を少なく見積もって、年貢の租率は三割程度でした。

江戸時代の庶民の暮らしは、質素でしたから、
将軍といえども豪勢な食事をしていた訳ではありませんでした。
ですから、庶民は、まさしく米を主食にしていたのです。

米の生産量が幕府の力や、諸大名の力に直結していたのですから、
農民を疲弊させてしまえば武士も疲弊してしまいます。
これは、寛永の大飢饉で実証されていたことですが、
その後しばらくの間は農民の暮らし向きが良くなることはありませんでした。

1742年頃から米の石高が一定になっている場合があります。
通常は開墾で石高は増えていくものですが、
石高が変わらないということは
農民が開墾して増やした分に関しては無税にしていたと考えられます。

米の取れ高を少なく見積もって、年貢の租率が三割程度であったのは
農民が努力して開墾をしてきた結果であって、
領主が年貢をオマケしていた訳ではなさそうです。

物語は江戸初期ですから、
年貢の租率はかなり正確になされていたと考えられます。
租率が六割等もありますから、
かなり酷い年貢の取り立てであったことが伺えます。






この頃、保科正之の正室の長女媛姫に出羽国米沢藩3代藩主上杉綱勝との縁談話があった。

保科正之
「お前に良き縁談がきておる」
「出羽国米沢藩3代藩主上杉綱勝殿から
是非お前を迎え入れたいとのこと」
「話を進めるが
不満はあるまいな!」

媛姫
「はい」
「喜んで承知致しとうあります」

保科正之
「実は、縁談話はお前だけではなくて
他にも来ておる」
「お前が承知してくれたので
安心したぞ」

媛姫
「はい」
「長女が先に嫁ぎませんと
あとに続きます妹が困りますので
遠慮なくお話を進めてくださいませ」

保科正之
「そうか」
「今、儂は将軍家綱公のもと大政参与を預かっておる
この政務にあたりお前の嫁ぎ先は
幕政にも影響することになる」
「心して覚悟のほどに嫁ぐがよい」

媛姫
「はい」
「お父様の恥になりませんように
格式と威厳を持って出羽国米沢領に向かいます」

保科正之
「婚礼の儀は
お前の妹 須磨の縁談を調整しながら進めようと思う」
「良いな!」

媛姫
「はい」
「わかりました」

保科正之
「何か申すことがあれば
今のうちに聞いておくぞ」

媛姫
「はい」
「気になることがあります」
「須磨の縁談は何方に御座いますか?」

保科正之
「いや」
「須磨はまだ決まってはおらんのだ」
「お前が嫁いだら
話を進めようと思っている」

媛姫
「いいえ」
「須磨が嫁ぎ先を知りとう御座います」

保科正之
「んーー」
「実は、複数来ておる
あまり待たせる訳にもいかぬ故」
「縁談が決まれば
知らせてやろう」

媛姫
「はい」
「早く、知りとう御座います」

保科正之
「よしよし」

媛姫
「お父様・・・・」



公津村台方の名主は木内理兵衛であった。
公津村は下総国印旛郡に属し酒々井組に属していた。
理兵衛の持ち分は公津村台方の下田・中畑・下畑で
きわめて生産力が低い場所であった。

木内理兵衛
「台方は実りが少ない荒れ地が多い、
年貢の変更は死活問題だ」

農民
「代官は仮早稲米の徴収をしたいと言っとたぞ」

木内理兵衛
「何だ?」
「仮早稲米?」

農民
「なんでも、
これが無いと代官が困るそうだ」

木内理兵衛
「年貢の他に仮早稲米を徴収するのか?」

農民
「そんだぞ!」

木内理兵衛
「んーー」
「ここは、荒れ地が多いから
租率も六割もあるのだぞ」
「さらに、仮早稲米を徴収するのか?」

農民
「代官は仮早稲米が無いと困ると言うのだ!」

木内理兵衛
「何故?」

農民
「仮早稲米が無いと幕府に収める扶持米が無いそうだぞ」

木内理兵衛
「年貢を納めているではないか!」

農民
「加賀様から貰った褒美の禄が無かったことになっとるぞ」

木内理兵衛
「何と!」
「これは大変なことになったぞ」

農民
「何?」

木内理兵衛
「褒美の禄は将軍家光公が加賀様に下さり、
加賀様が農民を労うために分け賜われた禄なのだ」
「お代官様に話をしなければならんぞ」

農民
「そうじゃ、そうじゃ」





徳川頼宜は徳川家康の十男で徳川吉宗の祖父である。

慶安四年 (1651年)
この頼信が由井正雪の乱に加担していたとして、
謀反の疑いがかけられていた。

松平信綱
「由井正雪は頼宜殿の印章文書を持って
儂への攻撃を考えていたようじゃ」
「たとえ大御所徳川家康公の十男であろうと
許されることではない」

阿部忠秋
「その印章文書は偽造されたものですぞ」

松平信綱
「確固たる証拠がない」
「今、頼宜殿を帰国させる訳にはいかん」
「疑いが晴れるまで江戸住まいとする」

阿部忠秋
「しかし、印章文書の筆跡は頼宜殿では無かった筈」

松平信綱
「正雪が他の者に書かせたか、
頼宜殿が他の者に書かせたか?」
「何れにせよ疑わしいことじゃ」

阿部忠秋
「誰が書いたか分からない文書で
疑いを晴らすことは出来ませんぞ」

松平信綱
「何と」
「お主は何が言いたいのじゃ!」

阿部忠秋
「由井正雪から頼宜殿の文書を預かったという
証言が得られないのは
どうにも可笑しなことで御座る」

松平信綱
「何が変じゃと申すか!」

阿部忠秋
「んーーー」
「では、何で良く調べもせずに由井正雪を処刑したのだ?」

松平信綱
「ふーーん」
「やっぱり、そうか」
「お主は正雪と通じておったか!」

阿部忠秋
「あのな、牢人は排除するには多すぎるのだよ」
「いったいどれほど牢人がいるのか知ってるのか!」

松平信綱
「まっ 大体50万程かのぉ」
「50万もいれば、大陸に送り込んで
戦ができるぞ」

阿部忠秋
「あのな、幕府に反感を持っている牢人が
幕府のために戦をする筈がなかろーが」

松平信綱
「だから言ってるだろーが」
「儂に反感をもっている牢人どもを
排除しているのだ」
「排除されたくなければ従うしかなかろーが」

阿部忠秋
「いやいや」
「今のまま大陸で戦など出来はせんぞ」
「幕府を滅ぼすつもりか!」

松平信綱
「だから、儂に逆らえぬように
徹底的に牢人どもを懲らしめるのじゃ」
「牢人どもは儂を攻撃目標にしている」
「これは間者からの報告で明らかなのだ」

阿部忠秋
「少なくとも、お主は牢人には嫌われ
そうして攻撃目標になっておる」
「何故、方針を変更せんのじゃ」

松平信綱
「ふーん」
「そうよのぉ」
「お主は牢人の味方じゃたな」
「しかしのぉ」
「もし お主が牢人と通じておれば
儂は容赦せんぞ」
「覚悟は出来ておろーな」

阿部忠秋
「如何なる意味じゃ」
「まるで、儂が牢人とつるんで
悪さをするとでも言いたげなことですぞ」

松平信綱
「ほーーー」
「図星か!」

阿部忠秋
「もうよせ」
「とにかく、由井正雪の取り調べは
もっと慎重にするべきであったぞ」
「よいな」




保科正之の正室の長女媛姫は出羽国米沢藩3代藩主上杉綱勝のもとに嫁いだ。

保科正之
「綱勝殿はご健勝であろうな」

媛姫
「はい」
「とても良きお方に御座いました」
「お父様にはとても感謝しております」
「ただ・・・」

保科正之
「ただ?」

媛姫
「出羽国はとても寒う御座いまして
此処が懐かしゅう御座います」

保科正之
「そうか」
「お前は寒がりだから身に堪えるのじゃな」
「沢山の着物を用意しておこう」
「暖かくするのじゃ」

媛姫
「お父様 有り難うございます」

保科正之
「お前が気にしていた、お前の妹須磨の縁談じゃが
大藩の前田家に決まり申したぞ」

媛姫
「それは喜ばしいことで御座います」
「では、早速に婚姻為さいますように
取り計らい下さいませ」

保科正之
「何故にそのように急いでおるのじゃ」

媛姫
「妹須磨は水野成之様が好きなのです」

保科正之
「?」
「んー」
「何方じゃ」

媛姫
「旗本の水野成之様です」

保科正之
「儂はそのような者は知らんぞ」
「詳しく申せ」

媛姫
「あの。。。」
「通称が十郎左衛門様です」

保科正之
「何と」
「あの歌舞伎者の旗本奴!」

媛姫
「はい」
「妹は十郎左衛門様に恋焦がれております」











名主の木内理兵衛は理不尽な仮早稲米徴収を撤回してもらう為に
房州代官の岡上治郎兵衛に会いに行った。

名主の木内理兵衛
「仮早稲米の徴収を撤回して下され」
「年貢の租率が六割もあり
この上に仮早稲米を差し出せば
ここの農民は米を食べることが出来なくなります」

房州代官の岡上治郎兵衛
「おお」
「理兵衛か!」
「心配はいらん!」
「仮の徴収じゃ」
「褒美の禄は確認が取れておるから
幕府に確認書を送っておる」
「確認書が通れば、お主たちから預かっておる仮早稲米は
すぐに返すぞ」
「仮に預かるだけじゃ」
「安心いたせ」

名主の木内理兵衛
「褒美の禄は確認が取れておる?」
「では、本年度も褒美の禄は有るのじゃな!」

房州代官の岡上治郎兵衛
「いや」
「今までの分じゃよ」
「本年度は分からんのじゃ」

名主の木内理兵衛
「では、今まで使っていた升は使えないので御座いますか?」

房州代官の岡上治郎兵衛
「褒美の禄が無くなれば使えんな。。。」

名主の木内理兵衛
「年貢を量る升が大きくなるので。。。?」

房州代官の岡上治郎兵衛
「褒美の禄が無くなれば適正な大きさに戻すことになるな。。。」

名主の木内理兵衛
「年貢が増えて、仮早稲米を取られては
種米も残りません」
「農民を見捨てるつもりで御座いますか!」

房州代官の岡上治郎兵衛
「おいおい」
「慌てるではないぞ」
「仮早稲米は必ず返すから心配するな」
「お前たちを見殺しにはせんぞ」

名主の木内理兵衛
「しかし、米が食えんのに
何を食えと言うのじゃ!」

房州代官の岡上治郎兵衛
「んーーー」
「あのなァ」
「お上が決めておることじゃ」
「儂には何も出来んぞ」

名主の木内理兵衛
「でわ」
「何を食えと言うのじゃ!」
「ふざけるな!」

房州代官の岡上治郎兵衛
「あまり言いたくは無いのじゃが。。。。」
「ヒエやアワを食せとのお達しじゃ」
「農民に米は贅沢だとのこと。。。。」

名主の木内理兵衛
「オラども作った米が何で食えんのじゃ!」

房州代官の岡上治郎兵衛
「いやいや」
「悪かった」
「あのなァ 仮早稲米は必ず返す」
「約束するぞ!」



公津村台方名主の木内理兵衛は村に帰って
小作人に暇を出していた。

名主の木内理兵衛
「代官が仮早稲米を返さぬから
今年は米の作付が出来ん」
「従って、小作人どもは全て辞めてもらう」
「皆、他の仕事を探すように。。。」

小作人
「仮早稲米が無くても作付は出来る」
「どうか、辞めさせないでくれんか?」

木内理兵衛
「小作人に食べさせる米が無いから辞めてもらうしか方法がない」
「悪いが、ここ公津村では小作人は雇えないのじゃ」

小作人
「代官は仮早稲米を返すと言っておきながら
何時までも返さない」
「なあ、理兵衛さん」
「代官を当てにせずに領主様に問い合わせてみては如何じゃ?」

木内理兵衛
「代官の答えを待っていても限が無いのォ。。。。。」
「しかし、堀田様の屋敷に行っても
追い返されるぞ!」

小作人
「理兵衛さん」
「これより木内理兵衛は名を改めて
木内惣五郎と名乗り侍におなり下さいませ」

木内理兵衛
「ん。。。。」
「儂の名が木内惣五郎になったとしても
武士には成れんぞ」

小作人
「いえいえ」
「これより、あなた様は武士の木内惣五郎様です」
「服装から住む屋敷まで武士に相応しくして
本当の武士として振る舞うのです」

木内理兵衛
「ん。。。。。」
「儂が武士にのォ」
「武士になって佐倉の屋敷に行ってみるのか?」

小作人
「お願げェーしますだ」
「佐倉の領民をお助け下さいまし!」


郡奉行は勘定奉行の支配のもとで農政にあたっていた。
通常は現地に赴くことは無く、城下の郡役場で事務を司り、
代官、手代、目付などを従えていた。
事務は年貢の収納や農民の統制業務で
訴訟などにも関わっていた。

物語では
侍の恰好をした名主木内惣五郎が
城下を見回っていると
偶然に郡奉行の稲葉重兵衛と出くわした。

木内惣五郎
「おい、お主に聞くが、佐倉領主は堀田正盛様じゃったのォ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「んんゥ」
「お主!」
「見かけぬ顔じゃな!」
「何処の者じゃ」

木内惣五郎
「公津村の木内惣五郎と申す者」
「偶然、役職と思しき者を見受けたのでな」

「いやいや」
「本当は、相談があって待ち受けておったのじゃ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「どのような事じゃ?」

木内惣五郎
「公津村だけではないのじゃが
今、佐倉領の全ての領地で仮早稲米が
徴収されているのはご存知かな?」

郡奉行 稲葉重兵衛
「んー」
「仮早稲米?」

木内惣五郎
「では、今までの領主様が農民へ
褒美の禄をもって労っておられたのをご存知か?」

郡奉行 稲葉重兵衛
「んー」
「詳しきことは申すことは出来んが」
「結局のところ仮早稲米が問題になっとるのじゃな」

木内惣五郎
「その通りに御座いますぞ!」

郡奉行 稲葉重兵衛
「しかしのぉ」
「公津村の木内惣五郎とやら!」
「先ずは代官所にて問題解決を考えて貰えんかのォ」

木内惣五郎
「あはははは」
「代官の岡上治郎左衛門殿は郡奉行に言えと申しておったぞ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「んーー」
「兎に角、代官所で対処したものが
郡奉行に上げられて吟味されることになる」
「順番があるのじゃ」

木内惣五郎
「では、もしも御領主様が仮早稲米を懸念致しましたら
如何します?」
「稲葉重兵衛殿が責任を取られるのかな?」

郡奉行 稲葉重兵衛
「あのなァ」
「この件には準備が必要じゃ」
「通りがかりに捕まって話すことでは無いぞ」

木内惣五郎
「あはははは」
「では何時話が出来るのじゃ」
「今が絶好の機会じゃ」
「話されよ!」

郡奉行 稲葉重兵衛
「んーー」
「ではな、こう致そう!」
「儂がこの件を領主上野介正信様に申し上げ
判断を仰ごう」
「どうじゃ これで良かろーが!」

木内惣五郎
「本当に御座いますか!」
「是非、お願い致します」
「稲葉重兵衛どの!」
「感謝致しますぞ!」







将軍家光が亡くなり、市中の牢人が不穏な動きを始めた為、
幕府の政務は完全に機能不全になり止まっていた。

阿部忠秋
「堀田正盛殿が殉死なされて、
佐倉領主堀田上野介正信殿が相続しております」
「家光公と領主を同時に失い
佐倉領は混乱の極みにあります」
「この際、上野介殿に政務を引き継いで貰いたい」

松平信綱
「儂は反対じゃ!」
「今、市中の混乱と
立て続けの大名の謀反容疑の最中に
上野介などが出しゃばれば
儂らの計画も頓挫するやもしれん!」
「そもそも、堀田正盛が大政参与がなにをしたと言うのだ」
「家光公より頂きし多くの禄を無駄に食んでいただけじゃ」
「上野介は威勢ばかりの若造、
政務からは遠ざけることこそ肝要じゃ」

阿部忠秋
「しかし、今は政務が完全に止まっておる」
「このままにしておけば
また貧窮した大名が謀反にはしるかも知れませんぞ」

松平信綱
「謀反ではなくて
疑いあるから調べているだけじゃ」
「そもそも、佐倉領のことは幕政には関係なきことじゃ」
「問題があれば城主上野介が解決するのが筋じゃ」
「儂がいちいち諸大名領地のことに関わることもない」

阿部忠秋
「上野介殿は困っておりましたぞ」

松平信綱
「市中の状況を知らんから
呑気に困ったなどといっておるだけじゃ」
「今は牢人問題が最も重要であって
他の事に手が回らんのだ」
「甘えた事を言うなと申しておけ」





郡奉行稲葉重兵衛は佐倉領民の貧窮を
城主堀田上野介正信に報告した。

郡奉行 稲葉重兵衛
「上様」
「今季の年貢徴収と前の褒美禄の確保により
領民は貧窮しております」

城主堀田上野介正信
「褒美禄は大御所徳川家光公より賜ったものだ」
「何故、確保しておる」

郡奉行 稲葉重兵衛
「此方から幕府への提出しております確認書が
受理されないからで御座います」

城主堀田上野介正信
「それは如何いうことか?」
「確認書は形式だけのこと
褒美禄は今までに貰い受けた分であって
今期の幕府への扶持米は収めておる」
「もう済んだ事じゃ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「左様で御座います」
「しかし、確認書が通りませんと
仮早稲米を農民に返すことが出来ません」

城主堀田上野介正信
「褒美禄は大御所徳川家光公より
我が父加賀守正盛に賜ったものだ
しかし、父は大御所さまと殉死なさったのだ」
「このような忠義の家臣に対して
確認書を出し惜しむなど
有り得ないことじゃ」
「父が亡くなり
大御所様が亡くなったことを良い事に
松平信綱は嫌がらせをしておる」
「如何したものじゃ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「上様」
「お言葉には気を付けて下さい」
「伊豆様に悟られますと
お家は取り潰しに御座います」

城主堀田上野介正信
「そのようなこと
良う分かっておる
此処だけじゃ
此処だけで申しておる」
「あの忌々しい松平信綱め」

郡奉行 稲葉重兵衛
「困りました」
「如何致しましょうか?」

城主堀田上野介正信
「なんでも松平信綱は
儂が幕僚になることを拒んでいるそうじゃ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「加賀の守様が大政参与で殉死された忠義の家臣であれば
跡継ぎの上野介様が老中になることは
決まっていることで御座います」

城主堀田上野介正信
「儂には幕府の政務はさせないつもりじゃろーな」

郡奉行 稲葉重兵衛
「いえいえ そのような事ではありません」
「きっと、今は牢人対策や諸大名の謀反容疑があり
江戸市中が混乱している為に
政務が遅れているのでしょう。。。」

城主堀田上野介正信
「んーーー」
「返事を待つか?」

郡奉行 稲葉重兵衛
「焦ってはいけけませんぞ」

城主堀田上野介正信
「そうじゃのォ」

郡奉行 稲葉重兵衛
「伊豆殿に逆らえば
お家は取り潰しに御座います」
「慎重に事をお運び下さい」







木内惣五郎は城主堀田正信の返事を待っていたが
何時まで経っても何も無く忘れ去られていた。

名主 中内助介
「おめェャー 御城主様から返事があると言っとったが
何かあったが?」

名主 木内惣五郎
「んーーー」
「何も無い」
「騙されたようじゃ」

名主 中内助介
「おめェーが話が付いたと言っとったけぇ
おらの村の衆は喜んでおったんだぞ
こんな事では
村の小作を追放するしかないぞ」
「小作を食べさせる米がねぇーぞ」

名主 木内惣五郎
「申し訳ない」
「儂が騙されていたのだ」

名主 中内助介
「んェーーー」
「どうせ飢え死にするんなら
いっそのこと米蔵を襲うべ」
「名主六人で決意するべ」

名主 木内惣五郎
「少し待て」
「米蔵を襲えば
おめぇーの村だけの事では無いぞ
儂らの村も全てお裁きを受ける
皆の衆が磔じゃ」
「早まってはならんぞ」

名主 中内助介
「そんなら」
「直訴するべ!」

名主 木内惣五郎
「如何やって?」

名主 中内助介
「将軍家綱様に直訴するべ!」

名主 木内惣五郎
「誰が?」



保科正之の娘の須磨の縁談が大藩の前田家に決まったが
肝心の須磨は旗本奴の水野十郎左衛門に夢中であった。

水野十郎左衛門
「べらぼうめ!」
「大藩前田家たァ笑わせるぜ!」
「貴様には良い相手じゃァーねーか」

保科正之の娘の須磨
「なに言ってんだい!」
「親の勝手ってもんだよ」
「こっちこそ言わせてもらえば
すっとこどっこいってもんさね」

水野十郎左衛門
「おーお」
「見上げたもんだね」
「かの大政参与様に逆らおゥーってもんだ!」

須磨
「私しァー大藩なんぞに行く気はないね」
「おめえさんがおりゃー
鬼に金棒ってもんだよ」

水野十郎左衛門
「このとうへんぼく!」
「おみぃゃー前田に嫁げ」
「もう、おみぃゃーとは縁を切るぞ」

須磨
「なに言ってんだい!」
「前田なんぞにャー行きませんよ」
「豆腐の角に頭をぶつけてやがれってもんだ」

水野十郎左衛門
「おーお」
「威勢がいいのは程々にせェー」
「おみィャーをかまってる暇をねーぞ」
「町奴に笑われらー」

須磨
「いやだよ」
「絶対いやだよ」







将軍への直訴を提案した名主中内助介は
名主六人と相談の上で
誰が直訴をするのに相応しいかを考えていた。

名主 中内助介
「惣五郎さんよ
あんたが直訴せんか!」

名主 木内惣五郎
「将軍様に直訴すれば死罪は免れんぞ」
「儂に死ねと言うのか?」

名主 中内助介
「いんやー」
「おめェャーが嫌なら仕方ねーべ」
「おらっぺがすんべ」

名主 木内惣五郎
「おめーに出来るんか?」

名主 中内助介
「やってみにゃー分からんべ」

名主 木内惣五郎
「んーーー」
「やっぱりおめーには無理じゃ」
「儂がやってやる!」

名主 中内助介
「そうか、惣五郎さんが一番の適任じゃ」

名主 木内惣五郎
「しかし、死ぬ訳にはいかん」
「直訴は将軍ではなく久世大和守広之様じゃ」

名主 中内助介
「ん?」

名主 木内惣五郎
「老中久世大和守広之様じゃ」

名主 中内助介
「将軍様にはせんのか?」

名主 木内惣五郎
「おめーは
儂を殺す気か!」




大政参与保科正之は娘の須磨を心配していた。
そして、旗本奴水野十郎左衛門を呼んで事情を聞いた。

保科正之
「成之殿。。。」
「お父上様は惜しい事で御座ったのォ」

水野十郎左衛門
「いやはや」
「手前は親父の意思を継いで歌舞いて参ろうと思っておる」
「堅苦しき江戸住まいなど御免蒙る」

保科正之
「いやな。。。」
「水野家の家柄は今の旗本の比では御座らんでの」
「大藩を以て報いようと思っておるのじゃ」
「受けて欲しいが如何であろうか?」

水野十郎左衛門
「はははははァ」
「いや失敬」
「手前は奴無勢ですぜ」
「大領など無縁で御座いましょう」

保科正之
「そうか」
「成之殿が望みならば無理知恵はできんのォ」

水野十郎左衛門
「話は須磨のことで御座ろォ」

保科正之
「お前は如何思っておる?」

水野十郎左衛門
「ありャー単なる噂」
「大政様の恥は有りませんぜェ!」

保科正之
「ほォー」
「では、縁は無いと申されるのか?」

水野十郎左衛門
「如何にも!」

保科正之
「んーー」
「まァ」
「噂であろうとも
これは何かの縁じゃ
今日は酒でも飲み交わして心行くまで楽しんでくれ」

水野十郎左衛門
「無理をなさるな!」
「傾奇者の儂と酒じゃと!」
「てやんでぇ悪酔いしちまわァ」

保科正之
「そうか」
「しかしお主の素行は芳しくないぞ」
「いのままだと
いくら良き家柄の水野家といえども
黙っておる訳にはいかんぞ」

水野十郎左衛門
「傾奇渡世が身に付いておる」
「お縄が怖くて傾奇いてられんでェ」

保科正之
「しかし、残念じゃ」
「お主は見どころがあるが。。。。」
「まァ 何時でも良い
酒を飲み交わさう!」
「待っておるからな」

水野十郎左衛門
「あはははァ」
「笑わせやがる」

木内惣五郎は老中の中でも聞こえのある久世大和守広之に駕籠訴を決行した。
久世の屋敷から出てくるの待って願書を捧げたのだ。
老中久世大和守広之は書簡を確認したが対処に困っていた。

老中久世大和守広之は承応2年に徳川家綱の側衆になっているが
惣五郎の駕籠訴を受けた時は、
まだ前の将軍家光の小姓の立場であったのだ。
まだ地位が確定していない不安定な時であり、
幕府の政務に口出し出来る立場ではなかった。

老中久世大和守広之は承応2年(1653年)九月に
土屋数直 牧野親成と一緒に将軍家綱の側衆になっている。
しかし、本来ならばこの地位は前の大政参与の堀田加賀守正盛の跡継ぎの
堀田上野介正信がなる筈であった。
すなわち、佐倉領城主堀田上野介正信は幕府から完全に無視されていたのだ。
佐倉上野介は血気の若者であったので
幕府の冷遇に冷静さを失っていった。
不満が膨らみ、その不満は松平信綱に向かっていった。



物語は少し過去の話、数年前の1651年である。
松平信綱は功績らしい働きも無く大政参与になり
将軍家光の寵愛と褒美を存分に貰い受けている
堀田正盛が気に入らなかった。

松平信綱
「加賀殿!」
「お主には儂に内緒の謀が御座ろう?」

堀田正盛
「何のことでしょうか?」

松平信綱
「由井正雪の事じゃ」

堀田正盛
「そのことで御座いましたら
何も申すことは御座らん!」

松平信綱
「やはりそうか!」
「儂には全て知れておることじゃ」
「お主!」
「由井正雪と通じておったな!」

堀田正盛
「何のことで?」

松平信綱
「由井正雪は儂を排除したいと考えておる」
「お主とは協力したいそうじゃ」

堀田正盛
「知りませんな!」

松平信綱
「強情な奴じゃ」
「覚悟しておけ!」

堀田正盛
「強引でございますな。。。」

堀田正盛は牢人問題で融和の道を探る為に
由井正雪と良好な関係をもっていたが
このことは将軍家光の指示でもあった。
しかし、家光は融和策は松平信綱には内緒だと
念を押していたのだ。



物語は更にもう少し過去の話、数年前の1650年である。
松平信綱は功績らしい働きも無く大政参与になり
将軍家光の寵愛と褒美を存分に貰い受けている
堀田正盛が気に入らなかった。

将軍家光は病の床にあった。
その時、幕府の方針は老中首座松平信綱が担っていたのだが、
権威は大政参与の方が上であった。


松平信綱
「西国(大陸)への援軍は牢人対策に有効だと考える」
「このとき、御三家の徳川頼宜殿に西国大名の全指揮権は有り得ない」
「また、由井正雪は幕府に協力する気はないようだ」
「しかし、牢人は増え続けており
市中でも狼藉(無法な荒々しい振る舞い。乱暴な行い。)が
横行している」

井伊直孝
「牢人を西国に送り込むには
統制力が必要不可欠であろーが」
「今、由井正雪は何を考えておる」
「奴は幕府に忠義するのか!」
「少なくとも、老中首座には従わぬと思わんか!」

松平信綱
「牢人は五十万程もおるのじゃ」
「奴らを野放しには出来んぞ」
「大陸に送り込むのが得策じゃ」

井伊直孝
「鄭成功による援軍要請はきっぱりと
お断りするのじゃ」
「大陸の争いに巻き込まれれば
豊臣の出兵の二の舞を踏むことじゃ」

堀田正盛
「大政参与として申せば
由井正雪が手なずけられない現状では
牢人をもって戦をするは無謀に御座いましょう」

松平信綱
「正盛どの!」
「お主は黙っておれ!」
「この計画は
儂が長年かけて計画してきたものじゃ」
「お主の大政参与は井伊直孝殿と同格では無いぞ」

井伊直孝
「伊豆殿!」
「言葉を慎みなさい!」
「大政参与は老中よりも格上ですぞ!」
「大陸への戦は無謀じゃ」

松平信綱
「むうゥぎゅ。。。。」

「堀田正盛め覚えておれ」






さて、物語は将軍家綱時代初期の混乱期である。
惣五郎による久世大和守広之への願書は下げ戻しになっていた。
大和守屋敷から呼び出しを受けた惣五郎は
領主役人の非道と今までの経緯を必死に訴えたが受け入れられず
今回の駕籠訴に関しては穏便に計い罪科は問わないとの申し渡しを受けたのだ。

名主 中内助介
「惣五郎さんよ
やつぱり将軍様に直訴すっぺ!」

名主 木内惣五郎
「んんーー」
「将軍家綱様はまだ幼少の身
はたして、直訴を受け入れてもらえるやら?」

名主 中内助介
「いやいや」
「家綱様は優しいお方だと噂されておんるぞ」
「島流しの罪人の心配までしてくれるんだっぺ」

名主 木内惣五郎
「んんーーーー」
「しかし、将軍様の警護は厳重じゃ」
「うかつに近づくことも出来んぞ!」

名主 中内助介
「警護の緩い場所を探して隠れておれば如何じゃ?」

名主 木内惣五郎
「んんーーーーーー」
「いや、駄目じゃ」
「むしろ警護が厳重になされている城門等で
意表を突くことじゃ」
「隠れてこそこそと直訴すれば
その場で殺されるぞ!」

名主 中内助介
「いんや」
「将軍様は優しいお方だっぺ」
「殺しゃーせんよ」
「直訴しっぺ」

名主 木内惣五郎
「儂は死ぬぞ!」

名主 中内助介
「いんや」
「大丈夫だっぺ」

名主 木内惣五郎
「んんんんーーーーーーー」

名主 中内助介
「そうじゃ」
「名前を変え為され」
「これよりおめーは
佐倉惣五郎じゃ」
「佐倉領の代表じゃっぺ」

名主 木内惣五郎
「おだてるな!」




保科正之の娘の須磨の縁談が大藩の前田家に決まったが
肝心の須磨は旗本奴の水野十郎左衛門に夢中であった。

水野十郎左衛門
「べらぼうめ!」
「おめェーの父は儂に大藩を奉じるなどと抜かしておるぞ」
「とんだ、とうへんぼく奴ろーたーおめェーの親じゃ」

保科正之の娘の須磨
「なに言ってんだい!」
「貰えるもんは有難く貰っとくもんだよ」
「あんたなら老中だって出来るよ」

水野十郎左衛門
「なに言ってやがんだ!
このすつとこどっこい」
「老中たァー笑わせやがる」
「儂しァー傾奇者ぜよ」
「城の中で畏まっておられるもんか!」

保科正之の娘の須磨
「畏まってる必要は無いじゃない」
「それより、大変な事になりそうよ」

水野十郎左衛門
「ん」

保科正之の娘の須磨
「幡随院長兵衛に知られたらしいの」

水野十郎左衛門
「何を?」

保科正之の娘の須磨
「あたいとあんたの仲よ」

水野十郎左衛門
「何じゃそりャー」
「べらぼうめー!」
「構わねーじゃねェーか!」
「何が大変な事じゃ」

保科正之の娘の須磨
「何でもあたいの父親をゆすってるそうよ」

水野十郎左衛門
「だから言ってるじゃろーが」
「おめャーは大藩前田に嫁ぐャーええんじャ」

保科正之の娘の須磨
「でもね、もう遅いわよ」
「幡随院長兵衛 何するか分からんよ」

水野十郎左衛門
「あの町奴 野郎」
「如何してくれよォーか!」



将軍家綱は上野寛永寺に参詣することがあった。
何時なく警護の衆が慌ただしくなっている時を狙って、
佐倉惣五郎は将軍家綱に直訴するため
三枚橋の正面に見える黒門に向かって歩いていた。

水野十郎左衛門
「やいやい」
「お主! 見かけん顔じゃのォ」
「此処でうろうろすんじゃねェーぞ」

佐倉惣五郎
「いやいや」
「将軍様にお目にかかれないかと思ってな」

水野十郎左衛門
「んー」
「てめェーは誰だ!」

佐倉惣五郎
「佐倉藩の佐倉惣五郎と申す者」
「お見知りおき頂きたい」

水野十郎左衛門
「ほーォ」
「将軍に合いたいのか?」

佐倉惣五郎
「んゥ」
「いやな 実は直訴しようと思っておるのじゃ」

水野十郎左衛門
「おーォ」
「こりゃたまげた!」
「佐倉領主が直訴たァー恐れ入った」

佐倉惣五郎
「いやいや」
「領主では御座らん」
「佐倉領の代表じゃ」

水野十郎左衛門
「まァ そんなこたァー如何でもええ」
「おもろい事を言う奴じゃ」
「でもな」
「駕籠訴は無理じゃぞ」

佐倉惣五郎
「警護が硬いようですな」

水野十郎左衛門
「んーー」
「硬いな!」

佐倉惣五郎
「申し訳御座らんが力添え下さらんか?」

水野十郎左衛門
「ますます」
「おもろい奴じゃ」
「将軍に直訴するのに儂を頼るたァー おもろすぎるぞ」
「いやはや 気に入った」
「大いに力になってやる」


水野十郎左衛門は旗本奴であったが
家柄が良く
保科正之の娘の須磨のことで大政参与保科正之の推薦もあり、
将軍家綱との顔合わせもあった。

水野十郎左衛門が黒門前で佐倉惣五郎と話をしていると
奇跡が起こった。
将軍家綱が奏者番井上正利常陸笠間領主を引き連れて
黒門に近づいてきたのだ。

水野十郎左衛門
「上様!」
「あの者は佐倉領主佐倉惣五郎殿」
「あの者、願書を携えておりましたぞ」

佐倉惣五郎
「上様に願い事が御座います」
「恐れ多き事で御座いますが
何卒良き計らいをお願い致します」

将軍家綱
「願い事があるのか?」

佐倉惣五郎
「はい」
「左様に御座います」
「今、佐倉領の領民は食べる米が一切ございません」
「我ら領民をお助け下さいませ」

将軍家綱
「お腹を空かしておるのか?」

佐倉惣五郎
「はい」
「農民は沢山の米を作っておりますが
その全てを取り上げられております」
「領民は食べる米が一切御座いません」

将軍家綱
「それは可哀想じゃ」
「米を食べねば元気が出んぞ」

佐倉惣五郎
「願書を吟味の上」
「佐倉領民を御救い下さいますように
お願い申し上げます」

将軍家綱
「よしよし、
願書は確かに受け取った」
「安心するがよい」

佐倉惣五郎
「有難き、幸せに御座います」
「上様の御健勝をお祈り申し上げます」

奏者番井上正利は只ならぬ事に気付き
佐倉惣五郎を退け、
将軍家綱が受け取った願書を
貰い受けた。



佐倉惣五郎の直訴を受けて幕府は少し騒めいていた。
酒井忠勝は孫の佐倉領主堀田正信を呼び寄せた。

酒井忠勝
「何故呼ばれたか分かっておるな!」

堀田正信
「はて?」
「如何なこどで御座いますか?」

酒井忠勝
「ん?」
「お前は黒門の前で
上様に直訴したそうじゃないか!」

堀田正信
「まさか!」
「濡れ衣です」
「儂の名を騙る不届き者の仕業でしょう!」

酒井忠勝
「そうか。。。」
「佐倉城主 佐倉惣五郎と申すものが
直訴したと聞いておる」

堀田正信
「佐倉惣五郎?」

酒井忠勝
「覚えが無いのじゃな!」

堀田正信
「正信の知ることでは御座いません」

酒井忠勝
「そうか。。。」

堀田正信
「直訴の内容は
如何様な事に御座いますか?」

酒井忠勝
「年貢の租率じゃ」
「それから、仮早稲米を早く返して欲しいとの願書じゃった」

堀田正信
「そうです そうですよ!」
「その仮早稲米は確認書の吟味が滞っており
難儀しております」
「認可され次第
早く農民に返したいのです」

酒井忠勝
「何じゃそりゃー」
「そんなもん
早く返してしまえ!」

堀田正信
「しかし、確認書が?。。。」

酒井忠勝
「そんなもん構わんから
早く返してしまえ!」

堀田正信
「はァ?」

酒井忠勝
「何だ!」

堀田正信
「何で御祖父様は
正信が困っている時に
助けてくれないのですか?」

酒井忠勝
「何が!」

堀田正信
「このような問題が起きなければ
仮早稲米の存在も知らなかったのでしょう!」

酒井忠勝
「バカにするな!」
「もうよい!」
「早く、その仮早稲米を農家に返しておけ!」




堀田正信は松平信綱に将軍家綱への直訴を咎められていた。

堀田正信
「伊豆殿!」
「直訴は佐倉惣五郎の仕業に御座います」
「正信の知る事ではありません」

松平信綱
「ほォー」
「まァ 何方でもよいわ!」
「責任を取って切腹せよ!」

堀田正信
「なァ 何と!」

松平信綱
「ん?」
「何じゃ!」

堀田正信
「いいえ!」
「ただ、佐倉惣五郎の事が分からぬ時点で
いきなり切腹を申し受けましても。。。。」

松平信綱
「そうか!」
「では、丁度良い」
「お主は父親と共に殉じて果てよ」

堀田正信
「なな何と!」

松平信綱
「其方の父(堀田正盛)は将軍家光を慕い殉死したのじゃ」
「其方も父を慕い殉死したらよい」

堀田正信
「父は正信に佐倉領民を託されたので御座います」
「殉死は望んではおりません」

松平信綱
「そうか」
「では、本当の事を教えてやる」

堀田正信
「え?」

松平信綱
「実はな、
堀田正盛は其方の父親では無い」
「お主の真の父親は松平康政じゃ」

堀田正信
「そんな。。。。」

松平信綱
「嘘じゃと思うのなら
お前の母親に聞くがよい」

堀田正信
「んぐゥ。。。。」




名主 中内助介
「惣五郎さん!
将軍様に直訴したそうだのォ!」

名主 木内惣五郎
「ああ」
「運が良く将軍様に直接お会い出来た。
将軍家綱様は快く了解して下さったぞ」

名主 中内助介
「ほれ見よ」
「オラが言った通りじゃ」
「将軍様は優しいお方だっぺ」

名主 木内惣五郎
「どうやら
儂らは飢え死にせんでも済みそうだぞ」

名主 中内助介
「惣五郎さんよ」
「おめェーは佐倉領を救った英雄だっぺ」
「先んずは、公津村でんば祝杯を挙げて
そんでから、地元の名主を上げて
大祝賀会を開いて
お祝いすんべ」

名主 木内惣五郎
「おお」
「そうじゃのォ」
「佐倉領民を上げて
皆でお祝いをせねばのォ」

名主 中内助介
「惣五郎さんよ」
「将軍様に会うた様子を
詳しゅー教えてくんろ」

名主 木内惣五郎
「おお」
「儂が三枚橋から下谷広小路黒門へ歩いておると
今、江戸で流行っておる歌舞伎の旗本奴に会ったので
その者と話をしておった」

名主 中内助介
「おぉ それから如何した!」

名主 木内惣五郎
「その者は水野十郎左衛門(水野 成之)と申しておったが
儂が佐倉惣五郎と名乗ると佐倉領主だと思ったようだ」

名主 中内助介
「ほォーォ」
「惣五郎さんが領主か
そりゃ可笑しなこったっぺ」

名主 木内惣五郎
「いや」
「誤解無き様に
領主では無いと申したのだが
妙な事に水野様は聞き入れなかったな?」

名主 中内助介
「そうじゃっぺ」
「領主様の恰好をしておったから
誤解されても仕方ねェーべよ」

名主 木内惣五郎
「いやはや」
「ひょんな事に
その水野様の手引きで
将軍家綱様に直訴できたのだよ」

名主 中内助介
「将軍様は何と言っとったか?」

名主 木内惣五郎
「ああ」
「将軍家綱様は
米が食えねば元気が出ぬ」
「安心するがよい」
「そのように申された」

名主 中内助介
「おォーお」
「凄いのォーお」
「皆を呼んでお祝いじゃっぺ」



仮早稲米を返してもらう為に、
農民は房州代官の岡上治郎兵衛に会いにいった。

岡上治郎兵衛
「佐倉領における仮早稲米は領民に返すことになった」
「ちなみに、年貢の租率も二分下げることになつたので
各名主に返すゆえ
取りに来るように申し付ける」

農民
「えへへェェ」
「本当に御座いますか」
「ゆはり、直訴は本当じゃった」

岡上治郎兵衛
「直訴じゃと!」

農民
「そうですだ!」

岡上治郎兵衛
「城主様へ直訴したのか?」

農民
「いんや」
「聞いて驚くなよ」
「将軍様に直訴ですぞ!」
「将軍徳川家綱様に直々の直訴ですぞ!」

岡上治郎兵衛
「聞き捨てならん!」
「誰が直訴したのだ!」

農民
「んゥ」
・・・・まずい・・・・・・
「し・知らん・・・」
「オラは知らん・・・」

岡上治郎兵衛
「直訴した者を連れてこい
連れて来ぬと仮早稲米は返さん!」

農民
「えぇーーーー」
「そんな、殺生な!」

岡上治郎兵衛
「将軍様に直訴などして
ただで済むと思うなよ!」
「獄門じゃ 磔の上さらし首じゃ!」

農民
「びェェェーーーーー」
「恐ろしいーーーーーーーーー」

岡上治郎兵衛
「また、手引きした者
その仲間
その家族
その親族
その村の者ども
全ての者が打ち首になるぞ」

農民
「ぐゥうェェェーーーーーー」
「勘弁してけろ」

岡上治郎兵衛
「お主!」
「知っておるなら全て吐け」

農民
「勘弁してけろ」
「オラは何も知らんけん」
「何も知らん・・・・・」

岡上治郎兵衛
「よいな」
「直訴した者を連れて来い」
「連れて来ぬは
お主が責任じゃ」
「連れて来ぬ時は
お主が獄門となるぞ」
「当然、仮早稲米も返さん」
「年貢の取り立ても厳しくなるぞ!」




松平信綱から真相を告げられた佐倉領主堀田正信は
落胆していた。
そして、自分を守ってくれない祖父の酒井忠勝に
失望していた。
彼は自らの苦しい立場を分かって欲しかったのだ。

酒井忠勝
「どうやら、佐倉惣五郎は偽名のようじゃ」
「今、佐倉領民は騒めいておる
早く帰って鎮静化せよ!」

堀田正信
「儂はもう如何でもよい」
「本来ならば
その佐倉惣五郎の代わりに
儂が将軍家綱様に訴えるべきであった」

「儂は、責任を受け入れて
切腹するぞ!」

酒井忠勝
「アホな事を申すな!」
「お主が責任を取って切腹などすれば
儂は如何なる!」
「お家は如何なる!」
「家来共は如何なると思うか!」
「皆が路頭に迷うのだぞ!」
「腹を切って解決するものでは無い」
「愚か者が!」

堀田正信
「ふーーーん」
「もう如何でも良いわ。。。。」

酒井忠勝
「何じゃ!」
「そのふて腐れた態度は!」
「お主は佐倉領主であろーが!」

堀田正信
「儂の本当の親は堀田正盛ではなく
松平康政と聞いた」

酒井忠勝
「誰に?」

堀田正信
「松平信綱じゃ」
「祖父殿も知っておったのじゃろ?」

酒井忠勝
「そんな事は詮索するな!」
「お主は直系の跡継ぎじゃ」
「堀田正盛はお主の父親じゃ!」

堀田正信
「しかし、何で松平信綱が知っておった?」
「祖父殿が話したのか?」

酒井忠勝
「あっ」
「いや」
 
「バカを申すな誰が話すものか!」

堀田正信
「やはり
話したのですね。。。。」

酒井忠勝
「儂は知らん!」

堀田正信
「家督は直系の弟君が継げばよい」
「儂はもう ウンザリじゃ」
「ああ アホくさい」

酒井忠勝
「あのな」
「もう無理じゃ」
「理由なく家督は放棄出来ん」

堀田正信
「如何かな?」
「まっ」
「儂が放棄して困るのは祖父殿じゃ」




佐倉領主堀田正信が苦悩している時に
幕府の体制を揺るがしかねない承応の変があった。

1652年10月15日に起きた戸次庄左衛門の乱である。

松平信綱
「由井正雪は始末したが、
今度は別木庄左衛門だ」
「牢人どもは儂を打ち取る計画じゃ」

阿部忠秋
「んーー」
「お主!
もう力ずくで浪人を抑え付けるのは
止めにせんか!」

松平信綱
「由井も別木も儂を標的にしておる」
「やられる前に始末する必要があるのじゃ」
「儂に逆らう牢人は許さん!」

阿部忠秋
「あのな」
「由井も別木も幕府に忠義無く
行動していた訳ではないぞ」
「お主が敵対心を持つから
対抗していたと思わんか!」

松平信綱
「あの者どもは
変に学があるから手に負えん
危険な奴らだ!」

阿部忠秋
「しかし、
50万もの牢人を全て
始末することなど出来ないではないか!」

松平信綱
「山本兵部は別木と親交があるのォ」

阿部忠秋
「んゥ」

松平信綱
「山本兵部はお主の家臣じゃ」
「切腹じゃの」

阿部忠秋
「んゥーー」

松平信綱は牢人対策に奔走しており
堀田正信の事は忘れていた。


木内惣五郎の小作人は代官の脅迫で
恐れおののいていた。

小作人
「惣五郎さん。。。」
「代官様が呼んどります」

名主 木内惣五郎
「お前!」
「代官に会ったのか!」

小作人
「会っただよ」
「そんだら 惣五郎さんに
代官所さ 来るように言っとった」

名主 中内助介
「そら、大変なこっちゃ」
「行ったら奉行所行じゃ」
「直訴がばれたがよ」

名主 木内惣五郎
「そうか。。。」
「遂にばれたか!」

名主 中内助介
「早よ」
「逃げねャー」

名主 木内惣五郎
「そうじゃのォー」
「身を隠すか」

小作人
「あのォー」
「・・・・・・」
「惣五郎さんが代官所に行かんとば
仮早稲米を返してくれんだばよ」

名主 中内助介
「んゥぎャ」
「惣五郎さん!」
「儂らの為に死んでくれろ」
「代官所に行ってけろ」
「お願いするっぺ」

名主 木内惣五郎
「んー」
「覚悟は出来ておる」
「名乗り出るか!」

小作人
「そうじゃ」
「皆のためじゃが」

名主 中内助介
「おお」
「流石! 惣五郎さんや!」
「頼もしいこっちゃっぺ」

名主 木内惣五郎
「儂一人の命を引き換えに
佐倉領民が救われるのじゃ」
「悔いはないぞ!」

名主 中内助介
「惣五郎さん!
有り難うだっぺ!」

小作人
「弔いするろ」
「安心して獄門になってけろ」



酒井忠勝
「お前が早まった事をしないように
佐倉惣五郎を処罰したぞ」

堀田正信
「何故ですか?」
「佐倉領主は正信ですぞ」
「たとえ祖父殿でも干渉し過ぎではありませんか!」

酒井忠勝
「お前が切腹するなどと言うからだ」
「頭を冷やせ」

堀田正信
「佐倉惣五郎の処罰は?」

酒井忠勝
「獄門じゃ」
「佐倉惣五郎には子もおった
その者もさらし首じゃ」
「ただし惣五郎の妻は子を宿っておったから
特別に赦された」

堀田正信
「何と!」
「何で儂に相談しないで
こんな重要なことを
勝手に決めて。。。。。」
「祖父殿は身勝手過ぎますぞ!」

酒井忠勝
「惣五郎は将軍に直訴したのじゃぞ」
「極刑が適当じゃ」
「妻が赦されただけでも
特別な配慮じゃ」

堀田正信
「しかし」
「残された子まで獄門とは
殺生で御座います!」

酒井忠勝
「うるさい!」
「お主には領主の資格はないのォー」

堀田正信
「勝手過ぎます」
「資格が無ければ
如何なさる!」

酒井忠勝
「頭を冷やせ」
「御家の大事じゃ」

堀田正信
「もう嫌じゃ」
「家督は弟の脇坂安政(信濃飯田藩主)が継げばよい!」

酒井忠勝
「左様か。。。」