アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

アプリコットプリンセス 将軍家綱漫遊記 

2020-05-12 09:26:21 | 漫画


将軍家綱
「また会えましたな」
「なにやら諸国を漫遊していたとか?」

アプリコット
「そうよ」
「いろいろ見て来たわよ」

将軍家綱
「余は卯の刻に起きて政務をこなし
剣の修行から学問で一日が終える」
「諸国のことは一切知らんのじゃ」

アプリコット
「学問も必要ですけど
外に出て学ぶことも有るわよ」
「庶民の暮らしを知っておくことも必要よ」

将軍家綱
「余は駕籠の中の小鳥じゃ」
「余には自由は無いのじゃ」
「余は庶民の暮らしを一切知らないのじゃ」

アプリコット
「外に逃げ出せばいいわ」
「外の世界は書物では分からないわよ」

将軍家綱
「しかし、側近の監視が厳しくて
逃げ出せないよ。。。」

アプリコット
「私が連れて逃がしてあげる!」

将軍家綱
「真か!」

アプリコット
「将軍漫遊記ね」




アプリコットは将軍家綱を連れて
惣五郎のいる村に連れていった。

あれ、惣五郎さんは亡くなった筈では?

アプリコット
「へんてこな事になったわ」
「どうやら少し過去に戻ったらしいのよ」

将軍家綱
「貴方には見覚えがあります」
「もしかして、惣五郎さんでは?」

理兵衛
「いいや」
「おらは理兵衛というこの土地の名主じゃが」
「何か御用ですかな?」

将軍家綱
「余は黒門前で其方と会った」「その時」
「領地に食べる米が無いと申しておったぞ」

アプリコット
「惣五郎さんの実際の名前は理兵衛というのよ」
「将来、佐倉惣五郎と名乗ることになるわよ」
「そして、黒門前で家綱様とお会いするわよ」

理兵衛
「おらが将軍様とお会いする?」
「まさか!」

アプリコット
「だって、未来は決まっているのですから」
「でも、努力次第で良い方向に変えることも出来るのよ」
「頑張ってね!」

理兵衛
「ん?」
「何か悪い事でもおこるのかね」

アプリコット
「そうよ」
「でも、きっと大丈夫よ」
「私たちが付いていますものね
家綱様!」

家綱
「そ。 そうじゃ」
「心配はいらんぞ」

理兵衛
「何のこっちゃ?」



家綱
「代官殿!」
「佐倉領の年貢を横領しているのか!」

代官
「横領?」
「いきなり酷い言いがかりだ」
「ここは子供の遊び場ではないぞ」
「バカな事を言うとつまみ出すぞ」

アプリコット
「お代官様。ごめんなさいね」
「この方は将軍家綱様なのですよ」

代官
「あッははははは」
「恰好は将軍様じゃが中身は違う
将軍様は江戸住まいじゃ」
「バカな遊びはやめなさい」
「場合によってはお咎めがありますぞ」

将軍家綱
「諸国を漫遊しておるのじゃ」

代官
「面白い遊び事じゃが」
「将軍の名をかたってはならぬぞ」

アプリコット
「ねェ お代官様の仕事は何ですか?」

代官
「代官はな なんでも屋じゃよ」
「幕府の命令で年貢を取り立てたり、村のもめごとの仲裁やら」
「最近では寛永大飢饉での領民救済なども仕事じゃ」
「横領など絶対に出来ん立場じゃ」
「変な事を言ってはならんぞ」

アプリコット
「ねェ 直訴ってなあに?」

代官
「じ 直訴!」
「直訴はならん!」
「直訴などあってはならんぞ」
「口に出してもならん」



名主
「おめェーらか!」
「代官が言っとったっぺ」
「変な遊びをしとる童っ子がおるって言っとったっぺ」

アプリコット
「こんにちは」
「私 農家のおじさまの招きで来たのよ」

農民
「この方は将軍徳川家綱様じゃぞ」
「控えおろう!」

名主
「ん?」
「おい!」
「おめェーまで遊ぶこたァーねェだっぺ」
「何が将軍じゃ」
「ふざけた遊びじゃっぺ」

将軍家綱
「なにやら
佐倉領民は困窮しているとか?」

名主
「お上には言えんがにャー
おらどもはまともな飯を食ってねェーだっぺ」
「まっ
子供の遊びに付き合っても
しかたなかっぺが」
「ほんまなこったっぺ」

将軍家綱
「年貢は五割程
半分は手元にあるのでは?」

名主
「あるもんかね!」
「残りの半分も取り上げじァッぺ」
「何ァーんも残ってねェーよ」

将軍家綱
「誰が取り上げておるのじゃ?」

名主
「んゥ?」
「代官じゃっぺ」
「きっと」

将軍家綱
「さようか!」
「代官めが!」


アプリコット
「お奉行様!おはようございます」

奉行
「おお 良い日よりじゃ」
「ん」
「儂に何か用か?」

アプリコット
「将軍家綱様がお奉行様に聞きたい事があるのよ」

奉行
「ん?」
「徳川将軍に御座いますか?」
「おおお」

農民
「将軍様のお出ましだぞ」
「頭が高い控えおろう!」

奉行
「いやはや?」
「おおお」
 
「・・・・・」

将軍家綱
「すまんな!」
「そちに聞きたいことがある」
「佐倉領の年貢の租率は如何ほどじゃ」

奉行
「おおおお・・・」
「いや あのォー」
「あの 」
ー ひれ伏して ー
「ははァー」
「将軍様!」
「知らぬこととはいえ無礼な事
お許し下さいませ」

将軍家綱
「おいおい」
「内緒の事じゃ
大げさにするな」

奉行
「此処では落ち着いて話も出来ませんので
城内にて」
「城主上野介様にもお会い頂ければ
幸いに御座います」

将軍家綱
「そうじゃの」
「案内いたせ」






佐倉領主上野介(堀田正信)
「上様に謁見できるとは夢のような事に
御座います」
「この上野介
上様への忠義に生きたく思いますれば
なんなりと申し付けくださいませ」

将軍家綱
「そうか」
「心強き事、忠義せよ」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「ははッ」
「父の堀田正盛の忠義に恥じぬよう
精進致しますれば
この上野介をお見知りおき願いたく存じ上げます」

将軍家綱
「もう、そのような挨拶はたいがいにしょう」
「ちょっと聞きたいことがある」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「なんなりと承ります」

将軍家綱
「代官は横領しておるのか?」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「いえ」
「そのような事は御座いません」
「代官は不正が出来ぬ立場に御座います」

将軍家綱
「そうか」
「ちょっと百姓の話を聞いてみろ」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「おお、そこの百姓」

百姓
「おらどもは食う米がねェーだ」
「米は全部が代官さ取り上げられるだぞ」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「んゥ」
「仮早稲米のことじゃな」
「これは幕府の確認があれば領民に返す米じゃ」
「取り上げている訳ではないから
安心致せ」

将軍家綱
「その仮米とは何じゃ」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「仮米は仮に受け取っている幕府への扶持米に御座います」

将軍家綱
「幕府に?」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「はい」
「仮米は幕府の命令で一時的に
保管している扶持米なので
幕府の確認書を受け取らなければ
米の受け渡しは出来ないことになっております」

将軍家綱
「んゥ・・・・」
「良く分からないな」
「余にも分かるように説明せよ」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「詳しく説明致しますと話が長くなりますが」
「簡単に申し上げれば
今まで幕府より領民に施されていた特別な恩賞が
無くなったために
その恩賞に見合った扶持米を保管しているので御座います」

将軍家綱
「んゥ・・・・・」
「何じゃ! その恩賞とは!」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「将軍家綱様の御父君にあらせられる
大御所家光様からの恩賞に御座います」

将軍家綱
「おおォ」
「大御所様の恩賞が無き事に!」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「左様に御座います」

将軍家綱
「それで、幕府からの確認書が必要なのか?」

佐倉領主上野介(堀田正信)
「左様に御座います」



代官
「もうそのような戯けた遊びはするなよ」
「将軍様の名をかたり世を混乱させれば
童っ子の遊び事では済まされぬからな」
「今回は見ぬふりをしておくが
今度また将軍の名をかたり
民を騙したる時は厳罰に処するぞ」
「よいな」

アプリコット
「ねェ」
「代官様が預かっているお米は
百姓のおじさまに返さないの?」

代官
「そうじゃ」
「不思議な事に幕府の いや」
「将軍様直々の確認書が参った」
「こんな事があるのだろうか?」
「いやはや 不思議な事もあるものだ」
「確認書は通常は老中止まりの筈じゃが?」
「んゥーー」
「不思議じゃ」

アプリコット
「確認出来たからお米は返すのね」

代官
「おお そうじゃ」
「名主を呼んで米を受け取りに来るように
申し付けておくれ」
「しかし、良かった」
「これで安心して民に米を返す事ができる」

将軍家綱
「それでは代官殿
今後、確認書無しでも不届きな扶持米の取り立てはせぬように申し付けるぞ」

代官
「おいおい」
「まるで将軍様のような言いようじゃのォ」
「困った童っ子じゃ」


アプリコット
「こんにちは」

名主
「また、おめェーらか」
「あんまし遊んでおらんで
家さ帰って手伝でもしろっぺ」

アプリコット
「良い事があるのよ♪」

名主
「何じゃろか?」

将軍家綱
「代官が仮米を返すから取りに来るよに申しておったぞ」

名主
「おおォ
そりゃーよかこったっぺ」
「おい 百姓!」
「おめェーを食わせていけそうじゃぞ」
「ほんに そりゃーよかった!」

百姓
「名主さま」
「此処へおるもんは
ほんに 将軍さまがよ」
「おらたちを救って下さったがよ」
「遊びなんかじゃねェーがよ」

名主
「もうそんだこたァーええがよ」
「おめェーも 童っ子と いつまでも遊んでおらんで
米を運ぶのを手伝ってくれっぺ」

百姓
「嘘じゃないがよ」
「ほんまに 将軍さまなんじょ」
「将軍さまが助けてくれたんがよ」

名主
「んゥ?」
「ほんまに 将軍様かえのォ?」
「おらは信じられんぺ」

将軍家綱
「信じる必要はない」
「大騒ぎになっては困るでな!」

名主
「んゥ?」
「ほんまじゃたら
おらは獄門か?」

将軍家綱
「まさか」
「安心せよ」
「余は貧窮する者をみるに忍びないので
城主の上野介に確認書を書いただけじゃ」
「たいした事はしておらんぞ」

名主
「おおおォ」
「これは これは」
「大変失礼をいたしましたでごじゃりまっぺ」
「ほんまもんの 将軍さまなんだっぺ」
「おおおォ」
「そうじゃ 村ん者を集めて
将軍様を持て成したいのじゃが
如何じゃっぺ」

将軍家綱
「いや」
「大騒ぎは御免じゃ」
「直ぐに旅にでるぞ」

名主
「おおおおおォ」
「せめて惣五郎さんに会ってくださいまっぺ」

将軍家綱
「惣五郎殿とは いずれ また会うことになろう」
「惣五郎殿には無茶はせぬように
申し付けてもらいたい」


アプリコット
「こんにちは 将軍さまの着物を探しているのよ」

丁稚
「今は、旦那(番頭)さんがおりませんので・・・・」

将軍家綱
「お前は店番はせんのか?」

丁稚
「へい」
「裏方で働いております」

アプリコット
「ねェ」
「私、アプリコットよ」
「あなたの名前はなあに?」

丁稚
「へい」
「小僧と呼ばれておりますよって」
「丁稚は皆、小僧でおま」

アプリコット
「小僧さんね!」

丁稚
「へい」
「そのようにお呼びくださいませ」

将軍家綱
「小僧は裏方で何をしておるのじゃ」

丁稚
「へい」
「掃除でおま」
「あと、旦那さん(番頭)の荷物運びかな・・」

アプリコット
「仕事を覚えてから店を任されるのかしら」
「子供の頃から働くのね」

丁稚
「わては三男坊でっから食減らしですよ」
「丁稚は旦那さんに仕えて食事を施してもらってるんでっせ」

将軍家綱
「小僧!辛くはないか?」

丁稚
「家は小作じゃから
あてがおっては食うにも困るさかいに」
「ここにおれば食べさせてもらえる
有難いことです」

将軍家綱
「休みはあるのか?」

丁稚
「へい あります」
「盆と正月の二日が休みですよ」

将軍家綱
「小僧は働き者よのォ」
「番頭は何処じゃ!」

丁稚
「淀屋の三代目の所に行っております」

将軍家綱
「そうか」
「案内いたせ」



淀屋三代目
「将軍様のお着物を所望とのことですが・・・・」

アプリコット
「そうよ」
「そうねェ 町民風がいいわ」

淀屋三代目
「将軍様の御召し物ですから
町民風は如何なものかと?」

将軍家綱
「町民風でよいのじゃ」
「この格好は目立ってしょうがない」
「古着でもよいぞ」

淀屋三代目
「あのォー」
「失礼ですが貴方様の御召し物で御座いますか?」

将軍家綱
「そうじゃ」

淀屋三代目
「えェーと」
「あの」
「御付きの方は何処に居られるのでしょうか?」

将軍家綱
「御付きはおらん!」

淀屋三代目
「お一人で?」

将軍家綱
「アプリコットが付き添っておる」

淀屋三代目
「あのォー」
「子供が二人で旅をしているのでしょうか?」

将軍家綱
「ついでじゃがな ちょうど路銀が果てたでな」
「淀屋で借用させてくれ」

淀屋三代目
「・・・・・・」
「あのォ」
「如何ほど?」

将軍家綱
「そうよのォ」
「取りあえず拾両ほどあれば十分じゃ」

淀屋
「おぉーー」
「江戸の通貨じゃ」

将軍家綱
「小判は使わぬのか?」

淀屋三代目
「いいえ、両替すれば良いのですが・・・」
「あのォ」
「大変失礼と存じ上げますが
真の将軍様に御座いましょうか?」

将軍家綱
「左様!」

淀屋三代目
「・・・・・」
「分かりました」
「拾両差し上げましょう」
「御召し物も用意いたしましょう」

「あのォー」
「将軍様・・・」
「宜しければ 暫く淀屋で暮らしてみては
下さいませんか?」

将軍家綱
「左様か」
「面白そうじゃのォ」
「暫く世話になるぞ」





将軍家綱
「余は今日から丁稚じゃ」

小僧
「良くお似合いです」

アプリコット
「何かお手伝いできるかしら」

小僧
「店の事は出来ませんので裏方の仕事ですよ」
「旦那様に聞いてみませんと分かりません」

アプリコット
「小僧さんは何をするの?」

小僧
「朝は屋敷の掃除です」
「これから朝食が出ますから
早く準備しましょう」
「食事は朝と昼と夕刻の三食ですから
遅れると食べそこなって
お昼までお腹を空かすことになりますよ」

将軍家綱
「そうか」
「小僧は何を食べておるのじゃ?」

小僧
「ここでは白米がお腹いっぱい頂けます」
「ほかほかのご飯と味噌汁が朝食です」

将軍家綱
「ほォー」
「ほかほかのご飯か?」
「余は冷や飯しか食べたことがないぞ」

小僧
「えェー」
「朝ご飯は炊きたてのほかほか御飯ですよ」
「ご飯は炊きたてが一番おいしいよ」

将軍家綱
「おおォ」
「楽しみじゃのォ」



将軍家綱
「皆で仕事をした後の昼飯は旨かったぞ」
「特にあの魚は格別じゃった」
 
丁稚
「さんまで御座いますね」

将軍家綱
「小僧たちはいつもあのような旨い魚を食べているのか?」

丁稚
「月に二度ほど魚が昼に出るのですよ」
「魚が出ない日は豆です」

将軍家綱
「余はいつも魚を食べておったが
干からびてカサカサの白身じった」
「同じ魚とは思えん!」

丁稚
「さんまはあまり出ませんよ
いつもはいわしです」
「淀屋の三代目は毎日、鯛やらヒラメやら
フグまで食べているそうですよ」

将軍家綱
「んぅ?」
「鯛やヒラメはよく食べておったが
今日のサンマほど旨くはないぞ」

丁稚
「干からびてカサカサでは
美味しくないでしょうね」
「三代目が申すには
鯛は頭と尻尾が特に旨いそうですよ」
「頭と尻尾の脂身が美味なそうです」

将軍家綱
「頭と尻尾か?」
「料理番が食べておったのじゃろーか?」
「旨い所を捨てる訳が無いのォ」

丁稚
「それから、三代目は鯛は骨周りの脂身も美味だと申しておりました」

将軍家綱
「魚の骨はすべて取り除いておったのォー」

丁稚
「小僧は鯛を食べたことはありませんから
聞いた話ですよ」

将軍家綱
「それでも、小僧たちが羨ましいぞ」

丁稚
「?」




淀屋三代目
「ちょと奉行所に行って来るから
番頭に知らせておいておくれな」

手代
「店の事は任せてくださいませ」
「安心してお出かけ下さいませ」

淀屋三代目
「おお そうじゃ」
「お奉行さまが将軍様の事で話があると申しておった」

「もしかしたら将軍様の名をかたる
偽の将軍がおるのかもしれん!」
「注意しておくれ よいな」

将軍家綱
「余のことを言っておるのか?」

淀屋三代目
「いえいえ」
「お奉行様の話ですよ」

「しかし、かりにも将軍様の名をかたり
拾両もの金を騙し取ったとあれば
童のこととはいえ重罪はま逃れませんよ」

将軍家綱
「おお そうじゃったのォ」
「ここに世話になっておるのじゃ」
「金は返しておくぞ」

淀屋三代目
「拾両は惜しくないが
不正はよくありませんよ」
「分かりましたね」

将軍家綱
「おおォ」
「不正とは恐れ入った」

淀屋三代目
「んゥ・・・・・」



大政参与
「おお 三代目」
「近うよれ」
「これからお主に話す事は極秘事項じゃ」
「絶対に他言は許さん!」
「よいな!」

三代目
「はい 絶対に他の者に話すことは致しません」

大政参与
「実はな 徳川将軍家綱様が大坂に来ておるのじゃ」

三代目
「えェ」

大政参与
「何じゃ」

三代目
「あのォー」
「えェーと」
「実は お奉行様からの消息を読んでいたので
丁稚に話してしまいました」

大政参与
「話したのか!」

三代目
「はい」
「あのォー」
「ただ その 将軍様の事でお奉行様に会いに行くと言いましたので・・・」

大政参与
「んゥ」
「それだけか?」

三代目
「はい」

大政参与
「よし」
「これから申すことは
絶対に話すなよ!」

三代目
「はい」「決して他言は致しません」

大政参与
「実は 上様は行方不明なのじゃ」
「佐倉領から大坂に入ったとの情報がある」
「お主に心当たりはないか?」

三代目
「おェ」
「うェ」
「心当たりが御座います」

大政参与
「おおォ」
「知っておるのか!」

三代目
「あのォー」
「知っております」

大政参与
「何処に居られる?」

三代目
「あのォー」
「わたくしの屋敷に居られます」

大政参与
「おお」
「大儀じゃ」
「これより上様を迎えに参るぞ」




手代
「おい」
「新入りの小僧!」
「お前、何者だよ」

アプリコット
「将軍さまですよ」

手代
「なに言ってやがる!」
「小僧が将軍?」

アプリコット
「将軍さまはお城から飛び出して
外の世界を見に来たのよ」

手代
「信じられんな?」
「おお」
「そうだ!」
「ここに、奉行からの消息がある」
「お前に読めるか!」

将軍家綱
「ははは」
「見覚えがあるぞ」
「これは大政参与のものじゃ」
「おお」
「儂を探しておるのじゃのォ」

手代
「大政参与?」
「お前は何を仕出かしたんだ!」

将軍家綱
「捕まったら面倒じゃのォ」
「もう長い居は無用じゃ」
「世話になったな」
「余は、逃げることにするぞ」

手代
「おい」
「待て!」



由井正雪
「此処は童の習い事をする寺子屋ではないぞ」

将軍家綱
「塾ではないのか?」

由井正雪
「軍学塾(張孔堂)じゃ」

将軍家綱
「何故 軍学を教えておる!」

由井正雪
「んゥ?」
「知りたいか?」

将軍家綱
「もう戦国の世は終わったぞ」

由井正雪
「小僧が分かったことを申すな」
「戦国の世が終わっただと!」
「庶民は苦しんでおるぞ!」

将軍家綱
「お主が世直しをしたいのか!」

由井正雪
「世直しだと!」
「生意気な童じゃ!」
「まァ」
「牢人どもに絡まれんように気を付ける事じゃ」

将軍家綱
「お主も牢人か?」

由井正雪
「儂はもともと染物屋のせがれじゃ」
「張孔堂の塾生には牢人もおるが
諸大名の家臣や旗本もおる」
「張孔堂は幕府の思惑で大きくなったのだよ」

将軍家綱
「幕府が戦うのは豊臣方じゃ」
「お主は徳川方か?」

由井正雪
「幕府は大陸に領土を拡大したいのだよ」
「その為には牢人を使って戦をする必要があるのじゃ」
「儂は松平信綱の命令を受けて戦の準備をしているのじゃ」
「まっ」
「小僧が老中首座の身分が分かる訳無いな」
「今 幕府は老中首座の天下じゃ
将軍家綱は飾り物じゃ」
「あっはははは」

将軍家綱
「飾り物ではないぞ!」
「今は、将軍は駕籠の中の小鳥じゃ」
「しかしな」
「駕籠から逃げ出せば、鷹にも鷲にもなるぞ!」

由井正雪
「家綱が鷹か・・・・」



江戸幕府は将軍家綱が行方不明になって大騒ぎになっていた。

松平信綱
「家光公が亡くなられ幕府の政務が為されない時に
今度は跡継ぎの家綱様が行方不明じゃ」

井伊直孝
「家綱様は大坂ですぞ」

松平信綱
「おお ご無事で有られましたか!」

井伊直孝
「直ぐにお迎えを使わせております」
「ただ」
「少々気になることが御座いますぞ」

松平信綱
「何じゃ?」

井伊直孝
「由井正雪が大坂に潜んでおる事は承知しておろう!」

松平信綱
「由井正雪は牢人どもを束ねて幕府に従うと申しておる」
「利用価値があるゆえ泳がしておる」

井伊直孝
「家綱さまが大坂に居るのじゃぞ!」
「由井正雪が知れば如何するのじゃ!」

松平信綱
「正雪が家綱様を拉致すると申すか!」

井伊直孝
「正雪は油断なりませんぞ!」
「豊臣方の牢人を束ねて幕府に反旗を翻すのではあるまいか!」

松平信綱
「しかし、儂は正雪に大陸への覇権を委ねておるのじゃぞ」

井伊直孝
「では、正雪が忠義を確かめてみては如何かな?」

松平信綱
「正雪が将軍家綱様を擁して
幕府への謀反を企てれば
由々しきことじゃ」
「事が起こる前に消しておくが得策じゃのォ」

井伊直孝
「正雪を江戸に呼び込むのじゃ」

松平信綱
「この機会に
牢人どもも一網打尽にしておくか・・・・」



由井正雪
「ついに幕府からお呼びがあったぞ」
「儂の力を天下に示す時がきた!」

将軍家綱
「幕府は愚かだね」

由井正雪
「小僧の分際で幕府を批判するのか!」
「許さんぞ!」

将軍家綱
「江戸には行かぬ方が良いと思うよ」

由井正雪
「松平信綱は儂を高く買っておる」
「幕府は儂の力が必要なのじゃ!」

将軍家綱
「其方は何がしたいのじゃ?」

由井正雪
「儂の力を試してみたい」
「思い存分に戦ってみたいのじゃ」

将軍家綱
「誰と戦うのかな?」

由井正雪
「大陸の敵に決まっておろォーが」
「松平信綱は牢人の為に領地を与えて下さるのじゃ」
「牢人は仕える領主を失って路頭に迷っておる」
「儂は牢人を従えて大陸で戦うのじゃ」

将軍家綱
「大陸への援軍要請は中止になってるよ」

由井正雪
「小僧に分かるものか!」

将軍家綱
「援軍要請が受けられないのに
貴方が江戸に呼ばれたのは何故かな?」

由井正雪
「ん?」

将軍家綱
「よく考えて行動したほうが良いな」

由井正雪
「小僧のくせに生意気な奴だ」



牢人
「おい 儂に何の用じゃ」

将軍家綱
「貴方が由井正雪の生徒だと聞いたぞ」

牢人
「おお」
「正雪先生の紹介か!」

将軍家綱
「しかし、臭いののぉ」
「鼻が曲がりそうじゃ」

牢人
「屎尿じゃ」
「儂は慣れておるから気にならん」

将軍家綱
「そうか」
「何処に捨てる?」
「とても手伝いはできんな・・・」

牢人
「捨てるもんか!」
「高い銭払って買ったんじゃぞ」

将軍家綱
「そのような物を何に使うのじゃ」

牢人
「肥しじゃ」
「これを溜めておいて
もつと臭くなったら田畑にまく」

将軍家綱
「貴方は武士と聞いたが?」

牢人
「牢人じゃよ」
「仕事が無くなったから
百姓の真似事をして生活しておる」

将軍家綱
「百姓は大変じゃのォー」

牢人
「あっはははは」
「大変なもんか!」
「毎日が楽しいぞ!」

将軍家綱
「楽しいのか?」

牢人
「儂は楽しい」
「しかし」
「百姓に馴染まん牢人どもは苦しんでおるぞ」

将軍家綱
「百姓に馴染まない牢人は何をしておる?」

牢人
「まっ」
「山賊かのォ」
「腕の立つ奴は町の用心棒じゃ」

将軍家綱
「由井正雪は江戸に行くぞ」

牢人
「ほォー」
「先生の念願がかなったって訳か」
「でもな 儂は戦はせん」
「農家は良いぞ」
「楽しいぞ」





普請
「正雪先生が江戸に行くのか!」

将軍家綱
「そのように聞いておる」
「貴方も由井正雪の弟子か?」

普請
「おお そうよ」
「先生の念願が叶ったって訳か!」

将軍家綱
「貴方は牢人か?」

普請
「牢人だが 先生のおかげで普請をしておる」
「先生は立派なお方じゃ」

将軍家綱
「如何に立派なのか?」

普請
「先生は世間に見放された者どもに
希望を与えてくれたのじゃ」
「儂は自暴自棄になっておったが
先生の教えで救われた」
「今では仕事も出来て日銭で食べていける」

将軍家綱
「そうか」
「では、由井正雪は何をして稼いでおるのじゃ?」

普請
「んゥ」
「先生は金などに興味はないのだよ」

将軍家綱
「しかし、貴方も仕事をして食べている」
「正雪も仕事をしておろう」
「何もせずに生きてはいけんぞ」

普請
「あっはははは」
「それを言うなら将軍様も同じ」
「将軍家綱様は飾り物じゃそうな」
「何もせねば生きてはいけん」

将軍家綱
「まさしく その通りじゃ」
「して」
「将軍家綱は何をすればよい」

普請
「そうじゃのォー 
先ず、世間からさげすまされておる牢人どもを
召し抱えて禄を与えることじゃ」

将軍家綱
「あっはははは」
「それが正雪の教えか!」

普請
「何が可笑しい!」
「先生は牢人どもの武士の誇りを取り戻したいのじゃ」

将軍家綱
「牢人は武士か?」

普請
「儂は武士じゃ」

将軍家綱
「貴方は普請ではないのか?」

普請
「うるさい!」
「生意気な小僧じゃ!」



山賊
「なに!」
「正雪が江戸に!」

将軍家綱
「弟子は皆 喜んでおったぞ」

山賊
「嘘をつくな!」

将軍家綱
「嘘ではない」
「貴方も由井正雪の弟子か!」

山賊
「正雪とは同士じゃ」
「あ奴は何故江戸に向かった?」

将軍家綱
「松平信綱の家来になるそうじゃ」

山賊
「バカな事を言うな!」
「儂らは幕府を潰すために戦っておるのじゃぞ!」

将軍家綱
「幕府は簡単には潰せまい」
「無理じゃ」
「諦めなさい」

山賊
「小僧!」
「おめェーが正雪の知り合いじゃなければ
ただではおかんぞ」

将軍家綱
「正雪は儂の家来じゃ」

山賊
「アホぬかせ!」

将軍家綱
「幕府を転覆させる戦略はあるのか?」

山賊
「あるとも」
「先ず、将軍家綱を拉致する」
「飾り物の将軍を盾にして豊臣勢を結集し
江戸を大火に、逃げる幕臣どもを蹴散らして
我らが天下を治めるのじゃ」

将軍家綱
「それは由井正雪の考えか?」

山賊
「当たり前だのクラッカー」

将軍家綱
「何じゃそりゃー」

山賊
「ひじょーにきびしィー」

将軍家綱
「誰も知らんぞそんな昔の事」

山賊
「そうか 知らんか?」

「正雪の考えは知らんが
我らは豊臣政権を復活させる!」

将軍家綱
「お主は正雪の塾生ではなさそうじゃな」
「正雪の考えが嘘だと思ったら奴を追って
江戸に行くことじゃ」

山賊
「そうじゃのォー」



番頭
「あんやァー」
「小僧がこげん処で何油売っとるか!」

丁稚
「旦那様・・・」
「怒らないで下さいませ」
「此方にいますお方は将軍家綱様で御座います」
「小僧は将軍様を見守っていたので御座います」

番頭
「何をバカな事を言ってんだ!」
「将軍様がこげん処におるもんかね」
「早よ店に帰ってこんか」

将軍家綱
「おお」
「迷惑をかけたのォー」
「お主が番頭か?」

番頭
「おめェー」
「新入りの小僧か?」
「三代目が探しておったぞ」
「奉行も探しておった」
「おめェーは何を仕出かしたんだよ」

将軍家綱
「ちょと拾両ばかし借りたのさ」

番頭
「ちょと拾両だと!」
「こん畜生め!」
「儂とて拾両は大金じゃ
とんでもねェー盗人野郎じゃ」
「代官所に突き出してやるぞ」

将軍家綱
「おお それは困る」
「逃げたのは悪かったぞ許してくれ」
「一度、お主の店に戻ることにするか」

番頭
「んゥー」
「小僧に腹を立てても仕方ない」
「とにかく、早く店に帰ってしっかり働け」

丁稚
「奉行様は将軍様をお迎えに参ったのですよ」

番頭
「なにが迎えじゃ」
「ほざけた事を申すな!」
「しかし、生意気な新入りじゃ」
「三代目に言って追い出してやる」
「拾両も利子を付けて返すんだな」
「まったく」

将軍家綱
「番頭は癇癪もちとみえる」

番頭
「ああァ」
「生意気な奴じゃ」
「番頭をバカにする新入りは初めてじゃ」




大政参与
「上様!」
「大坂にお越しで御座いましたら
一言ご挨拶申し上げるところで御座いましたが
知らぬこととはいえ大変な御不自由をさせてしまい
恐縮至極に存じます」

将軍家綱
「おお 大政参与殿」
「案ずるな!」
「大坂の地で頼りになるはお主だと
父上が申しておったぞ」

大政参与
「恐れ多き事に御座います」
「上様におかれましては
御付きも伴わずの公務は危険で御座いますので
急ぎ江戸への御帰還をお勧め申し上げます」

将軍家綱
「案ずるな!」
「儂は丁稚の小僧じゃ」

大政参与
「上様!」
「江戸にお返り下さいませ」
「それが叶わぬので御座いましたら
大阪城にお越しくださいませ」
「小僧の恰好はお止め下さいませ」

将軍家綱
「ああ そうじゃ」
「淀屋の三代目に拾両を借りておる
利子を付けて返しておけ」

大政参与
「そのような事までなされているのですか・・・」

将軍家綱
「悪いか?」

アプリコット
「大政参与様」
「将軍様は江戸にお帰りになりますよ」

大政参与
「御供も申しておるように
お願いで御座います」
「江戸にお帰り下さいませ」

将軍家綱
「アプリコットが帰れと言うのなら従おう」

アプリコット
「将軍さまは多くの事を外の世界で学びましたから
きっと良い天下人となりますよ」

将軍家綱
「左様か・・・」
「では」
「余は江戸に帰還するぞ」




惣五郎
「なにやら凄い騒ぎじゃな」

アプリコット
「惣五郎さんこんにちは」
 
将軍家綱
「惣五郎殿 無理はするなよ」

惣五郎
「んゥ?」
「儂は丁稚小僧とは初対面じゃと思うが?」
「しかし、何の騒ぎじゃ?」

アプリコット
「私たちを見守る人たちが
御付きに来てるのよ」

惣五郎
「丁稚小僧を見守り?」

将軍家綱
「儂は護衛は要らんと申したのじゃが
どうしてもと言って聞かんのじゃ」

惣五郎
「何で小僧を護衛するの?」

将軍家綱
「詮索するな」
「それよりも」
「あれから一年になるが仮米は無くなったであろうな!」

惣五郎
「まさか!」
「もしかして、貴方様は徳川将軍家綱公に御座いますか!」

将軍家綱
「んゥ・・・」
「いや、儂は丁稚の小僧じゃ」

惣五郎
「しかし・・・・」

将軍家綱
「それよりも仮米じゃ」

惣五郎
「去年の仮米は将軍家綱様の計らいで
無事に取り戻すことができましたが
今年からは何事もなく仮米が徴収されております」

将軍家綱
「んゥー」
「仮米は根が深い問題かもしれんのォー」

惣五郎
「将軍様 儂ら佐倉領民は食べる米が御座いません」
「ぞうぞ お救い下さいますようお願い申し上げます」

将軍家綱
「儂は丁稚小僧じゃが
後ろの護衛どもは佐倉領城主上野介とも
話が出来よう
儂から頼んでおこう」

惣五郎
「将軍様 ありがとうございます!」

将軍家綱
「惣五郎殿」
「無理はするなよ」

惣五郎
「将軍様」





 
松平信綱
「正雪殿 久しぶりじゃのォ」
「道中難儀であったな」

由井正雪
「このたびは江戸へご奉公が許されましたこと
誠心誠意幕府に忠義致す所存で御座います」

松平信綱
「儂もお主には敵わぬが知恵伊豆として
策略を持って幕府を守っておる」
「お主は幕府の為に何が出来る」
「良い知恵はあるか?」

由井正雪
「老中首座様が計画された事を
忠実に実行致します」

松平信綱
「んゥー」
「大陸への援軍要請は取り止めになったぞ」
「中止は殉死した堀田正盛の意向じゃ」

由井正雪
「では、何故に江戸にお呼びになったので
御座いますか?」

松平信綱
「大政参与井伊直孝が
お主の忠義を確かめろとと申すのじゃ」

由井正雪
「私をお疑いで御座いますか」

松平信綱
「大政参与が申しておるのじゃ」

「それでの」
「お主の弟子の忠義を確かめたい」

由井正雪
「えェ」
「弟子は連れて来ておりませんが?」

松平信綱
「お主の後ろにおるぞ」

由井正雪
「この者は私の弟子ではありません」
「何かの間違いでは?」

松平信綱
「山賊を弟子にしておるのか?」

由井正雪
「忠義な塾生をご希望で御座いますれば
江戸にも優秀な者が沢山おりますので
良き人材を推薦し連れて参りますが?」

松平信綱
「いやいや」
「優秀なるはお主だけじゃ」

「ただな」
「大政参与井伊直孝がお主の忠義を確かめよと
申しておるのじゃよ」

由井正雪
「正雪は幕府に完全忠義に御座います」
「当然 塾生にも幕府への忠義を教えております」

松平信綱
「そうか」
「まァ」
「参考の為 そこの山賊にも話を聞いてみるぞ」

由井正雪
「塾生に山賊はおりません」
「この者は私の弟子ではありません」





松平信綱
「無事に御帰り為さいましたこと
安堵いたしました」
「もうこの様な事は為さらぬ様に
お願いします」

将軍家綱
「消息を残しておったぞ」
「心配は無用じゃ」

松平信綱
「上様の身に何か御座いましたら
一大事に御座います」
「城の中が一番安心で御座います」

将軍家綱
「庶民は大変な思いで働いておるぞ」
「じゃけどな」
「大変な者ほど喜びも大きかった」
「苦労しておる者は
苦労の中に楽しみを育んでおる」

松平信綱
「上様は庶民では有りません」
「幕府の頂点の将軍ですぞ」
「庶民の暮らしは
上様には毒で御座います」

将軍家綱
「庶民の暮らしは
余には毒か?」

松平信綱
「上様におかれましては御体御大切にお暮し願います」

将軍家綱
「余は丁稚を体験したが
若い時は体を使って働くことが
何よりも楽しいことを発見した」
「働いた後のサンマの塩焼きは旨かった」

松平信綱
「サンマは庶民の魚で御座います」
「脂身は上様には毒で御座います」

将軍家綱
「庶民は毒を食らっても
元気じゃったぞ」

松平信綱
「上様におかれましては鯛やヒラメの白身が
宜しいかと・・・・」

将軍家綱
「鯛やヒラメも良いが
頭と尻尾と骨付じゃ
尾頭付きじゃ」
「塩焼きじゃ」
「茹でたり干したり
して脂身のないパサパサは
旨くないぞ」

松平信綱
「かしこまりました」
「料理番に申し付けておきます」




江戸に帰った将軍家綱は城の大きな部屋で一人で暮らすことになった。

将軍家綱
(大阪の暮らしが懐かしいのォ)
(儂は また、駕籠の中に閉じ込められてしまった)

将軍家綱
「小姓はおるか!」

小姓
「はい」
「御用で御座いますか?」

将軍家綱
「つまらん!」

小姓
「はい」
「申し訳ございません」

将軍家綱
「何故謝る!」

小姓
「申し訳御座いません」

将軍家綱
「もう よい」
「控えておれ!」

小姓
「はい」
「御用のおりはお呼び下さい」

将軍家綱
「おい」
「儂の飯は何で冷や飯なんじゃ!」

小姓
「上様の御前は百人の毒見を試してからで御座いますから
安全のためで御座います」

将軍家綱
「魚はいつも干上がったパサパサじゃぞ」

小姓
「白身のお魚を骨抜きにして確りと茹で上げ
時間をかけて毒見をしております」

将軍家綱
「大坂の小僧の方がましな食事じゃ!」

小姓
「申し訳ございません」

将軍家綱
「おい」
「余はこれから江戸市中に遊びにいくぞ!」

小姓
「では、御老中と相談の上準備を致します」

将軍家綱
「首座はダメだと言っておったぞ」

小姓
「申し訳御座いません」

将軍家綱
「つまらん」

小姓
「申し訳御座いません」



由井正雪
「この者とは初対面で御座います」
「山賊は塾生にはおりません」

松平信綱
「しかしな」
「その者が申すには
お主と共謀して幕府の転覆を目論んでおったと」
「言い逃れは出来んぞ!」

由井正雪
「うゥ」

松平信綱
「重大な事件であるから
将軍家綱公による裁断が下される」

由井正雪
「将軍様が裁断ですか?」

松平信綱
「お主は幕府の転覆を目論んだ極悪人じゃ
その極悪人を裁くのが
天下の将軍家綱様じゃ」

由井正雪
「儂は大坂で面白い丁稚小僧に会った」
「小僧は将軍家綱は駕籠の中の小鳥だが
解き放たれれば鷹にも鷲にもなると言っておった」
「そして、儂には江戸には行かぬ方が良いと
忠告しておった」

松平信綱
「丁稚小僧!」
「まさか!」
「・・・・・・・」
「あのな」
「将軍様の裁断は中止じゃ」

由井正雪
「えェ」

松平信綱
「儂が決める」

由井正雪
「先ず
この山賊の素性を調べて下さいませんか?」
「この者は一度として私の塾に来たことはありません」
「私は大陸で領土を得ることを夢見ておりました」
「大陸に牢人を召し抱え出来る領土を得るために
軍学を教えておりました」
「大陸遠征は伊豆様のお考えであった筈です」

松平信綱
「大陸からの援軍要請は断った」
「中止はな殉死した堀田正盛の意見じゃ」
「堀田正盛はな当時何も手柄がないのに
大政参与にもなりよってな」
「よりにもよって 儂に逆らってきよった」
「儂は考えを変えた訳ではないぞ」
「お主には期待しておったのじゃ」
「儂はお主に裏切られたのじゃ」

由井正雪
「私は幕府に完全忠義に御座います」
「信じて下さいませ!」

松平信綱
「しかしな」
「もう援軍要請は断った」
「お主は頭が良すぎるのじゃ」
「儂はお主が怖い」



松平信綱
「上様」
「このような場所に来てはいけません」
「此処は極悪人が裁かれる所です」
「危険ですからお城にお帰り下さいませ」

将軍家綱
「毎日、部屋の中で政務と学問ではつまらんぞ!」
「余にも裁きをさせろ!」

松平信綱
「では、後で事件の詳細を連絡させる事と致します」
「後ほど見聞下さいませ」

将軍家綱
「儂はその者を知っておるぞ」
「其方とは大坂で会ったぞ」

由井正雪
「んゥ」
「もしかして❔」
「上様が丁稚の恰好を為されていたのですか!」

将軍家綱
「そうじゃ」
「儂は丁稚が気に入っておったが
江戸に帰ってきたら窮屈な将軍になってしまったぞ」
「将軍は恐ろしくつまらん!」

由井正雪
「上様!」
「私は無実です」
「お助け下さい」

松平信綱
「無礼者!」
「上様に話しかけるではない」

将軍家綱
「余は由井正雪と話がしたいぞ」

松平信綱
「いけません」
「この者は毒です」

将軍家綱
「この毒者は何をしたのか?」

松平信綱
「この者は幕府の転覆を目論んだのです」
「上様の命を狙った大悪党ですぞ」

将軍家綱
「儂はこの者と大阪で会って話をしたぞ」
「この者は松平信綱の家来になることを
喜んでおった」
「そして、将軍家綱は飾り物で
実権は首座が握っていると申しておった」

由井正雪
「まさか、将軍様とは知りません事で
大変なご無礼を致しました」
「将軍様を飾り物呼ばわりした罪はま逃れません」
「確かに私は罪を犯しました」
「ご存分にお裁き下さいませ」

将軍家綱
「そうか」
「お主を死罪にすることはたやすいがのォ
お主を裁くと、首座も同罪じゃ」

松平信綱
「上様!」
「信綱に過失が御座いましたか?」

将軍家綱
「分からぬか!」
「由井正雪が儂を飾り物呼ばわりして
無礼打ちとなればじゃな
松平信綱は儂を実際に飾り物にしておるのじゃから
やはり無礼打ちになるではないか?」

松平信綱
「上様!」
「この者の罪は幕府の転覆を目論んだ事ですぞ」
「危険な毒者を裁く必要があるのです」

将軍家綱
「由井正雪は無実じゃ!」
「良いな!」

松平信綱
「しかし・・・」

将軍家綱
「なんじゃ!」
「不服か!」

松平信綱
「この毒者を野に放つのは危険です」

将軍家綱
「そうか」
「ではな」
「首座が、その毒者を召し抱えてやれ」
「一緒に協力して政務にあたれ」
「良いな!」

松平信綱
「上様・・・・」








将軍家綱
「ああァ また会えて良かった」
「もう 儂は将軍はこりごりじゃ」
「また 旅に出るぞ!」

アプリコット
「そうね」
「お城の中だけだとつまらないわね」

将軍家綱
「問題は首座じゃ」
「あれから 儂への監視が厳しくなった」
「逃げ出せるか?」

アプリコット
「大丈夫よ!」
「何処に行きたいの!」

将軍家綱
「今度は江戸市中を見てみたい」
「それから、身内のことを外から観察してみたいぞ」

アプリコット
「おもしろそうね」
「後で知れたら驚くわよ」
「皆を驚かしてあげましょうね」

将軍家綱
「そうじゃのォ」
「流石の由井正雪も驚いておったからのォ」
「今度は誰を驚かそうかのォ」
「楽しみじゃ」

アプリコット
「へェ~」
「それで正雪さんは如何なったの?」

将軍家綱
「首座の家来になったよ」

アプリコット
「へェ~」
「じゃあ 正雪さんのお弟子さんわ?」

将軍家綱
「さあァ」
「如何するのじゃろーか?」
「弟子も首座に召し抱えさせるかな?」

アプリコット
「面白いわね」

将軍家綱
「ああ」
「おもろい!」