アプリコット プリンセス

チューリップ城には
とてもチャーミングなアプリコット姫がおりました

越後騒動 怯える綱吉

2021-12-15 12:38:36 | 漫画


松平光道
ーーーー畏まるーーーー

将軍家綱
「元気が無いのォ」
「如何致した」

松平光道
「はい」
「妻の国姫が自殺してから
重たい気持ちで過ごしております」

将軍家綱
「儂は、将軍就任時に酒井忠勝の号令で
御落胤と、其方の援助で諸国を制し
治めた覚えがあるぞ」

松平光道
「はい」
「あの頃は、希望に満ちておりました」
「ただ」
「最近は」
「生きる望みもなくなりかけておりました」
「上様にお会い出来ていなければ
光道も自殺していたかと・・・」

将軍家綱
「何故、そのように落ち込んでおる」
「儂が力になるぞ!」

松平光道
「はい」
「正室の国姫が自殺したのは
嫡子(男子)が産めなかった為でなのです」
「側室に男子はおりますが
国姫の祖母である勝姫様が跡継ぎに相応しくないと
申され」
「光道は、苦悩しております」

将軍家綱
「あまり苦しむな!」
「世継などは兄弟でも
養子でも良いぞ」
「其方は元気に過ごす事が肝要じゃ」
「自殺など考えては為らん!」

松平光道
「有難き、幸せ」
「儂は、はじめて救われました」
「上様の御意向を賜り
生きる事が出来るようになりました」
「感謝申し上げます」

将軍家綱
「いやいや」
「其方の苦悩の原因は儂かも知れん」
「儂にも世継がおらん」
「正室が病気なのじゃ」
「側室はとらん!」
「でな」
「忠清の奴が
世継を急いで探しておるのじゃ」
「次期将軍じゃ!」
「その次期将軍を其方の嫡子にしたいと
考えておる」
「じゃからな
其方は苦しんでおる」
「其方の苦悩は儂の問題でもある」

松平光道
「では」
「綱吉様は如何なりますか?」

将軍家綱
「左様」
「忠清は綱吉を排除したいと思っておる」
「じゃからな
其方の嫡子を儂の養子にして
次期将軍にしたいのじゃ」

松平光道
「おおォ」
「何と恐れ多き事」
「この越前国福井藩より将軍を輩出と」

将軍家綱
「しかしな」
「心配は無用じゃ!」
「忠清の奴はな
朝廷から将軍を輩出する方針に切り替えておる」
「今、其方に掛かっておる重圧はいずれ無くなるぞ」
「気楽にしておればよい」
「安心しておればよい」

松平光道
「その様な事情が御座いましたか」
「光道は、上様の御言葉で
生まれ変わりました」
「生きてゆくことが出来ます」

将軍家綱
「そのような事で死んではならん!」
「よいな!」

松平光道
「恐れ入ります」


松平光長
ーーーーー畏まるーーーーー

将軍家綱
「先ほど、越前殿に会って参った」
「世継男子がなく、大変苦悩しておった」
「儂も、同様じゃ」
「其方は嫡子が世継じゃな」

松平光長
「それが・・・」
「世継として期待しておりました
嫡子の綱賢は亡くなりました」
「越後も世継男子が御座いません」

将軍家綱
「なんと!」
「儂は、綱賢殿と謁見を済ませておるのに」
「越後も世継男子を失ったのか?」

松平光長
「はい」
「綱賢にも男子がありませんので」
「重臣たちの評議の結果、
甥にあたる永見万徳丸が世継に決定致しました」

将軍家綱
「んんゥ」
「万徳丸とは、近々、謁見が予定されておる」
「早々と準備されておるとは
妙じゃな?」

松平光長
「大老の意向を受けております」
「跡継ぎが無ければ
お家は断絶致しますので
早急に対処致しました」

将軍家綱
「其方には、弟の永見長良(大蔵)がおるが
大蔵殿は如何しておる?」

松平光長
「はい」
「世継候補では御座いましたが
家老共が相談して大蔵の年齢が問題となりまして
若い永見万徳丸を養子に迎えました」

将軍家綱
「あのな」
「正直に申せ!」
「其方は、先ほど、大老の意向と申された」
「本当は」
「忠清が決めた世継ではないのか?」

松平光長
「・・・・・」
「いいえ」
「その様な事では御座いません」

将軍家綱
「実はな」
「忠清は綱吉に将軍になって欲しくないのじゃ!」
「じゃからな」
「越前や越後から将軍の養子を物色しておった」
「しかし」
「世継男子は見つけられんかった」
「そこで、せめてもの抵抗として」
其方の弟が世継になるのを
阻止しようとしたのではないのか?」

松平光長
「・・・・・・」
「それは、上様の御考え過ぎでは・・・」
「弟は年を取り過ぎております」

将軍家綱
「儂が長生きすれば
綱吉も年を取り過ぎるからな」
「そうなれば、綱吉は将軍には成れん!」
「越後は、綱吉を封じ込める為の
前例を作る為に利用されたのではないのか?」

松平光長
「・・・・・・」
「いいえ」
「左様なことは御座いません」

将軍家綱
「左様か・・・」



酒井忠清
「上様!」
「お帰りが遅う御座いますぞ!」
「城は大混乱じゃ!」

将軍家綱
「しかし・・」
「城内がまるで戦場跡のようじゃ・・」
「爺どもは何をしておる?」

酒井忠清
「御落胤は亡くなりました・・・」

将軍家綱
「何と!」
「では、板倉重矩は?」

酒井忠清
「はい」
「板倉殿も亡くなりました・・・」

将軍家綱
「一体何が起こったのじゃ!」

酒井忠清
「仮将軍の勢力が・・」
「綱吉様が御触れを出したので御座います」

将軍家綱
「綱吉が城を破壊せよと命令したのか?」

酒井忠清
「綱吉様が犬を憐れむようにと申されて」
「城を犬小屋にして江戸市中の犬を城で飼えと・・」

将軍家綱
「んんゥ」
「綱吉が犬を憐れむ・・」

酒井忠清
「はい」
「綱吉様は
江戸市中の武士を犬にしようとしたのですが
反発が大きく
従う者が御座いませんでした」
「武士の威厳は犬に為る事を拒んだので御座る」
「そこで」
「綱吉様は犬を畜生と呼び、ののしる事を禁じました」
「更には、犬を労わるようにと申され
犬を江戸城に開放為されたのです」

将軍家綱
「ちィちょと待て」
「何じゃ?」
「綱吉が武士を犬にしようとした?」
「其方!正気か!」

酒井忠清
「はい」
「この城の現状を見て下さい」
「我らは、綱吉様の犬となり
野良犬と同じ扱いとなりました」

将軍家綱
「んんゥ」
「信じられん?」
「兎に角、修正せねばならん」
「綱吉は如何しておる!」

酒井忠清
「はい」
「城は犬に占拠されておりますので
領地にお帰りになりました」
「城は犬に占拠されております」

将軍家綱
「兎に角」
「犬を追い出せ!」





土屋数直
「上様、無事にお帰りあそばれまして
安心致しましたぞ」

将軍家綱
「おおォ」
「心配かけたな!」
「爺は元気か?」

土屋数直
「はい」
「最近、少しばかり弱っておりますが
何とか生きております」

将軍家綱
「その様な気弱な事を申すな」
「儂は、其方が頼りじゃぞ」

土屋数直
「城の様子を見て驚いたのでは
御座いませんか?」

将軍家綱
「おおォー左様じゃ」
「綱吉の奴、無茶苦茶しておったのじゃな!」
「城が犬小屋になって
野良犬が彷徨いておった」
「其方の働きで、すっかり綺麗になったぞ」

土屋数直
「上様の御帰りが、もう少し遅れれば
取り返しが付かぬ状況になっておりました」
「もう少しで綱吉様は幕府を乗っ取る事が出来る
寸前で御座いました」

将軍家綱
「ほォ」
「如何様に乗っ取る公算じゃ?」

土屋数直
「はい」
「綱吉様は幕臣に忠実な犬のような
忠誠を求め実行し幕臣は綱吉様の
忠実な犬となりました」
「そこから、今度は市中五万旗本を
忠実な犬にするために城に野良犬を放ったのです」

将軍家綱
「犬を放つと旗本も靡くのか?」

土屋数直
「いいえ」
「旗本は武士道や武家諸法度による志が御座います
簡単に犬畜生に成り下がりは致しません」
「そこで、綱吉様は
犬を敬い、犬に敬意を示せと仰せ」
「犬を城に放ち、犬御殿として
犬を労わるように
犬に施すようとお触れを出したのです」

将軍家綱
「んんぅ」
「あ奴の考えそうな事じゃな」
「しかしな」
「この実験でよく分かった筈じゃ」
「綱吉が将軍になれば
幕府はおろか、この国は大災厄に見舞われる」
「犬に跪く世の中になるぞ」
「非常に危険じゃ!」

土屋数直
「はい」
「上様には早く嫡男を授けて頂きたい」

将軍家綱
「左様なぁ」
「しかし、姫は病気じゃ」
「養子で良いぞ」

土屋数直
「爺は嫡男を期待しておりますぞ」

「上様のお帰りを待っておりました事に
永見万徳丸との謁見が御座います」
「偏諱を授けて松平三河守綱国とする事
ご了承願います」

将軍家綱
「んんぅ」
「左様にせい」
「其の物を養子に迎えるか・・」



久世広之
「松平綱国(永見万徳丸)の謁見は終了致しましたが
上様は、旅先で面識が御座りましたか?」

将軍家綱
「あの者には綱右衛門と名乗っておった」
「身分を明かすと、万徳丸の正体が分からぬからな」

久世広之
「土屋殿から聞きましたが
綱国殿を養子に為さるので御座いますか?」

将軍家綱
「左様」
「あの者は、儂の跡取りとなる」
「正し、まだ無理じゃ!」
「このまま、養子にしても
綱吉には敵うまい」

久世広之
「では、如何為されますか?」

将軍家綱
「大きな手柄を立てねば為らんが
実績でも良い」
「越後高田を繁栄させて、
知行地を新田開発で増やす事に貢献させる」
「水路開発や副産業を手掛けて
大いに活躍させるのじゃ!」

久世広之
「はい」
「それは、大老も同じお考えで御座る」

将軍家綱
「えェ?」
「忠清も万徳丸を儂の世継と考えておるのか?」

久世広之
「いいえ」
「大老は朝廷より養子を迎えたいと考えておりますが
それよりも、
上様の御子が嫡子となる事を強く望んでおります」
「今、養子を迎えるのは時期尚早で御座る」

将軍家綱
「左様」
「時期尚早じゃ!」
「何方にせよ、
高田藩を繁栄させる大きな実績が必用じゃぞ」

久世広之
「はい」
「大老が高田藩に貸し付けている借款は
藩の財政を潤して
藩は大きな発展を遂げております」
「大老も同じお考えで御座る」

将軍家綱
「えェ」
「儂のは二番煎じか・・・」
「儂は忠清に負けておる・・・」

久世広之
「いえいえ」
「勝ち負けでは御座らん」
「大老と上様は協力し合い
我らと共に幕府を守りぬく事こそ
肝要かと・・・」

将軍家綱
「んんゥ」
「忠清と協力しろと申すか!」

久世広之
「はい」
「大老を嫌ってはなりません」

将軍家綱
「皆、大老を庇うのじゃなァー」
「儂は、其方が大政参与に為れば良いと思っておる」
「大老は隠居させる」

久世広之
「その様な事を為されば
幕府の体制が損なわれてしまいます」
「上様は、人事に口を挟んではなりません」
「上様には重要な責務が御座る!」

将軍家綱
「また、旅に出るか・・・」

久世広之
「馬鹿を申しては為りませんぞ!」
「上様には責務が御座います!」

将軍家綱
「世継男子と申すのか?」
「正室顕子は病気じゃ」
「無理を申すな・・・」

久世広之
「大奥には、多くの奥方がおられますぞ!」

将軍家綱
「側室はとらん!」
「姫が悲しむではないか」

久世広之
「綱吉様を将軍にしたいのですか!」

将軍家綱
「じゃからな
養子でも良いと申しておる」
「姫を虐めては為らんぞ!」



アプリコット
「こんにちは、私、アプリコットよ♪」
「よろしくね♪」

百姓の女
「よそ者だ」
「誰だおめェーは」

アプリコット
「チューリップ国の王女よ♪」
「ねェ」
「子供が多いのね♪」
「私、お友達になりたいわ♪」

百姓の女
「ほぉーけェー」
「此処はなゃー
偉りゃーお殿様がおりなさってなぁー」
「おら共は安心して子供を増やしとぉーがゃーよ」

アプリコット
「へェーー」
「殿様が立派なんだァー」
「ねェ」
「どうして、安心できるのかしら?」
「よかったら、教えてほしいわ」

百姓の女
「おっはははが」
「笑わすね、こんガキがよ」
「そんなの決まってがに」
「開墾地の年貢がねェーからだがや」
「馬鹿っかかねェー」

アプリコット
「へェーー」
「開墾すれば全部自分の物になるのかしら?」
「凄いわね ♪」

百姓の女
「うはははッ」
「そうだぎゃよ」
「ここの、百姓は朝からきばって
働いて開墾競争だがゃよ」
「せェーからなァや」
「ここの、偉りゃーお殿様がよう
水路を作ってくれおるけんのぉー
もう、安心して開墾競争じゃがよ」
「おめェーも小作に雇ってもええけんども
ひ弱そうぎゃけん」
「無理かのォ」
「百姓は根性がいるがよ」
「いゃーおめェーには無理じゃがよ」

アプリコット
「うへェーー」
「みんな、子供も働くんだ」
「みんな偉いねェ」

子供
「おらは
偉くなんかねェーぞ」
「偉いのはお武家様じゃぞ」
「お武家様は字が書けんど
読めんど
おらは数も分からんど
何も知らん」
「偉れェーのはお武家様じゃぞ」
「おらは百姓だべ」

アプリコット
「ねェ」
「私が教えてあげようか ♪」
「皆、いらっしゃい ♪」
「私が、子供たちに教えてあげるわ ♪」

百姓の女
「馬鹿言ってがよ」
「百姓がそげん事、習って何になァーが」
「ほんに、わからんガキじゃがな」
「百姓は働くことが生きがいなんだ」
「朝から晩まで
働いて、開墾じゃ」
「開墾競争に遅れれば
ひもじいぞ」
「腹いっぱい飯を食うのが
百姓の楽しみじゃ」
「童っ子も怠けずに働く事が一番だがよ」

アプリコット
「ふェーー」
「厳しいなァーーだけど
私も少し、お手伝いしようかしら」

百姓の女
「がっひゃひゃゃ」
「馬鹿がよ」
「おめェーなんぞにゃ
無理無理」
「無理とは思うけんども
開墾してみっか?」

アプリコット
「うひゃー」
「お手柔らかに・・♪」





小栗正矩首席家老(美作)
「上様・・」
越前、越後と世継男子がおりませんな・・」

松平光長(越後国高田藩主)
「んんゥ」
「綱国は元服したが
血筋は弱い、将軍との謁見は許されたが
地盤は盤石ではないぞ」
「大老は我ら越後に大きな期待をよせておる」
「なんとしても、我が越後が
多きな実績を出して
親藩、大名に認められねば
大老の恩義に背く」
「其方に、期待しておる!」

小栗美作
「はい、上様!」
「実績は上がっておりますぞ!」
「領民のやる気は本物で御座る」
「港を作り、関川の深堀、新田の開墾、
特産品、銀の発掘、用水路を切り開いております」

松平光長
「いやいや」
「しかれど、地震からの復興じゃ」
「この復興資金は幕府からの借款」
「この金の工面は如何する?」

小栗美作

小さな声で
ーー「仮早稲米を徴収する手筈」ーー

松平光長
「馬鹿を申すな!」
「もう仮早稲米は禁止じゃぞ!」
「仮早稲米の不正が各藩で起こっておる
もう仮早稲米の徴収は出来ん!」

小栗美作
「ご心配めされるな・・・」
「制度を変更すれば良いのです」
「藩士の禄を地方知行制から蔵米制に改め
蔵米に仮早稲米を入れて水増し致す!」
「仮早稲米は、後から返す事が前提でありましたから
約束を破るなとの申し出が御座ったが
今度の蔵米制は返す事を前提にはしておりませんので
後から不平や苦言はありません」
「ご安心下され」

松平光長
「しかし」
「それでは、年貢の徴収が増えてしまうぞ!
折角苦労して開墾しても
年貢が増えれば不満が生まれる
百姓のやる気も無くなりはしないか?」

小栗美作
「いいえ」
「藩士の禄を変更するだけ
百姓は今まで通り
開墾競争を競い合う事となります」
「現に、我が藩の新田は大きく増えております」
「知行地は震災前の倍になりますぞ!」

松平光長
「倍になるのか!」

小栗美作
「はい」
「百姓のやる気は本物でござる」
「石高が倍になれば
大きな実績を幕府に報告致す所存、思う所」

松平光長
「確かに、そうなれば凄い実績となる・・・」
「石高を倍した藩主となれば
越後高田藩の名声は大いに高まる」
「血筋の弱い綱国にとっては
絶対に必要な実績じゃ・・・」

小栗美作
「はい」
「将来は高田藩より
将軍が選ばれることになりますぞ」

松平光長
「それは、大老も望んでおる事」
「我らは、幕府の期待に応えねばならん」
「大老の恩義に背いてはならん」

小栗美作
「はい」
「全ては旨く行っております」
「領民は上様の方針を支持しております」

松平光長
「左様か!」
「では、引き続き頼むぞ」

小栗美作
「はい」
「承知致しました」








荻田本繁 (主馬) 越後高田藩家老
「館林様、ご活躍で御座いますな」

牧野成貞 (蔵人) 徳川綱吉付の館林藩家老
「左様」
「段取りは整っておる」
「後は、其方との密約を確認しておきたい」

荻田 本繁
「密約などと申すな」
「問題は筆頭家老の美作の方じゃ」
「大蔵様を蔑ろにしておる」
 
牧野 成貞 
「我らは大蔵殿に藩主になって欲しい」
「これは、主君(綱吉)の意向じゃぞ」

荻田 本繁 
「おおォ」
「承知じゃ!」
「家綱将軍に嫡子が無いのは事実」
「次期将軍は綱吉様が本命
弟君が世継になるのが正解じゃ」

牧野 成貞
「左様」
「これは、重要な事じゃぞ」
「大蔵殿を次期藩主として
領内に知らしめる事が肝要」
「綱吉様が将軍になれば
弟君が藩を受け継ぐ事が正当化される」
「絶対に美作を失脚させろ!」

荻田 本繁 
「分かっておる」
「しかしな」
「困った事に
美作の政策は大老(酒井忠清)の後ろ盾を受けておる」
「幕府は美作を支持しておる」
「更には、高田藩領民も美作の政策に踊らされておる」
「知行地は増え、高田藩は驚異的に発展した」
「美作を引きずり下ろすのは
難しい状況じゃ」

牧野 成貞 
「なに!簡単じゃ!」
「暴動を起こせばよい」

荻田 本繁 
「しかし」
「それでは、我らの立場は悪くなりますぞ」

牧野 成貞
「逆じゃ!」
「美作を先導させるのじゃ!」
「美作は贅沢三昧で藩の財政は逼迫していると言いふらし
藩士をあおり暴動を起こす」
「更には、暴動の責任は美作にあると風潮する」

荻田 本繁 
「んんゥ」
「其方の力が必用じゃ」
「力を貸して欲しい」

牧野 成貞 
「藩士の不満はないのか?」

荻田 本繁 
「ああッ」
「左様」
「藩士の禄が地方知行制から蔵米制に改められて
多くの藩士が減収となった」
「減収になった藩士は
『制度が代わり減収になる必然性は無い』と言って
不満を口にしております」

牧野 成貞
「おおォ」
「美作の失策じゃぞ」
「不満を持っている藩士を集めて
終結させ暴動を起こし
暴動の責任を美作に押し付ける」
「我らはお為方
美作に協力する者を逆意方と呼ぶことにする」
「領民を美作から遠ざけて
美作を孤立させる」

荻田 本繁
「我らは正義のお為方
美作は贅沢三昧で藩の財政を逼迫させた逆意方
おもしろくなりそうじゃ」

牧野 成貞 
「其方は、味方を集めておけ
儂は、美作の失策を風潮する」
「領民の反感が高まれば
暴動を起こし、美作の責任を追及する」

荻田 本繁 
「よし」
「早速始めよう!」

牧野 成貞
「これは、全て綱吉様の為」



稲葉正則
「大老!」
「正室の顕子様がお亡くなりになりました」

酒井忠清
「おおォ」
「上様は如何しておる!」

稲葉正則
「塞ぎ込んでおられます」

酒井忠清
「病気が長引き、
お世継ぎは諦めておったが、望みが生まれたぞ」
「上様に側室を迎えさせる!」

稲葉正則
「はい」
「それが宜しいかと・・・」

酒井忠清
「上様に嫡男があれば
養子を迎える事もあるまい」

稲葉正則
「はい」
「では、越後の綱国様への援助は
如何致しましょうか?」

酒井忠清
「一旦中止する」
「幕府の財政も逼迫しておるのだからな
無理に援助する必要は無い」

稲葉正則
「しかし」
「いきなり中止すると
越後様もお困り致しはしませんか?」

酒井忠清
「んんゥ」
「誓約書を交わし
上様嫡男無き場合は
朝廷より養子を迎える事
約束させよ!」
「さもなければ
援助は出来んと」
「その様に、申し伝えよ!」

稲葉正則
「なるほど」
「上様に嫡男あればお世継ぎとし」
「嫡男無きときは朝廷から嫡男を迎え入れる」
「妙案で御座います」

酒井忠清
「綱吉が将軍になれば
我らに将来は無いと思へ!」
「綱吉を幕府に近づけないように
全力で工作する」
「お世継ぎが決定すれば、綱吉を全力で成敗する!」

稲葉正則
「流石、大老に御座います」

酒井忠清
「顕子女王には申し訳ないが
上様に嫡男があれば
幕府は安泰じゃ」
「これは、朗報となる」

稲葉正則
「お悦びで御座るか」

酒井忠清
「馬鹿な冗談を申すな」



小栗正矩(美作)
「如何した!」

小栗長治
「父上!」
「藩士どもが不平を申し付け
騒いでおります」

小栗正矩
「其の者どもの申す事は
根も葉もない戯言じゃ捨て置け!」

小栗長治
「しかし」
「あの者どもは、我らを逆意方と呼び
愚弄しております」

小栗正矩
「知っておる」
「お為方と逆意方に分断させて
騒ぎを大きくしようと目論んでおるのじゃ」

小栗長治
「何故! 我らが逆意方と呼ばれなければ
ならないのでしょうか?」

小栗正矩
「んんゥ」
「今、越後高田は、大きな発展を遂げつつある事は
知っておるな」

小栗長治
「はい」
「領民は活気がみなぎっております」

小栗正矩
「この発展は全て幕府の援助による借款から来ておる」
「そして」
「この幕府の手厚い援助には思惑があるのじゃ」

小栗長治
「如何なる事に御座いますか?」

小栗正矩
「幕府は将軍の後継者を決める必要に責められており
幕臣の意見と親藩の思惑がそれぞれにある」
「我らを援助するのは、大老の意向に沿うように
我らを誘導する為じゃ!」

小栗長治
「では、お為方と名乗る者どもは
反幕府の陣営で御座いますか?」

小栗正矩
「いや」
「そうでは無い」
「それぞれに思惑があるのじゃ」
「我らは、もう後戻りは出来ん」
「逆意方と罵られても
相手にせず、やり過ごせ」
「相手にして騒ぎに巻き込まれれば
相手の思う壺じゃ」
「騒ぎを起こして得をするのは
お為方」
「騒ぎを抑え込んで
藩の発展を目指せば
おのずと勝利が待っておる」

小栗長治
「はい」
「承知いたしました」
「あッ」
「それから、
お為方に徳川綱吉様の後ろ盾があると噂されておりますが
誠で御座いましょうか?」

小栗正矩
「大いに考えられる・・」
「もし、それが事実であれば
大変な事になるぞ!」
「もし、館林様があ為方の後ろ盾であれば
我らは大変な、お家騒動の渦中にある
幕府の将軍後継に関わる
重大な、お家騒動に巻き込まれた事になる」
「心しておけ!」

小栗長治
「はい」
「何があっても
藩主、及びお家を守り抜く覚悟に御座います」

小栗正矩
「んんゥ」
「良い心がけじゃ」



松平 光長 (越後国高田藩主)
「覚書を交わす事を承知した」

小栗 正矩 (筆頭家老美作)
「おおォ」
「ご考慮頂きまして、有り難う御座います」
「今、大老(酒井忠清)の機嫌を損ねると
幕府からの援助が打ち切られる心配が御座った」

松平 光長
「じゃがな」
「深入りは禁物じゃ」
「弟大蔵(永見長良)を蔑ろにしていると
不平を申す家臣もおる」
「両者穏便に和解する事が肝要じゃ」

小栗 正矩
「はい」
「承知しております」
「ところで、幕府からの誓約書の内容は
如何なる事に御座いますか?」

松平 光長
「来栖川宮家の縁から
幸仁親王を次期将軍に推挙する同意じゃ」

小栗 正矩
「大老は綱吉様を排除するつもりですぞ」

松平 光長
「左様」
「これは、由々しき事」
「迂闊に動けば越後高田藩の存亡に関わる重大事項」
「しかし」
「幕府の契約書を破棄すれば、
綱吉様と契約する事となる」

小栗 正矩
「やはり、大老に従う事が得策で御座る」

松平 光長
「いかにも」
「よって、覚書を交わすことを承知致したのじゃ」

小栗 正矩
「永見大蔵殿は如何致しますか?」

松平 光長
「んんゥ」
「我らも幕府と同様の問題を抱えておる」
「我が弟は次期藩主とはなれん!」
「同様に、綱吉様も次期将軍とはなれん!」
「契約書は綱吉様を後継者から排除することを目的としておる」

小栗 正矩
「大老の動きを綱吉側が察知しているとは考えられませんか?」

松平 光長
「お為方は影響を受けて踊らされておる」
「非常に危険な状況じゃ!」
「なんとしても、穏便に鎮静化させる必要があるぞ!」

小栗 正矩
「我らは、逆意方と呼ばれ罵られておりますが
相手にせずに、やり過ごしております」
「しかし」
「お為方は調子に乗って
騒ぎを仰ぎ大きくしております」
「ここは、一度、藩主が乗り出して
鎮静化を図る必要が御座います」


松平 光長
「んんゥ」
「よし、分かった」
「ここは、両者痛み分けとして和解させるぞ」
「よいな」

小栗 正矩
「はい」
「上様の威光で和解をお願い致します」
「我らも、お為方も同罪にてお裁き下さい」

松平 光長
「よし、なんとか和解を達成させよう!」




酒井忠清
「上様に嫡男が出来ぬ時の為に
次期将軍の候補を固めておく必要がある」

久世広之
「綱吉様が順当で御座る」

土屋数直
「左様」

酒井忠清
「おい!」
「綱吉の奇行を承知の上か!」

久世広之
「では、他の候補は御座いますか?」

土屋数直
「尾張は如何じゃ?」

酒井忠清
「尾張は堅物じゃぞ」
「綱吉を差し置いて将軍に付くことは無い!」

久世広之
「紀州は由井正雪の乱で不信を招いておる」

土屋数直
「水戸は、弟の光國が藩主となり
兄を差し置いた」

酒井忠清
「儂はな越後から上様の養子を迎える準備をしていたが
結局、お世継ぎ無く嫡男は亡くなった」
「もはや、猶予はないぞ!」
「朝廷より有栖川宮幸仁親王を招き入れたい!」

久世広之
「んんゥ」
「儂は反対はせんが
それは、無理じゃぞ!」

土屋数直
「左様、無理じゃ!」

酒井忠清
「これは、鎌倉時代の例に倣って
越前松平家とは縁続きである有栖川宮幸仁親王を
宮将軍として擁立する事じゃ」

久世広之
「あのな、上様の側室が懐妊しておるかも知れん」
「急ぐ必要はないぞ」

土屋数直
「養子縁組を決めてしまったら
後から破棄することなど出来んぞ」
「慌てる必要は無い」

酒井忠清
「んんゥ」
「しかしな」
「綱吉が将軍になってしまえば
我らはお終いじゃぞ」
「我らが犬の振りをしていた事は
もう隠せん」
「今から、犬に為っても遅いのじゃ!」

久世広之
「ではな」
「綱吉様の奇行を諸国に発表すれば良い」
「綱吉様が将軍の器ではないと知ら示すのです」

土屋数直
「左様」
「将軍になる素養がなければ
誰も反対は出来んからな」

酒井忠清
「しかし」
「そうすれば
綱吉に我らの動きを知られるぞ」
「知られた後の反撃を覚悟出来るのか!」

久世広之
「儂はもう年寄りじゃ」
「御落胤や板倉殿の二の舞など怖くはない」

土屋数直
「おいおい」
「儂らは、二の舞だけでは済まんぞ」
「綱吉様は、我らの、お家もお取り潰し致し兼ねん」

酒井忠清
「如何じゃ」
「もう、後戻りは出来ん」
「覚悟を決める時じゃ!」

久世広之
「んんゥ」
「道は一つ」
「大老に従い養子の件を承諾致す」

土屋数直
「大老に従い幸仁親王を将軍に迎える事を
承諾致す」

酒井忠清
「ひう悲観するな」
「越後殿にも誓約書を貰っておるしな
上様も綱吉の奇行を承知じゃ」

久世広之
「とにかく、側室が懐妊しておるかも知れん」
「上様に嫡男があれば
一番良い」

土屋数直
「左様じゃ」













松平 光長
「美作に謀反とな?」

荻田本繁(主馬)
「はい」
「美作は倅を藩主にしようと企んでおります」

松平 光長
「美作に企みがあれば罰するが
如何なる野望かな?」

荻田本繁(主馬)
「世継の候補に大六の名が御座いました」

松平 光長
「しかしな」
「世継は綱国に決定したぞ」
「其方の思い過ごしじゃ」

荻田本繁(主馬)
「いいえ」
「美作は、藩士の収入を減らし
私腹を肥やしております」

松平 光長
「今は、震災復興、新田開発や副産業など
多くの資金を必要としておる」
「暫く、我慢しておくれ」

荻田本繁(主馬)
「何を仰せですか!」
「我らは、越後の為になることに
不平など持つ訳が御座いません」
「美作は、贅沢三昧に浪費を繰り返しております」

松平 光長
「んんゥ」
「美作がな、其方に筆頭家老を譲ると申しておる」
「儂には美作が必用じゃ」
「美作は震災復興を見事にやり遂げた」

荻田本繁(主馬)
「恐れながら申し上げます」
「震災復興は、美作の業績では御座いません」
「儂が手掛けた復興事業を
美作に奪われたのです」
「儂は美作に手柄を奪われました!」

松平 光長
「其方の手柄と申すが、
地震で倒壊した高田城二の丸の瓢箪島の修復工事を行ったが失敗したと
ウィキペディア(Wikipedia)にあるぞ」

荻田本繁(主馬)
「そのような事を信じてはなりません」
「儂は、美作に手柄を奪われたのです!」

松平 光長
「其方、一度江戸に参っては如何じゃ?」
「大老からお声が掛かっておるぞ」
「儂が推薦してやるぞ」

荻田本繁(主馬)
「儂は、越後高田に貢献致しとう御座る」

松平 光長
「江戸で大老になっては如何じゃ?」
「儂が推挙してやるぞ」

荻田本繁(主馬)
「何故、儂が大老になる資格が有りましょうか」
「冗談にもほどが御座る!」

松平 光長
「なァ」
「もうよせ」
「其方が、有志を募って
美作に対峙しても
越後の為にはならんぞ」
「おとなしくしておれ!」

荻田本繁(主馬)
「これは、儂の一存では御座らん」

松平 光長
「弟(永見大蔵)が不平を持っておるのじゃな!」

荻田本繁(主馬)
「上様が
弟君を蔑ろにしていなければ
騒ぎは起こりませんでした」

松平 光長
「蔑ろにしておる訳では無い」
「儂も、憂慮しておるのじゃ」

荻田本繁(主馬)
「では、世継を大蔵様に変更して下さいますか」

松平 光長
「いや」
「為らん!」

荻田本繁(主馬)
「大蔵様が気の毒に御座る」



牧野成貞(綱吉付の家老)
「お呼びに御座いますか」

土屋数直(幕府老中)
「おおォ」
「来たな!」
「呼び付けたのは
綱吉様の事を確認する為じゃ」

牧野成貞
「如何なる事で御座いますか?」

土屋数直
「将軍のお世継ぎに際して
綱吉様はご辞退頂く事
承知して欲しい」

牧野成貞
「何と!」
「老中ともあろうお方が
我が主君を侮辱為さいますので・・・」

土屋数直
「んんゥ」
「これは、老中会議で決定した事じゃ!」
「お主は、館林に帰り綱吉様に
この結果を報告せよ!」

牧野成貞
「少しお待ち頂きたい」
「何故、我が主君は
将軍の弟である事実を放棄せねばならないので
御座いますか!」

土屋数直
「綱吉様は、上様が留守の折
城内に野良犬を引き入れ
犬に無礼が無き様にと御触れを出した」
「城内は野良犬で汚され
野良犬を追い出すことは禁止された」

牧野成貞
「江戸市中は未だ捨て子が絶えません
これは、人心が廃れている事が原因で御座る」
「我が主君は酷く心を痛め
生き物を労わる事の必要性を説いたので御座います」

土屋数直
「それであれば、捨て子を城内に入れ
手厚く保護する事が先決」
「野良犬を手厚くもてなし
野良犬に無礼無き事を命じるのは
綱吉様の奇行で有る事は明らか」
「余って、綱吉様は将軍の後継者には
不相応ゆえ、ご辞退願う所存」

牧野成貞
「いいえ」
「犬を労わる事は前例に御座る」
「我が主君は
全ての生き物を労わる
易しい心根が御座る」

土屋数直
「野良犬だけに留まらず
全ての生き物を労われと申すか!」

牧野成貞
「我が主君は捨て子が多く
心が荒んでいる人心を憂い
生き物を労わる事で
安らかで心温まる世の中に変えていきたいので御座る」

土屋数直
「もうよい」
「とにかく、館林守は将軍には成れん」
「其方は、これより帰り綱吉様に報告せよ!」

牧野成貞
「それは、上様の御意志に御座いますか?」

土屋数直
「左様」
「上様も綱吉様が養子になる事を
拒否為された」

牧野成貞
「んんゥ」
「では、お世継ぎは誰で御座る!」

土屋数直
「其方が心配する事では無い」
「上様は側室に御懐妊じゃ!」

牧野成貞
「では、嫡男なき場合は
我が主君を将軍に推挙なさいませ」

土屋数直
「いいや、為らん」
「館林守は将軍には成れん!」

牧野成貞
「んんんんゥ」
「後悔致すぞ!」

土屋数直
「何と申した」

牧野成貞
「其方は、敵の中におるのじゃぞ!」
「江戸城には多くの犬が密かに侵入しておる」
「今からでも遅くは無い」
「その申し入れを破棄せよ!」

土屋数直
「おおォ」
「開き直りか」
「では、江戸城の犬を全て退治する」
「其方、犬退治に協力せよ!」

牧野成貞
「むッはは」
「退治できるかな!」
「儂を始末すれば
犬が凶暴になり全てを破壊するぞ!」
「儂を始末出来なければ
犬は密かに隠れておる」
「儂は、其方に警告する!」
「犬を舐めるな!」

土屋数直
「・・・・・」
「我らと協力は出来ぬか?」



永見長良(大蔵)
「光長(兄)は儂を馬鹿にしておる!」

荻田本繁(主馬)
「はい」
「大蔵様の無念、主馬、痛み入ります」

永見長良
「越後高田は石高が倍増すると言うではないか!」
「何故じゃ!」
「何故!我らだけが蚊帳の外に置かれる!」

荻田本繁
「はい、美作が贅沢三昧をしております」

永見長良
「何じゃと!」
「ふざけた奴じゃ!」
「何故じゃ!」
「何故、光長(兄)は美作を処罰せんのじゃ!」

荻田本繁
「はい」
「お怒り、もっともに御座います」
「しかし、ご安心下さいませ」
「美作は上様の命令で隠居しております」

永見長良
「んんんんぅ」
「分からん!」
「美作が隠居しておるのに
我らの待遇は悪いままじゃ!」
「おい!」
「何故じゃ!」

荻田本繁
「はい」
「美作の嫡子(大六)が引き継いでおりますから
大六が悪いので御座います」

永見長良
「馬鹿を言え!」
「大六に何が出来る!」

荻田本繁
「いえいえ」
「美作は大六を次期藩主にしたいと考えております」
「上様が大蔵様を遠ざける理由も
そこに御座いますぞ!」

永見長良
「おおォぉぉ」
「美作に、そのような野望があるのか!」
「・・・・・・」

「しかし、分からん!」
「美作が贅沢三昧と申すが
石高が倍になっておるのじゃぞ
美作に使いきれるのか?」

荻田本繁
「きっと、何処かに密かに蓄えているのかと・・・」

永見長良
「全部、自分の物として
我らには何も与えず」
「藩士の収入も減少しておる」
「なんとも、強欲な奴じゃ!」

荻田本繁
「はい」
「美作は、大いに蓄え隠居して逃げ出し
息子の大六に家督を譲り
逃げております」

永見長良
「おおおォぉぉぉぉ」
「美作を逃がしては為らん!」
「儂が光長(兄)に代わり処罰する!」
「準備をせよ!」

荻田本繁
「はい」
「お為方藩士890名を糾合し
美作を追い詰めております」

永見長良
「んんゥ」
「美作の屋敷には宝が隠されておるのじゃな!」
「美作の奴、思い知れ!」

荻田本繁
「はい」
「美作が蓄えた資産は
藩士の減給分、奪い取って
分け与えれば
大蔵様の手柄となりましょう!」

永見長良
「んんゥ」
「光長(兄)にも、思い知らせる!」

荻田本繁
「はい」
「越後高田のお世継ぎは大蔵様に御座います」
「誰も邪魔だてさせませぬぞ」

永見長良
「んんゥ」
「美作ごときに負けるものか!
美作の悪事を暴き
本来の世継を回復する」

荻田本繁
「はい」
「正式な世継は大蔵様に
間違いは御座いません」

永見長良
「んんゥ」
「気になる・・・」

「最近、光長(兄)は江戸暮らしじゃ
美作は隠居して逃げ出し
光長(兄)は江戸に逃れておる」
「変ではないか?」

荻田本繁
「いえいえ」
「我ら、お為方の勢いに恐れをなして
逃げ出したので御座いましょう!」
「心配は要りません」

永見長良
「幕府に助けを求めはせんか?」

荻田本繁
「左様・・」
「そうであれば、返り討ちで御座る」





大久保忠朝(老中)
「御用で御座いますか」

稲葉正則(老中首座)
「んんゥ」
「老中土屋数直殿がお亡くなりになった」

大久保忠朝(老中)
「はい」
「左様に御座る」

稲葉正則(老中首座)
「驚かんのか?」

大久保忠朝(老中)
「はい」
「家中の者から聞き及んでおります」

稲葉正則(老中首座)
「土屋(老中)殿は江戸城の隠れた犬を
退治する為に立ち上がった」
「しかし」
「犬を退治することは出来ずに
命を失ったのじゃ」
「・・・・・・」
「率直に申せ!」
「其方は、隠れた犬なのか?」

大久保忠朝(老中)
「何の事で御座る」
「意味が分かりませんぞ」

稲葉正則(老中首座)
「其方は、老中に引き上げられたばかりじゃから
事情を知らん筈」
「意味が分からぬのは
仕方が御座らん・・」
「江戸城には隠れた犬がおるのじゃ」
「その犬を退治せねば
幕府は転覆する」
「もう一度、聞くぞ」
「其方は、隠れた犬か!」

大久保忠朝(老中)
「んんゥ」
「館林守(綱吉)が江戸城に野良犬を放った事でござるな・・・」
「奇抜な事では御座るが
大騒ぎする事では無い」
「老中土屋殿が亡くなった事と
結びつける必要は無い」

稲葉正則(老中首座)
「では」
「其方は、館林守を擁護すると
申すのじゃな!」

大久保忠朝(老中)
「首座殿!」
「館林守は次の将軍となるかも知れぬ御方」
「変な言いがかりは
お止め頂きたい」

稲葉正則(老中首座)
「其方!」
「隠れた犬か!」

大久保忠朝(老中)
「んんゥ」
「大老も犬に為っておったぞ」
「其方も犬ではないのか?」

稲葉正則(老中首座)
「おい!」
「変な考えを持つでは無いぞ」
「其方は、我らと同じ幕府の重鎮じゃ
自覚を持て!」

大久保忠朝(老中)
「状況を的確に判断して
情勢に適った身の振り方こそ肝要」
「犬なのか否かは問題では御座らん」

稲葉正則(老中首座)
「んんゥ」
「では、江戸城に野良犬を放った
綱吉殿の行いは正常と思うか?」

大久保忠朝(老中)
「仮様とはもうせ
将軍の代理でありましたから
御触れに逆らう事は出来ません」
「多少の事は
大目に見る事も肝要」

稲葉正則(老中首座)
「んんんゥゥ」
「其方は、何を考えておるのじゃ!」

大久保忠朝(老中)
「首座殿に忠告申す」
「綱吉様が次の将軍に成った時の事を
考えるべきですぞ」
「犬退治などと申しておれば
綱吉様の逆鱗にふれる
後から後悔しても遅いのじゃ」

稲葉正則(老中首座)
「んんんんゥゥゥゥ」
「・・・・・・・・・・・」
「其方の申す事にも一理ある」
「綱吉様が次の将軍になる可能性は低くはない」
「身の保全か・・」

大久保忠朝(老中)
「左様」
「何方に転んでも生き延びる道を模索する事が肝要」

稲葉正則(老中首座)
「んんゥ」
「左様」
「もう、犬退治は諦めよう」

大久保忠朝(老中)
「それが賢明に御座る」

稲葉正則(老中首座)
「ところで、
上様側室に嫡男が生まれれば如何致す」

大久保忠朝(老中)
「それは、その時に・・・」



柳沢吉保(館林藩小姓組番衆)
「如何なされましたか?」

徳川綱吉
「ううゥー」
「やなぎさわァーー」
「うううううゥゥゥーー」

柳沢吉保
「怖がる事は何も御座いません」
「小姓に全てお任せ下さい」

徳川綱吉
「老中の土屋数直が儂に切腹を申し付けてきたぞ」

柳沢吉保
「ご安心召され」
「老中土屋数直は、もうこの世の者では御座らん」
「上様は安泰に御座る」

徳川綱吉
「数直は死んだのか?」

柳沢吉保
「はい」
「死にましたぞ」

徳川綱吉
「おおォぉぉぉ」
「死んだのか・・・・」
「儂に切腹を申し付ける者は死ぬのか・・・」

柳沢吉保
「はい」
「左様で御座る」

徳川綱吉
「オオおおおぉぉぉぉぉぉぉ」
「何故じゃ?」

柳沢吉保
「運命で御座いましょう」
「上様には何も関係が御座いません」

徳川綱吉
「先は、あの老中松平信綱が
儂に切腹を申し付けた後直ぐに病死した」
「そして、今回も又
老中土屋数直が儂に切腹を申し付けた後直ぐに死んだ」
「おおおォぉぉぉ」
「恐ろしいぃぃぃぃ」

柳沢吉保
「心配はご無用」
「全ては、この小姓にお任せ下さい」

徳川綱吉
「何故じゃ!」
「何でじゃ?」

柳沢吉保
「全ては神の思し召し」
「上様は天命により生かされております」
「天は上様の味方で御座います」

徳川綱吉
「何故、天は儂に味方する!」
「儂に天が味方する理由はあるのか?」

柳沢吉保
「上様」
「それは、御謙遜に御座る」
「天は上様の優しい心根を知っておられる」
「天は犬を労わる上様を愛しておられる」

徳川綱吉
「おおォ」
「儂は、幼き頃から犬を庇い
犬と仲良くしておった」
「犬に危害を加える者を罰してきた」
「先の老中信綱は
犬を庇うのは止めろと命令して
儂に切腹を迫ったのじゃ」
「儂は犬を助けた事で
天からの御加護を得た」

柳沢吉保
「さあ」
「もう怯える必要は御座いません」
「安心して下さいませ」

徳川綱吉
「いやいや」
「儂の切腹は老中会議で決まったのじゃぞ」
「まだ、安心は出来ん!」

柳沢吉保
「はい」
「主犯は大老酒井忠清で御座いましょう
そして、老中会議には死んだ土屋数直と久世広之
が参加しておりました」
「天は彼らを許しませんぞ!」

徳川綱吉
「幕臣は根こそぎ天誅に見舞われるのか?」

柳沢吉保
「はい」
「天の意思で御座る」

徳川綱吉
「おおォー」
「儂は、これから一層、お犬を労わるぞ」
「お犬に奉仕し奉る!」

忠清の苦悩

2021-12-01 11:03:12 | 漫画



綱吉仮将軍
「むひひひヒ」
「忠清ちゃん」
「近こうに寄れェ」

酒井忠清
「はい」
「ここに」
(気持ち悪い・・)

綱吉仮将軍
「忠清ちゃーん」
「儂って将軍よ」

酒井忠清
「はい」
「上様が不在の間の仮の将軍に御座います」

綱吉仮将軍
「むぎュー」
「何だと!」
「仮などと申すな!」
「儂を怒らせればエサはやらんぞ!」

酒井忠清
「しかし、上様が不在の間の
臨時でありますから・・・」

綱吉仮将軍
「煩い!」
「儂に逆らうつもりか!」

酒井忠清
「・・・・」
「しかし」
(凄い迫力じゃ!)

綱吉仮将軍
「儂は兄君とは違うぞ!」
「家来は犬じゃ!」
「犬は厳しく躾けねばならん」
「忠清ちゃんも可愛がってやるからな
良き犬と成れ!」

酒井忠清
「・・・・・」
「はい」
「承知致しました」

綱吉仮将軍
「何故、直ぐに返事をせん!」

酒井忠清
「・・・・・」
「申し訳御座いません」

綱吉仮将軍
「むぎゅー」
「貴様!」「儂をバカにしておるな!」

酒井忠清
「いいえ」
「我ら家臣が犬では困ることが御座います」
「仮の将軍とはいえ
将軍としての務めが御座います」
「将軍は権力を持ちますが
権威は朝廷にあります」
「我らは、朝廷から権力を授かっております」
「祭事、行事は仮将軍の大切な務めで御座います」
「我らが犬では務まりません」

綱吉仮将軍
「ヴゥーー」
「ガォーーー」
「儂を怒らせるな!」

酒井忠清
「しかし」
「・・・・・・」

仮将軍
「逆らうな!」
「犬めが!」
 
保科正之
「助けてくれと申されるか?」
「しかし、儂はもう隠居の身」
「家督は嫡男(正経)が継いでおる」

稲葉正則
「左様に申されるな」
「今、幕府は一大事に御座る」

保科正之
「綱吉様の事、案ずるな」
「仮の将軍であるから
上様がお帰りあそばせば
元通りに為りましょう」

稲葉正則
「しかし、幕府の財政は逼迫しております」
「流通政策、河川事業などが目白押し」
「どれも、疎かには出来ません」

保科正之
「詳しく教えてくれ」

稲葉正則
「仮様は『犬小屋を作れ!』と申される」
「それも、全国に作れとの御触れ」
「江戸市中の犬は犬御殿に住まわすと申しておる」

保科正之
「それは、奇怪な御触れじゃな」
「何を目的にしておるのじゃ」

稲葉正則
「仮様は我ら家臣を犬にしたいのです」
「そして、犬と同様の扱いをしたいのです」

保科正之
「それは、酷い」
「しかし、綱吉様は諸藩からの評判は高いぞ」
「其方の思い違いでは無いのか?」

稲葉正則
「いいえ」
「現に、大老は仮様の犬となっております」

保科正之
「如何様な犬となっておる?」

稲葉正則
「絶対に口外為さらぬように
お願い致す」
「最初は、犬まねの強要で御座いましたが
近頃は、犬として生きろと申され
口で餌を食べております」

保科正之
「それは、怪奇じゃ」
「大老は拒否しないのか?」

稲葉正則
「最初は拒否しておりましたが
強要が酷くなり
拒否すれば無礼打ち(切捨御免)と・・・」
「泣く泣く従っております」

保科正之
「しかし」
「儂は、その様な話を初めて聞くぞ」
「何で、今まで隠しておった?」

稲葉正則
「仮様は着々と権力基盤を強化しており
我々の力を凌ぐ勢力になっております」
「そして、仮様に加担する勢力は
仮様の忠実な犬となり
精鋭犬軍団となっているのです」
「この犬軍団は仮様の本性が漏れぬように
巧みに隠しております」
「仮様が正式な将軍になった時に
正体が明かされる筈で御座る」

保科正之
「んんゥ」
「よし、分かった」
「儂は、隠居の身じゃが
御落胤として先様の信認を得て
幕府を託された」
「仮様の奇行を精査して
断固たる対処をする」

稲葉正則
「では」
「大老にも報告致しますので
御落胤殿!
精査の上、厳罰をお願い致します」

保科正之
「いやいや」
「厳罰は上様が戻られてからじゃ」
「其方は、上様に連絡を入れて
早く江戸に戻るように申してくれ」

稲葉正則
「いいえ」
「それでは、手遅れとなります」
「上様がお帰りになった時には
幕府は犬軍団に支配されております」
「手遅れになりますぞ!」

保科正之
「んんゥ」
「仮様を厳罰に・・・」

稲葉正則
「はい」
「今、厳罰に処す事が肝要」
「遅れを取れば、幕府は犬軍団の手に落ちますぞ!」

保科正之
「分かった」「分かった」
「精査する」
「先ずは、仮様に直接話を聞かねばならんな」
「それから
犬軍団の構成を教えてもらわんとな」
「仮様の力を知らんと
返り討ちじゃぞ」

稲葉正則
「はい」
「では、御落胤には仮様の精査をお願いしたい」
「我らは、犬軍団の構成を調べ
ご報告に参ります」

保科正之
「んんゥ」
「それから、早く上様に連絡するのじゃぞ」
「上様がいなければ
仮様の処分など不可能じゃ」

稲葉正則
「はい」
「御落胤が号令すれば
幕府が犬軍団に負けることはありません」
「戦いましょうぞ」

保科正之
「戦いか?」

稲葉正則
「はい」
「熾烈な戦いとなりましょうぞ!」

保科正之
「全てが、偽りであれば良いのじゃが・・・」

稲葉正則
「いいえ」
「全て、真実です」
「恐ろしい、現実です」

保科正之
「おおォ」
「このような時に伊豆守がおらん」
「儂に伊豆守の代わりが務まるのか・・・」

稲葉正則
「御落胤!」
「勝たねば為りませんぞ!」



綱吉
「・・・・・・・・」憮然
保科 正之
「若君」
「黙っておっては何も分からんな」

綱吉
「・・・・・・・・・・・・」怒り

保科 正之
「なァ・・若君」
「将軍になって、良い事などありましたかな?」

綱吉
「・・・・・・・」「知らん・・・」煩い

保科 正之
「左様か・・・」
「では、若君の怪奇な行動は全て真実なのじゃな!」

綱吉
「・・・・・」悪いか!

保科 正之
「悪いぞ!」
「その態度といい、お言葉」
「将軍としての品位に欠ける!」
「儂は、先様から御落胤の称号を得て、
上様をお守りすることが使命で御座る」
「上様不在をよいことに
謀反を企む所業、重大な罪となる」
「罪を償わせますぞ!」

綱吉
「・・・・・」んんゥ

保科 正之
「まだ、黙る気か!」

綱吉
「爺は、皆に騙されておる」
「儂はな、皆から虐められておるのだ」
「大老は儂の事を無視しておる」

保科 正之
「将軍は無暗に御触れなど出してはなりません」
「老中が相談して政務を行うのです」
「政(まつりごと)は老中に任せなさい!」

綱吉
「大老は、儂を仮の将軍と呼んで馬鹿にするんじゃ」

保科 正之
「上様は家綱様で御座る!」

綱吉
「ううゥ・・」
「兄君は、御触れ一つ通すことが出来ぬと言って
悩んでおったぞ」
「爺が邪魔をすると申しておったぞ」

保科 正之
「左様か」
「しかしな」
「殉死禁止令を武家諸法度にするには次期早々なのじゃ
じゃから、上様の意向を口頭で伝えた」
「殉死を禁止したのと同じじゃ」
「それ以降、殉死した者はおらん!」
「上様の御触れは効果があるが
取り返しも利かない」
「一度、御触れが出てしまえば
問題があっても簡単に取り消せないのじゃ!」
「無暗に将軍が御触れを出しては為らん!」

綱吉
「儂は、仮ではあるが将軍ではないか
将軍は家来に舐められては為らんぞ」
「家来が謀反を起こすぞ・・・」

保科 正之
「何を仰せですか!」
「今は、若君が謀反の容疑を受けておられる」
「このまま、黙っておれば
重罪となりますぞ!」

綱吉
「・・・・・・」焦り

「しかしなァ」
「儂は謝りたくないぞ・・・・」
「将軍が謝れば家来は付いてこんぞ」
「儂は、大老やら老中から馬鹿にされるぞ・・・」

保科 正之
「いいえ」
「お謝り下さい!」
「許しません!」

綱吉
「嫌じゃ!」

保科 正之
「そうであろう!」
「一度でも将軍が過ちを犯せば
取り返しは利かぬのじゃぞ」
「じゃからな、将軍は御触れなど出しては為らん」
「よいな」

綱吉
「それは、爺の屁理屈じゃ」
「儂は、大将軍じゃ」
「兄君のような弱虫の飾り物には成らんぞ!」

保科 正之
「んんゥ」
「事実確認じゃ」
「若様は、家臣を犬にしておるのかな?」

綱吉
「家来は忠実にあらねば為りません」
「将軍に逆らっては為りません」

保科 正之
「大老(酒井忠清)を犬にして
口で餌を食へと強要しておりますかな?」

綱吉
「忠清は儂に諂い犬の真似をしておるのじゃ」
「儂の機嫌を伺っておる」
「姑息な奴」

保科 正之
「んんゥ」
「大老が若様に媚びておるとしても」
「大老には武士の意地、志がありましょう」
「自ら進んで犬になる事は有りません」
「若様が強要したのでは
ありませんかな!」

綱吉
「忠清は武士の志など無い」
「ただの馬鹿者じゃ」
「爺は、忠清に騙されておるぞ!」
「あれは、ただの愚か者じゃ!」

保科 正之
「愚か者が大老にはなれません」
「幕府の政務は老中が執り行い
その監視は大老がしておりますぞ」
「大老が愚か者では務まりませんぞ!」

綱吉
「儂は、大罪か・・・・?」

保科 正之
「反省なさいますかな」



山内 豊昌 (土佐国高知藩の第4代藩主)
ーーーーー畏まるーーーーーー

将軍家綱
「面を上げよ」

山内 豊昌 (土佐国高知藩の第4代藩主)
ーーーーーはっーーーーーーー

将軍家綱
「伊達宗勝は酒井忠清が預かっておるぞ」

山内 豊昌
ーーーーーははっーーーー
「一時は如何なるものか心配しておりました」
「兵部殿の悪評は土佐にも知れ渡り
我が土佐藩で兵部殿を預かり
その家臣の今村安長ら罪人が 伊予国宇和島藩へ
預かる事」
「目の先に不穏な者共が集まる事で
庶民も不安を募らせておりました」

将軍家綱
「あのなァ」
「儂と、其方は同じ年生まれじゃぞ」
「儂が九月、其方は十月じゃ」

山内 豊昌 
「おおォ」
「では、上様は少しばかり年配で御座います」

将軍家綱
「江戸ではな、爺ばかりと顔を合わせておってな」
「同年はあまりおらん」
「其方は同じ年じゃから
話が合いそうじゃな」

山内 豊昌
ーーーー畏まるーーーーー 
「恐れ入ります」
 
将軍家綱
「あのなァ」
「今村安長ら罪人を預かっておる伊予国宇和島藩
藩主は伊達宗利じゃが
宗利の事を教えてくれんか?」

山内 豊昌
「はい」
「豊昌は家督を継いで少しばかり藩主をしておりますが故
交流等は御座いませんが」
「伊予殿は大変賢明なお方と聞いております」

将軍家綱
「おおォ」
「左様か」
「儂は、噂に聞いたのじゃがな
今、越後で騒動が起きておるそうじゃ」
「それでのォ」
「宗利の舅が、その騒動に巻き込まれておるそうじゃ」

山内 豊昌 
「左様に御座いますか」
「上様は、情報通で御座います」
「豊昌は何も知らず恥ずかしいばかりに御座います」

将軍家綱
「いやいや」
「儂も良くは分かっておらん」
「今、何が起きておるのか調べておる」

山内 豊昌 
「はい」
「では、伊予殿とも連絡を取り合い
詳細が分かり次第に
上様にお知らせ致します」

将軍家綱
「んんゥ」
「伊達騒動は対処が遅れてこじれてしもうた」
「各藩主は騒動を起こさぬように
事前に対策をせねばな」

山内 豊昌 
「はい」
「仰せの通りに御座います」
「ところで、兵部殿の預かりが
大老に変更されたのは
如何なる理由に御座いましょうか?」

将軍家綱
「ああァ」
「あれはな、儂が変更したんじゃ」
「忠清が権力を独占しておるので
お灸をすえてやった」
「今ごろ、ヒイヒイ言っておるぞ!」

山内 豊昌 
「お灸とは」
「いやはや」
「兵部殿を預かるのは
お灸に御座いますか・・・」

将軍家綱
「それから、綱吉を江戸に入れておる!」
「今頃、忠清の奴は
綱吉にきりきり舞いのてんてこ舞いになっておるぞ!」

山内 豊昌 
「弟様は
左様に御振る舞いで御座いますか?」

将軍家綱
「おおォ」
「綱吉はエグイぞ!」
「其方も、江戸に参る時には気お付けねば
酷い目に合うからな」
「綱吉は怪奇じゃ!」

山内 豊昌 
「はァ」
「如何様に怪奇なので・・・」

将軍家綱
「毎日が怪談じゃ!」

山内 豊昌 
「豊昌には想像も付きません」

将軍家綱
「よし」
「今宵は、綱吉の怪談話しで盛り上がろォーぞ」



池田光政(岡山藩池田宗家3代)
ーーーーー畏まるーーーーー

将軍家綱
「面を上げよ」

池田光政
ーーーーー「ははッ」ーーーー

将軍家綱
「伊達騒動の件じゃがな」
「綱宗の謹慎を解き、
復権させたいのじゃが」
「其方の、連名を解除したい」

池田光政
「はい」
「仰せに従い
間違いを正し、連名を取り消します」

将軍家綱
「しかしな」
「心配はするな」
「其方の過ちを罰することは無い」

池田光政
「上様の心使いに感謝申し上げます」
「有難き、幸せ」

将軍家綱
「あのなァ」
「吉良上野介の事を聞きたい」

池田光政
「はァ」
「何で御座いますか?」

将軍家綱
「上野介とは同じ年生まれで縁がある」
「いや、あのな」
「此処へ来る途中で聞いたのじゃが
岡山の地に吉良上野介の知行地があるとか?」
「如何なっておるのじゃ?」


池田光政
「はい」
「高家が切望なされまして」
「新田を割譲致しました」

将軍家綱
「しかし」
「何故、大切な新田を割譲なさった?」

池田光政
「はい」
「高家は、幕府と朝廷の交渉事を一手に担っておりましたので
断ることが出来ませんでした」

将軍家綱
「何を申しておる!」
「交渉役に大きな権限はないぞ!」
「其方の弱気ではないのか?」

池田光政
「実は、赤穂藩との領地境界の問題が御座います」
「割譲地は岡山藩の知行地で御座いますが
「後から、検分を高家が取り仕切り
赤穂の領地との境界を決定する権限を主張しておりました」
「高家の気分で領地境界が決められては
領地紛争に為りかねない為」
「止む得ず割譲した次第に御座います」

将軍家綱
「何と!」
「上野介の奴は
領地境界の検分役まで
やっておったか!」

池田光政
「上様!」
「この問題は決着しております」
「このままに、しておいて下さいませ」

将軍家綱
「何故じゃ!」

池田光政
「はい」
「赤穂との諍いは避けとう御座います」

将軍家綱
「左様か・・・」
「其方は賢明じゃのォ」

池田光政
「実は、伊達騒動からの教訓で御座います」
「割譲地は岡山藩の領地で御座いますが
赤穂が自らの領地だと言いだせば
収拾がつかない泥沼になります」
「丁度、その諍いの地を高家上野介殿が
切望されたのです」
「我らにとっても願ったり叶ったりで御座います」

将軍家綱
「ふうゥ」
「上野介の奴は災いを引き寄せたか・・・」

池田光政
「高家は朝廷と幕府の後ろ盾に笠に着る
行為をしておりました」
「京の民は放蕩三昧で御座いました」

将軍家綱
「そうじゃ!」
「その状況を改善に参ったのが
板倉重矩じゃ!」

「上野介はお役御免となり
京都は蘇った」

池田光政
「はい」
「高家は京都と赤穂の領地境界検分にも
関わっております」
「赤穂は武闘派」
「今、お役御免となった
高家は
赤穂の深い恨みを買っております」

将軍家綱
「赤穂は武闘派か・・・」

池田光政
「はい」
「我らは、赤穂の暴走を防ぐべく使命で
岡山の地をあてがわれております」

将軍家綱
「んんゥ」
「赤穂は西国の脅威に対抗する防波堤か?」
「西国は未だ徳川に対抗する気構えなのか?」

池田光政
「はい」
「赤穂は徳川幕府を西国から守るため
武闘派となって気勢を上げております」
「我らは、その気勢が行き過ぎぬように
監視しております」

将軍家綱
「んんゥ」
「其方は、賢明じゃ」

池田光政
「我らは、赤穂と対立するのではなく
協力し合って
西国の脅威に立ち向かう所存」

将軍家綱
「それに引き換え
上野介の奴は・・・・」



保科正之
「其方は、綱吉の犬となっておるのか?」

牧野成貞
「・・・・・・」
「御落胤の申されている意味が分かりません」

保科正之
「其方、上野館林藩から江戸住まいとなったが
大老を凌ぐ権力を持っておると聞く」

牧野成貞
「恐れながら、
何かの間違いでは・・・」

保科正之
「其方、妻を綱吉に貢いだのか?」

牧野成貞
「・・・・・・・」
「左様な事、・・・・」
「決して、左様な・・・」
「御落胤の言葉とは思えません・・・」

保科正之
「上野館林藩での綱吉の奇行は
隠しても無駄じゃ!」
「全てを明らかにして綱吉を罰する事じゃ!」

牧野成貞
「罰する!と!」
「次期将軍と称するのでは御座いませんが
罰するとは、何の容疑で御座いましょうか!」

保科正之
「今は密かに隠しておるが
綱吉が正式な将軍となれば
全ての奇行が露わになる」
「そして、綱吉を将軍に据えれば
取り返しの利かない大惨事となる」
「綱吉を厳しく罰する必要が有るのじゃ!」

牧野成貞
「・・・・・・」
「お許し下さい」
「我が君主をお許し下さい」

保科正之
「許せだと!」
「では」
「正直に申せ!」
「其方は、綱吉の犬になっておるな!」
「綱吉は、怪奇じゃ!」
「異常じゃぞ!」

牧野成貞
「いいえ」
「儂は、君主の機嫌を取る為に
自ら進んで犬に為っております」
「君主に一切の責任は御座いません」

保科正之
「其方は、武士の気概が無いのか!」

牧野成貞
「成貞は、君主様の忠臣となり
忠実な家来となることが使命」
「気概など持っては為りません!」

保科正之
「何と!」
「これ程までに犬に為っておるとは・・・悍ましい」
「よォーく 分かった!」
「もう、容赦無い!」
「このまま、江戸を怪奇な世界にする訳にはいかん!」
「綱吉は強制謹慎からの切腹じゃ!」

牧野成貞
「御落胤!」
「何故ですか?」

保科正之
「何故だと!」
「家臣を犬として扱うような主など要らん!」
「儂は、徳川幕府を守る為に戦う事にした!」

牧野成貞
「お待ち下さい!」
「我が藩主は異常では御座いません」
「異常なのは成貞で御座います」
「成貞を罰して下さいませ!」

保科正之
「其方は、綱吉の命令で犬となっておる」
「其方に罪は無い」

牧野成貞
「いいえ」
「君主は命令などしておりません」
「成貞は変態に御座います」
「犬に為ることが喜びに御座います」

保科正之
「んんゥ」
「仕方がないな・・・・」
「では、其方も同罪じゃ!」
「儂は、御落胤の名を掲げて幕府を守る為に立ち上がる!」
「儂が号令すれば、将軍を上回る力が発揮されるのだ!」
「変態、奇人、愚か者が支配しては国が亡ぶぞ!」
「儂は、国を守る為に戦う!」

牧野成貞
「んんんゥ」
「・・・・・・・」覚悟

「あい、分かった!」
「儂を罰しておけばよいものを・・・」
「君主は愚か者では御座らん」
「ううゥ」
「其方こそが、愚か者かもしれませんぞ!」

保科正之
「何という言い草!」
「早く、目を覚ませ!」
「おい」
「お主!」
「正気か?」

牧野成貞
「もうよい」
「儂は覚悟を決めた」
「其方は、もう不要じゃ」
「儂は、君主に従う!」

保科正之
「ああァ」
「何と!」
「何という事!」
「後悔するぞ・・・・」

牧野成貞
「其方こそ、後悔しますぞ!」

保科正之
「御落胤の称号は意味を持たんのか・・・」

牧野成貞
「其方は、年を取り過ぎた」
「更には、もう隠居の身」
「権力は綱吉様に御座います!」

保科正之
「残念じゃ」
「其方の本心を確認したぞ」
「もう、許すことは出来ん」
「許せよ・・・」

牧野成貞
「・・・・・」
「犬に許せとは・・勿体ない」

保科正之
「左様か・・」
「では、犬としての最後を見届けてやる」

牧野成貞
「儂も、お返し申す」



保科 正之
「綱吉はとんでもない罪人じゃ」
「儂は、老中、重鎮に号令して、
あの者を成敗する!」

板倉 重矩
「御意」
「同意に御座います」

保科 正之
「儂は、犬軍団の説得を試みたが
其の者どもは、皆、汚い犬となっていた」
「犬軍団は撲滅せねばならん!」

板倉 重矩
「はい」
「ただ、綱吉は次期将軍の第一人者」
「戦うとしても、密かに事を運ばねば・・・」

保科 正之
「左様」
「そこで、儂は牧野成貞に綱吉の切腹を命じた」

板倉 重矩
「牧野成貞は綱吉付の家老」
「江戸住まいで重用されておりますな」

保科 正之
「そうじゃ」
「今は、牧野成貞が犬軍団を従えておる」
「主君に切腹を命じたからには
犬軍団が黙っておらんじゃろう」

板倉 重矩
「犬どもをあぶり出して
一網打尽で御座いますな」

保科 正之
「左様」
「上様がお帰りに為れば
綱吉を処罰できる」

板倉 重矩
「上様の御帰りが遅れれば・・・」

保科 正之
「かまわぬ」
「幕府の一大事じゃ」
「儂が、御落胤の称号を掲げて対処する」

板倉 重矩
「牧野成貞は主犯で御座いますか?」

保科 正之
「分からぬ」
「ただ、牧野成貞は後悔しておるようじゃ」
「しかし、簡単には説得出来そうにない」
「牧野成貞から組織の全容を聞き出すことも為らん」

板倉 重矩
「敵と味方が分からぬのでは
戦いようが御座らん」

保科 正之
「左様」
「じゃからな、
主君綱吉の切腹を命じたのじゃ」
「主君が罪に問われれば
犬軍団は正体を現す」

板倉 重矩
「では」
「すでに、犬どもは江戸城に住んでおると・・・」

保科 正之
「左様」
「犬が襲い掛かる前に
取り押さえる」

板倉 重矩
「厳戒態勢ですな」
「身内に敵がおるとは、
なんとも、落ち着かぬ事じゃ」

保科 正之
「左様」
「我らは、先手を打って
返り討ちにせねばならん」
「同時に、犬と味方を選別する事」
「犬に我らの動きを悟られぬ様に
慎重に事を運ぶ事」

板倉 重矩
「んんゥ」
「犬と戦うとは」
「なんとも、摩訶不思議な世になったものよ・・・」

保科 正之
「不思議と言って何もしなければ
今度は、怪奇な世になるぞ」
「犬に支配される世になるぞ!」

板倉 重矩
「犬の支配とは?」

保科 正之
「悍ましい・・・」

板倉 重矩
「どうも」
「今、少し実感がわきませんな?」

保科 正之
「そこじゃ」
「誰も信じてはおらん」
「誰も、その重大性が分からん」
「そして」
「何も無く、平穏に過ごしておると
いきなり、犬の支配が始まるのじゃ!」

板倉 重矩
「犬を馬鹿にしておると
大変な事になりますな」

保科 正之
「今回の敵は強力じゃ」
「我らは、万全の態勢で立ち向かう」
「よいな!」

板倉 重矩
「はい」
「我らは、犬軍団を撲滅させます!」

保科 正之
「仲間を募り」
「犬を炙り出す」

板倉 重矩
「犬からの攻撃を防ぎ
返り討ちを誘う」

保科 正之
「戦いじゃ!」

板倉 重矩
「御意」



久世広之
「極秘の会議とは物騒に御座いますな」

土屋数直
「儂は、もう年じゃ、そろそろ隠居したいぞ」

稲葉正則
「何を、弱音を申しておる」
「老中で至急に取り決めておかねば為らん事」
「先ずは、犬どもに屈することなく
上様の御帰還まで耐え凌ぐ事」
「犬の勢力拡大を阻止する事」
「幕府の一大事じゃ」

久世広之
「この様な一大事に大老は何をしておる?」

土屋数直
「左様!」
「儂らのような年寄りに面倒を
押し付けて、屋敷に引っ込んでおるのか?」

稲葉正則
「いいえ」
「大老は、直に、お見えになりますぞ」
「犬退治の秘策を練っておる」

久世広之
「大老は既に犬になっておると聞いたぞ」

土屋数直
「左様」
「我らを身代わりにして
屋敷に逃げておる」
「そして、都合が悪く成れば
犬にもなる」

稲葉正則
「何を申すか!」
「大老は、犬退治の秘策を練っておるのじゃ!」

久世広之
「では」
「何で城に参らぬのか!」
「屋敷に引き籠っておるぞ」

土屋数直
「左様」
「儂ら年寄りに面倒を押し付けておる」

稲葉正則
「んんゥ」
「我らは結束して幕府の一大事に対処せねばならんのに」
「其方達は、不平不満ばかり申しておる!」

久世広之
「不平など申さんが・・」
「それでは」
「儂が直接、大老邸に赴き
その、秘策とやらを聞いてやろう」
「此処で話しておっても埒が明かない」
「進展が無い」

土屋数直
「左様」
「忠清殿が犬になっておらぬのならば
儂らと会って話も出来る筈」
「会えぬのは犬となっているからじゃ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「大老は犬になった振りをしておられる」
「犬になってはおらん」

久世広之
「なった振りとは?」
「何ですかな!」

土屋数直
「左様」
「おかしい事じゃ」
「説明する必要があるぞ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「綱吉様は大老に犬になるように強制したのです」
「大老は断腸の思いで犬の振りをしておるのだ!」

久世広之
「儂も強制されたが断固断ったぞ」

土屋数直
「左様」
「儂も断った」

稲葉正則
「んんゥ」
「儂に如何せよと申すか!」

久世広之
「当然、大老邸に赴き
我らが大老を審判いたす」

土屋数直
「左様」
「大老が犬になっておっては困るからな」

稲葉正則
「んんゥ」
「大老を困らせるな・・・」
「大老は犬まねなどしたくはないのだ」
「綱吉の脅しは凄まじいぞ!」
「大老が屈したら
今度は、其方たちが脅される」
「大老を守ることが
我らには絶対に必要じゃ」



酒井忠清
「老中を屋敷に近づけてはならん!」

稲葉正則
「しかし」
「あの者たちは押しかけて参りますぞ」

酒井忠清
「追い返せ!」

稲葉正則
「仰せの通り・・・」

酒井忠清
「今、犬の勢力はどれ程じゃ!」

稲葉正則
「はい」
「老中や重鎮は犬に屈してはおりません」

酒井忠清
「よし」

稲葉正則
「犬軍団の排除に秘策が見つかりましたか?」

酒井忠清
「おおォ」
「左様」
「上様が戻るまで
儂は、犬の振りをしておく」
「今は、犬であっても、犬を拒否しても生き残る事はできん」

稲葉正則
「では」
「犬軍団は放置致すので・・・」

酒井忠清
「いや」
「儂が動く必要は無いと申しておるのじゃ!」
「今、保科正之が犬に戦いを挑んでおる」
「保科殿が勝てば御の字」
「たとえ負けたとしても、儂は犬の振りじゃ」
「簡単に寝返る事が出来る」

稲葉正則
「何と!」
「それでは、御落胤が負ければ
我らは犬になるのですか!」
「大老も加勢するべきでは?」

酒井忠清
「良く考えろ」
「儂が加勢しても勝ち負けに影響はないぞ」
「反対に、儂の影響力は低下して権力を失い失脚する」
「儂が加勢して御落胤が勝っても、手柄は御落胤のもの」
「儂が加勢して御落胤が負ければ、儂は反逆者じゃ」
「今は、犬の振りをすることが最善であるぞ」

稲葉正則
「んんゥ」
「しかし」
「御落胤は隠居の身」
「大老が屋敷に籠っておっては
犬どもの思う壺では・・・」

酒井忠清
「そうではない」
「犬が権力を握っておられるのは
上様不在期間だけじゃ」
「上様がお帰りになれば
その時、儂が号令をかけて犬どもを完全に駆逐してやる」

稲葉正則
「なるほど、今は黙って成り行きを観察し
状況が整えば一挙に攻勢に出ると」
「そう、申されますか!」

酒井忠清
「左様」
「儂は、反撃の機会を探っておる
最も良い時期に、大きな権力で一気に粉砕する」

稲葉正則
「おおォ」
「流石、大老じゃ!」

酒井忠清
「分かったら、
儂の屋敷に近づこうとする老中どもを
追い返せ!」
「決して近づけてはならん!」

稲葉正則
「御意!」
「命に代えて、御命令に従います」

酒井忠清
「其方の活躍次第で
我らの権力は盤石となりうる」
「犬どもなど取るに足らん!」

稲葉正則
「はい」
「今は、おとなしく状況を観察しております」
「そして、大老の号令と共に
我らは決死の覚悟で戦いに挑みます」

酒井忠清
「おおォ」
「勇ましいのォ」
「我らの天下も
其方次第じゃ」
「天下が取れれば、
今度は、其方にも大きな恩恵が与えられるぞ!」

稲葉正則
「はい」
「我らは、大老の元に団結して
盤石な権力基盤を構築いたします」

酒井忠清
「左様」
「全ては、この後の一戦によって決される」
「今では無い」

稲葉正則
「はい」
「良く分かり申した」
「この一戦は、御落胤に犠牲になってもらい
その後の大決戦で、大老が天下を取る計らい」
「承知致しました」

酒井忠清
「おいおい」
「迂闊な事を申すな・・」
「この事は、絶対に他言は為らんぞ!」
「儂は、病気じゃ」
「暫く休んでおると申し伝えよ」

稲葉正則
「待ち遠しい」
「早く、天下を取りたいのォー」

酒井忠清
「あっはははは」
「大船に乗った思いで待っておれ!」

稲葉正則
「はっははは」
「はい」
「大船に乗っておりますとも」
「大老は大船じゃ!」

酒井忠清
「んんゥ」

稲葉正則
「では」
「儂は、引き続き犬の動向を観察しております」

越後国高田藩

永見万徳丸
「客人?」
「何方ですか?」
「私に何か用事が御座いますか?」

徳川家綱
「いや」
「いきなり訪問致した」
「びっくりさせてしもうたのォー」

永見万徳丸
「はい」
「今は、とっても不穏な時期です」
「私を取り巻く状況が逼迫していますので
安心は致しません」

徳川家綱
「あッあ」
「あのな、儂は、江戸から参った」
「つッ綱右衛門と申す者」
「江戸の使者で御座る」

永見万徳丸
「何で言葉に詰まっておる!」

徳川家綱
「い いやな」
「儂は、正直者じゃから
この様なことはムズイのじゃ」
「くすぐったいのじゃぞ」

永見万徳丸
「変な使者じゃ!」
「遠慮はいらん!」
「何なりと申せ!」

徳川家綱
「おォおお・・」
「あのな、永見万徳丸殿の将軍謁見の事ですぞ」
「つまり、其方は将軍に御目見得が決まりましたので
その連絡に御座るよ」

永見万徳丸
「左様か!」
「しかし、私は元服には早すぎるのですが
本当に、将軍にお会い出来るのでしょうか?」

徳川家綱
「出来ますぞ!」
「将軍に会ったらな、其方は将軍から偏諱を賜り
元服するのじゃよ」
「よいな」

永見万徳丸
「はい」
「高田藩主にも喜びを申し伝えねばなりません」
「大変な名誉で御座います」
「ただ・・・すでに」
「藩主(光長)の嫡子綱賢様が偏諱を賜っております」
私が将軍に謁見しても良いのでしょうか?」

徳川家綱
「かまわぬぞ」
「其方は、江戸に参り
将軍に会うのじゃよ」

永見万徳丸
「はい」
「有難き幸せに御座います」

「最近、江戸からの使者が多くなりましたが
何か御座いましたか?」

徳川家綱
「はて?」
「大老からの使者かな?」

永見万徳丸
「分かりません」
「ただ、寛文5年12月に大きな地震が御座いまして
その復旧に莫大な資金が必要になりました」
「そして」
「その復旧費用を幕府から借り受けたと申しておりました」

徳川家綱
「ええェ」
「幕府から借りちゃたの?」
「忠清の奴、借金の取り立てに奔走しとるのか!」

永見万徳丸
「取り立てで御座いますか?」

徳川家綱
「おおォ」
「左様!」
「金を強制的に奪い取るのじゃ!」

永見万徳丸
「その様な使者で御座いましたか?」

徳川家綱
「あのな」
「悪い事は申さぬぞ」
「もう、金輪際、幕府から金を借りてはならんぞよ」
「幕府は高利貸しじゃよ」
「身ぐるみを剥がされてすっぽんぽんになっちゃう」
「だからね」
「幕府じゃなくて商人から借りる方が良いぞ」
「幕府から金を借りると怖いよ」

永見万徳丸
「・・・・」
「私は、如何にすれば良いのでしょうか?」

徳川家綱
「おおおォー」
「そうじゃのォー」
「んんゥ」
「ではな、将軍に謁見した時に
その事を申せ!」

永見万徳丸
「いえ」
「私には、出来ません!」
「そのような無礼は・・・」

徳川家綱
「おおォ」
「分かった、分かった」
「ではな、儂の顔を良く覚えておけ」
「儂を見つけたら
遠慮なく陳情するのじゃ!」
「よいな」

永見万徳丸
「はい」
「綱右衛門様に江戸でお会いしましたら
是非、お願い致したく思います」

徳川家綱
「伊達藩のお家騒動はな
幕府からの借金が原因なんじゃよ」
「だからな」
「心配しておる」
「幕府はな簡単に金を貸しておるが
返済は厳しいのだよ」
「返済出来んと
いろいろ要求してくる」
「仙台藩は困っておった」

永見万徳丸
「そのような事で・・・」
「しかし」
「借りた金を返すのは道理」
「返済は怠りません!」

徳川家綱
「おおォ」
「立派な志」
「きっと、将軍も喜ばれる!」

永見万徳丸
「はい」
「立派な武士道をもって
生涯、恥ずべき事無き様に過ごして参ります」

徳川家綱
「よしよし」
「儂はな、暫く越後におるから
遠慮なく何でも相談に参れよ」
「立派な武士と成れよ」

永見万徳丸
「はい」
「将軍にお会いできる日を
楽しみにしております」
「大変な名誉を賜りました事
感謝申し上げます」

徳川家綱
「よしよし」



小栗美作
「江戸の使者と?」
「恐れ入ります、
どうも、高貴なお方のようじゃ・・」
「御身分を明かしては下さらんか?」

徳川家綱
「いやいや」
「綱右衛門と申す、旗本じゃ」
「衣装は借り物」
「見栄だけじゃ、遠慮はいらんぞ」
「たいした者では御座らん」

小栗美作
「ところで」
「今回は、如何様な御用で御座いますか?」

徳川家綱
「今回と申すからには
前回があるな!」
「前回の事は借金返済の要求かな?」

小栗美作
「いいえ」
「借金返済は大目にみてもらえるとの事」
「安心しておりましたが
まさか、変更になりましたか?」

徳川家綱
「えッ」
「いゃいや」
「忠清の奴は何を企んでおるのか?」

小栗美作
「てっきり、水路開発の指導をして
下さるかと思っておりましたが・・・」

徳川家綱
「おおォ」
「左様」
「江戸水道は良く出来ておる
測量が大切じゃぞ」
「水路は測量をしっかりとやっておかねば
無駄骨を折り、全てが台無し、役立たずとなる」
「確りとした専門知識が必要不可欠じゃ!」

小栗美作
「はい」
「頼りにしております」

徳川家綱
「おおォ」
「任せておけ」

小栗美作
「では」
「綱右衛門殿が測量を為さるので
御座いますか?」

徳川家綱
「いや」
「別の者が後から参る」
「待っておれ」

小栗美作
「はい」
「お待ちしております」

徳川家綱
「なあ」
「ホントに、忠清は借金の取り立てを見送っておるのか?」

小栗美作
「はい」
「大老様の意向は分かり兼ねますが
借金は自由に為されております」
「更には、返済は無期限で利子も御座いません」
「この借款は、高田藩の発展となり
大変、重宝しております」

徳川家綱
「まさか、借金を増やしておるのか?」

小栗美作
「はい」
「際限なく増え続けております」

徳川家綱
「ええェー」
「何で増やすの?」

小栗美作
「何でと申されましても・・・」
「幕府の好意と受け止めておりますが・・・」

徳川家綱
「忠清はな、企みがあって
金を貸し付けておるのじゃぞ」
「タダより高い物は無いぞ」
「後から大変な災いが降り注いでくる」
「なあ」
「悪い事は言わんから
幕府の借金は返済しておけ!」
「金はな、商人から直接借りる方が安全じゃぞ」
「なあ」
「儂が淀屋に頼んでやるから
幕府からの借款は整理するのじゃ」

小栗美作
「・・・」
「淀屋といい、他の商人は金を貸してはくれません」
「踏み倒しを心配しておるようです」
「実際、踏み倒しが横行しておりますから
我らのような返済不能が見えておる財政状況では
借り受けは難しいのです」
「やはり、幕府からの借り受けに頼らざる得ないので御座る」

徳川家綱
「でもな」
「後からね、絶対に惨い返済要求が来るよ」
「仙台藩の二の舞じゃ!」

小栗美作
「いいえ」
「心配はいりません」
「藩主松平光長様は大老様の大きな後ろ盾が御座います
我ら高田藩は御三家に次ぐ家柄
幕府とは切っても切れない親密なる関係にあります」
「幕府は商人などよりも信頼がおけます」

徳川家綱
「いやいや」
「あのな」
「あの兵部も、其方と同じことを言っておったぞ」
「兵部もな、忠清の後ろ盾があるから
何をしても咎めは無いと申しておった」
「じゃがな、今では、罪人じゃろーが!」
「忠清の後ろ盾など期待してはならんぞ!」



稲葉正則
「保科正之殿がお亡くなりになりました」

酒井忠清
「んんゥ」
「犬の仕業か?」

稲葉正則
「分かりません」
「きっと」
「御病気で御座いましょう・・」

酒井忠清
「左様か」
「んんゥ」
「早く、上様に帰って頂かなければならんぞ」

稲葉正則
「はい」
「手は打っております」
「上様は今、越後高田にお住まいに御座います」
「上様には永見万徳丸の謁見をお願いしておりますので
江戸に帰る必要が御座います」

酒井忠清
「帰らねば、綱吉が謁見する羽目になるぞ!」
「ならば、如何する!」

稲葉正則
「はい」
「上様が御帰還為された後に
謁見の日取りを伝え致す故
綱吉殿に役目を渡す心配は御座いません」

酒井忠清
「んんゥ」
「早く、帰って頂かなければ
儂も長生きは出来んぞ!」

稲葉正則
「はい」
「御落胤の二の舞で御座る」
「病気にせよ、犬の仕業にせよ
御落胤の失脚にかわりはありません」
「もし、大老が御落胤に従い
犬と対峙しておれば
今頃、取り返しの利かない状況になっておりました」

酒井忠清
「如何じゃ!」
「儂の先見の明じゃぞ!」
「儂らは、命拾いしたぞ!」

稲葉正則
「はい」
「恐れ入ります」
「では」
「今頃、犬と対峙している老中共は
生きた心地では御座らんでしょうな・・・」

酒井忠清
「左様」
「先ず、取り残された板倉重矩は直ぐに消される筈じゃ」

稲葉正則
「重矩は大老の宿敵、好都合で御座る」

酒井忠清
「哀れな奴じゃ」

稲葉正則
「面倒な御落胤と宿敵を同時に始末できますぞ」

酒井忠清
「おいおい」
「その様に申すでは無い」
「まるで、儂が喜んでおるようではないか!」

稲葉正則
「いえいえ」
「御謙遜なさるな」
「これからは、大老様の天下に御座る」
「逆らう者は御座らん」

酒井忠清
「しかしな」
「上様に嫡子が無いのは心配じゃ」
「正室の顕子女王は御病気が治らんのに
上様は、側室をおとりにならん」
「このままでは、跡取りが決まらぬ」

稲葉正則
「今のうちに、手を討っておきますか!」

酒井忠清
「んんゥ」
「綱吉が将軍になれば
我らは綱吉の犬じゃ」
「今までの権勢は吹き飛ぶぞ!」

稲葉正則
「はい」
「いままでの努力が水の泡で御座る」

酒井忠清
「上様が御帰還なされたら
側室を受けるように説得する」

稲葉正則
「しかし」
「あまりしつこく説得しますと
また、逃げ出してしまいますぞ」

酒井忠清
「左様」
「無嗣を避けるための養子も用意せねばならん!」

稲葉正則
「幸仁親王で御座いますか?」

酒井忠清
「んんゥ」
「綱吉を抑えて幸仁親王をお迎えするのは
並大抵な事では無いぞ」
「我らは将軍を凌ぐ権力を持つ必要がある」

稲葉正則
「はい」
「綱吉殿が将軍になれば
我らはお終いで御座る」
「決死の覚悟で対処致します」

酒井忠清
「んんゥ」
「とにかく、早く
上様に御帰還頂かなければならん!」

稲葉正則
「はい」
「今頃、上様は帰り支度をしておる事と・・」

酒井忠清
「んんゥ」
「手ぬるい!」
「上様には強制帰還命令じゃ!」

稲葉正則
「しかし」
「あまりしつこくすると
また、逃げ出してしまいます・・・」

酒井忠清
「逃げられぬ様にして
強制帰還じゃ!」



稲葉正則
「最近、其方たちが犬になっておると聞く」
「真か!」

久世広之
「首座殿・・」
「犬に対抗した御落胤は亡くなり失脚しました」
「更には、御落胤から使命を受け継いだ
板倉重矩殿もお亡くなりになり申した」
「我らは、犬に屈しております」

土屋数直
「大老は肝心な時に逃げ出して
我らを見殺しにしておる」
「先ずは、大老を罷免すべきでは有るまいか?」

稲葉正則
「何を戯けた事を!」
「では、何か!」
「犬に屈服して大老を弾劾せよと申すか!」

久世広之
「いやいや」
「儂らは、肝心の戦いで
大老は病気と偽り屋敷に引きこもり
傍観しておったのを咎めておるのじゃ」
「先ずは、責任を取るのが筋じゃぞ」

土屋数直
「左様」
「大老は責任を取るべきじゃ!」

稲葉正則
「其方たちは、全ての責任を大老に押し付けておる!」
「今、我らが犬に屈服すれば
幕府も、国も犬の支配下におかれるのじゃぞ!」
「我らは、内部で争うのではなく
団結して戦う必要が有るのじゃ!」
「それなのに、其方たちは犬になっておる」
「情けない!」

久世広之
「我らは、犬になっておるのではない」
「犬になった振りをしておる」
「大老と同じじゃぞ」

土屋数直
「左様」
「大老も同罪じゃ」
「今、犬にならぬ者は殺される」
「城は、犬だらけじゃ!」

稲葉正則
「んんゥ」
「情けない!」
「武士の気概を持て!」
「大老は、其方達と対等ではない」
「大きな志があるのだ」
「今は、恥を忍んで犬の振りをしておる」
「これは、上様がお帰りになるまでの演技じゃぞ」
「其方達まで、大老の真似をしては為らん!」

久世広之
「それは変じゃ」
「御落胤も、板倉重矩殿も犬に対抗して失脚したのに
肝心の大老は屋敷に引きこもりじゃ」
「説得力は無いぞ!」

土屋数直
「左様」
「大老には隠居して頂きたい」

稲葉正則
「では、其方たちは犬側に立つと申すか!」
「大老を敵に回すか!」
「答えてみよ!」

久世広之
「大老に責任を取って頂きたい」
「それが、我らの意思じゃ」

土屋数直
「左様」
「大老の怠慢で御落胤と板倉殿を失った」
「大老の責任は重大じゃ!」

稲葉正則
「やはり、其方達は犬になっておったか!」
「大老に逆らう者は
容赦しないぞ!」
「覚悟する事じゃな!」

久世広之
「それは、責任転嫁じゃ」
「何度も申すが
我らは犬では無い
犬の振りをしておる」
「大老と同じじゃ
犬の振りじゃ」

土屋数直
「左様」
「責めるのは、我らでは無いぞ」
「はじめに、犬の振りを始めた
大老に全責任がある」

稲葉正則
「んんゥ」
「仲間割れはよそう」
「大老は、病気で動けなかったのじゃ」
「これからは、犬に対抗するために
其方達を援護する」
「仲間割れをしておっては
犬の思う壺じゃ」
「大老に代わり儂が謝罪する
これからは、我らが協力して
犬を駆逐する」
「協力してくれ!」

久世広之
「ほぉー」
「左様か」
「最初から、その様に申しておれば良いものを・・」
「まあ良い」
「仲間割れなど無意味じゃからな」

土屋数直
「今更、其方に謝られても
御落胤や板倉殿は帰って来んぞ!」
「大老が我らに謝罪するべきじゃな」

稲葉正則
「おおォ」
「しかしな」
「先ずは、上様がお帰りになることが先決」
「あまり、大騒ぎするな」
「犬に感付かれるぞ」
「今は、静かにしておれ!」

久世広之
「何を申す」
「大老が謝れば済む事」
「我らは、大老の志を試しておる」

土屋数直
「左様」
「大老は、謝る必要がありますぞ」

稲葉正則
「んんゥ」
「いやいや」
「済まん」
「悪かった」
「許してくれ」

久世広之
「何を今更」

土屋数直
「左様」