過去の記事を転載 細川綱利(肥後国熊本藩主)
(1649年)12月28日に父・光尚が死去したが、六丸こと綱利は6歳と幼かったため、通常であれば細川家は改易されかねないところであった。しかし光尚が、幕府に対して肥後領地返上の遺言をしたためており、徳川家の覚えがめでたかったことと、細川家臣の懸命の奔走もあって、綱利へ相続させるべきか否か幕府内で議論された。結局、慶安3年(1650年)4月18日に綱利への相続が認められたが・・
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柳沢吉保
「肥後国熊本守は小姓の屋敷に下向で御座いますか?」
細川綱利(肥後国熊本藩主)
「いやいや」
「下向などと、左様に申されるな・・」
「上様の加護に授かりたいのじゃ・・」
柳沢吉保
「ほォ」
「左様か」
「では、其方は大老の屋敷に赴く方が良いぞ」
細川綱利
「何を申されますか・・」
「上様の信認は、貴方様に御座います
どうぞ、お見知りおきのほど
宜しくお願い申し上げます」
柳沢吉保
「んんゥ」
「其方は、何故、そう思う?」
細川綱利
「我が肥後国熊本は改易の危機を乗り越えて参りましたから
大勢の行方は承知しております」
「今後、貴方様は幕府の司令塔と為られます」
柳沢吉保
「んんゥ」
「其方の妻は大姫と申したな!」
細川綱利
「はい」
「左様に御座います」
柳沢吉保
「点を付けよ!」
細川綱利
「天で御座いますか?」
柳沢吉保
「いや、天では無い点じゃ」
細川綱利
「はい」
「では、点を付けて犬と致します」
柳沢吉保
「んんゥ」
「其方は、利口じゃな」
細川綱利
「はい」
「良き名前となりました」
「有難く、頂戴致します」
柳沢吉保
「しかし、水戸守が怒らぬか?」
細川綱利
「どうで御座いましょうか?」
柳沢吉保
「其方、水戸守が怒って
改名を拒否したら如何する」
細川綱利
「水戸守が拒否為されましても
有難き命名で御座いますから
犬姫と呼ぶことに致します」
柳沢吉保
「左様か」
「喧嘩するなよ」
「犬姫は光圀殿の妹じゃ」
「目出度いのォ」
細川綱利
「はい」
「有難き、幸せに御座います」
柳沢吉保
「其方は、賢明じゃな」
「上様は、其方のような賢明な家臣を望んでおられる」
「其方は賢く生き残る事が出来る筈じゃ」
細川綱利
「お褒め頂きまして、有り難う御座います」
柳沢吉保
「よしよし」
「其方の事は、
儂が責任を持って面倒を見るぞ」
「しかし、裏切れば如何なるか
分かっておろーな!」
細川綱利
「上様の御加護に預かりし、この身
忠義の道を踏み外す事は御座いません」
柳沢吉保
「よしよし」
「上様には、お主を推挙致そう」
細川綱利
「推挙など、恐れ多き事」
「此の度は、お見知りおきのほどを
お願いに参りました」
赤穂事件 吉良を如何する?
細川綱利 (肥後国熊本藩主)
「全て、某にお任せ下さい」
柳沢 吉保 (大老格)
「おおおォ」
「其方がおったわ」
「老中が吉良殿の傷を検分に来るぞ」
「如何する?」
細川綱利
「はい」
「上様が吉良殿を見舞いに来られましたので
これを検分と致しましょう」
「誰にも上様の検分を覆す事は出来ません」
柳沢 吉保
「んんゥ」
「しかしな」
「そうなれば、上様が沙汰を下す必要が出て来る・・」
「上様はこの件に関与しない事になっておるぞ」
細川綱利
「左様な事を気に為さる必要は御座いません」
「全て、某にお任せ下さい」
柳沢 吉保
「如何するつもりじゃ!」
細川綱利
「当然、老中の検分は拒否致します」
「それから、
今回の事件は極めて重要な儀式に
殿中での凶行で御座いましたから
迅速なる処分を必要として
速やかなる判断で儀式に支障をきたさぬ事を主なる理由として
また、
今までの慣例に従い
大老による沙汰が今すぐに下される事こそが
最も上様の意向に沿う判断と成るものと存上げます」
「斯様に、申し伝え
老中の検分を拒否致します」
柳沢 吉保
「んんゥ」
「儂が沙汰を下すのじゃな」
細川綱利
「左様に御座います」
柳沢 吉保
「既に、浅野は改易が決まっておる」
「遠慮はいらんから
長矩を切腹させろ」
「よいか」
「浅野長矩に、切腹を申し渡す」
細川綱利
「御意に御座います」
柳沢 吉保
「・・・・」
「んんゥ」
「懸念はある・・」
「吉良殿はおとなしくしておるかなァ?」
細川綱利
「左様で御座いますなァ」
柳沢 吉保
「いっそ、本当の傷を負ってもらうか・・」
細川綱利
「左様で御座いますなァ」
柳沢 吉保
「死なぬ程度に切っておけ」
細川綱利
「御意に御座います」
柳沢 吉保
「・・・・・」
「まだ、懸念があるなァ」
「吉良殿は大袈裟に切られたことを主張しておった」
「切られた後で、気を失ったとの嘘も厄介じゃ」
「無傷で此処に逃げ込んで来たのじゃぞ」
「目撃しておる者もおる」
その者共の口封じも必要となるぞ」
細川綱利
「心配は無用で御座います」
「証言者の口封じは
某にお任せ下され」
「それから、吉良殿は大袈裟すぎましたので
傷は浅く軽傷と致しましょう」
「無傷を深き傷にするのは難しい事ですが
今から直ぐに軽傷とすれば
まだ、間に合う事で御座います」
「傷は浅く、直ぐに治った事に致しましょう」
柳沢 吉保
「そうじゃな」
「吉良殿は軽傷じゃ」
「傷は直ぐに治った事にするぞ」
「浅野長矩は殿中での凶行、
それも一年で最も大切な儀式である勅答の儀の直前
場所と時を弁えぬ蛮行
許しがたき事じゃ」
「上様に代わり
大老として長矩を切腹を申し渡す」
細川綱利
「御意に御座います」
柳沢 吉保
「よし、左様に老中に申し伝えよ!」
細川綱利
「直ぐに申し渡し
老中の検分を退けて参ります」
柳沢 吉保
「よし」
「やれ」
栗崎 道有は意地悪
栗崎 道有 (江戸幕府の官医)
「御指南殿」
「御体を拝見致しましたが
傷は一切御座いません」
吉良 上野介
「ああァ」
「治ったのじゃな・・」
栗崎 道有
「傷を作らねば為りません」
吉良 上野介
「何で・・?」
栗崎 道有
「老中より
御指南殿の傷を確認したいとの要望が御座る」
「玄関番より、
傷が無ければ一大事になるとの申し入れ
直ちに、傷を作る必要が御座います」
吉良 上野介
「ええェ」
「儂を切るのか!」
「死ぬかもしれんぞ!」
栗崎 道有
「死なぬ程度に致します」
吉良 上野介
「ああァー」
「老中を追い返せ!」
栗崎 道有
「先ずは、傷を作る事が先決で御座います」
吉良 上野介
「如何やって切るのじゃ?」
栗崎 道有
「先ずは、殺意の剣を癒しの剣に変える必要が御座います」
「殺意の剣で傷を付ければ
それこそ命を失う危険が御座います」
「癒しの剣で傷を付ければ
某が外科治療で治して差し上げる事が出来ます」
吉良 上野介
「訳の分からん事を申すな」
「如何な刃物も切れれば同じじゃ!」
「戯けが!」
栗崎 道有
「いいえ、同じでは御座いません」
「蘭学の知識に御座る」
「殺意の剣で切られれば
例え傷口を縫い合わせても
その後、傷口が腫れ上がり、
熱を出し、激痛のもとで全身に毒が回り命を落とすのです」
「癒しの剣で切れば、直ぐに綺麗に傷は塞がり
後も残さずに完治致します」
吉良 上野介
「んんんゥ」
「嫌じゃ!」
「老中を追い返せ!」
栗崎 道有
「私が癒しの短剣を用意しております」
「この短剣は、私が実際に治療に使っておりまして
この剣で出来た傷は完治致します事折り紙付きで御座る」
吉良 上野介
「其方の治療ですっかりと治ったと申せ!」
「老中を追い返せ!」
栗崎 道有
「いいえ、駄目で御座います」
「如何なる名医でありましても
半日で傷を治すことは出来ません」
「ささァ」
「お切り為さいませ!」
吉良 上野介
「儂が自分で自分を切るのか?」
栗崎 道有
「左様に御座います」
吉良 上野介
「嫌じゃ!」
栗崎 道有
「では、私にお任せ下さいませ」
「立派な傷を作って差し上げますぞ」
吉良 上野介
「やめろ!」
栗崎 道有
「いいえ、駄目で御座います」
「如何しても拒否為さいませば
力ずくで対処致します」
吉良 上野介
「馬鹿!」
「やめろ!」
栗崎 道有
「ああァ」
「そうそう」
「浅野 内匠頭様が切腹を命じられましたぞ!」
「内匠頭様は、ご自分で腹を切るので御座る」
吉良 上野介
「そんな事、知らんわ!」
「馬鹿たれ!」
栗崎 道有
「しかし、喧嘩両成敗と成りませば
御指南さまも同罪で御座いましょう」
「傷が無ければ全ての自供が疑われ
もしも、他にも嘘を付いておられれば
全ての嘘が暴かれてしまいますぞ」
「老中は、
御指南の傷の検分を待ちわびております」
「待たせれば、待たせる程に
疑惑は膨らみ
不満も募るのです」
「もう、逃げ隠れは出来ません」
「内匠頭様は、ご自分で腹を切るので御座いますぞ」
吉良 上野介
「そんな事、知らんわ!」
「馬鹿たれ!」
「いけず!」
「意地悪!」
「あほ!」
「・・・・・」
栗崎 道有
「はいはい」
「では、切りますぞ!」
藤堂高久 (伊勢津藩の第3代藩主)
「お待たせ致しました」
「ううェ・・」
細川綱利 (肥後国熊本藩主)
「大老は赤穂殿に切腹を申し付けました」
土屋政直 (相模守老中)
「何と!」
「まだ検分が済んでおりませんぞ!」
畠山 基玄 (奥高家)
「上様よりのお裁きをお願い申し上げる」
池田 綱政 (備前岡山藩の第2代藩主)
「もう、大老がお決めになられた」
「上様も承知しておりますぞ!」
藤堂高久
「左様じゃ」
「うゲェ・・」
細川綱利
「いやいや、上様は今回の件に関与為さらぬ」
「上様にお手間を取らせては為りませんぞ」
「大老は、苦心の上に沙汰を下されたのじゃ」
「もう決まった事」
「左様に致せ」
土屋政直
「しかし、まだ吉良殿の傷を拝見しておりませんので
検分は済んでおりませんぞ」
「吉良殿の傷を確認させてもらいたい」
畠山 基玄
「我らは、ここで長きの間待たされたが
奥で何をしておった!」
「説明して頂きたい!」
池田 綱政
「それはそれは、あい済まぬ事で御座った」
「実は、今回の赤穂殿切腹の命令が
異例の早さで下されたもので御座いますから
両人に報告するのを躊躇っておりました」
「お許し下さいませ」
藤堂高久
「早く返事をせねばと思もーておったが
遅れてしもーた」
「許して下され」
「うェ・・」
細川綱利
「この件は決着済みで御座いますから
どうぞお引き取り下され」
「大老は赤穂殿の沙汰を下されたので御座いますぞ」
土屋政直
「いやいや」
「順序が逆じゃ」
「老中で協議が済んでおらぬ」
「我らを蔑ろにしておるのではないのか?」
畠山 基玄
「今まで散々に待たされたのじゃぞ
吉良殿の見舞いくらいは許されようが!」
「吉良殿に会えぬ理由でもあるのかな!」
「場合によっては、強行突破致しますぞ!」
池田 綱政
「あいゃ」
「それは・・」
「もしや、強行突破など為さいますな」
「左様な事を為さいませば
老中といえども只では済みませんぞ!」
藤堂高久
「左様じゃ」
「それは為らん・・」
「大人しく退散して欲しい・・」
「頼む・・」
「ぐゥ・・」
細川綱利
「高家殿は、
強行突破して吉良殿の見舞いをしたいと申すか!」
「それほど我らを疑うと申すか!」
「我らを疑い
吉良殿の傷を検分する理由は何で御座る」
「理由をお聞かせ頂きたい!」
土屋政直
「んんゥ」
「それは、和泉守(藤堂高久)に申し伝えた通りで御座る」
「其方は、散々待たせたのに
検分の理由も聞いておらんのか」
畠山 基玄
「左様」
「吉良殿は無傷で御座る」
「無傷の者が深き傷を負っているとの証言をしているのだから
嘘を付いておると疑われても仕方があるまい」
「疑いを晴らす必要が御座いますぞ」
池田 綱政
「いやいや」
「無傷などと
それは変じゃな」
「吉良殿は傷を負っておりますぞ」
「確かに、傷を負っております」
藤堂高久
「左様・・」
「うェ・・」
細川綱利
「其方達は誤解しておるようじゃな」
「誰が、申したか知らぬ事ではありますが
吉良殿の傷は浅い傷で御座いますぞ」
「深い傷との事は間違った情報じゃ」
「其方達は、根拠のない間違った情報を信じて
我らを疑い冒瀆しております」
「大老はお怒りで御座いますぞ」
「根も葉もない 根拠や証拠が全くない作り話で
我らを混乱させておる」
土屋政直
「隠しておるから疑われるのじゃぞ」
「何故隠す」
「検分すれば済む事じゃぞ」
「散々待たせて挙句に
立ち去れと申しておる」
「冒瀆しておるのは其方達じゃ!」
畠山 基玄
「左様」
「何故に隠し為さる」
「吉良殿に会わせて下さいませ」
池田 綱政
「もしも、本当に吉良殿に傷があれば
如何致しますか!」
「老中の責任で御座いますぞ!」
「吉良殿に傷があれば、責任を取って頂きます」
藤堂高久
「大老はお怒りじゃ・・」
「うゲェ・・」
細川綱利
「大老は面子を失い、何を為さるか分かりませんぞ」
「大老は体面を気に為さる」
「上様は、大老を寵愛為さっておられる」
「しかし、こう申しては失礼ですが
其方は上様に好かれているとは・・」
「悪い事は申さぬ」
「おとなしく、お引き取り下さいませ」
土屋政直
「んんゥ」
「どうやら、もう遅いようじゃな」
「検分には意味がなさそうじゃ・・」
畠山 基玄
「御老中!」
「諦めては為りませんぞ!」
土屋政直
「仕方が御座らん」
「我らは、退散する事にする」
「これから、赤穂殿に切腹を申し伝え
この事件の幕引きとする」
池田 綱政
「我らに賛同して頂きました事
感謝申し上げます」
藤堂高久
「おおおォ」
「分かってくれたか・・」
「うゥ・・」
細川綱利
「失礼をお詫び致す」
「以後、互いに協力し合い
全て穏便に事を済ますべきで御座います」
「穏便なる配慮に感謝申し上げます」
土屋政直
「・・・・失礼する」
畠山 基玄
「老中!」
「吉良殿は無傷ですぞ!」
土屋政直
「吉良殿は
無傷とは限らん・・」
畠山 基玄
「・・・・・」
阿部 正武 (老中)
「赤穂殿は切腹が命ぜられましたぞ」
「其方も一族も連座となる」
安部 信峯 (従五位下丹波守に叙任)
「んんゥ」
「某の沙汰は如何様に御座いますか?」
阿部 正武
「謹慎しておれ」
安部 信峯
「老中が集まり協議する筈ではなかったので御座いませんか?」
阿部 正武
「大老が直々に沙汰を下された」
「一族連座も近く決定される」
安部 信峯
「御指南吉良殿は赤穂殿に嫌がらせをしておりました」
「畳替えの件が老中で協議されているかと・・」
阿部 正武
「畳替えを許さなかったのは儂じゃ」
「御指南の許可を得てから
畳替えを許したのじゃぞ」
「もしも、畳替えの件で犯行に及んだのであれば
それは、只の逆恨みじゃ」
安部 信峯
「御指南吉良殿は赤穂殿に敢えて大切な指示をせず
重要な慣例を隠して失敗をさせておりました」
阿部 正武
「赤穂殿は吉良殿に指南料を出し惜しんでおった」
「吉良殿には指南の見返りとして
指南料を受け取る権利が御座る」
「指南料を出し惜しんだのは
赤穂殿の責任じゃ」
「皆が、赤穂殿のようになっては困るのだ」
「御指南は赤穂殿を虐めたのではなく
嗜めておったのじゃぞ」
「其方には、御指南の苦労が分からんのか!」
安部 信峯
「御指南は・・
御指南は、嘘の指示を出しておりました!」
阿部 正武
「知らんな!」
安部 信峯
「老中協議が為された筈で御座います」
阿部 正武
「儂は、知らん」
安部 信峯
「あまりにも理不尽で御座る・・」
阿部 正武
「んんゥ」
「それは誰に申しておるのじゃ」
「儂にか?
それとも上様か?」
安部 信峯
「左様な・・」
「如何すれば分かってもらえるので御座いますか?」
阿部 正武
「其方が分かるも、何んも、某には関係ない
其方が知らんのは、其方の責任じゃぞ
儂には関係ない」
安部 信峯
「恐れながら、
老中は何を協議為されていたので御座いますか?」
阿部 正武
「協議などしておらん」
安部 信峯
「えェ」
「協議もなく、いきなり
この件を幕引きにするので御座いますか!」
阿部 正武
「だから、何度も申しておるじゃろーが
大老が直々に沙汰を下されたのじゃぞ」
「我らは、大老に従えばよいのじゃ」
「其方は、浅野長矩の凶行に連座して
切腹すればよいではないか!」
安部 信峯
「某に何の罪が御座いますか?」
阿部 正武
「其方は浅野とは母方の従兄弟ではなかったのかな」
「連座とは罪を犯した本人だけでなく、
その家族や親戚などに刑罰を及ぼすことであるぞ」
「其方は、連座で裁かれる」
安部 信峯
「老中には善意のあるお方はいないので御座いますか」
「何故、多くの嘘を隠しておくのですか」
「本当に
今回の事件を
赤穂殿だけの責任にしておいても
宜しいので御座いますか」
阿部 正武
「今回の事件は、殿中における
最も大切な儀式を遮り妨害する奇行で御座る」
「場所を弁えず、役目も果たさず
上様の大切な儀式を妨害する犯行じゃぞ」
「全ては浅野長矩の責任じゃ」
安部 信峯
「んんゥ」
「老中は
御指南の虐めを知っておる筈」
「赤穂殿は御指南の虐めで
言葉が詰まり、腹痛をおこし、
頭が割れるように痛いと申しておりました」
「左様な酷い虐めで御座いました」
阿部 正武
「虐めは何処にでもある」
「虐められたからといって
暴れても良いのかな!」
「虐められたら、切り付けても良いのかな!」
「虐められたら、上様に逆らっても良いのかな!」
安部 信峯
「老中!」
「そうでは御座いません」
「話をはぐらかせては為りません」
「これは、喧嘩両成敗で御座いますぞ!」
「吉良殿の虐めを精査して頂きたい」
「お願い致します」
阿部 正武
「喧嘩じゃと!」
「戯けた事を申すな!」
「浅野は御指南を一方的に切り付けたのじゃぞ」
「御指南は被害者じゃぞ」
「戯けが!」
安部 信峯
「検分は全て吉良殿の自供によるもの
他にも証言者は要る筈で御座います」
阿部 正武
「はァア!」
「お主!御指南が嘘を付いているとでも申しておるのか!」
安部 信峯
「いいえ、左様な事では御座いません」
「某、多くの証言を精査して頂きたく存じます」
阿部 正武
「しない」
赤穂事件 お別れ
藤井 宗茂 (赤穂藩浅野氏の家臣。上席家老。800石。)
「おおォ」
「お館様!」
安井 彦右衛門 (赤穂藩浅野氏の家臣。江戸家老。650石。)
「お館様!」
浅野 内匠頭
「んんゥ」
「其方達とは、これでお別れじゃ!」
「暫しの間、別れの挨拶が許された」
「儂は、赤穂の改易を防ぐ為に最善を尽くしたぞ!」
藤井 宗茂
「梶川殿が果し合いを認めて下さいますぞ!」
安井 彦右衛門
「そうじゃ、梶川殿が御台所様に働き掛けて
吉良の悪事を暴いてくれる」
「別れなどと申さねども・・
まだ・・まだ諦めては為りません」
浅野 内匠頭
「梶川殿は老中を回って精一杯に証言してくれたのじゃ
もう十分ではないか」
「これ以上、梶川殿に迷惑をかけたくないぞ」
藤井 宗茂
「梶川殿は諦めてはおりませんぞ」
安井 彦右衛門
「左様」
「諦めては為りません!」
「御台所様に縋りましょう!」
浅野 内匠頭
「御台所様は、某を頼りなき軟弱者と思っておるのだぞ」
「その軟弱者が頼れば如何為るものと思う!」
「儂であれば、その様な軟弱者を庇う事はない」
「儂が庇う事が無い事を
御台所様に期待出来る訳がないだろう」
「軟弱者と呼ばれぬように
ここは、確りと潔く桜と共に散る事じゃ」
「元禄桜は今が散り時じゃ」
藤井 宗茂
「んんゥ」
「ああァァ」
「お館様・・」
「お館様は、
吉良を切るつもりは無いと申された筈で御座るが
何故に吉良を切ったので御座いますか?」
「お館様の山鹿流、
手元が狂いましたか?」
安井 彦右衛門
「吉良は重体との事じゃ」
「手元が狂っただけでは説明が付きませんぞ!」
浅野 内匠頭
「重体など有り得ん」
「吉良は無傷じゃ!」
藤井 宗茂
「では、吉良は嘘を付いておると・・」
安井 彦右衛門
「ああァ」
「吉良は憎き奴じゃ」
「嘘つきのたこ侍じゃ!」
浅野 内匠頭
「左様」
「しかしな、吉良殿を憎んでは為らんぞ」
「吉良殿は犬じゃ」
「そして、某も犬に成る筈であった」
「犬には犬の使命がある」
「しかし、儂は犬にも成れなかった」
「全ては、儂の責任なのじゃ」
「儂が疱瘡を患い痘痕を晒した事で
上様の怒りを買ってしまったのじゃ」
「上様は、蚊に刺された小姓の血に激怒なされ
その小姓を島送りにした事がある」
「それほどの潔癖が求められておるのじゃぞ」
「儂の痘痕は死罪に相当する罪なのじゃ」
藤井 宗茂
「しかし、痘痕など治っておりますぞ」
安井 彦右衛門
「んんゥ」
「治っておる」
浅野 内匠頭
「いや」
「儂が言いたいのは、左様な事ではない」
「儂が言いたいのは
儂の命を無駄にするなとの事じゃぞ」
「儂が死ぬのは、赤穂の為じゃ」
「そして、それは我ら赤穂一族の為
そして、我らを信じてくれた親戚の藩の為」
「更には、我らの為に尽くしてくれた
梶川殿の為」
「吉良殿を憎めば、赤穂の改易はま逃れん」
「儂は、吉良殿に打たれようと思っていたのじゃぞ」
藤井 宗茂
「んんんゥ」
「しかし、左様な事を赤穂の者共が受け入れるだろうか?」
浅野 内匠頭
「先ずは、其方達じゃ」
「赤穂を守れ!」
「吉良殿に関わるな!」
「御台所様に頼るでは無い!」
藤井 宗茂
「お館様は、潔しすぎますぞ」
「もっと、我がままでもよろしい・・」
「儂は、辛い・・」
「儂は、悲しい・・」
安井 彦右衛門
「この怒りと悲しみを
何処にぶつければよいのか・・」
「お館様と共に
我らも御供致します・・」
藤井 宗茂
「儂も、御供致します!」
安井 彦右衛門
「一緒に、あの世に参りましょう!」
浅野 内匠頭
「駄目じゃぞ!」
「吉良殿を憎むな!」
「儂は、其方達が死んでも喜ばんぞ!」
「吉良殿が死んでも喜ばんぞ!」
「儂は、赤穂を救うために死ぬのじゃぞ!」
「儂の死を無駄にするな!」
「よいな」
藤井 宗茂
「お館様・・」
安井 彦右衛門
「御 お館様・・」
「諦めては為りません・・」
浅野 内匠頭
「あっははは」
「其方達は、これから大変じゃぞ」
「赤穂を守れ!」
「心残りは、大石殿じゃ」
「斯様に、直ぐに沙汰が下れば
大石殿に挨拶が出来んな・・」
「大石殿にも、申し付けよ!」
「吉良殿を憎んでは為らん」
「確と申し付けたぞ!」
「確と!」
藤井 宗茂
「お館様・・」
安井 彦右衛門
「何というお方じゃ」
「儂には、到底敵わぬ御方じゃ・・」
「泣けて来る・・」
「悲しい・・」
藤井 宗茂
「・・・・・」
「悲しい・・・」
「お別れで御座いますか・・・」
安井 彦右衛門
「辛い・・」
藤井 宗茂
「本当に、お別れで御座いますか・・」
浅野 内匠頭
「もうよい」
「死に装束を用意せよ」
安井 彦右衛門
「ううゥ・・・」
「・・・・」
「うぐ・・」
「承知致しました」
藤井 宗茂
「ううぐ・・」
「涙・・」
「用意致します」
赤穂事件 泣いてなどおらん
堀部 武庸 (安兵衛)
「如何した」
「急ぎの事とは何じゃ!」
原 元辰 (惣右衛門)
「うううゥ・・」
「・・・」
堀部 武庸
「急いで呼び出しておいてから
何じゃ!」
「んんんぅ?」
「お主!泣いておるのか?」
原 元辰
「・・・・・・」
「いや、泣いてなどおらん・・・」
「うううゥ・・・」
堀部 武庸
「まァ よい」
「落ち着くまで、待とう」
原 元辰
「おやかたさまぁ・・」
「お館様が・・」
「うううゥ・・・」
堀部 武庸
「お館様が如何した!」
原 元辰
「切腹を命じられた・・・」
堀部 武庸
「・・・・・・」
「何と!」
「如何様な理由か!」
原 元辰
「あああァ」
「あのな、吉良との果し合いで
討ち損じたのじゃ!」
堀部 武庸
「んんんゥ」
「では、吉良との喧嘩両成敗で御座るか!」
原 元辰
「兎に角、急いで赤穂の資産を運び出せ!」
堀部 武庸
「はァア!」
「現金な奴じゃのォ!」
「いきなり、資産か!」
原 元辰
「ううううゥ・・」
・・涙・・
堀部 武庸
「何じゃ! 今度は泣く・・」
「お主、確りとせよ」
原 元辰
「おゥ・・」
「あのな、お館様は赤穂の為に命を捧げたのじゃ・・」
・・・涙・・・
堀部 武庸
「んんんゥ」
「よし」
「吉良を討つぞ!」
「仇討ちじゃ!」
「ところで、吉良も切腹か?」
原 元辰
「分からん・・」
「儂には詳しき事、何も分からん・・」
「ただ、お館様が切腹を命じられたとの
知らせを受けたのじゃ・・」
堀部 武庸
「左様か・・」
「しかしな、お主の指示で
既に金目の物は全て赤穂に送り返しておるぞ」
「残りは、鉄砲洲の上屋敷にある」
原 元辰
「その全てを送り返せ」
「資産を守るのじゃ!」
堀部 武庸
「承知した」
「安心致せ」
「資産没収など許さんぞ!」
原 元辰
「赤穂の全資産は、幕府に納める」
堀部 武庸
「えェ」
「隠すのでは無いのか!」
原 元辰
「隠すのじゃ!」
堀部 武庸
「お主、何を申しておる?」
原 元辰
「幕府に納める大切な資産を暴徒から守るのじゃ!」
堀部 武庸
「んんんゥ」
「何じゃ!
やはり、隠せんのか!」
「何で!
幕府に取り上げられんといけんのんじゃ!」
原 元辰
「赤穂を救う為じゃぞ!」
「資産を投げ出して許しを乞うのじゃ!」
堀部 武庸
「んんんゥ・・・無念」
「仕方ない・・」
「承知した」
「赤穂屋敷の警護は儂に任せろ!」
原 元辰
「儂はこれから赤穂に向かい
大石殿にご報告致す」
「総登城の評定じゃ」
「篭城討死か開城恭順の評定じゃ」
堀部 武庸
「んんゥ」
「承知した」
「・・・・」
「其方、泣いておったが大丈夫か?」
原 元辰
「泣いてなどおらん!」
堀部 武庸
「・・・・・」
「此処は、儂に任せろ」
「お主は、急いで行け!」
原 元辰
「んゥ」
「では、行って来るぞ!」
赤穂事件 大石 内蔵助の息子
大石 内蔵助 (播磨赤穂藩の筆頭家老)
「什器類を送り返すとの知らせか・・」
「嫌な予感がする・・」
大石 主税 (父は大石内蔵助)
「父上!」
「浮かぬ顔は止めてくれ!」
「弱気心は意気地なしの心
主税は、何時でも晴れやかで御座います」
大石 内蔵助
「お前はまだ数え年で14歳、
元服前じゃが
怖いもの知らずじゃな」
大石 主税
「主税は武士で御座います」
「高い志を持った武士で御座います」
「怖いものなど御座いません」
大石 内蔵助
「母が恋しくないのか?」
大石 主税
「母に甘える事は御座いません」
「むしろ、母を守って差し上げます」
大石 内蔵助
「左様か・・」
大石 主税
「父上は元気がない!」
「悩みが御座いますか?」
「主税が聞いて進ぜよう」
大石 内蔵助
「生意気を申すな」
「んんゥ」
「そうじゃのォ
其方も、覚悟をしておけよ」
「江戸から悪い知らせが届くかもしれん」
大石 主税
「悪い知らせの文で御座るか」
「主税にも見せて下さい」
大石 内蔵助
「いやいや」
「文は、代わり映えない」
「ただ、少し前に江戸屋敷の金目の物が
送り返されて来たであろう」
「そして、今度は什器類じゃ」
「これは、明らかに変じゃ」
大石 主税
「父上は心配なさいますな」
「主税は良い知らせだと思います」
「これは、今回の御勤めのおすそ分けですよ」
「御馳走のおすそ分けですよ」
大石 内蔵助
「・・・・・」
「あのな・・」
「お館様が
饗応の役目を無事に終えたのであれば
赤穂江戸屋敷の祝いの膳は必要じゃぞ」
「送り返してくる意味が分からん」
大石 主税
「ですから、
我らにもおすそ分けで御座います」
「無事にお勤めが済んだ証拠でございます」
「父上の心配は、取り越し苦労ですよ」
大石 内蔵助
「んんゥ」
「そうじゃな・・」
「心配しても意味はない
儂の取り越し苦労であろう」
「もしもの時・・
吉之進はまだ子供
くう・るり は女子じゃ」
「お前は、兄弟を守れるのか」
大石 主税
「主税は武士の子
決して負けない
武士の子でございます」
大石 内蔵助
「左様か・・」
「そう言えば
家臣の中で
お前は子供としてはひねておると言われておるが
お前は、己惚れてはおらんのか?」
大石 主税
「うぬぼれでございますか?」
大石 内蔵助
「大人に大層な口を利いてはおらんのかな」
大石 主税
「主税! 生意気とは言われております」
大石 内蔵助
「それが、ひねておるのじゃぞ」
大石 主税
「武士は生意気程で丁度良いのでござる」
「主税は生意気でござる」
大石 内蔵助
「威勢が良いのォ」
大石 主税
「はい」
「主税は元気一杯です」
赤穂事件 遺書
浅野 長矩 (播磨赤穂藩の第3代藩主
「お別れじゃ」
「儂は、其方を一番信頼しておったぞ」
片岡 高房 (赤穂藩 側用人・児小姓頭350石)
「主殿・・」
「某も御供致しとう御座います」
浅野 長矩
「ならぬぞ!」
「殉死は為らん!」
片岡 高房
「必ず主殿の仇を取ります!」
浅野 長矩
「ああァ」「そうじゃ」
「其方に遺言を託そうと思うぞ」
片岡 高房
「はい」
「謹んでお受け取り致します」
浅野 長矩
「孤の段、兼ねて知らせ申すべく候得共、
今日やむ事を得ず候故、知らせ申さず候、
不審に存ず可く候・・・・」
片岡 高房
「その後の文は・・・」
浅野 長矩
「んんゥ」
「この後は、口頭で残す故、
書き写す必要はない」
片岡 高房
「承知致しました」
浅野 長矩
「今回の刃傷は
場所と時刻を弁えぬ無礼な行為であり
打ち首も覚悟していると」
片岡 高房
「・・・はい・・・」
浅野 長矩
「何故、殿中で儀式の前であったのか
不審な事であろうが理由が御座る」
「先ずは、御指南の吉良殿が
勅答の儀の時刻を操作して嘘を付いた為」
「更には、御指南の吉良殿が
某にだけに最後まで嘘を付き続けて
饗応馳走役としての務めを妨害した事」
「更には、御指南の吉良殿は
勅答の儀を早く終わらせ
上京して逃げる計画であった事」
「儂には、吉良殿との果し合いが
避けられぬ事情があった事」
「殿中で儀式の前は、吉良殿の一瞬の隙で御座った」
「この隙を逃せば
果し合いは為らず
果し合いが無ければ
赤穂は改易となる理由があった事」
片岡 高房
「果し合いが無ければ
赤穂は改易とは・・如何なる理由に御座いますか?」
浅野 長矩
「これは、遺書にも残しては為らぬ」
片岡 高房
「はい」
「絶対に内緒に致します」
浅野 長矩
「実はな」
「儂は、
吉良殿の指示で御台所様に精進の日の確認に参った」
「その後、儂は御台所様に気に入られ
何度もお招き頂いたのじゃ」
片岡 高房
「左様な事が御座いましたか」
浅野 長矩
「済まぬな」
「其方には内緒にしておった」
片岡 高房
「いいえ」
「主殿の判断にお任せ致します」
浅野 長矩
「それから、吉良殿の執拗な嫌がらせが始まり
儂は、言葉が上手く話せなくなった」
「腹痛を起こし、頭は割れるように痛むようになったのじゃ」
「斯様な様子を、御台所様に見られれば
儂を弱き者、軟弱者と思うても致し方御座らん事」
「儂は、御台所様に嫌われたのじゃ」
「更には、儂が大奥に何度も参り
御台所様に会っていた事を理由に
吉良殿に脅されていた」
「この時、既に、儂の処分は決まっておった」
「儂は、御台所様に密会した罪が決定しておったのじゃ!」
片岡 高房
「左様なご苦労を・・」
「某も共に苦しみとう御座いました」
「お一人で、苦しんでおられたのですか・・」
「・・・・」
浅野 長矩
「んんゥ」
「それから、梶川頼照殿は
儂の証言者じゃ
梶川殿が儂を羽交い絞めにしたのは
吉良殿に儂を討たせようとしたのじゃぞ」
片岡 高房
「えええェ」
「主殿が自ら討たれようと・・」
浅野 長矩
「左様」
「もう、儂の密会の罪は確定しておった」
「赤穂を救うには
儂の発狂しかない状況であった」
「儂が発狂するのは儂の責任じゃ」
「赤穂には責任は無い」
片岡 高房
「んんゥ」
「全ては、幕府の仕業・・」
浅野 長矩
「待て!」
「左様な事は禁句じゃぞ!」
片岡 高房
「しかし・・」
「あまりにも理不尽で御座る・・」
浅野 長矩
「理不尽でも致し方ないのじゃ!」
「よいな」
「この事は内緒じゃぞ!」
片岡 高房
「ううゥ・・」
「内緒に致します・・・」
浅野 長矩
「儂は、其方を一番信頼している」
「これより、田村建顕殿の屋敷に参る
供をしてくれ」
片岡 高房
「はい・・・・」
「承知致しました・・・・」
赤穂事件 和解解消
田村 建顕 (陸奥国岩沼藩主)
「んんぅ」
・・トントン・・ (笏を叩く音)
「危うく巻き添えにされる所であったわ!」
浅野 長矩
・・・・・神妙にしている・・・・・
田村 建顕
「赤穂が我らと和解したいとな?」
「戯けた事じゃ!」
「申し付けておくがなァ
我らは赤穂の道連れにはならぬ」
「愚かな事をしたな」
浅野 長矩
・・・・・・目を瞑る・・・・・
田村 建顕
「其方が
此処へ連れて来られた意味は何であろうのォ」
「赤穂は塩の製法を教えると申して
宗家仙台に近づいたのじゃな」
「宗家は騙せても
儂を騙す事は出来ん」
「諦めろ!」
浅野 長矩
・・・・・おとなしく聞いている・・・・
田村 建顕
「図星であろう」
「反論もできぬな」
浅野 長矩
「塩の製法は仙台殿の要請によります処」
田村 建顕
「煩い!」
「黙れ!」
浅野 長矩
「・・・・・・・」
田村 建顕
「ああアア」
「止めじゃ!」
「やめ止め!」
「其方を介錯など止めた!」
浅野 長矩
「・・・・・・・」
田村 建顕
「我が家の宝刀が寂れる」
「陰気じゃ」
「介錯などせんぞ!」
浅野 長矩
「・・・・・・・」
田村 建顕
「ああァア」
「不愉快じゃ!」
「死装束は用意しておるのか!」
「いつまでも、左様なものを着ておるな」
「死装束に着替えて
隅の部屋で謹慎しておれ!」
「ああァア」」
「釘を打ち付けて監禁してやる!」
浅野 長矩
「どうぞ」
田村 建顕
「介錯はせんぞ!」
浅野 長矩
「どうぞ」
田村 建顕
「ふん」
「愚かな奴じゃ」
浅野 長矩
「・・・・・」
田村 建顕
「遺書を隠しておったな」
浅野 長矩
「隠してはおりません」
「小姓に渡しております」
田村 建顕
「律儀な小姓よな」
「遺書を守り
抵抗しておったぞ」
「しかし、内容の無い遺書じゃ」
「其方、遺書の意味も知らんのか!」
「遺書は反省を認めて書き残すのじゃぞ」
「書き直せ!」
浅野 長矩
「遺書は書き直す訳には参りません」
田村 建顕
「仙台宗家及び我ら分家に詫びるのが筋じゃぞ」
浅野 長矩
「何を詫びるので御座いますか!」
田村 建顕
「我らを道ずれにしようと企んだ罪を認めて詫びるのだ」
浅野 長矩
「同じ馳走役で御座います」
「饗応を協力して無事に執り行う事を約束することは
罪では御座いません」
田村 建顕
「チィ」
「じゃかァーしい」
「お前は、賊に等しい」
「もう何も申すな!」
浅野 長矩
「・・・・・・」
田村 建顕
「監禁しておくぞ!」
浅野 長矩
「どうぞ」
赤穂事件 大目付庄田安利
大目付庄田安利は今回の刃傷事件を調べていた。
しかし、吉良義央と浅野長矩の自供が、まったくかみ合わなかったのである。
庄田安利 (大目付)
「如何じゃった」
磯田武太夫 (小人)
「はい、面会を許した浅野長矩を密かに監視しておりましたが
浅野長矩の自供は間違っておりませんでした」
庄田安利
「んんゥ」
「面倒な事になったな・・」
磯田武太夫
「如何致しますか?」
庄田安利
「今、あ奴は田村邸に監禁されておる」
「しかし、田村は介錯人を出す事を拒否した・・」
「其方に介錯を頼むことに為る」
磯田武太夫
「承知致しました」
庄田安利
「申しておくが
浅野は罪人として扱うのじゃ」
「そして、我らが得た情報は
決して他の者に知られてはならん」
「極秘事項じゃぞ!」
磯田武太夫
「承知致しました」
庄田安利
「今一つ、困った事がある」
「切腹の検死役に多門伝八郎と大久保権右衛門が加わった」
「その者共は、浅野の自供を真に受けておるからな
浅野長矩を罪人として扱う事を拒否するかも知れん」
磯田武太夫
「如何致しますか」
庄田安利
「これから、我らで田村邸に赴き
その者共の真意を確かめる必要がある」
磯田武太夫
「それでは、大目付殿が
浅野長矩を罪人とせよと申せば宜しいかと・・」
庄田安利
「いや、吉良の自供は信用為らん」
「あの者は嘘の上塗りで嘘を重ね
自ら自滅せんとしている」
「我らの検分は完全拒否を貫いておるが
嘘がばれるのは時間の問題じゃ」
「嘘が発覚する前に
浅野を始末する必要があるぞ」
磯田武太夫
「如何致しますか・・」
庄田安利
「先ず、浅野の自供を完全に破棄しろ」
「この事件の真相を完全に封印するのじゃ」
磯田武太夫
「承知しました」
庄田安利
「それから、吉良の嘘がばれぬように
吉良の自供を書き留めておき
矛盾する事があればその都度修正する」
「決して吉良の嘘が広まらぬように配慮するのじゃ」
磯田武太夫
「承知しました」
庄田安利
「んんんゥ」
「難儀じゃぞ」
「この事件は難儀じゃ」
「もしも、真相が知られれば
我らは幕府に消されるぞ」
磯田武太夫
「承知しております」
庄田安利
「んんゥ」
「これより、田村邸に参り
浅野の切腹を見届ける!」
「よいな!」
磯田武太夫
「しかし、すでに日が暮れかかっております」
「もう無理かと・・」
庄田安利
「明かりを灯したらよかろう・・」
磯田武太夫
「しかし、某は介錯に自信が御座いません」
庄田安利
「何故じゃ?」
磯田武太夫
「実は、某、鳥目で御座る」
「夕方には見えにくくなりまする」
庄田安利
「適当に切れ!」
磯田武太夫
「誰が他の者にお願い申し上げます」
庄田安利
「ああァア!」
「介錯人は卑しき者がするのじゃ」
「其方以外には務まらん!」
磯田武太夫
「左様な・・」
「本当に見えないので御座います」
「お許し下さい」
庄田安利
「為らん!」
「お前は卑しき小人故
介錯人となった」
「卑しい者の務めじゃ」
「やれ!」
磯田武太夫
「承知しました」
庄田安利
「心配するな」
「明かりを用意する」
「これから直ぐに赴くぞ」
「ついて参れ!」
磯田武太夫
「では、多門伝八郎殿と大久保権右衛門殿にも連絡致します」
庄田安利
「不要じゃ」
磯田武太夫
「後で問題に為りませんか?」
庄田安利
「今は、浅野を始末して
口封じする事が先決じゃ」
「吉良の嘘がばれれば取り返しが付かん」
「大目付の責任となり
儂も切腹となる」
「しかしな、
その前に、お主を生贄にするぞ」
「お前は、儂の身代わりじゃ!」
磯田武太夫
「承知しております」
「大目付殿に従う所存に御座います」
庄田安利
「儂を裏切るなよ」
磯田武太夫
「裏切るなど
決して、決して、致しません」
「大目付殿に従います」
庄田安利
「よし」
「浅野の切腹を見届けに参る!」
磯田武太夫
「御意」
赤穂事件 目付多門伝八郎
多門 重共 (取調べ役)
「御指南殿」
「具合は如何かな?」
吉良 義央
「傷が痛いぞ」
「儂は、殺されそうになったのじゃ」
「あ奴は、恐ろしい奴じゃ」
多門 重共
「少しばかり
取り調べをする必要が御座る」
「応じて頂けますかな?」
吉良 義央
「嫌じゃ!」
多門 重共
「しかし、お元気なご様子」
「拒否致せば
浅野殿の自供が罷り通る事になりますぞ」
吉良 義央
「儂は被害者じゃぞ!」
多門 重共
「んんゥ」
「浅野殿は
御指南を切ってはおらぬと申しておる」
「何故、老中直々の検分を拒否なされた」
吉良 義央
「あああァ・・」
「あのな、儂は気絶しておったのじゃ」
「覚えておらん・・」
多門 重共
「しかし、御指南は重体との知らせで御座った」
「しかし、お元気そうじゃ」
吉良 義央
「元気で悪いか!」
「儂は、奴に殺されそうになったのじゃぞ!」
多門 重共
「傷口を拝見致しました」
吉良 義央
「立派な傷じゃぞ!」
多門 重共
「その傷で御座いますが
何故縫ったので御座いましょうか?」
吉良 義央
「儂が知るか!」
「栗崎道有が縫ったんじゃ!」
「道有に聞け!」
多門 重共
「いやいや」
「儂は、刀の切り傷を何度も見ている」
「しかし、変じゃな」
「殺意の剣で切られた傷口が
まるで嘘のように綺麗に縫い合わされておる
信じられん!」
吉良 義央
「馬鹿が!」
「これは、癒しの剣で切ったんじゃ!」
多門 重共
「ほぉー」
「では、その傷は治療傷で御座いますな」
「肩こりの治療でも為さいましたか?」
吉良 義央
「儂が知るか!」
「栗崎道有が縫ったんじゃ!」
「道有に聞け!」
多門 重共
「左様ですか?」
「道有が癒しの剣と申されたか?」
吉良 義央
「んんゥゥゥゥゥゥゥ」
「儂は、もう年寄りじゃからな
なんも覚えておらん・・」
「分からん」
多門 重共
「御台所様が勅答の儀の準備が遅れていると
お怒りで御座いましたが
何故、遅らせたので御座いますか?」
吉良 義央
「んんゥゥゥゥゥゥゥ」
「それはな
勅使の柳原資廉・高野保春、霊元上皇の院使・清閑寺熈定の都合じゃ」
儂は知らぬ」
「その者に聞け」
多門 重共
「浅野殿は
御指南から
勅答の儀の偽りの刻を告げられたと申しておりますぞ」
吉良 義央
「知らん」
多門 重共
「御指南殿の嫌がらせが原因で
浅野殿は言葉が詰まるようになったと申しておりますぞ」
吉良 義央
「ああ」
「あ奴は、生れ付きじゃ」
「儂の所為にするな」
多門 重共
「御指南殿の嫌がらせが原因で
浅野殿は腹痛や頭痛に悩まされたと申しておりますぞ」
吉良 義央
「だから申しておろうが
儂の所為にするな」
多門 重共
「その切り傷で御座いますが
血は出ましたかな」
吉良 義央
「馬鹿が!」
「死にかけたのじゃぞ」
「沢山出たぞ!」
多門 重共
「それは変じゃ
「松の廊下は綺麗であった」
「其方の烏帽子にも
御着物にも血が付いておりませんぞ」
吉良 義央
「えェ」
「えェへ」
「わ。わし
「儂は年寄りじゃから
何も覚えておらん」
「儂は、知らんなよ」
赤穂事件 目付 大久保 忠鎮
大久保 忠鎮
「吉良殿の傷を確認して参りました」
土屋 政直
「如何であった?」
大久保 忠鎮
「はい、綺麗な傷が御座いました」
土屋 政直
「左様か・・」
大久保 忠鎮
「ただ、烏帽子と御着物等の遺留品は焼き捨てられておりました」
土屋 政直
「んんゥ」
「証拠隠滅じゃな」
大久保 忠鎮
「御台所様の証言を求めましょうか?」
土屋 政直
「そうじゃのォ・・・」
「少し待て」
「赤穂殿の切腹を遅らせる事が先決じゃ」
大久保 忠鎮
「如何致しますか?」
土屋 政直
「んんゥ」
「大目付の庄田は柳沢の使いじゃ」
「庄田を何とかせんとな」
大久保 忠鎮
「大目付を切りますか!」
土屋 政直
「いや、無理じゃ」
「目付間の争いになるぞ!」
大久保 忠鎮
「・・・・・・・」
土屋 政直
「んんゥ」
「多門と其方に数十人の小人を付ける故
理由を付けて切腹を食い止めろ」
大久保 忠鎮
「大目付が拒否したら
如何致しましょうか?」
土屋 政直
「んんゥ」
「如何したものか・・・・」
大久保 忠鎮
「・・・・・・・・」
土屋 政直
「先ず、其方は赤穂殿の切腹を見届けると申して
庄田を遠ざけ
その隙に、赤穂殿を救い出せ」
大久保 忠鎮
「無理で御座います」
土屋 政直
「んんゥ」
「・・・・・・」
大久保 忠鎮
「・・・・・・・」
土屋 政直
[しかしな・・」
「赤穂殿はこの事件の主導者・・いや
犠牲者じゃ」
「赤穂殿を殺されてしまえば
柳沢に対抗する手立ては無くなる」
大久保 忠鎮
「御老中が切腹を食い止めて頂く訳には・・」
土屋 政直
「儂が出て行けば
柳沢の罠に嵌る」
「大老は、儂如き簡単に握りつぶせる」
大久保 忠鎮
「やはり、無理で御座います」
土屋 政直
「いや」
「大切な当事者じゃ」
「諦めてはならんぞ」
大久保 忠鎮
「では」
「拙者が介錯人と成りましょう」
「赤穂殿を殺さぬように介錯致します」
土屋 政直
「出来るか」
大久保 忠鎮
「この暗闇で誤魔化せば・・」
土屋 政直
「無理をするなよ」
「多数の小人で取り囲み
闇夜のどさくさに紛れて
直ぐに藁に包み
赤穂の者に引き渡せれば・・
・・
それならば如何じゃ。。赤穂殿を助ける事が出来るか?」
大久保 忠鎮
「大目付の油断があれば
可能かと・・」
土屋 政直
「よし、
直ちに多門と其方
そして、多数の小人を使わす」
「赤穂殿を救い出せ!」
大久保 忠鎮
「御意」