15. 中国・韓国と日本の違いの原点 「 2 ト 中国の詩人は全員役人 」
「心」なき中韓と「心」ある日本 一部引用編集簡略版
本章は以下の内容を投稿予定です。
2イ 悪魔の文字「漢字」
2ロ 漢字は愚民政策のツール
2ハ 漢字の毒を中和した日本人
2ニ 日本で発明されたルビ
2ホ 譲り合いの気持ちが誤解を生む
2ヘ 泥棒だらけの中国
2 ト 中国の詩人は全員役人
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2 ト 中国の詩人は全員役人
ここで、また、漢詩に戻ろう(投稿者注:割愛しています)。筆者は中学校で、李白の「清夜思(せいやし)」と、陶淵明の「帰去来の辞」も、教えられた。
「頭(こうべ)をあげて山月を望み、頭を垂れて故郷を思う (頭を挙げて山の端にある月を見て、その光であったと知り、眺めているうちに遥か彼方の故郷のことを思い、知らず知らず頭をうなだれ、しみじみと感慨にふける)」(李白)、
「帰去来いざ(八の下に号の下部分)、田園將(まさ)に蕉(ぶ)せ(荒)んとす。なんぞ帰らざる (さあ帰ってしまおう、ふるさとの田園は荒れ果てようとしている。どうして帰らないでいられようか)」(陶淵明)というものだ。
陶淵明は、東晋末から南朝宋初期の詩人で、田園詩人として名高い。
李白は仕官して、翰林供奉(かんりんぐぶ)をつとめた。陶淵明も役人として、学政の長官、文化長官にあたる祭酒、鎮軍参軍(参謀)県令を歴任した。
白居易(772~848年)は、天才に近くて、五、六歳で、初めて詩を作った。
一番はじめに、役人の全国登用試験である郷試(ごうし)の試験に受かり、省試の試験にも、次々と合格した。翰林(かんりん:学者の社会)学士、左拾遺(さしゅうい)などを、歴任した高級官僚だった。
世界のなかで、詩人のほぼ全員が、役人というのは、中国だけだ。
中国について、他国にみられないことは、これほど、いつの時代をとっても、役人がのさばっている国はない。
役人天国であるのは、今日でも、まったく変わっていない。
知識人は、役人になる以外に、道がなかった。今でも、党と政府の役人が、もっとも偉くて、一番威張っている。これは、三千年間も続いている。中国の宿痾(しゅくあ:治らない病気)である。
参考:加瀬英明著「中国人韓国人にはなぜ「心」がないのか」
加藤英明氏は「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長