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前半 再び伊勢と平中

色好みの代名詞 平中

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集
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前半 再び伊勢と平中

  先の「平中物語」のつづきにこんな場面がある。

  秋のことだ。平中の家には、さすが歌詠みの風流人らしく、当時非常に珍重されていた菊の前栽があった。このほかにも平中と菊のことは三話ほど語られていて、院までがこの菊をお召しになったというから、みごとな菊が評判になっていたのだろう。

  ある時伊勢のもとから「その評判の菊を一枝私にもください」というので、その使いの者に用途をきくと「あるお方からいただいたお手紙のお返事を、この菊につけようとのことです」という。まったく面白くない。と思うのも当然で、平中は折った菊に歌をつけてやった。

    花も香も残る菊ともなりにしかわれよりはまたあらじと思はむ 平中

    (花の色も香りも移ろいの名残がゆかしい菊の花となってしまったのですね。あなたを本当に思っている者は私以外に誰があるでしょう)

     返し

    濡れかヘリせかれぬ水脈(みを)にひかれてぞわれさえ浮きて流れよりけむ 女

    (私はあの方の情が身にしみてしまい、まるで水脈の流れに引き込まれるように、浮きつつ流れていってしまったようです)

  返歌の女はもちろん伊勢。言いわけをしているからには、まだ平中に幾分心を残しているとみられる。平中はこうした少しの心理の動きを捉えては、懲りもせず、推しかえし歌を届けるのであった。

   わが深き心の水脈のとくはやくながれくればぞ君も浮きいづる

   (あなたを思う心の深さが水脈をなして、すみやかに急流となっていったので、御返歌がいただけたのはあなたのお心がふと浮くように動いた証ですね)

  この歌は、あの「みつ」とだけ返事をよこした伊勢にまだ脈があるとみた平中が、あえてずうずうしく贈ったものだ。しかも逢うことを予定したように「はやく日が暮れてほしいものです」と書き添えてある。
  たしかに女から返事は来たが、「日が暮れてもお望みのようにはなりませんよ。夜は宿直の者がしっかり守っていますから」とつれない。そこで、「逢坂の関がそんなに厳重なら、私はどうしたらいいのですか」とすねてみせると、「それはまあ、関守がねむったのを見はからってならおいでになれるかも」という返事があった。

  こんなじらし方を男は恨んでいろいろと言うので、ついに女も折れたかして、「それではどうぞお出でください。でも今回はごく普通の御交際で互いに心を見せあうだけの出会いをしたいと思います。折ふし月も面白い夜ごろですから」という。

次回 後半 再び伊勢と平中 につづく

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」
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