「易」と映画と「名文鑑賞」

タイトルの通りです。

名文鑑賞 山本夏彦著 「完本 文語文」 1

2015年10月31日 04時26分35秒 | 漢文漢籍名文鑑賞
中江兆民は第一流の文章家といっていいだろう。幸徳秋水はその高弟で共に土佐の人である。秋水は兆民の学僕となって兆民から学ぶことのすべてを学んだ。珍しく不肖でない弟子である。

兆民は明治のはじめパリで西園寺公望と友になった。明治14年兆民は西園寺の帰朝を待って「東洋自由新聞」を創刊した。すぐ自由民権の論陣を張ったからたちまち新聞は廃刊を命じられ、ために兆民の文名はにわかにあがった。

明治三十四年兆民の死後、秋水は兆民を偲んで一文を草した。兆民先生秋水に教えて曰く、日本の文字は漢字で日本の文学は漢文くずしだ。漢字を知らないで文を作れるか、いま外国語を反訳するもの適当の訳語なきに苦しみ、みだりに造語する、見るに堪えざるばかりか、読んで理解できない。これ実は適当な訳語がないのではない、ただ知らざるのみ。

また曰く、漢文の簡潔にして気力ある、その妙世界に冠絶す。泰西の文は丁寧反復毫髪を遺さざらんとす。冗漫に失して厭気を生じ易し。
(引用終わり)

山本夏彦→中江兆民→幸徳秋水

この人の文章は何が魅力的かといって、そのリズムが素晴らしい。
百聞は一見に如かず、十読は一写に如かず。(対句ではありません、語呂が良いので・・・)

十年ほど前、官を辞して生まれて初めて自らの力で金を稼がねばならないとなった時、
頭では理解していたものの何から手を付けていいやら呆然として無為に時を過ごしていました。
ベランダで日向ぼっこ。その頃に出会ったのが山本夏彦。
余りの面白さに夢中になり、ブ○ク○フでまとめ買い。
○○ゾンでもちろん中古を大人買い。
その膨大なエッセイ群を大量に買って片端から乱読。
ついには長編にまで手を出して・・・。全著作を読みつくしました。
読み始めた頃より数年前に鬼籍に入っておいででしたので、あの名調子の新刊がでることはありませんでした。

出会いのお蔭で、漢文漢籍文語文を読もうという気になりました。
大学・中庸・論語・孟子・荘子・老子・列子・孫子
(荀子・韓非子は積読中)
学生のみならず誰もが忌み嫌うネコマタギ文章が大好きになりました。
もともとガッコウ時代に習った漢文の中で、何故か
歸去來兮(かえりなんいざ)田園将に蕪(あ)れなんとす 胡(なん)ぞ帰らざる(帰去来の辞 陶淵明 長いながーーい漢詩の出だし)
の詩文が頭に残っています。
これもリズムが良いからなんでしょうね。
作者もまた宮仕えを辞めて故郷にかえって新しい人生を始めようとしている時の詩だと憶えています。
自分に重ねあわせるほどの感傷はありませんが。

山本夏彦翁のお蔭で、沢山の古人と知り合いになりました。
沢山の素晴らしい言葉に出会いました。

名文鑑賞 一年有半 兆民中江篤介 2

2015年10月29日 02時23分30秒 | 漢文漢籍名文鑑賞
名文鑑賞 一年有半 兆民中江篤介 2

一年有半 P55
官とは何ぞや、本これ人民のために設くるものにあらずや、今や乃ち官吏のために設くるものの如し、謬(あやま)れるの甚しといふべし。人民出願し及び請求することあるに方(あた)り、これを却下する時はあたかも過挙あるものを懲(こら)すが如く、これを許可する時はあたかも恩恵を与ふるものの如し、何ぞそれ理に悖(もと)るの甚しきや。彼ら元来誰れに頼りて衣食する乎、人民より出る租税に頼るにあらず乎、乃人民の豢(かん)養を受けて、以て生活を為しつつあるにあらず乎。およそ官の物金銭に論勿く、一毫といへども天より落つるにあらず地より出るにあらず、皆人民の嚢中より生ぜしにあらざる莫し。即ちこれ人民は官吏たる者の第一の主人なり、敬せざるを得べけんや。

名文ですね。
さながら父祖の声を聴くが如く、何故か懐かしい響きがある。
簡にして明、練りに練られ、削りに削られた文章こそが、人の心をうつ。

どこを切り取っても名文名調子なのでキリがありません。
漢文漢籍はネコマタギなので、またいで通り過ぎませう。

今日は孫子か孟子と思ったのに、読み進むうちに上記の文章になってしまった。
官により長らく衣食させていただいた身としては、耳の痛い名文です。
がしかし、いわずもがなですが(ナライウナ)、ここでいう官は官僚であり、
一介の税吏はあたらないのでしょうね。

昔、明治・大正・昭和の初めの頃は、家々では子供が新聞を読むことを禁じていたそうです。
何故か、R15記事が多いから・・・ではありません。
記事を鵜呑みにするからです。
考える力、自分の言葉、を持たない時分から読ませると弊害があると考えていたわけです。
遥か昔から無数の人の手を経て伝わってきた書物(四書五経など)をある程度素読筆写させ、
物事を考え、自分の言葉(と常識と共通認識等)を持ってから、
同時代の人の意見(新聞等)を聞かせた(読ませた)わけです。
ごもっともですね。

しかるに、敗戦後は試験に〇日新聞の天〇〇語が出るからと・・・あぁ。
情報をだす方(メディア)は、意図を以て流していることがあります。(アタリマエダ)
時にそれが甚だしいと、国を誤る(太平洋戦争)場合があります。
今回も、その例に漏れず、朝〇新聞は、誤報につぐ誤報により、全世界に対して日本をおとしめました。
それでも逮捕者が出ないのは、官が大失策を犯しても何ら罪を問われないが如し。
日本人に限らず人はわすれっぽいものなのでもうお忘れでしょうが、厚〇省の箱物グリーンピア、
一体何百億の血税が廃棄されたのでしょう?でも誰も捕まらない・・・。同例は枚挙にいとまなし。

ここでやめれば、官にはじまり官に終わるので、起承転結はOKなのに・・・(ナラヤメロ)

締め括りに蛇足(ナライウナ)を一丁。好きな言葉はやめられない・・・エビセン(クドイ)。

小人閑()居為不善。無所不至。(大学)

小人閑()居して不善を為す。至らざる所なし。

かんきょ・・・「暇」の意ではなく、一人でいる事。他人の目が無い事。
つまらない人間は、ひとりでいて他人の目がないと、ろくでもないことをする。
しかも、やらないことがないくらい限りなく何でも悪いことをする。(この最後の行は私訳なのでゴチュウイヲ!)

2014年11月20日 5:26

世界一貧乏な大統領の、突き刺さるスピーチ「今、人間が見直すべきこと」

2015年10月28日 15時09分27秒 | 日記
考えさせられる名演説です。

以下引用--------------------------------------------------------
(引用元 http://whats.be/2180)

世界一貧乏な大統領の、突き刺さるスピーチ「今、人間が見直すべきこと」
リオ会議(環境の未来を決める会議)でウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ大統領のスピーチが考えさせる内容だ。ムヒカ大統領は自分の資産の80%を寄付し、郊外の質素な住宅に暮らしている。 給与の大部分を財団や政府などに寄付し月1000ドル強で生活するしているという。
2014.02.26

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。
しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?
このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。
現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。
石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
昔の賢明な方々、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。
私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。
私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。
ありがとうございました。

------------------------------引用終わり

名文鑑賞 一年有半 兆民中江篤介 1

2015年10月28日 12時16分15秒 | 漢文漢籍名文鑑賞
名文鑑賞 一年有半 兆民中江篤介 1
一年有半 p28 「この故に暗殺はその是非を論ずべきにあらずして、ただその国社会において果たして暗殺の必要を生じたること、これ甚(だ)哀しむべきなり。人あるいは勢に乗じて鴟張して忌憚する所なし。その悪を恣にすること明らかなるも、法律の公においていまだ把捉すべからず、彼や自ら恃みて毫も顧みず、是において義に激する俠雄の徒起ちて天下のためにこれを刺す、これ洵に勢やむをえざるなり。伊庭の事、けだしかく信じたるのみ。此を以て更に一歩を進めてこれを論ぜば、文運大に開け法律用なくして、道徳独り力を逞しくして、乃ち一国人々皆君子なる暁は知らず、いやしくも社会の制裁力微弱なる時代にありては、悪を懲らし禍を塞ぐにおいて、暗殺けだし必要欠くべからずというべき耶。」兆民中江篤介

山本夏彦翁のご紹介?で四書五経から始まり漢文漢籍を読むことを少しく愉しむようになってはや十余年。
枕元で寝る前に、深夜に目覚めて二度寝の前に、最近では三浦しをんの在庫が切れたので回帰して、再読再々読。
一読目で付箋を貼った個所を特に味わうと、心を揺さぶられるような感覚を得る事が出来るので、最早中毒。
夏彦翁の言うように、言っていることの中身ではなく(もちろん中身も重要ですが)その文章を味わえということがようやく理解できてきたような。
上記の文章を読んで、気の早い(短い)人は、暗殺礼賛文となるのでしょうが、再読、音読、筆写してみると・・・名文檄文名調子であることがわかるでしょう。惜しむらくは・・・横書きでは興を削がれる・・・。

一年有半と並行して孫子再読。おもしろくてやめられないとまらないエビセン。
大好きな「孟子」と同じで、やはり金谷治先生の文章は、これも中毒になる。東北大で聞いてみたかった・・・。40年前はオベンキョウしない学生だったので愚痴にも値しませんが・・・。

前者は絶版。後者はちゃんと売ってます。前者も中古市場にはありますが、高くなってます。なさけない・・・。
それにしても、最近のホンヤさんは、岩波文庫を並べているところが少なくなったような…

漢文漢籍の素養が無くなっていくと、どこぞのおくにのように漢字を捨てたり簡略化したりしていって、国を誤ることになるのだろうなぁとおもえて仕方がありません。
「祖国とは国語である」(シオラン)のになぁ・・・。

身体髪膚、之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以って父母を顕わすは、孝の終わりなり。(孝経)この文章、なんて良いリズムなんでせう。

公よりも私の方がクソ忙しくて、忸怩たるものがありますが、そんな時ほど、こういう無駄?な、無為?な時間を過ごしたくなるのは、丁度中間や期末試験前ほど貸本漫画の冊数を増やした時のようで、未熟な事、進歩の無い事極まりなし・・・ぁぁ。

「人間のたった一つのつとめは、生きることであるから、そのつとめをはたせ。」竹内浩三

こういう無駄なヒトリゴトには決して近寄らないでください。年寄りの世迷言のお相手は不要ですので通り過ぎてください。

筆者拝

2014/11/19作成

「易経」覚書 アマゾンbookレビューから転載

2015年10月26日 11時13分52秒 | 
「易経」覚書
本田済「易」(朝日新聞出版)
文句なしの名著です。
特に最初にある「解説」が参考になりました。
長くなりますが、引用します。
以下、引用----------
宋の朱熹(朱子)はいう、「易はもともと卜筮のためにつくられたものである。後世の学者が、卜筮の説を鄙(いや)しいとし、言うに足らずとするのは誤りである」(『朱子語類』)
 なぜ後世の学者が卜筮の説をいやしいとするのか。問題は占いというものと倫理の立場との矛盾にかかっている。倫理の立場からいえば、人間は良心の命ずるままに行動すべきであって、結果の損得は顧慮すべきでない。ところが占いというものは、結果を先に見せてくれる。結果を見て有利なように行動するのでは、倫理的に不純である。というのがおもな問題点らしい。朱子はこの点をどのように解決しているかというと、『朱子類語』に、次ぎのような意味をのべる。
 「易は、人のために占って疑惑を断ち切るためのものである。道理としてこうすべきなら、当然そうすべきである。道理としてしてならぬなら、してはならぬ。そういう場合、改めて占う必要はない。正しいことで道が二つに分かれて迷うときにだけ占うのである。悪いこと、私欲のことについて占ってはいけない。」
引用終わり----------------
金谷治先生と同じくらいに読みやすい丁寧な文章です。再読、三読にたえます。
「大学」「中庸」「論語」「孟子」と読みすすめてきて、「易経」にたどり着き、この本に出会えて本当に良かったと感謝しております。
御礼の代わりに、蛇足を承知で誤植を指摘しておきます。
P600 5行目 (誤)捐 (正)損
P624 6行目 (誤)瘠 (正)駁 

この本を読む前と後に手に取った本を簡単に紹介しておきます。
この本の前に手に取った本、
①「易経」(岩波文庫 上下巻)。
当然のことながら初学者にはやや難解でした。
②「易の話」(講談社学術文庫)。
故金谷治先生の名著です。この先生の「孟子」(朝日新聞社 中国古典選 文庫)以来私淑している者としては、大変に読みやすい中級車向けの解説書でした。
③「すぐに役立つ銭流易経」(棋苑図書)
④「サイコロを使った実占・易経」(五月書房)
と2冊購入。実際に占ってみたくなって、八面体サイコロなどと同時に買った2冊の参考書です。特に③は占う度に参考にさせていただいています。題名の通りすぐに役立ちます。④も、③と同様に実践(占)に役立ちます。

この本の後に手に取った本。
⑤「黄小娥の易入門」(サンマーク出版)
読み物としての易占例のベスト著書です。読みやす過ぎて1時間もあれば読めます。もちろん易占いの参考書としてもお勧めです。
⑥「はじめての易占」(青土社)
前出のどの書にもないお話しがいくつかあり、楽しませていただきました。例えば韓国の国旗の話。

以上、最後までお読みいただき有難うございました。