散骨を望んだ天皇-淳和天皇陵-

2013-03-17 22:37:37 | 歴史あるトコ-京都

第53代 淳和(じゅんな)天皇は、

桓武天皇の第7皇子・大伴皇子といいます。

平城天皇、嵯峨天皇の異母弟にあたり

薬子の変後、廃太子された平城天皇の皇子・高岳皇子にかわり、

810年に立太子。823年に嵯峨天皇から譲位され、即位しました。

 

 

840年、崩御。 

火葬され、遺言通り、京都府西京区の大原野の山中に散骨されました。

陵墓を築くことを禁じていたため、

江戸末期まで小さな塚のみであったのを、

山陵に修陵されました。

 

大原野西嶺上陵です。

そう、山の上!

道路はありますが、車両通行禁止です。

ゥヮ━━。゜(゜⊃Д;゜)゜。━━ン!!!!!!

たぶん宮内庁関係者の方が、年に数回来られる程度なのか、

参道も、石段も緑の苔で覆われていました。

 

散骨された天皇は淳和天皇のみ。

薄葬・・・・だけど、ここまでするか・・・・。

 

 

 

一度、行ってみて

京都府西京区  大原野西嶺上陵



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。