亡き次男に捧げる冒険小説です。
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〇六
ガヴは侵入者の行き着く先が巨大な扉であることを誰よりもよく理解していた。この数ヶ月もの間、渓谷中の《ゴブリン》やら《ウォーグ》を投入して、扉の秘密を解き明かそうと躍起になっていたのはガヴ本人だからだ。頭も運も悪く、釣天井の餌食となった《ゴブリン》は少なくなかった。
寿命の長い《竜》は呑気なことで知られる。他聞に漏れずガヴも「いずれ」誰かが開けてくれるだろうくらいにしか考えていなかった。ただやることもないので、この遺跡に足繁く通い、謎解きゲームに興じていたというのが本当のところであった。家臣のグシャは
「自分ならすぐに解けますのに。」
とよくこぼしていた。それでは楽しみが減ってしまうので、グシャにはこの遺跡の出入りを禁じていた。
追い詰めた先で侵入者どもをどう痛ぶろうかと残虐な妄想を楽しみながら洞窟を走っていた。ガヴはもう少しで扉というところで侵入者に追いついた。《竜》の優れた耳に、こんな言葉が飛び込んできた。
「そうか!あの場所か!」
ソウカ、アノバショカ。《ヒューマン》の小僧がそう叫ぶ声を聞き、喜んでいる姿を見た。ガヴは「いずれ」がこんなにも早く訪れるとは思っても見なかったので、小躍りをした。可愛い《ゴブリン》どもを殺した不届者ということは、よく見ずともわかった。彼らの身体から発せられる屍臭は《竜》の鋭敏な嗅覚に真実を訴えてくる。可愛い下僕の仇に当たる《ヒューマン》ではあるが、ガヴは有り難さのあまり抱きしめた後、踏みにじってあげたいと本気で思った。
どこに鍵があるのだろうかと遠巻きに眺めていると、三人の《ヒューマン》は向きを変えて、ものすごい勢いでこちらを目指して駆け出した。驚いたガヴは反射的に向きを変え同じく走り出した。
「今やつらに見つかるのはまずい!」
独りごちたガヴは飛べることも忘れ、ただただ追いつかれないように駆け続けた。
《囀る黒色竜》のガヴは《竜》の中では極めて幼い固体であった。その判断力や行動に《竜》本来の高邁さはまだ備わっていない。「余」などと身分の高さをひけらかす呼称を使用するのも、その幼さの顕われであった。夢中になって駆け出したガヴの心理は正に幼児のそれであった。追いかけられることが恐怖であり、楽しくもある。逃げることが目的となり、疲れるまで駆けた。気が付けば義兄弟から遠く先まで戻ってしまい、義兄弟の解いた「石畳の始まり」をも超え、光る石が剥き出しの大洞窟まで戻っていた。
何故こんなに余は走ったのだ、と自分のしたことが判然としなくなり、ガヴはしばし洞窟の天井を見上げていた。
「扉の鍵だ!」
見届けなくてはならない謎かけの答え。それを解明した冒険者たちの行方を追わねば!すっかり我に返ったガヴが再び大洞窟の奥に戻ろうと振り返ろうとしたその時だった。《竜》の闖入者に気付き、義兄弟を救わんと追ってきたチッチ一団と鉢合わせになってしまった。
ガヴは一目で悟った。この一団はマズイ。余の力では到底敵う相手ではないということに。それだけの破滅的なオーラを纏った一団が睨みつけてきた。ガヴは身体を貫くような激しい敵意に晒されて戦慄した。チッチから視線を外すしかなかった。こんな屈辱は初めてだった。
【第2話後編〇七に続く】
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義兄弟がやっとの思いで手に入れた15枚のメダル。刻まれた文字が意味するものとは?