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石ころ

主の愛 青空の下で



 彼岸花もそろそろ終わりかな・・金木犀も初めの頃ほど香りが強くはなくなった。朝晩は寒くなって、「10度を切る」なんて天気予報を聞くと、高血圧の主人のためにそろそろ灯油を買おうと思う。
ああ、なんだか忙しいな、秋は大急ぎで冬を連れて来る。

先日やっと扇風機を全部掃除して、夏物衣料を仕舞ったばかり。昨日、今日の好天に家族の夏布団も洗った。パリッと糊の付いた白いシーツも、ふんわりとしたお日様の香りの布団も、それは誰でもない主婦自身の幸せ。

 昨夜長男から保育園の運動会の動画が送信されて来た。4歳になったばかりのあかりは、かけっこもお遊戯もとても楽しそうにやっていたけれど、嫌なことは絶対にしないで、先生にしがみついていた。う~ん、しがみついて拒否するなんて高等手段だ・・。
そんな彼女の紹介は「男の子と一緒に虫でも平気でつかめて活発な子」だった。

すべてに緊張して、カチカチになって参加していたお姉ちゃんとは大違い・・。余裕綽々で自分を主張している。上と下では確かに違いはあるけれど・・。ちょっと育てるのか難しそうだな・・なんて文字通りの老婆心。
主人とpcの前で手を叩いたり、「おい、おい」って叫びつつ、ハラハラしながらも楽しいひとときだった。
本当に便利な世の中、離れていても孫の成長が楽しめるのだから。

 主人の体の調子はあまりよくない。季節の変わり目に血圧が上がるのは普通だけれど、肝臓の数値がじりじりと悪化している。
問題は主人がとても元気だということ。どんどん動いてしまって疲れに気づかないので本当に困る。自覚症状がないということは大きな問題。
神様は人に敏感な体を下さったのだけれど・・、薬はその反応を鈍くする。その結果もっと強い薬によって生きることになってしまうのだろう・・。


わたしの栄光が通り過ぎるときには、わたしはあなたを岩の裂け目に入れ、わたしが通り過ぎるまで、この手であなたをおおっておこう。(出エジプト33:22)

神様はご自身を見て死ぬことがないようにと、モーセを頑強な岩の割れ目に匿い、温かくやわらかな御手でおおって守られた。
モーセの取り成しの言葉を聞き入れ、偶像礼拝をする民を直ちに打つことを思いとどまってくださった。

裏切る者をも愛する愛によって、今私たちは御子の救いの中に入れられている。
モーセともアブラハムとも語られ、彼らの交渉を聞き入れられた主。造られたとき私たちに備えられた「神の形」のひとつは、命じ、支配する対象としてではなく愛し、対等に語り合う相手として造られているのだと思った。
それは、なんと恐れ多いことだろう・・。なんと幸いなことだろう。

「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」(出エジプト33:19)

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