時間の外  ~since 2006~

気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

終わってしまった「いいとも」。

2014年04月03日 | レビュー(テレビ、ゲーム、本、映画、その他)

長寿番組「笑っていいとも」は、長らく当たり前のように昼に「あった」。

それが春の番組改編で終わってしまった。

初期の頃はこの番組はブレイクし、その頃私はいつも楽しみに見ていた。

流行り言葉もいくつも生んだ。「いいとも」をはじめ、「世界に広げよう、友達の輪」なども。

その後、一大ブレイクの時期が過ぎ、定着し、落ち着いてきてからは、私は初期の頃のような熱中は薄れたけど、それでも安定して「好き」ではあり続けた。

晩年は、見ていて最高に面白い・・という感じでは見てなかったが、「いいとも」を見ると「昼」という感じがした。

そう、昼間のテレビで「いいとも」が放送されてると、安心感があったし、昼にはあるのが「当たり前」のようになっていた。

でも、それがなくなってしまうと、やはり寂しいものがある。

「いいとも」のある昼が長かったぶん、今後は「いいとものない」昼を自分のサイクルの中に新たに作っていかねばならない。

 

長寿番組・・・・少なくても自分が見ていた長寿番組には、「存在して当たり前」のような感覚がある。

たとえば「笑点」がそうであるように。

「存在して当たり前」のようなものが無くなってしまうと、その存在がいかに自分の生活サイクルの中に組み込まれていたか・・を実感させられる。そして、その存在の大きさを改めて実感もし、喪失感も感じる。

たとえ、昔ほど熱中してはいなかったにしても。

熱中というものは、勢いを伴うものだし、ともすれば一過性のもので終わってしまいがち。

だが、それを通り越して「定着」してしまうと、その存在はもう自分の生活のサイクルの一環なのだ。

だから、「いいとも」が終わってしまって、自分の生活サイクルの一部が損なわれたような気分で、ちょっと寂しい。

 

正直、昼の時間帯、「いいとも」を見ない日もそれなりにあった。

だが、チャンネルを変えれば、そこにタモリさんがいるのが分かっていた。

実際チャンネルを8に変えれば、そこにタモリさんはいた。それが昼というものだった。

だが、終わってしまった今、昼、どのチャンネルにしても、そこにタモリさんはいない。

そう考えると、どうもまだ慣れない。タモリさんがどこにもいない昼に。

「いいとも」にはアンチの人もいたかもしれないが、好き嫌いはともかく、「いいとも」という番組の存在感はやはりモンスター級だったと思う。

 

初期の「いいとも」でのタモリさんは、多分に「夜の匂い」がした(笑)。マニアックで癖のあるキャラが、容姿にも現れていた。特に「もみあげ」(笑)。まるで夜の怪しいクラブやバーから昼間の世界にやってきたようだった。そう、夜の住人が昼の世界に現れたようだった。

それが、「いいとも」が続くうちに、タモリさんの見た目のアクはとれていき、中身の一流芸人の才能はそのままに、オーラが昼むきに変化していったように思う。

癖がありながらも、その癖を相手によって自在に使いこなしていっていた。

それも、無理なく、淡々と、さらりとこなしていた。アピールのためにオーバーになる・・ということはなかった。

そのへん、スマートだった。

 

「いいとも」でタモリさんは幅広い世代から人気を得た。

今後、再びマニアックで癖の強いキャラに戻っていくのだろうか。たとえ癖が強くアクも強いキャラになっていったとしても、「いいとも」で勝ちえた幅広いファンからの支持は、タモリさんの今後をさらに楽しみにさせてくれそうな気がする。

 

「ボキャブラ天国」みたいな番組、またやってくれないかなあ。

「空耳アワー」の特番でもいいなあ。

そして、たまには、爬虫類などの独自のモノマネなんかも。

 

ともかく、今後のタモリさんを楽しみにしています。

趣味人なみうらじゅんさんとのコンビも見てみたいかなあ。きっと、濃いトークになるだろうなあ。

 


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