ハワイに来て初めての就職口は日本人経営の職業周旋屋を訪ねて見付けたのが日本人夫婦で経営するこじんまりしたパン屋だった。その夫婦は日本から来られていて総て日本語で話すのでその点は楽だったが英語は進歩しなかった。二人とも非常に親切に色々と教えて下さった。仕事の内容は一応ヘルパー、つまり何でも手伝う仕事なのだ。 パン屋は朝の仕事なので早~い。家からはそれほど遠くは無いが、歩けば片道30分は掛る。 毎朝主人が出掛ける時に家まで迎えに来てくれるのが朝の2時半。時々寝坊していると警笛を鳴らして報せて呉れるのだが、その為に夜中に寝ている時にも夢の中で警笛が聞えて何度も飛び起きたりしてうなされた事が有った。先ずは最初から毎日広い洗い場で片っ端から洗い物を貯めないようにどんどん洗って片付ける。片付ける端から次の用意に使用する..の繰り返しで汗びっしょりになる。
大体の毎日の仕事の回転振りが掴めた数日後から早速カップケーキやバターロールなどの作り方の見習いが始まり、2週間目からは自分に任される様になった。其れを作っている間に主人は一旦家に戻り奥さんを連れて来て朝の出荷の用意を手伝わすのだ。 夜明け前までに済まさねばならぬ仕事だった。出荷の用意が出来る頃配達をする人が自分の娘と息子を手伝わす為に連れて来る。その二人は私とほぼ同年齢か年下でやはり日本から来た者同士だったので直ぐに親しくなり、一緒に仕事をしていて愉しかった。
ブレッドやドーナツ、その他は主人が一人で総て遣りこなしていた。未だ暗いうちから温かい焼き立てのパンを近所のお客達が買いに来始め結構忙しくなる。 中には焼き立てのパンを買って帰り、直ぐ舞い戻ってこのパンは未だ焼けていないと戻しに来る客が居たが、それは、未だ熱い内にスライスしたのでナイフにくっ付いてスライス出来なかったのだった。然し焼き立ては何でも美味しい。
だんだん仕事に慣れて来ると要領が良くなり手も早くなる。 そんな或る朝の事、主人が何時ものように奥さんを連れて来る為に帰った間にバターロールを注文に応じてOvenで焼いていた間に、何と私は居眠りをしてしまったのだった。毎日の寝不足で疲れていたのだ。其処へ主人が戻って来て黒焦げになっているバターロールを無口で取り出して捨てていた。 心の中では怒っていたが口には出さなかったのが私には凄く応えた。私は自分の不注意を悔やみ謝ったが、彼は黙って直ぐに次のバターロールを作り直していたのだった。 注文に間に合わす為に私を叱っている時間は無かったのだ。私が後悔して嘆いていたのをちゃんと知っていたので何も責めなかった彼には感謝した。
幸い首にもならず私がハイスクールに入学するまで働かせてくれた思い遣りの有る主人だった。当時の彼は未だ30歳後半の若さだったと思う。今思うと彼は年齢に似合わずしっかり者だった。 パン屋の中に入ると直ぐにパンに使うイーストの匂いが鼻をつく。毎日朝帰り(?)の時間は10時半過ぎだった。昼と夜が逆な世界に働く事は二度としたくないと心に決めた。 あの時からパン屋に勤めていたら案外立派なパン職人になっていたかも知れないと何度も思った事が有るが後悔はしていない。
大体の毎日の仕事の回転振りが掴めた数日後から早速カップケーキやバターロールなどの作り方の見習いが始まり、2週間目からは自分に任される様になった。其れを作っている間に主人は一旦家に戻り奥さんを連れて来て朝の出荷の用意を手伝わすのだ。 夜明け前までに済まさねばならぬ仕事だった。出荷の用意が出来る頃配達をする人が自分の娘と息子を手伝わす為に連れて来る。その二人は私とほぼ同年齢か年下でやはり日本から来た者同士だったので直ぐに親しくなり、一緒に仕事をしていて愉しかった。
ブレッドやドーナツ、その他は主人が一人で総て遣りこなしていた。未だ暗いうちから温かい焼き立てのパンを近所のお客達が買いに来始め結構忙しくなる。 中には焼き立てのパンを買って帰り、直ぐ舞い戻ってこのパンは未だ焼けていないと戻しに来る客が居たが、それは、未だ熱い内にスライスしたのでナイフにくっ付いてスライス出来なかったのだった。然し焼き立ては何でも美味しい。
だんだん仕事に慣れて来ると要領が良くなり手も早くなる。 そんな或る朝の事、主人が何時ものように奥さんを連れて来る為に帰った間にバターロールを注文に応じてOvenで焼いていた間に、何と私は居眠りをしてしまったのだった。毎日の寝不足で疲れていたのだ。其処へ主人が戻って来て黒焦げになっているバターロールを無口で取り出して捨てていた。 心の中では怒っていたが口には出さなかったのが私には凄く応えた。私は自分の不注意を悔やみ謝ったが、彼は黙って直ぐに次のバターロールを作り直していたのだった。 注文に間に合わす為に私を叱っている時間は無かったのだ。私が後悔して嘆いていたのをちゃんと知っていたので何も責めなかった彼には感謝した。
幸い首にもならず私がハイスクールに入学するまで働かせてくれた思い遣りの有る主人だった。当時の彼は未だ30歳後半の若さだったと思う。今思うと彼は年齢に似合わずしっかり者だった。 パン屋の中に入ると直ぐにパンに使うイーストの匂いが鼻をつく。毎日朝帰り(?)の時間は10時半過ぎだった。昼と夜が逆な世界に働く事は二度としたくないと心に決めた。 あの時からパン屋に勤めていたら案外立派なパン職人になっていたかも知れないと何度も思った事が有るが後悔はしていない。