今では、半自動ドアと言ってもボタン一つで簡単に開閉できますので最近では普通電車などでは待ち合わせの間は半自動扱いにすることで冷暖房の無駄を極力なくす特に冬場は長時間ドアが開くことで暖房能力が下がることを避ける効果があり。省エネの観点から積極的に活用されているようですが、国鉄時代は半自動の場合は本当に半分自動でドアを開けるのは手動でした。
115系電車などは寒冷地を走ることを想定していたため半自動扱いができるようになっており、ドアを手で開ける関係で取っ手が付いていました。
ただ、このドアがまた重いんですね。
子どもなんかだと開けるのが精いっぱいなんてことも・・・。
晩年の車両は改良されてかなり軽くなったと言われていますがそれでもドアを開けるのはかなり大変で、それこそ猫がドアを開けていくがごとく開けたら開けっ放し状態になるのが常でした。
それでも、半自動扱いなので閉まるときは自動で閉まるんですね。
それでも国鉄末期に登場したキハ38あたりから半自動扱いの際に開閉ボタンが設置されたようで一定の改良は図られましたよね。
そんな中で、私の失敗談をお話ししたいと思います。
私が小学生の頃ですからかれこれ45年ほど前の話です、紀勢本線もまだ電化もされておらず紀勢本線の列車は2時間に1本程度という申し訳ないほどの列車本数でした。
ちょうど和歌山駅に行った帰り、紀勢本線の宮前に停車する気動車列車があったものですから乗って帰ろうと思ったんですね。
駅にはキハ26-400番台【元キロ25格下げ車】でしたので室内は回転クロスシートが装備された車両ですからちょっぴりリッチな気分を味わえるんです。
宮前駅まで3分ほどですから乗車時間自体は短いものです、駅に停車して・・・待てど暮らせどドアが開かないんですね。
最初は、車掌が操作手間取っているのかな…と思っても一向に開こうとしない。
焦りますよね、焦って窓を見ると、ドアは手で開けてくださいのシール。
慌ててドアを開けようと思うのですが小学生の力ではなかなか開かない。
エイやっと、思い切り力を入れたら何とかドアが開いて下りることができたのですけど焦りましたね。
結局その後、キハ26は何事もなかったかのようにドアを閉めて走り去ってしまいました。
今となっては懐かしい思い出ですけど当時は焦りましたね。(^-^;
そういった意味でも、鉄道に関しては高度化が進んでこうしたアナログチックな話は思い出の中に埋没しそうですね。
画像はwikipedia
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