どうもわからん、ということは山ほどある。
それを知らずとも生きていくには何ら困ることはない。
知っていることなんて、河原の石のひとつふたつくらいなんだろうな。
情報は右から左へさらさら流れていくよ。
と、いうわけで、なんとなく気になっていた幕末史をちょっと知りたくて
新潮社文庫「半藤一利 著:幕末史」。
ペリー来航、勤王、倒幕、無血開城、戊辰戦争、明治維新、、
聞いたことはあるが?説明できない!
薩摩と長州、大久保さん、木戸さん、水戸の徳川斉昭さんと慶喜、500円の岩倉具視のことなどなど
慶応大学の講座だったかな?(ご本人は本文のなかで寺子屋とおっしゃっていました)
何回かの講座を本にまとめたもので、読みやすく、堅苦しい言葉でなく
わかりやすい語り口でちょこっとだけ道がひらけたような、、
しかし、わかったことと同じくらい疑問もポコポコ浮かんできた。
半藤さんの見方だけでなく歴史はいろいろな人の意見を聞かないとね。
あ、これは歴史だけにあらず。
春に水戸偕楽園へ行ったので、斉昭さんとその息子の慶喜が大奥の嫌われ者なんて書いてあると
ほほお~とおもうわけです。さらりと読み流すのでなく、ちょっと留まるのです。
その地を見た、行った、というのは少しでも歴史にひっかかるきっかけをつくってくれるのですね。
小豆島に行ってから二十四の瞳を読んだときも思った。
その本、その文をぎゅう~と吸収しているのを感じる。
関心をもつと、記憶に留まる、その関連もちょっと知りたくなる。
さて、これをいつまでとどめておけるか、ここが肝心なのよね、、すぐ忘れるし