「第66図 精神的慈善事業」『公教要理図解』ワグネル神父
◎精神的慈善事業
1
精神的慈善事業とは、他人の霊魂を扶助する事業である。
2
精神的慈善事業の主要なものは、無学な者を教育し、不足な者に善き意見を加え、悲しむ者を慰め、また、生ける者と死者のために祈りあるいは祈らせ、かつ、司祭に願い、ミサ聖祭を献げて戴く等である。
3
聖福音書によれば、われらは世の終わりにおいて、精神的、肉身的慈善事業について、裁判を受けることになっているものであり、聖書にはこう記してある。
最後の審判
人の子が栄光に包まれて天使を従えて来るとき、人の子は栄光の王座につき、すべての民族はその前に集められる。
そして、人の子は、牧者が羊とやぎとを分けるように、彼らを二つに分け、羊を右に、やぎを左に置く。
そのとき王は自分の右側の者に言う。
『わたしの父に祝福された人たち、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい。
あなたがたは、わたしが飢えていたときに食べさせ、渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、
裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢屋にいたときに訪ねてくれたからである。』
そのとき、正しい人たちは答えるであろう。
『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えておられるのを見て食べさせ、渇いておられるのを見て飲ませましたか。
いつあなたが旅をしておられるのを見て宿を貸し、裸でおられるのを見て着せましたか。
また、いつあなたが病気であり、牢屋におられるのを見て、あなたを訪ねてあげましたか。』
すると王は答えて
『あなたがたによく行っておく。これらのわたしの兄弟、しかも最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしたのである。』
と言うであろう。
それから、左側の者に向かって
『のろわれた者たち、わたしを離れて、悪魔とその使いたちのために用意されている永遠の火に入れ。
おまえたちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、渇いていたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、
裸のときに着せず、また病気のとき、牢屋にいたときに訪ねてくれなかったからである。』と言うだろう。
そのとき、彼らもまた答えて、
『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしていたり、裸であったり、病気であったり、
牢屋におられたりしたのを見て、世話をしてあげませんでしたか』と言うであろう。
そのとき、王は答えて言う。
『おまえたちによく言っておく。これらの最も小さな者の一人にしなかったのは、わたしにしなかったのである。』と。
こうして、この者たちは永遠の刑罰に、正しい人たちは永遠のいのちに入るのである。」
(聖マタイによる福音書 第25章31節-46節) 引用おわり
◎絵の説明
4
ここには、精神的慈善事業が書いてある。
◎無学な者を教育すること
5
第一の精神的慈善事業は、無学な者を教育することである。
6
このことは、上段の中央に、洗者聖ヨハネが人民を教え、そして自己に質問する人々に、善い意見を加えているところが書いて示してある。
7
上段の左方の角に書いてあるのは、キリスト教学校の教師が、その生徒を教育するところである。
◎不足な者に善い意見を加えること
8
第二の精神的慈善事業は、不足な者に善い意見を加えることである。
9
このことは、中段の左方に、洗者聖ヨハネが、ヘロデ王に向かって、「兄弟の妻を自分の妻としているのは、許されないことです」と申して、ヘロデ王の不品行を咎めているところを書いて示してある。
洗者聖ヨハネの殉教
イエズスの名が知れ渡って、ヘロデ王の耳に入った。ある人々は、「洗礼者ヨハネが死者のうちから生き返ったのだ。だからこそ、奇跡を行う力があの人の中に働いているのだ」と言い、またある人々は「彼はエリヤだ」と言い、また他の人々は「昔の預言者のような預言者だ」と行っていた。ヘロデはこれらのことを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ」と行った。このヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロデヤをめとり、彼女のことでヨハネを捕えさせ、牢屋につないだ人である。
ヨハネがヘロデに向かって、「兄弟の妻を自分の妻としているのは、許されないことです」と言ったためである。ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺そうと望んでいたが、できなかった。
それは、ヘロデがヨハネを正しい聖なる人であると知って、ヨハネを恐れ、保護し、またその教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んでその言葉に耳を傾けていたからである。
ところが、ヘロデヤにとってよい機会が訪れた。ヘロデが自分の誕生日にあたり、文官や武官、またガリラヤのおもだった人たちを招いて、宴会を開いた。
そこに、ヘロデヤの娘が入って来て、踊りを踊り、ヘロデをはじめ、列席の人々を喜ばせた。そこで王はこの少女に、「ほしいものはなんでもあげるから言いなさい」といい、さらに、「あなたが願うものなら、国の半分でもあげる」とかたく誓った。それで少女が出て行き、「何を願いましょうか」と母に尋ねると、母は、「洗礼者ヨハネの首を」と答えた。
少女はすぐ、王のところに急いで戻って来て、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に乗せて、いただきとうございます」と願った。王は大いに心を痛めたが、列席の人々の前で立てた誓いの手前、少女の願いを拒否したくなかった。そこで、すぐに衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首をはね、その首を盆にのせて持って来て、少女にわたした。少女はそれを母に与えた。このことを聞いたヨハネの弟子たちは、その遺体を引き取りにやってきて、墓に葬った。
(聖マルコによる福音書 第6章14節ー29節) 引用おわり
10
下段の左方に書いてあるのは、新聞の売り子が、悪い新聞雑誌に反対して、人民にまことの宗教を知らせる善い新聞を売っているところである。
◎悲しむ者をなぐさめること
11
第三の精神的慈善事業は、悲しむ者をなぐさめることである。
12
このことは、イエズスが、ナイムの寡婦をなぐさめ、そのひとり子を復活させ給うところを書いて、示してある。
13
上段の右の方の角には、一人の青年がその家を離れようとして天に指さし、我らの相会う所はかしこであると言って、その弟を慰めてるところが描いてある。
◎生ける者と死せる者のために祈ること
14
第四の精神的の慈善事業は、生ける者と死せる者のために祈り、かつ祈らせることである。
15
このことは、下段の真ん中に、ユダ・マカベが飢え死にした者らのために、全軍隊とともに祈っているところが描いて示してある、またユダは祈りののち寄付金を募り、これをイエルザレムの聖殿へ送って、死者の罪のために生贄を捧げて貰ったのである。マカベ後書十二章四十三節以下参照
16
下段の右の方の角には、一人の女がすでに死した親戚のために、墓で祈っているところが描いてある。
◎精神的慈善事業
1
精神的慈善事業とは、他人の霊魂を扶助する事業である。
2
精神的慈善事業の主要なものは、無学な者を教育し、不足な者に善き意見を加え、悲しむ者を慰め、また、生ける者と死者のために祈りあるいは祈らせ、かつ、司祭に願い、ミサ聖祭を献げて戴く等である。
3
聖福音書によれば、われらは世の終わりにおいて、精神的、肉身的慈善事業について、裁判を受けることになっているものであり、聖書にはこう記してある。
最後の審判
人の子が栄光に包まれて天使を従えて来るとき、人の子は栄光の王座につき、すべての民族はその前に集められる。
そして、人の子は、牧者が羊とやぎとを分けるように、彼らを二つに分け、羊を右に、やぎを左に置く。
そのとき王は自分の右側の者に言う。
『わたしの父に祝福された人たち、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい。
あなたがたは、わたしが飢えていたときに食べさせ、渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、
裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢屋にいたときに訪ねてくれたからである。』
そのとき、正しい人たちは答えるであろう。
『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えておられるのを見て食べさせ、渇いておられるのを見て飲ませましたか。
いつあなたが旅をしておられるのを見て宿を貸し、裸でおられるのを見て着せましたか。
また、いつあなたが病気であり、牢屋におられるのを見て、あなたを訪ねてあげましたか。』
すると王は答えて
『あなたがたによく行っておく。これらのわたしの兄弟、しかも最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしたのである。』
と言うであろう。
それから、左側の者に向かって
『のろわれた者たち、わたしを離れて、悪魔とその使いたちのために用意されている永遠の火に入れ。
おまえたちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、渇いていたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、
裸のときに着せず、また病気のとき、牢屋にいたときに訪ねてくれなかったからである。』と言うだろう。
そのとき、彼らもまた答えて、
『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしていたり、裸であったり、病気であったり、
牢屋におられたりしたのを見て、世話をしてあげませんでしたか』と言うであろう。
そのとき、王は答えて言う。
『おまえたちによく言っておく。これらの最も小さな者の一人にしなかったのは、わたしにしなかったのである。』と。
こうして、この者たちは永遠の刑罰に、正しい人たちは永遠のいのちに入るのである。」
(聖マタイによる福音書 第25章31節-46節) 引用おわり
◎絵の説明
4
ここには、精神的慈善事業が書いてある。
◎無学な者を教育すること
5
第一の精神的慈善事業は、無学な者を教育することである。
6
このことは、上段の中央に、洗者聖ヨハネが人民を教え、そして自己に質問する人々に、善い意見を加えているところが書いて示してある。
7
上段の左方の角に書いてあるのは、キリスト教学校の教師が、その生徒を教育するところである。
◎不足な者に善い意見を加えること
8
第二の精神的慈善事業は、不足な者に善い意見を加えることである。
9
このことは、中段の左方に、洗者聖ヨハネが、ヘロデ王に向かって、「兄弟の妻を自分の妻としているのは、許されないことです」と申して、ヘロデ王の不品行を咎めているところを書いて示してある。
洗者聖ヨハネの殉教
イエズスの名が知れ渡って、ヘロデ王の耳に入った。ある人々は、「洗礼者ヨハネが死者のうちから生き返ったのだ。だからこそ、奇跡を行う力があの人の中に働いているのだ」と言い、またある人々は「彼はエリヤだ」と言い、また他の人々は「昔の預言者のような預言者だ」と行っていた。ヘロデはこれらのことを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ」と行った。このヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロデヤをめとり、彼女のことでヨハネを捕えさせ、牢屋につないだ人である。
ヨハネがヘロデに向かって、「兄弟の妻を自分の妻としているのは、許されないことです」と言ったためである。ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺そうと望んでいたが、できなかった。
それは、ヘロデがヨハネを正しい聖なる人であると知って、ヨハネを恐れ、保護し、またその教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んでその言葉に耳を傾けていたからである。
ところが、ヘロデヤにとってよい機会が訪れた。ヘロデが自分の誕生日にあたり、文官や武官、またガリラヤのおもだった人たちを招いて、宴会を開いた。
そこに、ヘロデヤの娘が入って来て、踊りを踊り、ヘロデをはじめ、列席の人々を喜ばせた。そこで王はこの少女に、「ほしいものはなんでもあげるから言いなさい」といい、さらに、「あなたが願うものなら、国の半分でもあげる」とかたく誓った。それで少女が出て行き、「何を願いましょうか」と母に尋ねると、母は、「洗礼者ヨハネの首を」と答えた。
少女はすぐ、王のところに急いで戻って来て、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に乗せて、いただきとうございます」と願った。王は大いに心を痛めたが、列席の人々の前で立てた誓いの手前、少女の願いを拒否したくなかった。そこで、すぐに衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首をはね、その首を盆にのせて持って来て、少女にわたした。少女はそれを母に与えた。このことを聞いたヨハネの弟子たちは、その遺体を引き取りにやってきて、墓に葬った。
(聖マルコによる福音書 第6章14節ー29節) 引用おわり
10
下段の左方に書いてあるのは、新聞の売り子が、悪い新聞雑誌に反対して、人民にまことの宗教を知らせる善い新聞を売っているところである。
◎悲しむ者をなぐさめること
11
第三の精神的慈善事業は、悲しむ者をなぐさめることである。
12
このことは、イエズスが、ナイムの寡婦をなぐさめ、そのひとり子を復活させ給うところを書いて、示してある。
13
上段の右の方の角には、一人の青年がその家を離れようとして天に指さし、我らの相会う所はかしこであると言って、その弟を慰めてるところが描いてある。
◎生ける者と死せる者のために祈ること
14
第四の精神的の慈善事業は、生ける者と死せる者のために祈り、かつ祈らせることである。
15
このことは、下段の真ん中に、ユダ・マカベが飢え死にした者らのために、全軍隊とともに祈っているところが描いて示してある、またユダは祈りののち寄付金を募り、これをイエルザレムの聖殿へ送って、死者の罪のために生贄を捧げて貰ったのである。マカベ後書十二章四十三節以下参照
16
下段の右の方の角には、一人の女がすでに死した親戚のために、墓で祈っているところが描いてある。