「女声合唱団風」は毎年5月にコンサートを開き、今年12回目を終えた。
恩師の大学退官の時、合唱部の先輩、後輩が約80名ほど集まって、記念の会を開いた。宴の最後に全員で「小鳥の旅」(三善晃作曲)という女声合唱曲を歌ったのだが、その時の解放感と、声と気持ちが一つになる醍醐味がよみがえり、先生の指揮でまた歌いたい!とみんなが思った。その2か月後「女声合唱団風」は結成され歩みだした。
団は今年、結成13年目となる。
10年過ぎたらそれを区切りにやめよう。そんな風におっしゃった先生が、まだやれそうだねと、既に来年13回目のプログラムが、今年のコンサートの楽屋に配られていた。先生は御年82歳。
今年1月に亡くなられた林さんは、昨年10月80歳になられたばかりだった。精力的に作曲されていて、少なくともあと10年はご健在で、まだまだみずみずしい作品を生み出されていると、大方の人は思っていたと思う。
私たち「女声合唱団風」のメンバーが、不遜にも林光氏を「林さん」と呼ぶのは訳がある。
わが団の指揮者が林光さんと大学で同期だったこともあって、特に親しくされていたこともあるが、氏が「先生」と呼ばれることを好まないから。
団員たちは「林さん」指揮者は「光さん」とそう呼んでいる。
林さんは「ケンジニアン」と言われるほど、宮澤賢治を敬愛してやまない方だったから、賢治にちなんだ作品が多い。
「ポラーノの広場の歌」や「伝説の広場の歌」「つめくさの歌」「グランド電柱」「銀河鉄道の歌」「旅のうた」「海だべがど(高原)」「岩手軽便鉄道の一月」、そして賢治が作詞作曲したものを、合唱用にアレンジした「星めぐりの歌」など、数えきれない。
ちなみに『ソング』とは何だろう?と思われる方は「女声合唱団風」の『ソングとは何か?』を覗いてみて下さい。
わが団の指揮者が時折「光さんはもういないんだなぁと思うよ」と少しがっかりしたような面持ちでおっしゃる。
先生は「冥福を祈る」なんてことばは大嫌いで、今年のプログラムに「光さんはどこへでも行ける切符で『銀河鉄道』に乗って旅しているんだと思う」と書いておられた。
ご本人はもういらっしゃらないが、その作品、特に『ソング』が私たちの歌う道しるべとなり、行く手を照らしてくれることだろう。
来年も賢治にちなんだものは勿論、佐藤信さんの書いた劇中歌、谷川俊太郎さんの詩によるものなど曲数が多くなりそうだ。おいおい曲目を紹介していくつもり。
数年前に林さんとご一緒したステージをYou tubeで見ることができる。