知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

日曜美術館「疫病をこえて、人は何を描いてきたか」

2020年07月18日 14時36分16秒 | 日本人論
疫病を描く・・・というと、日本の昔の疱瘡絵(疱瘡予防のお守りとしての絵)を思い出します。
はて、病はどんな姿で画かれてきたのか、ちょっと興味があります。
少し前に録画してあった番組を見てみました。

日曜美術館(2020.4.19 NHK-Eテレ



<内容>
「疫病」をテーマとした美術をとりあげ、人間はどのように疫病と向き合い乗り越えてきたかを探る。小池寿子さん(西洋美術史)は中世ペスト期のイタリア壁画を読み解き、疫病の流行を経てルネサンスが準備されたと語る。山本聡美さん(日本美術史)は疫病を〈鬼〉の姿で表した絵巻を例に、可視化することで制御し病と折り合おうとしたと解説。ネットで護符として流行の妖怪「アマビエ」も登場、〈心が前に向く美術〉をご一緒に。
この番組では、もっと昔に遡り、平安朝の絵巻に疫病が「鬼」として描かれていたと教えてくれました。

しかし、恐ろしい鬼というより、ちょっとユーモラスな印象。
おそらく、姿の見えない疫病への恐怖を、見える化して不安をやわらげる効果を期待したのだろう、と解説されました。

なるほど。

さて、それから800年が経った現在、日本は新型コロナウイルス流行に揺れています。
そこで突然登場したのが「アマビエ」という妖怪。


(⇩)これをパクった厚労省のCOVID-19感染拡大防止ロゴ

歴史を紐解くと、江戸時代末期に熊本県地方のかわら版に描かれたくらいの資料しか見当たらないそうです。
そこには、髪の毛が長くて、口がクチバシのように尖り、体は魚の姿をした、やはりちょっとユーモラスな姿をした妖怪が描かれています。
その妖怪は海から現れて、「私を書き写して人に見せなさい」と言い残して去って行きます。
別に見せたから疫病退散の御利益があるとか、一言も言っていません。

でも、SNS上で活躍する某漫画家がこれを取りあげ拡散したところ、現代人の不安な心に刺さってブームになったという経緯らしいです。

実は「アマビエ」、「海彦」(アマビコ)が変化したモノという説もあるそうです。
アマビコは三本足の猿の顔をした妖怪で、やはり疫病退散の御利益があるらしい。


さて、番組ではヨーロッパの絵も扱っていました。
想像通り、疫病は「悪魔」として描かれていました。

13世紀のヨーロッパで猛威を振るったペスト(黒死病)は、人口の3割を死に追いやった病。
キリスト教が普及していた当時のヨーロッパでは、病は「罪を背負った人間に神の与えた試練」と考えられていました。
だから神に祈れば救われるはず・・・しかし祈れども祈れども人はバタバタ死んでいく・・・神は人を救ってくれない、キリストはウソではないか?
とキリスト教社会を終焉させるキッカケにもなりました。

そして人々は病と向き合うようになり、当時流行したのがセレブと死人が手をつないで踊る「死の舞踏」というモチーフの絵画だそうです。


その先には、生きていることの素晴らしさを再認識するルネサンスが到来します。

ペストが中世を終わらせ、ルネサンスを導いたのですね。

さて、現在に戻ります。
新型コロナウイルス流行は人類に何をもたらすのでしょうか。
一定の比率で高齢者の命が奪われることは覚悟しなければなりません。
しかし、それよりも心配なのは、人々の心のありようです。

新型コロナに対峙して、
人類は協力して克服するのか?
人類は他罰的になり分断して疲弊するのか?
残念ながら、現時点では後者の色が濃いようです。


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インドの仏 2500年の謎 ~仏教美術の源流に迫る~(BSテレ東、2015年)

2020年07月12日 15時42分51秒 | 原発
5年前に録画してあった番組を、ふと視聴してみました。

仏像、実はあまり興味がありません。
「なぜなんだろう?」
と自問自答してみると、
やはり一神教系に違和感を覚えるから、かもしれません。

根っこは同じであるユダヤ教、キリスト教、イスラム教が一神教の代表ですが、
信仰心が強いほど、結束が固いほど排他的になり、
それが宗教間の争いに発展し、多くの人間が命を落としてきた歴史上の事実があります。

日本の宗教、というか民間信仰はアニミズム(万物に神が宿る)思想がベースで、
ほかの宗教を受け入れやすい素地があり、排他的な考えに発展しにくい。

宗教談義はこの辺にしておきましょう。

さて仏像です。
昨今、仏像マニアがブームになりつつあり、
「◯◯女子」のノリで、「仏像ガール」という造語もあります。
仏像を見て回り、「かわいい!」を連発する彼女らの姿を見ていると、また違和感。
ヒトの価値観はそれぞれだから、善し悪しの問題ではありませんけど、ね。

仏像鑑賞の本も何冊か購入して何冊か斜め読みしましたが、既に忘却の彼方。

こんなひねくれたアラ還のおじさんが、仏像の由来をテーマにした番組を見てみました。
案内役は、仏像ブームの牽引役であるいとうせいこう氏とみうらじゅん氏のコンビ、
プラス、仏像ハンター福田麻衣。


<みどころ>
「仏像好き」「インド好き」を自認するみうらじゅんといとうせいこうが、コルカタ・インド博物館の秘仏を徹底解剖。様々なユニークな視点から、「仏像の起源」や「仏像の違い」を紐解き、インドの仏の楽しみ方を伝えます。また、釈迦の足跡をインドに辿りながら、仏像が作られていった理由や謎に迫ります。
<内容>
紀元前327年のアレキサンダー大王の遠征。その後、インドのガンダーラの地に多くのギリシャ人が残り、仏像が生まれた。これらの仏像文化は、日本の仏教にも様々な影響を及ぼしている。 インドの仏像文化を知ることは、日本の仏教をより理解することに繋がる。仏教誕生の地インドで、2500年を越えて繰り広げられた仏教美術の源流に迫る。 共に、「仏像好き」「インド好き」を自認するいとうせいこうとみうらじゅんが、アジア最古の総合博物館「コルカタ・インド博物館」の秘仏を徹底解剖。様々なユニークな視点から、「仏像の起源」や「仏像の違い」を紐解き、インドの仏の楽しみ方を視聴者に伝える。
なぜ仏像の頭はパンチパーマ?シースルーで裸同然の仏像が存在するのはなぜ?なぜインドの仏像はセクシーなものが多い? などなど。
数々の「小さい」が「深い」疑問を、仏像が誕生した謎とともに解き明かしてゆく。 また、シルクロードに沿ってインドから西域、中国、朝鮮そして日本へと仏教の伝来をダイナミックに切りながら、仏像の進化・発展を追う。
盛者必衰。
栄華を極めた仏教も、12世紀にイスラム軍の攻撃にあい、その勢いは急激に衰えていく。盛者必衰の理が胸をつく。しかし…仏教はしたたかに生き残っていた。 釈迦はクリシュナ女神と同じように、ヒンドゥーの世界ではヴィシュヌ神の化身のひとつとされている。文化を残してゆくための執念とも呼べるその思いこそ、今の時代を生きる私たちが忘れてはならことなのではないだろうか…。
<プロデューサーからの一言>
 インドは何十回と訪れているが、じっくりインドの仏像を見たことがなかった。今回はディレクターとしてもインドロケに出かけ、釈迦の足跡を辿りながらとにかく仏像を見まくるという贅沢な経験をさせてもらった。多分、今回の番組だけでインドの仏像を100体は見ただろうか。そして気がついたことがある。 「インドの仏は『妖怪ウォッチ』と同じだ」と。 インドの仏像は、ヒンドゥー教やバラモン教という他宗教と巧みに融合しながら、また、いいとこ取りしながら、2500年の間に“進化”していった。『妖怪ウォッチ』で子どもたちを虜にしているように、その「バージョンの多様性」で人々を魅了し、生き残ってきたのだ。信者を飽きさせることなく、いろいろな仏を次々に生み出し続けたその“底知れない”パワーを、番組を通して是非皆さんに楽しんでいただきたいと思っている。

いや〜、興味深い。
初めて知った事実が目白押しでした。

いわゆる仏像は、釈迦が悟りを開いて仏陀となり入滅後、500年間は作られなかったとのこと。
その理由は、祈る対象として「塔」(ストゥーパ、釈迦の骨が保存されている)が既に存在していたので必要性がなかったから。
現在も仏教の聖地では、信者達は仏像ではなく塔を礼拝しています。

それではなぜ、仏像が作られるようになったのか?

なんとここで、アレキサンダー大王の名前が出てきます。
彼は東へ進軍し、インドまで勢力下に置こうとしました。
闘いが終わり、彼が去った後にもガンダーラ地方(現在のパキスタン)に子孫は残り、ヘレニズム文明(ギリシャ系)を伝えました。
ギリシャ文明と言えば、人の姿をした神々が有名で、偶像がたくさん作られています。
その影響で、仏像が造られるようになりました。

ガンダーラ仏、すごい魅力的です。
西洋の彫りの深さに、東洋の神秘性が混じり合い、昇華した印象。
現代でもイケメン映画俳優として通用しそう。


時代が下ると、釈迦のほかに菩薩がつくられるようになりました。
その理由は、釈迦の役割は衆生救済ではなく、目標とする聖人なので、拝む対象にはなり得なかったから。
そのため、願いを聞いてかなえてくれる救済役の菩薩達が必要になったのです。

さらに時代が下り、斜陽を迎えた仏教は、生き残るためにインド土着の神々を取り入れ始めました。
古くから信仰されているヤクシャ(男神)、ヤクシー(女神)、
そしてヒンドゥー教の神々。
手がたくさんある千手観音、顔がたくさんある十一面観音、怒った顔の不動明王・・・
実はみな、ヒンドゥー教由来であり、
仏教オリジナルではないのですよ。
仏像ガールさん達、知っているのかな?
七福神もほとんどヒンドゥー教由来の神さまですよね。

もっとも、仏教が日本に伝来して広まる過程でも同じようなことが起きています。
日本の八百万の神々が仏となって現れた(あるいはその逆)とこじつけて浸透していった歴史があります。
「◯◯権現」というのがそのタイプです。
明治維新の際、「神仏分離令」が発令されて、ほとんど途絶えましたが。

日本の仏像は「中性」(男でも女でもない超越した存在)と説明されています。
女性のイメージがある観音さまも、実は女性ではありません。
一方、インドの神々は男神・女神が明確に分かれています。
男神はマッチョ系、女神はグラマー系。
写真はインドの博物館にあるヤクシー像ですが、仏像というよりベリーダンサーのような印象です。


ギリシャの女神よりもさらに女性らしい体の線が強調されています。
パンパンに張ったバストは豊かさの象徴であり、マニアの間では「丸乳」と呼ばれているそうです。
「豊穣をもたらす神は豊満でなければならない」という考えがベースにあると、
いとう&みうら氏が解説していました。

それから、インドから東へ伝わった大乗仏教は、盧舎那仏に代表される巨大化ももたらしました。

こう見渡すと、仏教といえども歴史の波にもまれて、生き残るために進化してきたことがわかり、
それはそれで感動的です。

私、なぜか昨年、突然ヒンドゥー教の神「ガネーシャ」(商売や学問の神)が欲しくなり、通販で2柱購入しました。
なぜだか自分にもわかりません(インドに呼ばれたのかな?)。

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