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家族システムの「進化」:総括

2024-04-26 07:10:59 | 歴史
 『我々はどこから来て、今どこにいるのか? 』上下巻、を基にエマニュエル・トッドの家族システム理論を紹介してきました。
 本ブログ(2024/04/07)「家族システムの「進化」: 共同体家族とは」
 本ブログ(2024/03/25)「家族システムの「進化」:他人の家族実態を理解するのは難しい」
 本ブログ(2024/03/18)「家族システムの「進化」:エマニュエル・トッドの理論」

 ここでトッドの考えについて総括してみます。

.家族システムの進化理論について
 旧来の理論:原始的な共同体家族=>核家族
 新理論:原始的な柔軟な核家族=>長子相続制(父系制レベル1)=>外婚制共同体家族(父系制レベル2)=>内婚制共同体家族(父系制レベル3)

 私見:上記新理論はトッドの本の記載から見てさえも単純化し過ぎに見える。トッド自身は敢えて単純に表現しているだけではないかとも思える。事実は以下の通りではないだろうか?
  原始的な柔軟な核家族=>厳格な絶対核家族(英米式)
  原始的な柔軟な核家族=>長子相続制(父系制レベル1)
  原始的な柔軟な核家族=>外婚制共同体家族(父系制レベル2)=>内婚制共同体家族(父系制レベル3)

.世界への提言の諸々について
 基となるトッドの価値観に不明点があるが、「戦争は悪」ではありそう。
 「進化したシステムが善」とも見えるが、たぶんそれは誤解・・と思う・・。
 「経済的発展ないし繁栄が善」ではあろう。


まずは、2の「世界への提言の諸々」
 研究とは異なり提言ですから、何らかの価値観があり「こういうを目指すには、こうした方がいいよ」と提言することになります。

 トッドは「ウクライナ戦争の責任はロシアではなく欧米の方が大きい」と主張していますから、「戦争は悪」という価値観を基にしています。ではウクライナの国土が侵されているのはどうすんだ、というのは、まだよく知りません。
 興味深いのは、ロシアは共同体家族だがウクライナは核家族で家族システムが異なるという事実を指摘していることです。プーチン大統領などが主張する「ウクライナは同一民族だから一緒になっていいんだ。一緒になるべきなんだ。」といった話は真っ向から否定していることになります。

 「経済的発展ないし繁栄が善」というのは普通ではありますが、その処方箋として多くの主流?経済学者の主張する自由貿易主義を批判している点が異色と言えるでしょう[Ref-1a,p36-47"経済的な謎はない、先進諸国の危機"]。なおここの記載からも読み取れますが、「経済的発展ないし繁栄が善」とするのは、それが人々が生きるために重要だからで、いわゆる生存権社会権と呼ばれる人権につながるからというのが、トッドの考えと思われます。

 そしてトッドは、欧米諸国が重視する自由権平等権については生存権よりは軽く見ている、少なくとも相対化しています。自由権や平等権を重視する価値観は核家族制の社会固有のものであり、父系制の社会ではむしろ権威主義的価値観が人々の意識に合っているのだ、という主張です。
 なので欧米諸国が西欧流民主主義の価値観を絶対視して、ロシアや中国のシステムを権威主義だという理由だけであれこれ批判するのは、多様な価値観を認めない頑迷な態度だ、と言いたいのだと思います。
 同じ論理なら、本来は西欧流民主主義に適性があったはずの核家族制ウクライナに権威主義的共産主義体制を押し付けていた旧ソ連もまた、大いに批判されるべきですが、なぜかそういう記述はありません。さらに、少し非友好的政権が誕生したとたんに圧力をかけたり併合しようとしたり、核家族制である住民達に適性のない権威主義的体制を強要したりしようとする現ロシア政権も、大いに批判されるべきと思えるのですが、なぜかそういう記述はありません。

 さて、「ナチスは悪だ」という価値観も伺えます。ドイツは長子相続制で権威主義的体制に適合する面があるから、ドイツでナチスが台頭したのは自然なことだ、とかいう論理は成り立ちそうなのですが、やっぱりナチスは悪と断言するらしい。ちゃんと経済不況を立て直したから人気も出たという事実もあるんですけど、だめですか。まあ侵略戦争はいけませんよね。実際、侵略戦争には加担しなかったスペインのフランコは、国内では多くの市民を殺しているにもかかわらず(いや殺したからこそなのか?)ちゃんと独裁体制を維持しましたからねえ[*1]。フランコ氏はスターリン同様に、たぶん精一杯仕事をやり遂げて満足した人生を、穏やかに終えました。

 さらに「偶然としてのロシア、必然としてのロシア」[Ref-1b]の項によれば、「ナチズムを打ち破ったことは、人類普遍の歴史への主要な貢献として特筆されるべきである。」とまで書いてありますから、ナチズムとはもう「人類普遍の歴史への」害悪という強烈な評価をしています。ナチスの悪には侵略の他にもユダヤ人虐殺とか非情な人体実験とかもありますが、他の多くの国々が行ってきた虐殺と比べて、とびぬけての極悪非道かと言われると疑問も浮かびます。どちらかというと無限同士を比較しようとするみたいですよね[*2]
 ナチスの亡霊なんてのは、フィクションでも安心して悪役にできますから便利ですよね。ほんと、あちこちで引っ張りだこの悪役ですよ。アメリカ発のフィクションだと共産主義を悪役にした作品はスパイものを始めとして多いですし、日本の架空戦記などではスターリンもヒトラーと仲良く、いや喧嘩しながら悪役になってくれたりしてますが、そのままロシア人に読ませるのはさすがにはばかられますよね。その点、完全な歴史の敗者は誰はばかることなく・・、なんか自己嫌悪が少々。

 で、大戦当初にはその極悪なナチスと一緒にポーランドに攻め込んだ旧ソ連を結果オーライだけでこれほど評価するというのは、私には理解不能です。トッドほどの人が、まさか歴史を知らないなんてことはあり得ないと思うのですが。

 さて、[Ref-1a,b]を読むと「進化したシステムが善」と誤読されそうに思えますが、フランス紳士たるトッドが「女性のステータスが低下していく」という方向の進化を善とするような価値観を持っているとも思えません。
 実際に「偶然としてのロシア、必然としてのロシア」の項には父系制の罠という言葉が出てきます。
======= 引用開始 ==========
本書の主要テーゼの一つは、中東、中国、西アフリカで生まれた諸文明がいずれも、農業の発明ののちに父系制を考案し、適用し、強化したところ、その父系制が、時の経過とともに女性のステータスを押し下げ、社会を麻痺させたというものである。
======= 引用終了 ==========

 「社会が麻痺する」というのは、知的・科学的・軍事的創造性が発揮できない状態、つまり新しいものをどんどん生み出して発展することが止まってしまう状態のことです。いわゆる科学・生活・文明の発展は善としているのです。"女性のステータスの低下"は発展を阻害するから悪なのであって、それ自体は・・・?? ということはないとは思いますが。

 それにしても「主要テーゼの一つ」だったら、どこかに他の「主要テーゼ」と並べてまとめといてください。こんなところにだけポツンと書かれても見つけられませんよ。ただでさえ大作なのに。で、他の「主要テーゼ」は何なのか、どこに書いてあるのか、さっぱりわかりません。

 大作なだけに、序章で全体のまとめを書いている努力は伺えますが、そこに「主要テーゼ」が明確に列記されてはいません。そもそも序章だけでも長くて、テーマがわかりにくい。さらに、使われる単語や表現、さらには論理にも、知らないものが多くて理解が困難です。悪いことに、日常的文章感覚で解釈しようとすると誤読しそうな単語や表現が多くて地雷原を歩くような気分です。もちっと専門外にも親切な説明がほしいです。また、やたらに多様な表現を使ってほしくない。専門用語がきちっと決まっているなら、その一つの表現で固定してもらうのが紛れがなくてうれしい。

 今回はこれまで。
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*1) シリアのアサド大統領もそうですね。
*2) 巨大すぎて、どちらが大きいなどという比較はできそうにない、という意味。自然数の濃度と実数の濃度との比較の話を持ち出しての突っ込みは禁止!!
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