前回に「炭素が珪素に変化するとすれぽ、かならず放射性同位元素ができる」という推理のことを紹介しました。この推理は妥当な判断でしょうか?
これは日光を浴びた巨人が岩に変わるという現象で、日光による魔法で巨人の体を構成する原子がケイ素原子に核変換したと考えられます。ここで何らかの予測ができるためには、核子数と電荷は核反応の前後で変化しないと考えるべきでしょう。
巨人の体を構成する原子ですが、人間とあまり変わらないとすれば質量比で次の値になります。
O:C:H:N = 43:16:7:1.8 [原子力百科事典]
O:C:H:N = 45.5:12.6:7.0:1.2 [wikipedia]
これは原子数比にすれば [O:C:H:N = 3:1:7:0.1] ですので、主に酸素、炭素、水素がケイ素の原料になるとみてよいでしょう。では、どのような核変換ならケイ素ができるでしょうか。
ケイ素は原子番号14番で安定同位体は、Si-28,Si-29,Si-30の3種で、炭素の2倍近い質量数を持ちます。そこで炭素原子2つをくっつけてみましょう。以下、Si-29(14)やC-12(6)のように原子番号をカッコ内に書いて示します。すなわち、元素記号-質量数(原子番号)と表記します。
2*C-12(6) ==> Mg-24(12)
ということで炭素原子2つをくっつけるとマグネシウム-24になりますが、これが安定同位体なのでケイ素にはなりません[Mg-24]。
しかし上記のように巨人の体には炭素原子数の3倍の酸素原子数が含まれます[*1]。そこで炭素と酸素をくっつけてみましょう。
C-12(6) + O-16(8) ==> Si-28(14) [stable]
ということで、炭素12と酸素16との核融合が起きたようです。結果として生じるケイ素28は放射性同位元素ではありません。炭素と酸素に水素を組み合わせれば放射性同位元素は作れますが、崩壊してSi-28,Si-29,Si-30のどれかになるような都合良いものはなさそうなのです。つまり「炭素が珪素に変化するとすれぽ、かならず放射性同位元素ができる」というのは作者の考証不足だったようです。
ただし、放射性同位元素ができないからといって、この魔術的核変換で放射線が出ないかというとそんなことはありません。C-12とO-16との質量の和がSi-28の質量より大きければ、余った質量はエネルギーに変化せざるを得ないからです。もしもエネルギー保存則が成立していればですが、核子数でさえ保存されるのですからエネルギー保存則は成立するでしょう。では実際にデータを見てみると、
Si-28 27. 976 926 5325(19)
C-12 12. 000 000 0(0)
O-16 15. 994 914 619 56(16)
すると質量数は 0.018046 だけ余ります。質量の値そのものは、この数値に陽子1個の質量を掛けた値になりますが、陽子1個の質量は 938MeV なので、余った質量は 16MeV です。これが1個のγ線になるとすると、かなり強烈な放射線です。どれくらい強烈かというと、電子と陽電子の対生成を起こすγ線の下限が約1MeVですので、その16倍という高エネルギーγ線なのです。大気を電離させオゾンを生じるくらいのことは余裕でできます。
しかしながらこの放射線は、ケイ素が生じる魔術的核変換と同時に放射されるので、物語のようにのんびり逃げている暇はとてもありませんね。
なお、もしも硫黄原子核が生ずればα崩壊でケイ素原子核が生じる可能性はあると思って調べてみたら、どうも陽電子を放出して原子番号がひとつずつ減っていく反応になるようです。
C-12(6) + O-16(8) + 2*H-1(1) ==> S-30(16) [β+,1.178sec] ===> P-30(16) [β+,2.5min] ===> Si-30(16) [stable]
C-12(6) + O-16(8) + 3*H-1(1) ==> Cl-31(17) [β+,150min] ===> S-31(16) [β+,2.572sec] ===> P-31(15) [stable]
そもそも既にケイ素の安定同位体が生成してしまった時点では、放射線を放出するような反応は既に終わっているはずなのです。巨人の体の大部分が明らかに岩に変化してしまってから、遅れて放射線がでてくるとすれば、ケイ素の安定同位体が生成した時点で別の放射性同位体が残っていることになります。そのような核反応の可能性としては次のようなものしか考えにくいでしょう。
1) まず大きな原子核が生じる。
2) それが核分裂してケイ素の安定同位体と放射性同位体とが生じる。
なかなかこんな都合のいい反応は見つけにくいですし、直接ケイ素を生じるのに比べると回りくどいです。ここまで考えると、爆弾が破裂する瞬間に人間の反応速度で逃げ出すというようなマンガ的描写にも思えてしまいますね(^_^)[*2]。
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*1) 作者が炭素しか眼中になかったのは、地球の生物が炭素型生命だという誤解を招きやすいドグマによるものであろう。架空生化学 (1)ケイ素型生命(2016/11/07)を参照のこと。
*2) デュマレストサーガにも似た描写があったという記憶がある。『秘教の惑星ナース』ではなかったかと思うのだが。フレッド・セイバーヘーゲン(Fred T. Saberhagen)『東の帝国』3部作の最終局面にも似たような描写があった。
これは日光を浴びた巨人が岩に変わるという現象で、日光による魔法で巨人の体を構成する原子がケイ素原子に核変換したと考えられます。ここで何らかの予測ができるためには、核子数と電荷は核反応の前後で変化しないと考えるべきでしょう。
巨人の体を構成する原子ですが、人間とあまり変わらないとすれば質量比で次の値になります。
O:C:H:N = 43:16:7:1.8 [原子力百科事典]
O:C:H:N = 45.5:12.6:7.0:1.2 [wikipedia]
これは原子数比にすれば [O:C:H:N = 3:1:7:0.1] ですので、主に酸素、炭素、水素がケイ素の原料になるとみてよいでしょう。では、どのような核変換ならケイ素ができるでしょうか。
ケイ素は原子番号14番で安定同位体は、Si-28,Si-29,Si-30の3種で、炭素の2倍近い質量数を持ちます。そこで炭素原子2つをくっつけてみましょう。以下、Si-29(14)やC-12(6)のように原子番号をカッコ内に書いて示します。すなわち、元素記号-質量数(原子番号)と表記します。
2*C-12(6) ==> Mg-24(12)
ということで炭素原子2つをくっつけるとマグネシウム-24になりますが、これが安定同位体なのでケイ素にはなりません[Mg-24]。
しかし上記のように巨人の体には炭素原子数の3倍の酸素原子数が含まれます[*1]。そこで炭素と酸素をくっつけてみましょう。
C-12(6) + O-16(8) ==> Si-28(14) [stable]
ということで、炭素12と酸素16との核融合が起きたようです。結果として生じるケイ素28は放射性同位元素ではありません。炭素と酸素に水素を組み合わせれば放射性同位元素は作れますが、崩壊してSi-28,Si-29,Si-30のどれかになるような都合良いものはなさそうなのです。つまり「炭素が珪素に変化するとすれぽ、かならず放射性同位元素ができる」というのは作者の考証不足だったようです。
ただし、放射性同位元素ができないからといって、この魔術的核変換で放射線が出ないかというとそんなことはありません。C-12とO-16との質量の和がSi-28の質量より大きければ、余った質量はエネルギーに変化せざるを得ないからです。もしもエネルギー保存則が成立していればですが、核子数でさえ保存されるのですからエネルギー保存則は成立するでしょう。では実際にデータを見てみると、
Si-28 27. 976 926 5325(19)
C-12 12. 000 000 0(0)
O-16 15. 994 914 619 56(16)
すると質量数は 0.018046 だけ余ります。質量の値そのものは、この数値に陽子1個の質量を掛けた値になりますが、陽子1個の質量は 938MeV なので、余った質量は 16MeV です。これが1個のγ線になるとすると、かなり強烈な放射線です。どれくらい強烈かというと、電子と陽電子の対生成を起こすγ線の下限が約1MeVですので、その16倍という高エネルギーγ線なのです。大気を電離させオゾンを生じるくらいのことは余裕でできます。
しかしながらこの放射線は、ケイ素が生じる魔術的核変換と同時に放射されるので、物語のようにのんびり逃げている暇はとてもありませんね。
なお、もしも硫黄原子核が生ずればα崩壊でケイ素原子核が生じる可能性はあると思って調べてみたら、どうも陽電子を放出して原子番号がひとつずつ減っていく反応になるようです。
C-12(6) + O-16(8) + 2*H-1(1) ==> S-30(16) [β+,1.178sec] ===> P-30(16) [β+,2.5min] ===> Si-30(16) [stable]
C-12(6) + O-16(8) + 3*H-1(1) ==> Cl-31(17) [β+,150min] ===> S-31(16) [β+,2.572sec] ===> P-31(15) [stable]
そもそも既にケイ素の安定同位体が生成してしまった時点では、放射線を放出するような反応は既に終わっているはずなのです。巨人の体の大部分が明らかに岩に変化してしまってから、遅れて放射線がでてくるとすれば、ケイ素の安定同位体が生成した時点で別の放射性同位体が残っていることになります。そのような核反応の可能性としては次のようなものしか考えにくいでしょう。
1) まず大きな原子核が生じる。
2) それが核分裂してケイ素の安定同位体と放射性同位体とが生じる。
なかなかこんな都合のいい反応は見つけにくいですし、直接ケイ素を生じるのに比べると回りくどいです。ここまで考えると、爆弾が破裂する瞬間に人間の反応速度で逃げ出すというようなマンガ的描写にも思えてしまいますね(^_^)[*2]。
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*1) 作者が炭素しか眼中になかったのは、地球の生物が炭素型生命だという誤解を招きやすいドグマによるものであろう。架空生化学 (1)ケイ素型生命(2016/11/07)を参照のこと。
*2) デュマレストサーガにも似た描写があったという記憶がある。『秘教の惑星ナース』ではなかったかと思うのだが。フレッド・セイバーヘーゲン(Fred T. Saberhagen)『東の帝国』3部作の最終局面にも似たような描写があった。
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