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無限の中のマルチバース

2011-11-26 06:39:24 | 物理化学
 前回の記事で宇宙が無限であればどこかに地球周辺とそっくりの空間が存在する、という理論を紹介しました1)。これは次のような論理から来ています。
1.ある有限空間を考えると、その中で実現できる状態数は有限通りである。
  なぜなら、この中に収められる素粒子の総数は有限であり、その組み合わせも有限だから。
2.宇宙が無限であれば、1で考えた有限空間が無数にあり、その中には必ず同一状態のものが存在する。(数学における鳩の巣原理)
3.ゆえに、特定の有限空間(例えば地球周辺100光年とか地球から宇宙の地平線までの球状空間とか)と同一状態の空間が、必ずどこかに存在する。

 記事の中では、1での素粒子として陽子のみを考え、地球から宇宙の地平線までの球状空間を"ハッブル(Hubble)体積"と命名して考察しています。
----引用開始------
そのような温度のハッブル体積に何個の陽子を詰め込めるかを考える。答えは10118個となる。これら粒子の1つひとつが存在するかしないかによって、2の10118乗通りの配置がありうる。
 そこで、2の10118乗個のハッブル体積がが収まる箱を考えると、すべての可能性はこの箱の中に尽くされることになる。この箱の大きさは概算でざっと10118メートルだ。箱の外側では、私たちの宇宙も含め、宇宙が繰り返す。
----引用終わり------

 さて、論理的には2から3は導けません。2は有限通り(例えば2の10118乗通り)の配置の全てに同一状態のものが存在するとは言っていないからです。とはいえ確率的には、全く同一状態のものが存在しない配置がある確率も少なそうですから、まあいいでしょう。

 現実の地球周囲の空間は生物や人間がいたりして複雑過ぎますから、これと同一の空間がどこかにあると言われても直感的には認めがたい人がほとんどでしょう。そこでまず、互いに弾性衝突以外に相互作用しない1種類の粒子だけでできている宇宙を考えてみます。いわば1種類の理想気体分子だけでできた宇宙です。さらにこの粒子は有限な体積を持つとすれば、有限空間内の粒子数の上限は決まるので、2の[粒子数の上限]乗通りの配置に限定されそうです。現実的にも、1つの原子の周辺とか、個体原子数十個の集合とかを想像すれば、同じ状態がどこかにあるというのは、極当たり前のことと認める人がほとんどでしょう。

 でも"ハッブル(Hubble)体積"内ともなれば、その中の可能な配置はまさに組み合わせ論的な爆発で途方もない巨大数になり、同一の状態があるとしても途方もない体積内のどこかでしかないのではないか? まさにその通り。そしてその途方もない体積をも含んでしまえるのが"無限"というものの恐ろしいところです。その恐ろしさの一端は巨大順序数を有理数に閉じこめる話でも紹介しました。

 ここまで考えると本当に物理的宇宙は無限なのかと疑いたくなります。上記の記事では「大きなスケールで見ると 均一に分布しており」と言っていますが、そもそも、「なぜ背景輻射で見える宇宙はこんなに一様なのか?」つまり「まったく因果関係をもったことのない領域が,なぜかまったく同じ状態にある」ことの理由を説明できたのがインフレーション理論だったはずです2)。逆に言えば、インフレーションで一様になった部分の外側まで一様である必然性はないはずです。

 そして有限空間内の位置の配置が有限だとしても、各粒子の運動量は古典力学では連続量になるということがあります。この場合、瞬間的に同じ配置になる空間は存在するかも知れませんが、運動量まで含めて同じ空間が存在する必然性はありません。量子力学では運動量も量子化されるので運動量状態の数も有限だとも考えられます。しかし、粒子の持つエネルギーには理論的上限はありませんから、この場合も理論的な運動量状態の数は無限でしょう。結論として、時間軸まで考えると無限の宇宙の中でも"ハッブル(Hubble)体積"内と同一状態が存在しなくても矛盾はなさそうです。

 もっとも、ここで考えた"理想気体分子だけでできた宇宙"では時間の矢というものが存在しない可能性もありますが。

 なお上記記事でもインフレーションで一様になった部分の外側に、異なるインフレーションで生じた無数の泡宇宙の存在を想定していて、これをレベル2のマルチバースと呼んでいます。レベル1は無数のハッブル体積を含む3次元無限空間を指しますが、このレベル1空間がどうして数学的無限大になる必然性があるのか私にはいまひとつ理解できません。

 また時間軸の問題では、ある時点では全く同一のハッブル体積同士も、次の瞬間には量子収縮により分岐して別の歴史をたどる、と考えているようです。しかも驚くべき事に、分岐するにもかかわらずレベル1の宇宙(ハッブル体積)は増殖しないと言うのです。引用すれば、
「あるハッブル体積(レベル3)の中での量子分岐への結果の振り分けは、ある量子分岐(レベル1)の中にあるさまざまなハッブル体積への結果の振り分けとまったく同じだ。量子ゆらぎが持つこの特性は統計力学用語で「エルゴード性」と呼ばれる。」
 もっとわかりやすい文章を引用すれば、
「1つの量子宇宙はやがて状態が確定した複数の宇宙に分岐する。しかし、こうして新たに生まれた宇宙は、どこか別の空間にもとから存在していた並行宇宙と変わらない。」

 つまり分岐したとしても宇宙(ハッブル体積)の総数は不変だと言うのですが3)、この考えだとある宇宙(ハッブル体積)の全ての歴史上の状態が、レベル1無限宇宙のどこかに存在することになります。つまりどこかにビッグバン時の状態の空間も存在することになります。確かにあらゆる可能性がどこかに存在しうると仮定するならそうならざるを得ません。

 でも論理的には、どこへ行ってもほぼ同じ物質密度という可能性だって排除できないような気がします。というか、「大きなスケールで見ると 均一に分布しており」という話はどうなった?

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1) Max Tegmark「並行宇宙は実在する」日経サイエンス 2003年8月号
2) 佐藤勝彦『相対性理論(岩波基礎物理シリーズ(9))』岩波書店(1996/12) 8章.宇宙論
3) 無限なのに総数を考えるというのも変だが、ここでは時間が経過しても何も増えないという意味に取るべきだろう。

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