知識は永遠の輝き

学問全般について語ります

科学的方法とは何か? ニュートンの規則

2019-11-18 06:10:23 | 科学論
 科学的方法とは何か? ニュートンの規則(2019/10/26)では、『自然哲学の数学的原理 第3編 世界体系』の冒頭で科学的方法論の規則とでもいうべきことを記していることを紹介しました。前回は現在の科学的考え方からそれぞれの規則の意図を示しましたが、ニュートンは各規則に続いて解説文も書いています。

 なおプリンシピアの英語版はキンドル版が手ごろな価格のようですが、ネット上でも読めます[Ref-B3]。注意しておくと原書『Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica』はラテン語です。なので英語版というのはニュートン以外の人によるラテン語からの英訳です。

 さて4つの規則の部分ですが、規則Ⅲの解説が長くて2ページ以上になりますので、他の3つについて簡単にまず述べましょう。

----------引用開始--------------
 規則I 自然の事物の原因としては,それらの諸現象を真にかつ十分に説明するものより多くのものを認めるべきではない。

 この意味で,哲学者たちはつぎのようにいう。すなわち,自然は何ごとをも軽々しくは行なわない,またより少なくてもすむときに,より多いのは無駄である。なぜならば,自然は単純を喜び,余計な原因で飾りたてることを好まないからである,と。
----------引用終り--------------

 まさにオッカムの剃刀そのままですね。

----------引用開始--------------
 規則Ⅳ 実験哲学にあっては,諸現象から帰納によって推論された命題は,たとえどのような反対の仮説があろうとも,それらの命題をより正確なものとするか,あるいは例外のありうるものとするような他の現象が起こるまでは,真実なもの,あるいは真実にきわめて近いものとみなされなければならない。

 帰納による推論が仮説によって言い抜けられないために,この規則に従わなければならない。
----------引用終り--------------

 解説はこれだけですが真意は何でしょうか? どうやら経験論が自然哲学のスタンダードになる以前の方法論を意識して排除するということらしいですね。ニュートンが使う"仮説"という言葉は観測的根拠のない推論だけで作り上げた理論という意味が強いと言われていますが、そのような根拠なき"仮説"を排除するという意味が強いようです。つまり前回私が想像した2つの意味のうち、後半の「形而上学的原理だけから生まれた観測事実の裏づけのない理論を真実として扱ってはいけない、という積極的な方向からの意味」に重きが置かれていたようです。

----------引用開始--------------
 規則Ⅱ したがって,同じ自然の結果に対しては,できるだけ同じ原因をあてがわなければならない。

 たとえば,人間における呼吸と獣類における呼吸 ヨーロッパにおける石の落下とアメリカにおける石の落下,台所の火の光と太陽の光,地球における光の反射と諸惑星における光の反射のように。
----------引用終り--------------

 読んでそのままです。前回述べたように「台所の火と太陽の火」は異なるものだったことは20世紀に判明しましたが、光は確かにどちらも同じものでした。光はニュートンも直接観測できましたが、火の方は直接は手に取れなかったのです。今でも手に取れはしませんが。


 さて一番詳しく解説されているのは規則Ⅲです。前回述べたように斉一性を主張していることは間違いないのですが、色々と具体例を出していて最終的に万有引力が全ての物体に働くことを主張しています。

----------引用開始--------------
 規則Ⅲ 物体の諸性質のうち,増強されることも軽減されることもなく,またわれわれの実験の範囲内ですべての物体に属することが知られるようなものは,ありとあらゆる物体に普遍的な性質であるとみなされるべきである。
----------引用終り--------------

 万有引力の普遍性を主張するまでに"物体(body)"が持つ色々な属性の普遍性を述べています。挙げられた属性は、"拡がり(extension)","硬さ(hardness)","不可入性(impenetrability)","可動性(moveability)"および"慣性(inertiæ)"です。"拡がり"は現代日本語なら"大きさ"と呼ぶところでしょう。"硬さ"はそのままで、"不可入性"は当たり前すぎて該当する現在の科学用語はありませんが、物体同士は互いに通り抜けたりはしない、いわゆる壁抜けという現象は起きない、という経験則のことでしょう。"可動性""慣性"は言うまでもなくニュートン力学で速度、力、質量として定量化された物理量です。

----------引用開始--------------
あらゆる物体が不可入性をもつことを,われわれは理性からではなく,感覚から推測する。われわれはわれわれが取り扱う諸物体が不可入性をもつことを見いだすがゆえに,不可入性はあらゆる物体の普遍的な性質であると結論するのである。
----------引用終り--------------

 同じ論法で"拡がり""硬さ"についても「感覚によるよりほかに」知る手段はないけれども外挿によってまだ感覚でとらえていない領域についても普遍的にあると認めるのだ、と言っています。ここで「理性から」というのは、プラトンの議論のように第1原理をポーンと出してきて後は論証により真理を導くという方法のことです。そもそもこの第1原理の真偽が不明な限り導かれた命題の真偽は不明、というのが経験論に基づく現代科学の常識ですが、ニュートン以前は第1原理はどこかから真理として与えられたという論法が普通だったのです。

 ここでちょっと興味深いのが、物体を分割した部分も同様にこれらの属性を持つことから、どこまで分割してもやはり同様にこれらの属性を持つと推論していることです。

----------引用開始--------------
全体のものの拡がり,硬さ,不可入性,可動性および慣性は,その諸部分の拡がり,硬さ,不可入性,可動性および慣性から結果として出てくるものであるから,したがって,すべての物体の最微の粒子もまた,すべて拡がりをもち,硬く,そして不可入性をもち,可動であり,そしてそれぞれ固有の慣性をもつものと結論するのである。そしてこれがすべての哲学の基礎である。
----------引用終り--------------

 最微の粒子というと我々なら分子か原子かと思うところですが、近代的な原子論や分子論はまだ登場せず、ここは例えば現時点の技術で分割可能な限りの細微といった感覚かも知れません。というよりも、これはニュートンが開発した微積分法の基本に通じるもので、その数学的理論が実際の現象に適用できるために必要な原理として示しているのでしょう。つまり規則Ⅲの解説の最後の結論である「運動の法則や万有引力の法則はすべての物体に普遍的」という原理が「ミクロの世界でも普遍的」ということに意味があるのでしょう。そして「運動法則がどこまでミクロな領域でも通用する」という点は現在の物理学でも踏襲されています。

 実際に『第1編 物体の運動』の「第12章:球形物体の引力」「第13章:球形でない物体の引力」では大きさのある物体の内部での解を求めていて、そのために当然ながら各微小部分間の引力や各微小部分の運動がニュトートンの法則に従うものとして導いています。そして、惑星が自転による遠心力により回転楕円体になるということや、大きさのある物体の各部分からの引力の総和はその物体の重心からの引力として厳密に表現できることを示しています[*2]

----------引用開始--------------
なお,諸物体の分割された,ただし接続した各微小部分がたがいに分離されうることは観察上の事実であり,また分割されないで残っている微小部分についても,われわれの心はなお,より微小な部分をも区別しうることは,数学が示すとおりである。
けれども,このように区別はされても,しかしまだ分割されていない諸部分が,はたして自然の力によって実際に分割され,たがいに分離されうるかどうかを確かには決定できない。
----------引用終り--------------

 ということで、まさに細微の有限な限界値があるかどうかはわからない。これは当然の論理ですね。

----------引用開始--------------
けれども,もしもある任意の,分割されていない微小部分が,硬い物体の破壊に際して分割を受けたという,ただ一つの実験の証拠をわれわれがもったとしたなら,われわれは本規則により,分割されていない微小部分も,分割されたものと同様に分割され,また実際に限りなく分離されうるものだとの結論をくだしうるであろう。
----------引用終り--------------

 ということで、ひとまずはどこまでも分割はできるものと外挿しておこうというのがニュートンの態度です。結果的にこの本での重点だった「運動法則がどこまでミクロな領域でも通用する」という点は現在の物理学でも踏襲されています。が、その根拠として例示された"拡がり(extension)""硬さ(hardness)""不可入性(impenetrability)"の方はミクロの世界ではそのまま通用はしなくなりました。

 ちなみに当時は、微生物の発見(1674)をしたレーウェンフックやニュートンの前任の王立協会長ロバート・フックにより光学顕微鏡観察によりμmレベルのミクロの世界が広がっていた時代でした[*1]

----------引用開始--------------
 最後に,もし実験および天文観測により,地球のまわりのすべての物体が地球に向かって引かれ,かつそれがそれぞれの質量に比例すること,また月も同じくその質量に従って地球のほうへ引かれること,またいっぽうにおいては,海が月のほうへ引かれること,またすべての惑星がたがいに引き合うこと,また彗星も太陽に向かって同様に引かれること,これらのことが普遍的に明らかになったならば,本規則の結果として,物体という物体がすべて相互引力の素因を付与されていることを普遍的に認めなければならない。
----------引用終り--------------

 そしてキャベンディッシュの実験(1798)(Cavendish experiment)により、日常的な大きさの物体も相互引力の素因を付与されていることが確かめられたのでした。現在ではさらに測定精度が向上し、万有引力の測定が質量分布を知るための常套手段となっていることは周知のとおりです。

----------引用開始--------------
なぜならば,諸現象からの論議は,すべての物体の万有引力を,それらの不可入性よりもより力強く結論するからである。不可入性については,天の領域内では実験もないし,観測の方法もないのである。
----------引用終り--------------

 天の領域内での"不可入性(impenetrability)"に関する言及の意味はちょっとわかりません。確かに天体同士の衝突でもない限り、本当に互いに不可入か否かはわからないことです。でもカリレオが月や木星も地上の物体と変わらないらしいと発見してから時代も過ぎて、天体も地上の物体も同じことはかなり確信されていたと思うのですが、科学者としての慎重さということでしょうか? もちろん重点はむしろ、万有引力の普遍性の確かさを強調することなのでしょう。

----------引用開始--------------
私は重力が物体にとって本質的なものであると主張しているのではない。物体の固有力(vis insita)というとき,私は物体の慣性以外の何ものをも意味してはいない。これは変わらないものである。〔いっぽう〕物体の重力は,地球から遠ざかるとともに減少するものである。
----------引用終り--------------

 このくだりも意図がわかりにくいですが、「重力なんて本質的なものではない」という批判があったのでしょうか? ともかく「本質的なものというのは保存量である」という考えが伺えます。

 ここでニュートンが挙げた様々の属性について現代の眼から振り返っておきたいのですが、ニュートン自身による定義が『自然哲学の数学的原理 第1編 世界体系物体の運動』にありますので、まずそれを見てみるのがよいでしょう。


続く

----------------------
*1)
 1a) 顕微鏡の歴史(日本顕微鏡工業会)
 1b) ロバート・フック『顕微鏡図譜』(1665)
 1c) 「ニュートンに消された肖像 ロバート・フック」 by テキトー雑学堂
*2) ここは『第1編』の訳者解説の受け売りも含む。ちなみに「第12章:球形物体の引力」の命題70(定理30)では完全な球殻の内部はどこも無重力であることが証明されている。『ペルシダー』のような惑星内部の球状空洞の内表面では重力が働くということはないのである。『ペルシダー』の誤りを指摘してニュートン力学に忠実な空洞惑星世界を描いたのが石原藤雄『空洞惑星』である。

----------------------
Ref-B1) アイザック・ニュートン;中野猿人(訳)『プリンシピア 自然哲学の数学的原理 (ブルーバックス)』
   『第1編 物体の運動』 講談社(2019/06/20)
   『第2編 抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動』 講談社(2019/07/18)
   『第3編 世界体系』 講談社(2019/08/22)
Ref-B2) アイザック・アシモフ;山越幸江(訳)『誤りの相対性―元素の「発見」から「反物質」星間旅行まで』地人書館 (1989/07/01)
Ref-B3)
 a) "The Mathematical Principles of Natural Philosophy (1846) by Isaac Newton, translated by Andrew Motte"
 b) "Philosophiae Naturalis Principia Mathematica (English)"キンドル版

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 科学的方法とは何か? 場・波... | トップ | 場・波・粒子-3.1-まず粒子 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

科学論」カテゴリの最新記事