前回の記事(2019/12/30)は多くの人にはなかなか受け入れにくいもの、それ以前に理解しにくいものだったかも知れません。結局のところは古典的粒子の属性の一部は量子では失われていることをそのまま認めろと言っていたのですから。今回の例は多少とも受け入れやすいかも知れません。スピンには3つのモデルがあり、最も正確なモデルは古典的な例の挙げられないものですが、そもそもスピン自体が古典的な例はないと教えている教科書さえあるものなので、波とか粒子とかいう古典的な事例のイメージに振り回されないだけ受け入れやすいかも知れません(^_^)。
ある点Oのまわりを運動量pで運動する質点の角運動量Sは、Oと質点との距離をrとすれば、Sはrとpの外積として定義されます。外積の定義からわかる通り、Sは自転軸と同じ方向を持つベクトル量になります。
S=r×p
これはOを中心とする軌道角運動量になりますが、自転の場合は自転する物体の各点の自転軸を中心とする軌道角運動量の総和すなわち積分が、この物体の自転角運動量と定義されます。この自転角運動量を量子の世界に持ってきたものがスピンです。などと言うと、多くの教科書では「スピンを古典的な自転と同じものとは思わないように」という注意が飛んできます。さりながらいわゆるボーアの対応原理(Bohr's correspondence principle;"Stanford Encyclopedia of Philosophy" の解説)が成り立ってはいるでしょう。電子の運動量を古典的運動量の延長として考えることが許されるのならば、スピンを古典的な自転角運動量の延長として考えることも許されるのでないかと思います。ただし電子にはさらに微細な構造はなく電子は物体とは言えない以上、物体の各部分が円軌道を描いているなどというイメージは拙いでしょう。
スピンを表現する主なモデルは3つです。特に正式な名前はないと思いますので、ここではエネルギー準位モデル、ベクトルモデル、行列(matrix)モデルとしておきましょう。
古典力学での自転角運動量sは自転軸と同じ方向を持つベクトル量ですから3次元空間の中では3つの成分sx、sy、szを持ちます。どの方向を持つかは任意ですし、絶対値である√(sx^2+sy^2+sz^2)も実数ですから3つの成分とも連続値を取ります。ところが量子力学ではszが量子化されて例えばスピンの大きさが1/2の場合は1/2と-1/2との2つの値しか取れないのだと教えます。スピンの大きさが1の場合は、+1と0と-1の3つの値です。一般にはnを正の整数としてスピンの大きさが(1/2)nの場合、以下の値に量子化されます。
nが奇数 +n/2~~-n/2 2n個の値
nが偶数 +n/2~0~-n/2 (2n+1)個の値
簡単のために以下ではスピン1/2の場合で考えることにします。さてここで2つの疑問が生じます。
・等方的な空間の中で量子化されるszとはどの方向のスピンなのか?
・sxとsyとはどうなるのか?
実はスピンの量子化による現象が観測されるには空間が非等方になることが必要で、典型的には磁場をかけます。すると磁力線の方向をz軸としてszが1/2の場合と-1/2の場合とではエネルギーが異なります。その理由はスピンを持つ素粒子がスピンに伴う磁気モーメントを持つ、つまりは素粒子が磁石になっているからです[*1]。磁石の向きが磁力線と同じ方が、向きが反対の場合よりも安定だということです。そして不安定な、つまりエネルギーの高い状態から安定な状態に遷移した時にはエネルギー差に相当する振動数の光子を放出し、逆に安定な状態のスピンがそれだけの振動数の光子を吸収すれば不安定な状態に遷移します。この現象が電子スピンで起きるときは電子スピン共鳴と呼ばれ、光子の振動数は数GHz~数百GHzのマイクロ波領域です。原子核スピンで起きるときは核磁気共鳴と呼ばれ、光子の振動数は数MHz~数千MHzの超短波~マイクロ波領域です。両者を合わせて磁気共鳴と呼ぶこともできます。
このように2つのエネルギー準位を持つ状態量とだけ考えるのがエネルギー準位モデルです。[Ref-1]にこのモデルによる磁気共鳴の説明をしているサイトをいくつか挙げます。磁界の方向に沿って分裂した2つのエネルギー準位間の遷移を光の吸収放出で観測できる現象はゼーマン効果またはゼーマン分裂と呼ばれ、本来は可視光線近くの光のスペクトル線が分裂することで観測するものでした。可視光線での観測の場合はszだけでも話が済むかも知れません。しかし磁気共鳴ではsxやsyも考慮しないと全ての現象の計算はできません。そこでよく使われるのがベクトルモデルです。
多数のスピンの磁気モーメントの総和を取ると1個のマクロな磁気モーメントとして表すことができます。このマクロな磁気モーメントが磁界の方向からある角度θだけ傾いて磁界のまわりを歳差運動しているというのがベクトルモデルです。歳差運動している磁石は歳差運動の周期と同じ周波数の電磁波を放出しながら不安定状態(磁石の向きと磁界の向きが反対の状態)から安定状態(磁石の向きと磁界の向きが同じの状態)に徐々に移っていきます。逆に歳差運動の周期と同じ周波数の電磁波を吸収して安定状態から不安定状態へと徐々に移っていきます。すなわち磁気モーメントの絶対値は同じ大きさのままで磁界に対する傾きが連続的に変化していくと解釈することで磁気共鳴現象が説明できてしまうのです。
これは原子核を中心に電子が楕円軌道を描いているというモデルでは原子の発光や吸光を説明できない事とは対照的です。逆2乗力場での楕円運動ではエネルギーを失って低い軌道に移るに従い回転の周期も変化してしまいますが、磁気モーメントが磁界内で歳差運動しながらエネルギーの異なる軌道に移る場合は歳差周波数は変化しません。これは果たして偶然か必然か? ともかくもそのおかげでマクロな歳差モデルが本来はミクロな現象の総和であるはずの磁気共鳴現象の定量的なモデルになっています。それどころかszの2状態モデルでは表現されないsxやsyも表現されているために、吸収されたり発信されたりする電磁波の位相までも計算することができます。直観的にもわかりやすいので多くの化学教科書で採用されています。[Ref-2]にこのモデルによる磁気共鳴の説明をしているサイトをいくつか挙げます。
しかしやはり古典的モデルではすべての場合での正確な計算はできません。それができるモデルは次のようなパウリ・マトリックスで表現する行列(matrix)モデルです。
sx=(1/2)(h/2π)σx
sy=(1/2)(h/2π)σy
sz=(1/2)(h/2π)σz
まとめるとスピンには主に3つのモデルがありますが数学的に正確な予測ができるのは行列(matrix)モデルです。ベクトルモデルではスピンが1個(1種と言うべきか)の場合なら問題ありませんが複数のスピンが相互作用している場合などでは説明できないようです。エネルギー準位モデルでは横磁化の関与する現象が説明できません。
次回にもう少し補足します。
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*1) 古典電磁気学では電荷の回転運動により磁界が発生するということになる。
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Ref-1) エネルギー準位モデルによる説明
1a) 日本分析機器工業会のサイト
1b) NMR(核磁気共鳴)の基本原理[名古屋大学・有機元素化学研究室・山下研究室]
1c) NMRの基礎知識【原理編】[Chem Station(日本最大の化学ポータルサイト)]
Ref-2)
2a) 核磁気共鳴の原理[金沢工業大学・先端電子技術応用研究所・樋口研究室]
ある点Oのまわりを運動量pで運動する質点の角運動量Sは、Oと質点との距離をrとすれば、Sはrとpの外積として定義されます。外積の定義からわかる通り、Sは自転軸と同じ方向を持つベクトル量になります。
S=r×p
これはOを中心とする軌道角運動量になりますが、自転の場合は自転する物体の各点の自転軸を中心とする軌道角運動量の総和すなわち積分が、この物体の自転角運動量と定義されます。この自転角運動量を量子の世界に持ってきたものがスピンです。などと言うと、多くの教科書では「スピンを古典的な自転と同じものとは思わないように」という注意が飛んできます。さりながらいわゆるボーアの対応原理(Bohr's correspondence principle;"Stanford Encyclopedia of Philosophy" の解説)が成り立ってはいるでしょう。電子の運動量を古典的運動量の延長として考えることが許されるのならば、スピンを古典的な自転角運動量の延長として考えることも許されるのでないかと思います。ただし電子にはさらに微細な構造はなく電子は物体とは言えない以上、物体の各部分が円軌道を描いているなどというイメージは拙いでしょう。
スピンを表現する主なモデルは3つです。特に正式な名前はないと思いますので、ここではエネルギー準位モデル、ベクトルモデル、行列(matrix)モデルとしておきましょう。
古典力学での自転角運動量sは自転軸と同じ方向を持つベクトル量ですから3次元空間の中では3つの成分sx、sy、szを持ちます。どの方向を持つかは任意ですし、絶対値である√(sx^2+sy^2+sz^2)も実数ですから3つの成分とも連続値を取ります。ところが量子力学ではszが量子化されて例えばスピンの大きさが1/2の場合は1/2と-1/2との2つの値しか取れないのだと教えます。スピンの大きさが1の場合は、+1と0と-1の3つの値です。一般にはnを正の整数としてスピンの大きさが(1/2)nの場合、以下の値に量子化されます。
nが奇数 +n/2~~-n/2 2n個の値
nが偶数 +n/2~0~-n/2 (2n+1)個の値
簡単のために以下ではスピン1/2の場合で考えることにします。さてここで2つの疑問が生じます。
・等方的な空間の中で量子化されるszとはどの方向のスピンなのか?
・sxとsyとはどうなるのか?
実はスピンの量子化による現象が観測されるには空間が非等方になることが必要で、典型的には磁場をかけます。すると磁力線の方向をz軸としてszが1/2の場合と-1/2の場合とではエネルギーが異なります。その理由はスピンを持つ素粒子がスピンに伴う磁気モーメントを持つ、つまりは素粒子が磁石になっているからです[*1]。磁石の向きが磁力線と同じ方が、向きが反対の場合よりも安定だということです。そして不安定な、つまりエネルギーの高い状態から安定な状態に遷移した時にはエネルギー差に相当する振動数の光子を放出し、逆に安定な状態のスピンがそれだけの振動数の光子を吸収すれば不安定な状態に遷移します。この現象が電子スピンで起きるときは電子スピン共鳴と呼ばれ、光子の振動数は数GHz~数百GHzのマイクロ波領域です。原子核スピンで起きるときは核磁気共鳴と呼ばれ、光子の振動数は数MHz~数千MHzの超短波~マイクロ波領域です。両者を合わせて磁気共鳴と呼ぶこともできます。
このように2つのエネルギー準位を持つ状態量とだけ考えるのがエネルギー準位モデルです。[Ref-1]にこのモデルによる磁気共鳴の説明をしているサイトをいくつか挙げます。磁界の方向に沿って分裂した2つのエネルギー準位間の遷移を光の吸収放出で観測できる現象はゼーマン効果またはゼーマン分裂と呼ばれ、本来は可視光線近くの光のスペクトル線が分裂することで観測するものでした。可視光線での観測の場合はszだけでも話が済むかも知れません。しかし磁気共鳴ではsxやsyも考慮しないと全ての現象の計算はできません。そこでよく使われるのがベクトルモデルです。
多数のスピンの磁気モーメントの総和を取ると1個のマクロな磁気モーメントとして表すことができます。このマクロな磁気モーメントが磁界の方向からある角度θだけ傾いて磁界のまわりを歳差運動しているというのがベクトルモデルです。歳差運動している磁石は歳差運動の周期と同じ周波数の電磁波を放出しながら不安定状態(磁石の向きと磁界の向きが反対の状態)から安定状態(磁石の向きと磁界の向きが同じの状態)に徐々に移っていきます。逆に歳差運動の周期と同じ周波数の電磁波を吸収して安定状態から不安定状態へと徐々に移っていきます。すなわち磁気モーメントの絶対値は同じ大きさのままで磁界に対する傾きが連続的に変化していくと解釈することで磁気共鳴現象が説明できてしまうのです。
これは原子核を中心に電子が楕円軌道を描いているというモデルでは原子の発光や吸光を説明できない事とは対照的です。逆2乗力場での楕円運動ではエネルギーを失って低い軌道に移るに従い回転の周期も変化してしまいますが、磁気モーメントが磁界内で歳差運動しながらエネルギーの異なる軌道に移る場合は歳差周波数は変化しません。これは果たして偶然か必然か? ともかくもそのおかげでマクロな歳差モデルが本来はミクロな現象の総和であるはずの磁気共鳴現象の定量的なモデルになっています。それどころかszの2状態モデルでは表現されないsxやsyも表現されているために、吸収されたり発信されたりする電磁波の位相までも計算することができます。直観的にもわかりやすいので多くの化学教科書で採用されています。[Ref-2]にこのモデルによる磁気共鳴の説明をしているサイトをいくつか挙げます。
しかしやはり古典的モデルではすべての場合での正確な計算はできません。それができるモデルは次のようなパウリ・マトリックスで表現する行列(matrix)モデルです。
sx=(1/2)(h/2π)σx
sy=(1/2)(h/2π)σy
sz=(1/2)(h/2π)σz
まとめるとスピンには主に3つのモデルがありますが数学的に正確な予測ができるのは行列(matrix)モデルです。ベクトルモデルではスピンが1個(1種と言うべきか)の場合なら問題ありませんが複数のスピンが相互作用している場合などでは説明できないようです。エネルギー準位モデルでは横磁化の関与する現象が説明できません。
次回にもう少し補足します。
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*1) 古典電磁気学では電荷の回転運動により磁界が発生するということになる。
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Ref-1) エネルギー準位モデルによる説明
1a) 日本分析機器工業会のサイト
1b) NMR(核磁気共鳴)の基本原理[名古屋大学・有機元素化学研究室・山下研究室]
1c) NMRの基礎知識【原理編】[Chem Station(日本最大の化学ポータルサイト)]
Ref-2)
2a) 核磁気共鳴の原理[金沢工業大学・先端電子技術応用研究所・樋口研究室]
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