日本航空123便の墜落をめぐる陰謀論はずっと拡散されてきた。資料写真。(Photo credit should read KAZUHIRO NOGI/AFP via Getty Images)
- 日航ジャンボ墜落事故
5月31日、日比谷野外大音楽堂で開かれた「WHOから命を守る国民運動」の集会で、林千勝氏が「JAL123便撃墜」と述べ、山岡鉄秀氏が、航空自衛隊がJAL123便を撃墜した可能性に言及したのには驚いた。
私自身はこの集会の趣旨には基本的に賛成で、4月13日付で大紀元に「パンデミック協定と国際保健規則の改定の危険性 国際機関は汚職天国だった?」を寄稿している。
そこで、この集会も動画配信で見ていたのだが、「JAL123便撃墜」と聞いて驚愕した。日本航空123便は1985年8月12日に群馬県に墜落し乗員乗客520人が犠牲となった。だがこれは、墜落事故である。何者かによって撃墜されたなどという可能性は皆無なのだ。
私は、このとき航空自衛隊の埼玉県にある入間基地の部隊に所属しており、事故が起きてからは急遽編成された災害派遣隊の本部で、不眠不休の態勢で任務を遂行した。
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