Radio workshop & everyday.

自灯明法灯明

「自らを灯(ともしび)とし、拠り所として、他を灯とすることなかれ。」

天国と地獄

2007年12月10日 | 日記
世界には様々な宗教が有り、それぞれに固有の教義を持ち人々の精神的な力と成っている。
ひとつの開祖に教義の違いにより、多くの宗派が存在する。
開祖のの教えは唯一の真理である、にも関わらず教えを受けた人の受け取り、解釈の違いにより教えの道が分かれる。
ややもすると、それぞれが正反対の解釈により、自らで悟りを求めるものや、他力本願によりただひたすらに称名念仏を唱えるもの等。
これは開祖が目指していたものとは違うのは無いだろうか。

宗派によっては、人は亡き後天か地獄へ行く事に成っている、地獄も天国も当然のごとく行って帰ってきた人はいない。
写真やビデオに撮ってきた人もいない。
これ等は全て人間の創造の産物と言っても
これを否定も肯定もする事が出来ない。
実証出来ないのである。
全て無と言っても差支えが有るだろうか。

人間は己の命が尽きようとするとき、例えようの無いくらい不安にかられるに違いない、人間の脳の有る特定の分野に電気的刺激を与えると、天国に向かって進んで行く時明るい光がさして来て、あたかも天国に導かれているような感覚に成ると言われている。
その不安を払拭する為に、本能的にその様なシステムが組み込まれているのでは無いだろうか。


全てが解明された訳ではないが、人の死は全て生体に於ける、化学変化の終焉である。

コメント
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