<薮原宿の櫛問屋>
中山道六十九宿巡り(第10回目);第2日目(4);薮原宿
(五十三次洛遊会)
2011年9月16日(金)~18日(日)
第2日目;2011年9月17日(土) (つづき)
<薮原宿詳細図>
<薮原宿>
■いよいよ薮原宿
私たちは,鳥井峠を下って,14時38分,杖置き場に到着する.難所と思われていた鳥井峠を無事踏破し,いよいよ江戸から35番目の宿場,薮原宿に到着である.
薮原宿は,宿内人口1493人(男706人,女787人),宿内惣家266軒(本陣1,脇本陣1,旅籠10)の宿場である(資料1,p.195).
■天降社の大モミジ
これまでの草道と違って,これからは舗装道路である.随分と歩きやすいので,どうしても気が緩む.
14時41分,天降社という神社に到着する.神社参道の脇に大きなモミジの木が生えている.
<天降社の大モミジ>
■原町清水
14時43分,原町清水に到着する.
傍らの説明文に,「この水は峠を下ってきた旅人がのどを潤すために使っていたもので,今でも使っている」と書いてある.
早速,数名の方が試飲する.
<原町清水>
■尾州御鷹匠役所跡
14時46分,御鷹匠役所跡に到着する.白塗りの木杭が1本立っている.その傍らに案内板が設置されている.
この案内板には,以下のようなことが書かれている.
はじめ尾州御高城役所は妻籠宿にあったが,伊奈川にあった鷹の飼育所も統合して享保15年,ここ薮原宿に移された.
この役所は明治4年に廃止されるまで存続したが,土地の人々が「おたかじょ」と呼んでいるこの場所がその跡地である.
毎年春になると,尾張藩から鷹匠と役人が出張してきた.
鷹の巣を見つけて鷹の飼育や調教・鷹の公儀献上・巣山の管理および巡視等を,木曽代官山村家の家臣や栃の人々の手助けを得て,行ってきた(以下略).
<尾州御鷹匠役所跡>
■飛騨街道追分
坂道を登って,14時48分,飛騨街道追分に到着する.真新しい石垣の下に,「飛騨街道追分」と書いた木柱が立っている.
近くにある説明文によると,この辺りに十王堂(薬師堂)があって,川を経て野麦峠,飛騨高山に通じる飛騨街道(奈川道)の追分だった.小木曽地区を抜けると美濃と信濃の国境があったことから,境峠といわれる峠がある.1911年(明治44年),中央西線が開通すると,この街道は岡谷の製紙工場で働く女工達が頻繁に往来するようになったという.
<飛騨道追分>
■水神
14時49分,鬱蒼とした相僕の中に埋もれるように安置されている水神の前を通過する.いくつかの石塔が並んでいるが,由来は分からない.
<水神の石塔群>
■薮原宿本陣跡
14時49分,クネクネと曲がりくねる路地を抜けて,中央本線(西線)の跨線橋を渡る.そして,今度は線路の西側を歩く.
14時52分,薮原宿本陣跡を通過する.
ここには,本陣跡を示す白塗りの杭が1本立っているだけである.
<薮原宿本陣跡>
■旧旅籠屋米屋与左衛門
14時52分,旧旅籠屋米屋与左衛門の屋敷前に到着する.ここは宿役人も務めていた家柄だという(資料1,p.196).
写真は撮らなかったが,この米谷与左衛門邸と道路を挟んだはす向かいに湯川酒造店がある.徳川のはじめから約300年の歴史を持つ酒店で,当主は14代目とか(資料1,p.196).
<米屋与左衛門邸>
■防火高塀跡
14時54分,防火高塀跡に到着する.
傍らの説明文によると,1695年(元禄8年)7月,薮原宿のほとんどが焼失する大火があった.その後,防火対策として,宿再建の時に各戸1間につき1寸の割合で提供し合って上横水と下横水の2箇所に四ッ辻の広小路を作った.文化年間には,さらに中心街の火災に配慮し,上横水の広小路には北側に土を盛り石垣を築きその上に高い土塀を作って防火壁にしたという.
<薮原宿の防火壁跡>
■木祖村役場
14時59分,「200m木祖村役場」の標識前に到着する.役場は見学しないで通過する.
資料1(p.197)によると,現在,役場が建っている場所は脇本陣があったところだという.脇本陣は古畑又右衛門方で問屋を兼ねていたようである.
<木祖村役場入口>
■お六櫛屋
15時丁度,お六櫛屋に到着する.私個人は櫛などに余り興味はないが,女性軍は目を輝かす.お六は妻籠宿の娘だったという(資料2,p.116).
資料1(p.116)によると,お六櫛職人の川口助一氏は人間国宝だった.現在でも数軒で手作りで櫛を作っているとのことである.
<お六櫛>
■高札場跡
15時02分,薮原高札場跡に到着する.
<高札場跡>
<塩尻へ戻る>
■JR藪原駅
薮原宿を駆け足で見て回った私たちは,15時15分,無事にJR藪原駅に到着する.
今回第2日目の行程は,ここで無事終了である.途中,多少,小雨の洗礼を受けたが,まあ,まあ,無事に予定通り歩くことができた.
今度の塩尻行普通列車の発車時間は15時56分である.大分待ち時間があるが,待合室で温和しく待つ.
<閑静な藪原駅>
■塩尻へ
中央本線(西線)藪原駅15時56分発の電車に乗車する.ワンマンカーとかいう形式の電車で,勝手が良く分からず,多少戸惑うが,指定された場所から列車に乗り込んで発券機から整理券を受け取る.
JR東海の電車は総じて小綺麗である.3両編成(2両だったかな?)の短い列車である.しかし,電車の中は若い生徒,学生が沢山乗車していて,活気に満ちている.大学生らしい学生が乗車しているので,伺ってみる.すると,なんとここには福祉系の短期大学があるという.大学生達は,皆,溌剌としていて,頼もしい.
列車は結構混雑しているので,座席に腰掛けることができない.でも,どうせ長い時間歩き続けてきたので,電車の中で少しばかりの時間,立ちんぼでもどうと言うことはない.
<中央本線(西線)の電車>
■無事塩尻へ到着
私たちが乗車した電車は,16時24分に,無事,塩尻駅に到着する.
ここから宿泊ホテルのホテルルート塩尻までは,徒歩で約20分かかる.今夜の夕食をみんなで食べるか,それとも自由にするかも決めないまま,何となく流れ解散となる.成り行きで,自由夕食だと勝手に判断する.
途中,コンビニに立ち寄って,398円也の弁当をチンして貰う.私には,これで十分である.内心では,今夜は安く済んだシメシメと思っている.
<398円のコンビニ弁当>
■今日もハッピー,ハッピー
16時40分,無事,ホテルルートイン塩尻に到着する.
1階ロビーで,無料のコーヒーを賞味しながら,暫くの間,休憩.その間に,仲間達が,三々五々,ホテルに到着する.一部の方々は,途中で連れたって,途中のファミレスに立ち寄ったようである.
私のようにコンビニで夕食を購入した人,あるいは,これから連れたって夕食に出掛ける人など,各人各様である.私は各自が自分の好みに合わせて自由時間を過ごすのが一番良いやり方だと思っている.
皆様にお別れして,自室に入る.昨日から連泊の部屋である.連泊にもかかわらず,部屋の中は,綺麗に掃除されている.
まずは,バスにお湯を張り,ユックリと汗を流す.多少疲労が貯まっているのか,熱い風呂がヤケに気持ちがよい.誰に気兼ねすることもなく,実にユックリと風呂を楽しむ.
その後は,テレビを眺めながら(決して見ていない),ユックリとコンビニ弁当を食べる.
何もすることがないので,20時30分頃,就寝.
こうして,今回の旅の2日目は無事終わった.
明日は,少々早く6時30分に朝食を食べて,塩尻発7時51分の電車に乗って,今日の終点である藪原駅に向かう予定である.
<ラップタイム>
8:40 贄川駅歩き出し
8:46 贄川関所
8:59 贄川のトチ
9:30 押込一里塚
9:46 ならがわ市場(10:05まで休憩)
10:53 楢川小学校
11:06 奈良井駅
11:15 奈良井宿着
11:34 ソバ屋(12:00まで昼食)
12:33 民芸会館
12:39 鳥井峠入口
13:40 鳥井峠(13:44まで見学)
14:01 御嶽遙拝所
14:48 飛騨街道追分
14:49 本陣跡
15:00 お六櫛屋
15:15 藪原駅着
[歩行記録]
■水平歩行距離 24.6km
■累積登攀高度 757m
■累積下降高度 476m
■所要時間
贄川駅 発 8:40
藪原駅 着 15:15
(所要時間) 6時間30分(6.50h)
水平歩行速度 24.6km/6.50h=3.78km/h
[参考資料]
資料1;今井金吾,2005,『新装板今昔中山道独案内』日本交通公社
資料2;岸本豊,2007,『新版中山道69次を歩く』信濃毎日新聞社
(おわり)
「中山道六十九宿」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/58418e97489401f5f4790b139a8fa952
「中山道六十九宿」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/e09394599fe2fb09b14f13b61087e28a
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