水彩画『ベースキャンプの休日』(40号)
(某展覧会出品作品より)
2012年5月18日(金)
いささか旧聞になるが,去る2012年4月で,某展覧会公募展に,私は3枚の水彩画(何れも40号)を出展した.展覧会を終えてから,自分の描いた絵を自己評価しなければいけないなと思いながら,ついつち日時がずるずると過ぎてしまった.このまま自己評価せずに次の絵を画くわけにもいかないので,いささか遅すぎた感もあるが,ここで自分なりの考え方や思いを整理しておくことにしたい.
まず最初に取り上げるのは作品『ベースキャンプの休日』である.実は,この絵はモレーンキャンプと呼ばれるアタックキャンプでスケッチしたものだが,私がうっかり題名の「ベースキャンプ」と書いて登録してしまった.でも,まあ,どっちでもいいやと思って,題名はそのままにしてある.
最初にこの絵の背景を,簡単に纏めておこう.
今から4年前,2008年7月1日(火)から7月21日(火)にかけて,私は山仲間達とペルーを訪問した.型どおりにマチュピチ,ナスカなどの定番観光地を一回りした後,ブランカ山脈のワラス(Huaraz)の郊外にあるコフッフ山荘に移動した.ここは,登山家三井さんと,現地山岳ガイドのクラディオさんのお二人で共同経営していた山荘である.
大変残念ながら,数年前,お二人ともワスカラン山で遭難されてしまった.その意味からも,こんな下手くそな絵にも,私の壮絶な思いが込められている.
<プロフィールマップ;上の図から下の図へ続く;登山する前に作成したもの>
2008年7月14日(火),私たちはブランカ山脈の中程にあるピスコ山(標高5752m)を目指して,出発する.まずは,クラウディオさんのトヨタ製ワゴン車に乗り込む.登山用品や食料品などワゴン車の屋根の上まで一杯に積み込んで,コフップ山荘を出発する.
ワスカラン国立公園事務所で入山手続きを済ませて,リアンカヌーコ谷を遡る.そして,11時36分,登山口に到着する.
ここから,ジグザグの急斜面をひたすら登って,標高4665メートルの地点にあるベースキャンプに到着する.シュラフ,12本爪のアイゼン,ピッケル,カラビナ数本,スリングなど岩登り用の道具一式を背負っての登山なので結構身に堪える.
<ピスコ山全景;左側の鞍部からほぼ稜線沿いに山頂まで登る>
翌日は,標高4665メートル地点にあるモレーンキャンプまで登る.標高が高まるにつれて空気が希薄になるのはやむを得ない.途中,ザレた急坂やヤセ尾根が連続する.そして湖の縁を回り込んで,13時過ぎにモレーンキャンプに到着する.
翌,7月16日(木),深夜1時に食事テントで朝食.標高が高いので食欲不振になっているが,シャリバテではまずいので無理をして少しばかり食べる.そして1時半,冴え渡る月の光を浴びながら,ピスコ山山頂を目指す.私たちは2人一組で現地の登攀ガイドとザイルパーティを組んで登る.
程なく氷河の末端に到着する.ここからが難行苦行の連続である.気温がどの程度か分からないが,カメラのレンズ蓋が凍り付いて開かなくなる.とにかく寒い.アンダー手袋,その上に毛糸の手袋,さらにオーバーミトンと重装備をしているのに,ピッケルを握る指先がジンジンと痛くなる.
6時45分,夜が明ける.ヘッドランプを外してリュックに収める.氷河の急な登り坂が延々と続く.山頂付近では落差20メートルほどの氷壁を登る.ピッケルの刃の付け根まで氷壁に打ち込んで,アイゼンの前爪を頼りに一歩,また一歩と登る.もちろんガイドがセットした支点とザイルで身体を確保しながらの登りだが,それでも緊張する.
8時52分,漸くピスコ山山頂に到着する.ピッケルを深く差し込んで,自分の身体を確保してから,山頂にヘタヘタと座りこむ.山頂から6000メートル級の山々のパノラマが見える.凄い風景である.
空の色はもの凄く濃い藍色である.
<ピスコ山山頂(標高5752m);ザイルで自分の身体を確保して休憩;向こう側は氷河の断崖>
※左から3人目が私ことFHである.
9時25分,下山開始.氷河の急斜面を下山するのは結構大変である.先ほどの氷壁はロープダウン.下っても,下っても,まだまだ先がある.よくもまあ,こんなに登ったものだとウンザリしながら下山し続ける.そして12時12分,氷河の末端に到着する.ここからはアイゼンなし.ホッとする.眼下には緑色の湖が見えている.
<氷河の先端まで下ると眼下に湖が見え出す>
13時10分,漸くモレーンキャンプに到着する.
今日の行動は,これで終わりである.夕食まで休憩である.
<モレーンキャンプ(アタックキャンプ)>
私は,何はともあれ,自分のテントに入り込んで横になる.昼下がりの眩しい太陽がテントに降り注ぐ.外は寒いのにテントの中は実に心地よい温度である.
テントの中から,寝転びながら,外を眺めると,明るい太陽の日射しが向かい側の雪山を照らしている.私は,ノートを取り出して,テントの中から外を眺めながら1枚のスケッチを画きあげる.
身体は疲れ切ってぼろぼろだが,登頂に成功した喜びで一杯である.居心地の良いテントからの情景を,帰国したら,是非,絵に仕上げたいなと思う.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれから,もう4年の歳月が過ぎてしまう.
今年になって,ようやく積年の思いを絵にする気になった.現場で画いたスケッチを見ていると,当時のことを鮮明に思い出す.
私は,その思いを画用紙にぶつけるようにして,この絵を一気に画いてしまう.
荒削りで,平凡な絵だが,私は深い深い思い出が詰まっている.
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さて,展覧会場でご覧頂いた皆様の評価である.
ご覧頂いた方々の半数は,まずテントの中から画いていることを理解して頂けなかった.
「岩穴から画いているんですか・・・」
「何で岩穴の淵に,黒い線があるんですか・・・」
私は,登山経験のない方に,自分の思いを伝えることの難しさを,つくづく思い知らされた次第である.
理想を言えば,自分がこの絵に寄せる「想い」が,ご覧頂く方が登山経験をお持ちかどうかにかかわらず,スッキリ,直裁に分かって頂きたかった.でも,それがダメとなると,私はまだまだ未熟者だということになる.
では,どうしたら良いのだろうか?
このことについては,別途,心ゆくまで「山猫ミャ~との交友録」で取り上げたいと思っているが,およその枠組みは,次の図の通りである.
この図の第1象限は,登山経験の有無にかかわらず,私の絵の意図が伝わるので問題はない.
第2象限,つまり登山経験がない方には伝わるが,登山経験があると伝わらないことって“何”? これは,私自身登山経験があるので,自分では分からない.登山経験のない方の感想や評価を拝聴しなければ分からない.
第4象限は,登山経験がある方には伝わるが,ない方には伝わらない(あるいは分からない)領域である.正に,冒頭の絵が,この領域に入る.テントが分かってもらえないから・・・
さて,これからの私の努力すべき方向は,赤い矢印の合力によって,第3象限の面積を小さくすることである.このことについては,稿を改めて,分析することにしたい.
くどいようだが・・・
私の絵では,山は“単なる遠景や背景”では絶対に納得できない.“オレが立っている”山でなければダメだ.
願わくは,私の絵には,”山の魂”が入っていて,見る方を圧倒しなければならない.
だから,
自分が,実際に汗を流し,苦労して登っている山
自分が実際にこの足で立っている山
山頂の風,音,光,地面・・・・
その他,諸々から受けた感動を全部一枚の絵に描き込みたい.でも,それは極めて困難で永遠の課題でもある.でも,でも,そこに少しでも近付きたい.これが,私の画く絵の願いであり,姿勢でもある.
一見,表面が冷たい氷河や氷で覆われている山頂ても,その山の奥底では燃えたぎるマグマが活動している.沢山の登山者の喜び,悲哀.汗が染みこんでいる.
だから,単なる遠景扱いで描かれた山は,どんなに名画であっても,私には空疎な山にしか見えない.
そこんところを画きたいなと,常日頃,願い続け,迷い続けている.
今,2012年5月18日(金)の朝,3時45分.
明け方の空に雷鳴が轟き続けた.また,高山の頂は荒天だったに違いない.風雪が吹き荒れているかもしれない.山の事故がないことを願っている.
今日一日,午前中はヤボ用で終わる予定である.午後からは近場でも散策しようかなと思っている.
(おわり)
「セピア色の画集」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/2fdad46a7ae64c6817e8a43cad1dc7d1
「セピア色の画集」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/4a043ca6f39b30a657fa5f3f329e3bcb
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