1台めのボタンアコーディオンを手に入れてからというものパイプオルガンへの憧憬がよみがえってしまって、という話を 2台めのボタンアコを手に入れた話 に書いた。
今はインターネットで動画を沢山見ることが出来る。そして履歴から思いもかけない動画がどんどんオススメされる。アコーディオンやジャズやバロックトランペットや古楽のコルネットなどの動画を見ていたら、ポルタティーフオルガンの動画をオススメされたのだ。
ポルタティーフオルガンというのは小さな小さな portative(ドイツ語、ポータブルの意味)なパイプオルガンのことだ。そういえば何年もまえに『貴婦人と一角獣展』を観に行った ときに観た一連のタピストリのうち、「聴覚」は 貴婦人が小さなオルガンを演奏している図(3枚目)だったよ。
俄然ポルタティーフオルガンが欲しくなってしまった!
海外からアコーディオンを買ったのだからポルタティーフオルガンだっていけるんじゃないか?と探すと、ありました。しかし高い。いやアコーディオンだって安かないけど、音数が全然少なくてその値段か .... 。うーむ。少ーし安い キットというのもあったぞ。
と悶々としていたが、オススメ動画の中には演奏のほかに自作しているものもいくつもあったのだ。作れるんだ!パイプが金属のものは厳しいが、木のパイプのものなら木工家具作家の夫が自身の工場で作れるんじゃないか?
と作る方向にシフトして、今度は作ったという人のHPや本を探し始めた。
とりあえず Mark Wicks "Organ Building for Amatures" ↓を手に入れた。これは失敗だった。元々1887年に出版されたものが何度も出しなおされていたようで、この本には元々ついていた筈の別紙の詳細な図版が欠落していたのだ。どうりでアマゾンのレビューがかしましかったわけだ。それにこの本はポルタティーフじゃない。
ポルタティーフじゃない 繋がりでいえば、"Raphi Giangiulio's Homemade Pipe Organ" という個人のサイトには勇気づけられた。
やはり日本語の方が楽だよなあ。
庵月工房さんの【古楽器を作ろう】というサイトの "Portative Ogan" というページが大いに参考になった。
そして、庵月工房の主 黒猫チッチさん氏が参考にしたという 古楽情報誌アントレ に連載されていた 田中司氏の『ポルタティーフ・オルガンを作ろう』の載っているバックナンバーを取り寄せた。
1987年創刊2019年終刊というアントレだが 編集部を閉じたわけではなく、連絡すれば送ってくれるのだ。売り切れた号は連載のページのコピーを送ってくれた。これでなんとか作ることが出来る気がしてきた! 編集部の品川氏に、わたしはかつて植田義子氏にパイプオルガンを教わった ということを話したら、僕は植田氏にリコーダーを教わったよ、との返事。なんか嬉しくなってしまった。現在は編集部は長野県に移ったようで(それなりに遠いとはいえ)お隣の県だという親しみも湧いた。
↓送ってもらったアントレのごく一部。なんか見覚えのある絵だな、と思ったら手持ちの グスタフ・レオンハルトのオルガンのCDのジャケットと一緒だった。どうやらこの絵は1722年に出版された Johann Christoph Weigel "Musicalisches Theatrum" という色々な種類の楽器とそれを演奏している人の いわゆる「楽器尽くし絵」に収められているらしい。ちなみにこのCD Gustav Leonhardt "Johann Sebastian Bach ORGELWERKE:BWV 565, BWV572, BWV533, BWV548, 4 Leipziger Chorale" は廃盤になっている。
↓これも黒猫チッチ氏が参考に挙げていた H.F.Milne "How to Build A Small Two-Manual Chamber Pipe Organ" の翻訳本だ。原著は1925年、日本語翻訳本『小型パイプオルガンの作り方:二段手鍵盤chamber organ建造の実用的案内書(調律・整音法を含む)』は1980年出版で、運よく翻訳本を手に入れることが出来た。
パイプオルガンは古くから存在する楽器なのでなんというか時間的スパンが長い、という印象を持った。動画等を見ていると、最近の盛り上がりは何年かまえにあったんじゃないか、という気がした。その時期だったらもうちょっと楽に資料を集められたのに、と思う一方、YouTube でイタリアから Nippocast 氏が "How to Build a Prtative Organ" というポルタティーフオルガン製作動画を順を追ってアップしている最中なので、一過性のブームではないと思う。少人数だがいつもどこかで誰かが熱を入れているのだと思う。
というわけでおっかなびっくりポルタティーフオルガン作りに取りかかる。
パイプオルガンはそれぞれの音程の鳴る笛(パイプ)がずらりと並んでいて、鍵盤を押すとそれに対応するパイプが鳴る楽器である。空気を送る仕組みは色々あるけれど、ポルタティーフオルガンは片手でふいごを操作する。
要するにパイプありきなんである。ということで、パイプの試作から始めた。
田中氏のテキスト通りにパイプを作ってみたがどうもピンと来ない。テキストではパイプの断面は正方形だけれどもネットで見るものは奥行きが長いパイプなんである。それで試しに作ってみた。↓両方のパイプの吹き比べ。
奥行きの長い方の音が気に入ったのでそちらを何本も作る。作りすぎたかもしれない。
パイプは2列に並ぶが鍵盤は1列に並ぶ。鍵盤を押したときだけその音のパイプに空気が通るための流路を3枚の板で作る。これを考案した昔の人、頭いい!
板に本体の側面のデザインを写す。
本体を組み立てる。
鍵盤を留める棒や左右にずれないための棒を打つ。釘の頭は後で切り落とす。
鍵盤を切り分けて、上のパーツを貼り付ける。
貼り付けた鍵盤とパイプ1本を試しに本体にセットしてみたところ。
パイプをチューニングする。慎重に切り落としてゆく。切ると音は高くなる。
高さの順にパイプを並べてみたところ。
どうも高い音はよく鳴らない。それで一番最初にテキスト通りに作った断面が正方形のパイプを高い音に使うことにする。
断面の長方形のパイプと正方形のパイプの高い音の吹き比べ。
パイプを塗装する。
本体も鍵盤も塗装し、パイプを全部挿したところ。
ふいご用の革にベニヤを貼り付ける。
折り畳んで厚くなるところの革をそいで薄くする。
ベニヤの枠も革に貼り付けて立体的にふいごを畳む。
パレット。
鍵盤を押すとパレットが下がる。ピアノ線を曲げて作ったバネをはさんで本体に取り付ける。
高い音のパイプは思ったより高くなってしまったので、木っ端を貼り付けて少しだけ音を下げる。
いちおう完成した初号機の後ろ側。ふいごを押すときしか音が出ないのがアコーディオンと違う。木工は夫の専門だけれど、専門外の革や金属をああでもないこうでもないとやり取りするのは楽しかった。メインの材はカバで鍵盤の色の濃いのはブラックウォールナットだ。思ったより重く、10kgになってしまった。膝の上に置くのはちょっとつらい。
長い記事だがこれでもずいぶん端折ってアップしている。
じつは作業した日の分ごとにツイートしていたものをツイッターのモーメントにまとめたので、そのリンクを貼っておく。「ポルタティーフオルガン初号機」モーメント
この楽器は音が1オクターブちょっとの18音しかないいわゆる試作品だ。
ふいごの革はもっと薄いもののほうがよいな。パイプの断面は2種類しかないけれど、音程に合わせて太さをグラデーションさせてみたい。パイプの上端の閉まっているゲダクトパイプというのも作ってみたい。パイプの歌口の形状なども実は色々種類があるので、そこも調べて試してみたい。
など色々思うところはあるが、取りあえず演奏を楽しんで、次はどういうオルガンを作るかゆっくり構想を練りたい。
讃美歌312番「いつくしみふかき」のAメロ
ペツォールト(J.S.バッハ伝)「メヌエット」
ヘンデル「調子のよい鍛冶屋」
盛り上がってついふいごを強く押してブロウすると、下のEはひっくり返ってしまう。楽器のご機嫌をとりながら演奏しなければならないな。
「ウンガレスカ」
J.P.ケルナー「神の御業はすべて善し」のイントロのみ
音程がちょっとずれていたり、ふいごへの圧力のかけかたで音程が変わってしまったりするんだけれど、なんか可愛い。
思ったより音が大きくて、弾いているとだんだん左耳がじんじんしてくるのがちょっと困るかな。
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