まだ子育て真っ只中ではあるんですが。
息子が受験の年に、娘が中学入学の年、私は離婚した。
それも4月に。
この2人を守らなくては。
その思いはゆるぎなかった。
この男といても、ろくなことはない。
交通事故を何度も繰り返し、消費者金融も何度言っても治らない。
不治の病とか呑気な事を言ってる時間も無かった。
未だに答えは見えない。
子供達は本当は離婚した事をどう思って、どう感じているのだろう
たまにそう思う。
息子の反抗期、結果1人で戦う事となる。
馬乗りになり平手打ちした事もあるし。
死ねと繰り返され、息子にだったら母ちゃんを刺してくれと言った事もある。
余りに続く反抗期に。
やはり、父親にはどんな形でもいて欲しかったのだろうかと葛藤し。
名字が戻せる期間(離婚後3か月以内)にもう一度子供達と話をした。
母ちゃんは将来、もしおっさんが借金や事故をして何らかの弁済が必要になった時、同じ名字で実子となれば助けてくれと言って来るんじゃないかと心配して、母ちゃんの名字になるかって相談して、結果2人は母ちゃんの姓を名乗ってくれているけど。今なら**姓に戻せる。それと、もし本気で母ちゃんと生活するのが鬱陶しいし、本気で死んで消えて欲しいと思っているのなら、向こうの家と養子縁組してくれてもいいのかなと思っている。そんな話もした。
振返れば、その時々が親子で必死で。
親子だから言ってはいけない、投げつけてはいけない言葉をストレートにぶつけられ。
特に息子は人づきあいが苦手。
だから、友達という存在が上手く作れず。
中学も先生とうまく行かず。
高校は進学できたものの、思っている生活じゃないと言いだし、中退を口にし出し。
そのたびに、“中卒”になってしまうと今後の一生の就職に関わってしまうリスクもあると言う事を説明し。
そうすると激高した息子にまた死ねと。
そんな息子が大学に進学した。
上下関係も今は経験中。
3月から始めている人生初のバイトも上下関係・横のつながりに迷いながらも続いている。
4年ほど続いた息子とのBATTLE。
たまに起こる娘とのBATTLE。
今は穏やかと言えよぅ。
息子が引きこもりなんじゃないか、発達障害があるんじゃないかとさんざん悩んだ。
なんせ、人の気持ちを察するとか、今それは言ってはいけない言葉だろうとか、その辺が一切理解できていない様子だったから。
けど、学校の先生からは優しい子ですよ。とか言われ。
その言葉にジレンマを感じて。
未だに、これでよかったかは分からない。
けど、離婚した事で、誰を当てにするわけじゃなく。
精神的ストレスは解放されている。
たまに父親面して来る男に腹立たしく思うけど、養育費を1円も払っていないこの男に1日2日程度の遊ぶ費用位出して貰えと子供達に言っている(笑)
あのしんどかった日々が、嘘のように。
今は穏やかである。
そして、息子も娘も日々の出来事を煩い位に話してくれる。
何なら同時なので聞き取れない。
してやれなかった事、沢山あり過ぎてね。
親子で夏休みに旅行に行った事もない。
これはたまに不機嫌な息子が捨て台詞の様に言う事が未だにある。
精神力との闘いの日々も、穏やかな時間で振り返る事が出来始めたのかも知れない。