「反西側陣営の結束を強めて世界の枠組み再構築を加速 」
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福島 香織のプロフィール
ふくしま・かおり)
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。
2009年に産経新聞を退社後フリーに。
おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。
主な著書に『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス、2020)、『習近平の敗北 紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス、2020)、『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所、2013)、『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋、2011)などがある。メルマガ「中国趣聞(チャイナ・ゴシップス)」はこちら。
◎Wikipedia
◎Twitter:@kaori0516kaori
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ゴールデンウィーク中、ロシアの民間軍事会社ワグネルのトップ、プリゴジンがロシアのジョイグ国防相やゲラシモフ参謀長を呼び捨てにして激怒しながら罵っている動画がツイッターで拡散されていた。
米ワシントン・ポスト紙(5月14日付)によれば、チャットアプリ「ディスコード」に流出した米軍機密文書の中に、プリゴジンが今年(2023年)1月、ウクライナ側にロシア軍の位置情報の提供をもちかけていたという情報が含まれていたという。
ワグネルといえば東部ドネツク州バフムトの露軍側主力部隊であり、犠牲を多く出しながらもこれまで戦線を維持してきた。
だがプリゴジンは、ウクライナ軍がバフムト周辺から撤退することを条件に、露軍の位置情報提供を複数回にわたって提案していたそうだ。
ウクライナ側はプリゴジンを信用せず提案を拒否したとも伝えらている。
これが事実ならば、プーチンは味方と思っていた部隊からも裏切られ、いわゆる雪隠詰め(せっちんづめ)の状態で、敗戦まで秒読みではないか、という憶測も出てくる。
同時に、追い詰められたプーチンが「死なばもろとも」とばかりに戦術核兵器を使用するのではないか、という恐ろしい予測を口にする人もいる。
さて、そんなプーチン
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の救世主になるか、あるいは引導を渡すのか、と注目されているのが、5月16日からキーウに派遣されている、中国のユーラシア事務特別代表で元駐ロシア大使の李輝だ。
習近平
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の「平和の使者外交」が具体的に動き始めたことになるのだが、この試みは果たして成功するのだろうか。
〇追い詰められたプーチン
昨年(2022年)11月、ロシア軍はウクライナ・ヘルソンから撤退し、ドニエプル川左岸まで後退したのち、冬の到来とともに事実上の戦線凍結となった。
だが5月に入り、今度はウクライナ側が反撃開始。
バフムトはロシア軍に数カ月にわたって包囲されていた都市だが、ウクライナ軍は都市周辺を17.3平方キロメートルにわたって奪還に成功したと発表した。ロシア軍側も防衛線の後退を「再編」という表現で認め、また前線で2名の将校が命を落としたと発表している。
このとき、プリゴジンは「ロシア軍は逃亡した」と痛烈に批判。
メディアの取材に対して「弾薬が70%不足している。ショイグ、ゲラシモフ、弾薬をよこせ!」と国防省と参謀長を呼び捨てで罵った。
この衝撃的な動画は、ロシア軍がすでに壊滅状態であることを明らかにし、バフムト奪還戦によってこの戦争にいよいよ決着がつくのではないか、と国際世論に思わせることになった。
ただ、同時に追い詰められたプーチンがベラルーシに配備した核弾頭搭載ミサイルを使用するのではないか、という懸念も広がっている。
5月19日から広島でG7サミットが開催されるタイミングが危ういのではないか、という声もある。
〇中国の「平和の使者」外交の本当の狙い
そういう緊張感の中で始動した中国の「平和の使者」外交は、どこを着地点とするのだろうか。
北京当局の発表によれば、李輝はウクライナ、ポーランド、ロシア、フランス、ドイツなどを歴訪し、ウクライナ危機の政治的解決に向けた関係国との調整を行うという。
李輝は、まず5月16、17日にウクライナ・キーウを訪問し、19日にポーランド・ワルシャワに入るという。
ポーランドは最もウクライナの味方となっている国だ。
李輝は次にフランス、ドイツのEUの大国に訪れて、中国の代表として和平の協力を懇願する模様だ。
おそらくは最後にロシアを訪問して、プーチンに各国との交渉の中身を報告するのではないか。
ロシアは、習近平の「平和外交」に関しては必ずしも全面的に賛成してはいないようだ。
習近平とゼレンスキーが初の電話会談を行った4月26日、中国が特使を派遣することが決まったが、プーチンはそこはなとなく不満をにじませ、同日、ロシア外交部が発表した声明では「ウクライナ当局と西側の支持者たちが、ロシアの平和の提案を妨害している」と非難し、「キーウは、政治的、外交的手段で危機を解決しよういう措置を拒絶した」と主張した。
こうしたロシア側の反応を眺めながら、中国は今回、キーウとモスクワを含む関係国、周辺国への李輝の派遣を決定した。
だが狙いはおそらく、ロシア・ウクライナ戦争の終結以上に、和平外交のスタイルを借りて米国とEUの分断を図り、“反米グローバルサウス”チーム
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の結束を固めることではないだろうか。
〇李輝が特使に選ばれたことの意味
李輝はすでに70歳を超えているが、10年の駐ロシア大使経験を持ち、外交官としての評価は高い。
2019年にロシアから帰国する際には、プーチンから友誼勲章を受け取っている。旧ソ連時代から合わせるとロシア勤務は16年に及び、ロシア語堪能でロシアの芸術文芸にも造詣が深い。帰国直前にタス通信に寄稿したエッセイでは、ロシアの文化と民族に対する深い敬意と憧憬を語っていた。
李輝が特使に選ばれた時点で、習近平の「平和外交」の立ち位置がプーチンサイドにあることは明らかだろう。
ウクライナ外務省は米国テレビNBCを通じて、李輝にはすべての当事者と公正かつ効果的にコミュニケーションを取るように望む、とする声明を発表しているが、これは要するに、李輝は必ずしも公正中立な立場ではない、と考えているということだろう。
BBCがこの件に関して、ニューヨーク州立大学オールバニ校の陳澄教授のコメントを紹介していた。「李輝を特使に選んだことで、中国はロシアに一粒の精神安定剤を与えたと言える。ロシアの憂慮を、ある程度打ち消すことができただろう」。
西側国家としては中国がどれほど本気で和平に向けて調停する意思があるのか懐疑的にならざるを得ない。
ただ、EUが本気で停戦を望んでいることは間違いない。
中国に寄せられる期待は、中国が何かアクションを起こすたびに盛り上がるだろう。
陳澄によれば、「中国は理想的な中立の調停者ではないかもしれないが、西側諸国が全面的にウクライナ寄りであることを考えれば、ロシアが交渉テーブルの席に着くには、中国の介入は必須条件ではないか」という。
中国は2月に「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」として12項目の条件を提示している。
その条件にはロシアのクリミア撤退は含まれていない。プーチンの立場を守るためにこの条件を最後まで維持できるかが、1つの注目点だ。
〇和平を提案する南アフリカの動き
中国は李輝の特使派遣前に、秦剛外相を5月8日から4日間の日程でドイツ、フランス、ノルウェーに派遣している。
一方で、サウジアラビアとイランの和平調停を継続して外交実力をアピール。さらに、アフリカなど途上国をこの和平調停で中国、ロシア側の味方につけようと動いている。
ポイントはおそらくこのあたりで、戦争の調停にたとえ成功できなくとも、アフリカはじめ途上国チームを親中国・ロシアサイドにまとめ上げることが1つの成果と考えているかもしれない。
南アフリカのラマポーザ大統領は5月16日、ケープタウンを訪問していたシンガポール首相のリー・シェンロンと共同記者会を開いたときに、ロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領それぞれに電話をかけて、和平への提案を行い賛同を得ていることを明らかにした。
ラマポーザ大統領によれば、ザンビア、セネガル、コンゴ共和国、ウガンダ、エジプト、南アフリカの6カ国で調停代表団を構成し、各国元首とともにモスクワとキーウを訪れて集中討論をしてはどうか、と提案したという。
さらにラマポーザは国連のグティエレス事務局長とアフリカ連合(AU)にこのイニシアチブについて簡単な報告をして、賛同を得ているともいう。
ただ米国と英国はアフリカ諸国による調停計画に対しては慎重な態度を示している。
ラマポーザは具体的なタイムテーブルは示していないが、ロシアとウクライナの衝突による破壊的な影響でアフリカも苦しんでいるのだと説明。
戦争が食糧穀物価格の上昇を引き起こし、アフリカ諸国がマイナス影響を受けているとしている。
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〇南アフリカは中国と連携か
ちなみに米国は、南アフリカがモスクワに武器を供給している、と非難している。
駐南アフリカの米国大使のルーベン・ブリゲティによれば、ケープタウンの海軍基地から武器弾薬を搭載した貨物船がロシアに向かったことを米国側は確認しているという。
ラマポーザはこの件について調査を行い、適時に(調査結果を)説明する、と語り、真相はうやむやのままだ。
だが、プーチンは5月12日にラマポーザと電話会談し、互恵関係強化に合意した、と発表。
ロシアメディアは同15日、南アフリカ陸軍のローレンス・ムバサ中将率いる地上部隊がモスクワを訪問し、ロシア軍との軍事協力・交流について話し合ったと伝えている。
南アフリカはじめアフリカ諸国がロシアとキーウの間に立って和平調停を行うということについて言えば、おそらくはロシアサイドに立つ中国と連携する動きをするのではないか、と見られている。
ちなみに今年8月に南アフリカ・ヨハネスブルグで開催予定のBRICS
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サミットでは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ5カ国がBRICS共同通貨を創設することで米ドル機軸に対抗していくことが主要議題に挙げられている。
どこまで現実味があるかは別として、中国とロシアが、ブラジル、南アフリカなど新興国およびアフリカ途上国や中東を含めた朋友圏を形成して、米国陣営の対中、対ロに対する経済デカップリングや経済制裁に対抗していく方向で様々な布石を打っていることは周知のとおりである。
〇習近平の平和外交が加速する世界の枠組み再構築
ロシア・ウクライナ戦争の終結のあり方は、単純にロシアが勝つか、ウクライナが勝つかではなく、西側秩序が国際社会ルールとして維持されるか、それとも潜在的反米国家グループによる新たな国際秩序の台頭を許すかの分かれ目でもある、という見方がある。
これは、習近平が3月にモスクワでプーチンと会談した際に発表した共同声明で、グローバルサウスとの協力強化および欧米主導の国際秩序とは違う新しい枠組み構築への意欲をにじませていたことからもうかがえる。
李輝特使による和平外交によって、本当に戦争が終結するかは不透明だが、中国にとっては、実は戦争が終結することよりも、西側秩序の全面勝利に終わらせないことが重要だ。
少なくともプーチンを戦犯とするような着地点は中国にとって避けねばならない。
習近平の平和外交始動によって戦争は終わらないかもしれないが、世界の枠組み再構築の動きは加速されるものとして注意が必要だろう。