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工藤卓哉
マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー
フォロー
くどう・たくや/マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー、QuantumBlack 共同統括 兼 テレコム・メディア・テクノロジー(TMT)セクターのグローバルリーダシップチームメンバー。
慶應義塾大学を卒業し、コンサルタントとして活躍後、コロンビア大学大学院で経済政策を学ぶため渡米。
同大学院で修士号を取得後、ブルームバーグ政権下のニューヨーク市で統計ディレクター職を歴任。
在任中、カーネギーメロン工科大学情報技術科学大学院で工学修士号も取得。2011年よりアクセンチュアデジタルの創業メンバーとしてシアトルオフィスにてグローバルのデータサイエンスCOE統括兼北米統括を歴任、KDDIの合弁会社ARISE analyticsではChief Science Officer (CSO)兼取締役を務める。
2021年5月よりマッキンゼー・アンド・カンパニーに移籍、シアトルオフィスにてパートナーに着任後、11月に日本に帰国。
現在はマッキンゼー・アンド・カンバニー関西オフィス所属。
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大規模言語モデル(LLM)を搭載した対話型ジェネレーティブAIの「ChatGPT」が世界を席巻している。
利用者はリリースからわずか2カ月で1億人を超え、さまざまな業種やサービスで利用が進んでいる。
データサイエンティスト/経営コンサルタントとして活動する筆者は、技術的な進歩に目を見張る一方で、「自分のような職種も危ない」と危機感を禁じ得ない。
その真意をお伝えしたい。(マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー 工藤卓哉)
〇専門職の存在すら脅かす
ジェネレーティブAIの驚異的進化
AIや機械学習の研究・開発を行う米国の非営利法人「OpenAI」が2022年12月に公開したLLM搭載のジェネレーティブAI「ChatGPT」が世界的な話題になっている。わずか2カ月でアクティブユーザー数が1億人を突破するなど、もはや社会現象と言っても過言ではない。
大規模言語モデル(LLM) が台風の目になりつつある中、筆者は国会議員らによる「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」にエキスパートとして参加し、AIに関する論考執筆に寄与する機会を得た。また、OpenAIのサム・アルトマン(Sam Altman)CEOが来日した際に対談する機会を得た。
本稿では、これらの機会を通して思案した、LLMが社会に与える影響について語っていこう。
ChatGPTについては、学習データの偏りに伴う正確さに欠く回答、機密情報の漏洩(ろうえい)リスク、既存コンテンツへの権利侵害、論文試験などへの悪用など、加熱するブームを批判的に捉える意見がある。
一方で、難関で知られる米国の医師免許試験や司法試験の模擬テスト、世界有数のビジネススクールであるペンシルベニア大学ウォートン校のMBA試験をクリアするなど、その性能の高さを肯定的に捉える向きも多い。
米国時間の2023年3月14日にリリースされた最新LLM「GPT-4(Generative Pre-trained Transformer 4)」を搭載した新バージョンでは、GPT-3.5を搭載した前バージョンよりも、データの規模、性能、信頼性がさらに高まっており、文字に加え画像も扱えるようになった。
マイクロソフトの検索エンジンBingをはじめ、ソフトウエア開発ツール、クラウドサービス、議事録作成サービス、言語学習アプリなどへの統合も進みつつあり、その用途は広がるばかりだ。
筆者は機密性が高い情報を扱う仕事柄、データ分析やコンサルティングに直結する業務に用いることはないが、統計資料や海外文献からデータを引用する際などにChatGPTを使用することがある。
回答内容に多少の粗があったとしても、人に頼めば数日は要するであろう調査レポートをわずか数秒でまとめることができるのは驚くほかない。
プロンプトで指示すれば引用元となった文献を示してくれさえする。
24時間365日、いつでも質問に答えてくれる有能なコンシェルジュが身近にいるようなものだ。
〇ChatGPTを使ったデータサイエンティストが
覚えた「一抹の不安」
ただ、ChatGPTに代表されるLLMを使ったジェネレーティブAIの急速な進歩を見ていると、期待感に胸が躍る一方、一抹の不安を覚えるのも確かだ。
今後、さらに技術が進み学習データの種類や量が増えていけば、デジタル化が進んだ領域ほど効率化が加速する。
その先にあるのは職業の選別と淘汰(とうた)だ。
AIに取って代わられる仕事として、事務員や運転手、医療分野の読影技術者などの名が挙がることがあるが、経営コンサルタントも例外ではない。
弁護士や公認会計士などと並び、専門知識や論理的思考力、分析力を武器に高額な報酬を得ている経営コンサルタントは、むしろ最も存在が危ぶまれる職種のひとつといえるだろう。
というのも、調査・分析といった経営コンサルタントの強みは、まさにジェネレーティブAIの強みと一致している。
ジェネレーティブAIの能力は、すでにアウトプットのスピードや情報量の面で人間には太刀打ちできないレベルに達しており、ナレッジワーカーの仕事さえ奪う可能性がある。
そういえる理由を、ざっくりと解説していこう。
〇ChatGPTの台頭で
「経営コンサルすら失職」の恐れ
筆者が所属するマッキンゼーを例に挙げると、経営コンサルタントは、
①まずクライアントとの打ち合わせを行い、要望や問題点をヒアリングする。
➁ 次に、クライアントから提供された情報をもとに、問題に関する調査・分析を行う。調査・分析の対象は、市場のトレンド、先端技術の動向、クライアントの市場における優位性など多岐にわたる。
➂ そして、問題の分析結果をもとに、クライアントに解決策(施策や戦略など)を提案する。
解決策は、クライアントの要望や目標に沿って、具体的かつ実現可能なものでなければならない。
④ 提案した解決策がクライアントに受け入れられた場合は、その解決策を実行するための支援に移る。
支援の内容は、クライアントの組織体制の変更や、新しいビジネスモデルの導入などである。
解決策の実行に当たっては、定期的な報告や評価を行い、必要に応じて修正を加えていく。
だが、このプロセスのうち、デジタル化されたデータの調査や分析はChatGPTでも対応できる。
まだ紙でしか存在しない資料でも、ChatGPT4からは読み取りが可能になるなど、調査・分析能力も劇的に向上している。
ChatGPT4以前は幾何学などの図形の読み取りに対応していなかったが、現在はGREやGMAT(経営学修士などを取得する際に課される試験)などで「ほぼ満点」が取れるレベルにあるという。
今後さらに精度が上がれば、コンサルタントが数日~数週間かけて取り組んでいる情報収集・傾向分析・市場調査・ベンチマークなどは、ChatGPTによって数秒でできる世界が来ると筆者は危惧している。
2013年、米国の発明家レイ・カーツワイルが「2045年までに人間並みの知性を誇るAIが登場する」と予測した。
この「シンギュラリティー」(技術的特異点)が本当に起こるのか、現時点ではわからない。
しかしジェネレーティブAIの急速な進化の過程を見る限り、絵空事だとは断言できないはずだ。
時間の経過とともにAIが人間に優る領域は確実に増えるが、過去の膨大なデータからいくら学んだとしても、人間を超えることが難しい領域はある。
とりわけ、常識外のひらめきや、前例のない取り組み、長年の修練によって体得した技能や感覚などを必要とし、かつ身体性と深く結び付いた領域は、しばらくは人間にしかできない独壇場だろう。
たとえばDXや企業変革を実現する方法論はすでに山ほど存在する。
AIに尋ねればたちどころに成功事例や失敗事例を挙げつつ、最適な答えを導き出してくれるだろう。
しかしAIには企業のガバナンスや組織のカルチャーを変える力はない。
導き出された答えを実行するのはあくまでも人間だからだ。
AIが人間に優るのは蓄積された膨大な知見の中から特定のパターンや特徴を抽出することであって、人間はその能力を最大限に利用し、非線形の成長をゼロから生み出すことに注力すべきなのだ。
〇ChatGPTが進化する一方で
いまだ「アナログ至上主義」の日本
しかし、日本の現状はかなり厳しいと言わざるを得ない。
AIをはじめとするデジタルテクノロジーの活用が進む国々と比べて、旧態依然とした規制や慣行が横行しており、活用段階に移行するまでにいくつものハードルを乗り越えなければならないからだ。
21世紀の今日に至っても、いまだ行政手続きにフロッピーディスクによる提出を要求したり、ダムや河川の点検を目視で行うことを義務付けたりするような、行政府による「アナログ規制」がいまなお約1万項目も存在しているのをご存じだろうか。
もちろん時代の流れに合わせ政府はこれらの規制を随時撤廃していく方針を打ち出しているが、その歩みは決して速くはない。
また日本の未来を担う子どもたちも厳しい状況に直面させられている。
定期試験などの際に、辞書やノート、計算機の持ち込みを認めない学校が依然として多いことからもわかる通り、日本ではいまだ思考力よりも記憶力を重視した教育がはびこっており、教師も親も創造性よりもテストの結果や偏差値にばかり気を取られている。
一方、北米ではどうか。
冒頭で述べた通り、筆者はOpenAIのサム・アルトマンCEOと対談する機会があり、その際に米国での現状を直接聞いてみた。
〇99%の努力をAIに任せ
人間は1%のひらめきに全力投球
すると、「米国では7割近くの教師が『学校でChatGPTを活用する』または『活用の方向で検討している』というアンケート結果があった」と話してくれた。詰め込み教育を重視する日本とは真逆である。
基礎知識を問うような部分は、ChatGPTを活用して学習することを奨励し、子どもたちにより深く考える技術、想像する力を育もうとしている姿勢が垣間見える。
むろん企業の中にも効率化を阻む要因は少なくない。
ファクスを使ったコミュニケーションや稟議書や申請書に押印を必要とする業務プロセスは、コロナ禍を経てかなり減った。
しかし、システムをまたぐ情報共有をするたびにデータを手入力する必要があるような生産性が著しく低い業務はいまだ存在する。
こうした国内のデジタル化の遅れは、国力の低下と賃金の低さとも密接に関わっている。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2022年に発表した「世界デジタル競争力ランキング」において日本は前年の28位から29位へと順位を落とした。2021年の平均賃金はOECD加盟国中24位であり、先進7カ国中最下位だ。
経営者や中間管理職に心していただきたいのは、ジェネレーティブAIを自社の成長に取り入れたいと思うのであれば、
その前に、古びた規制や慣習を見直し、変革を断行する気概が必要だということだ。
それがあって初めて人間はクリエイティブな仕事に時間を割けるようになる。
19世紀から20世紀にかけて活躍した発明王トーマス・エジソンが「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」と言ったのは広く知られた話だ。
だが、21世紀においては、これまで人間が担ってきた99%の努力をAIに任せ、人間は1%のひらめきに全精力を傾けることが可能な時代になる。
豊かで創造的な社会を築くためにも、いますぐ人間がやるべきこと、AIに任せるべきことを峻別し、新たな時代を迎え撃つ準備に取り組むべきだ。
https://diamond.jp/articles/-/322333?page=5