本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

悪徳政治家。

2009-08-06 08:57:38 | 社会
橋下大阪府知事が先日某テレ朝のインタヴューに答えて「悪徳政治家」という言葉を使っていたのに触発されて、ああ懐かしい言葉だと故埴谷雄高の長編小説『死霊(←作者はこれを《しりょう》ではなく《しれい》と読めと言っている)』のことを思い出した。これは「sad,bad,glad,mad」の四兄弟がそれぞれ各章で繰り出す「心情吐露」が中核になっている観念小説で、ここにサッドは主人公三輪与志、バッドはその兄で病床に臥す三輪高志、グラッドは24時間不眠で処狭しとあちこち駆けずり回る首猛夫、マッドは黙狂・矢場徹吾という構成であるが、彼ら四兄弟の父親が「悪徳政治家」と呼ばれた「三輪宏志」なのである。ここでふと私が思うのは「悪徳政治家」の反意語は何だろうかということである。「善良政治家」かな?そんな言葉あんまり使わないというか、聞かないよな。笑。そもそも「善良なる政治家」が存在するなんて我々一般人が(はあ?)安直に信じているとは到底思われないし、「政治の言葉」というか、彼ら自称政治家らが日々臆面も無く繰り出す歯の浮くような「美辞麗句」というものに、とてもじゃないけど我々は「厚き信頼」など置いていやしないのではないだろうか。第一彼らは常に自らの政策を「自画自賛」し、翻っては政敵の政策は罵倒しまくって、結局は「俺だけが正しくお前はアホだ」と根拠薄弱なまま自らの正当性だけを声高に叫び続けるのが常態であるから、何が下品と言ってこんな下品な種族はいない。何が悲しくて裏で何をやっているか知れないあんな者たちに自分と自分の親兄弟や祖国の将来等々を託さなければならないのか甚だ疑問である。更に言ってしまえば、とりわけこれまで何十年もの間政・財・官の癒着構造にどっぷり浸かり切りの「自民党なんかもう要らねえよ。おとつい来やがれ」ということなのである。これは「二大政党制」などという「高尚な」議論以前の前近代的な「オラが村サ」の醜態なのであって、つまりは彼らなどは私の美学(?)に全くそぐわない人たちなのである。ぁそ。そういうわけで、先日の火曜日はトビタの洋画を見て来たので(途中涼しくてよく寝てしまっていたが)これも何か書けたら書きたいという今日この頃である。暑いのである。あちゃ。 . . . 本文を読む