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・ダイアナ妃が日本で召しあがるのは、
フランス料理が多いのであろうか。
私はぜひ大阪名物のうどんを召しあがっていただいて、
宝塚歌劇をお見せし、
ちりめん、友禅の反物をおみやげにさしあげて、
これでドレスをお作り下さい、と、
いろいろ考えていたのであるが、
おもてなし方法について、
誰も私に聞きに来なかったのは残念である。
それで思い出したが、
このほど、大阪の清文堂というところから、
「花の下影 幕末大阪の食いだおれ」
というカラーの大型本が出版された。
原本は最近、芦屋の旧家から発見された、
珍しい三巻本の大坂食べ物ガイドである。
誰が書いたか不明だが、
彩色もあざやかで保存状態もよく、
画風は洒脱で暖かい。
朝日新聞が写真版にして紹介したが、
本になるまで、こんな綺麗な色がついているとは、
私も思わなかった。
歴史家の岡本良一先生は、
この本の考証をされて、
制作は元治元年前後ではないかと推定していられる。
1864年、
この年は私の母方の祖父が生まれた年で、
祖父は、「元治は元年しかない」と、
妙なことを自慢していたから覚えている。
明治になる四年前で、
物情まことに騒然、
東では天狗党の乱があって、
京では新撰組が池田屋を襲い、
禁門の変から京都は大火事、
はては長州征伐に、
四国連合艦隊の下関砲台占領という、
めまぐるしい時期、
そういう時代に「花の下影」の作者は、
大坂、および、大坂近郊のうまいもんを食べ歩き、
スケッチしているのである。
のんびりした人もいるものである。
尤も江戸や京都と違い、
大坂で直接、維新動乱の余波をかぶることは少ないけれど、
政治人間なら、毎日血沸き肉躍る、というような時代、
この作者は、食べ物に血沸き肉踊らせていたらしい。
作者は一流料亭も、また赤のれんの屋台、
あるいは船頭相手の上燗屋も、もれなく画帳におさめている。
八百屋も魚屋も描くが、
当時は人に忌まれた獣肉にも興味しんしん、
鹿肉を売る店のスケッチもある。
鹿肉は店を構えず、
道ばたでむしろを敷いて、
手拭いを頬かむりした男が、
あやしげな提灯の下で売っている。
さきほど、大阪名物のうどんといったが、
この画帖で見ると、そばとうどんは半々ぐらいで、
大坂人も、そば好きだったようである。
うどんが大坂専売とはいえない。
甘いものは餅、菓子、饅頭、せんべい、ぜんざい、
甘酒白酒、大福餅、金つば、焼餅、落雁にこんぺいとう、
ようかんに岩おこし、さつま芋、いり豆腐・・・
何でもある。
すし屋はむろん、
茶漬屋、釜めし、蓮めし、ごもくめし、麦とろ、
どじょう汁の店、ふぐ汁、おから汁の店。
川魚料理は、網島の「船宇」
梅が枝町のすっぽん屋「連枝屋」
うなぎの「井家音」
生洲で有名な「大与」
海魚は新鮮なものが毎日入ることとて、
鯛、ふぐ、たこ。
一流料亭は生玉(いくたま)の西照庵、
石町の三橋楼、
新清水石段下の浮瀬(うかむせ)など、
鳥も食べられたようで葱など見えるところは、
鳥葱の串など焼いたのであろうか。
また屋台の燗酒屋が多い。
この作者、燗酒とか屋台店の描写になると、
人物もにわかに生彩を帯びる。
酒は剣菱、池田伊丹の酒がよく書かれているが、
腰掛酒も多いから、
安酒もいろいろ出まわっていたことと思われる。
酒も安ければ、魚にも安いものがある。
松屋町の「三八商店」、
提灯に生魚あり、店内のビラには「安売り三十八文」とあって、
鯛やあわびが並んでいる。
均一三十八文らしい。
亭主が魚をさばいているのを待つ客、
腰に一本長いのが見えるから侍だろうか、
着流しで、背中には子供を背負っている。
しかも右手には岡持ちのごとき、
フタつきの買い物箱を掲げて、
いかにも大坂侍の面目躍如である。
女も味噌屋へ買い物にいったりしているが、
商家のいとはん風の娘が、丁稚と女中を連れて、
お茶漬屋へ入るところもある。
この店は一人前六十四文とあり、
大豆入りの茶めしにお煮しめ、
豆腐汁というような献立だったらしい。
そば十六文にくらべると、
ちょいとした値である。
町人の町・大坂ではあるが、
侍もちょくちょく描かれ、
おかしいのは、甘いもの屋の店先で、
店内をのぞきこんでゆく侍。
あんがい、上方侍には甘いもん好きが、
多かったのかもしれぬ。
酒をかっくらう侍は、
薩長土肥の連中だったのであろうか。
もう一つ、目につくもの。
アベックなんですよねえ。
この政情不安もどこ吹く風と、
二人連れが、橋のたもとの一膳めし屋の屋台に、
首をつっこんだり、商家の手代と女中さんらしい。
小田巻むしで差し向かい、
一本つけたりして、楽しんでる。
「老松」の見える鯛みそ屋、
心斎橋の涼み茶店で売る甘酒、
新町橋の煮売屋の店先でお燗される徳利、
提灯を持って並んで新町廊さしてゆく町人と侍、
雪の日の空堀(からほり)の牡丹屋。
もう、いやになるくらい、
おいしいものを大坂人は楽しんでたのだ
この本には、文章は一行もない。
最後に大宴会の落花狼藉の絵があって、
静かに画帖は閉じられる。
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