むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ⑨

2024年01月30日 08時53分47秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・紫の上の実父、式部卿の宮も、
招待されていられたが、
ご出席をためらっていられた。

今は玉蔓と結婚した、
髭黒の大将が、
宮の姫君と離婚している。

いや、離婚というより、
宮が玉蔓との結婚に腹を立てて、
無理に連れ帰ってしまわれた。

そんないきさつがあるので、
髭黒の大将が六條院の婿の資格で、
采配を振るう場に、
出席するのはご不快であった。

しかし招待を受けている以上、
源氏との続き柄からいっても、
出席しないわけにはいかないので、
おそくに出かけられた。

大将の姿は、
不快であったが、
宮にとってお孫の若君たちが、
(宮が連れ帰った姫君の子)
用をつとめていられた。

この若君たちは、
紫の上とも縁続きになる。

籠に入れた果物四十、
折櫃物四十、
息子の夕霧中納言はじめ、
縁故の人々が捧げて、
源氏の前に並ぶ。

盃がめぐり、
若菜の羹(あつもの)が出る。

源氏の異腹の兄君、朱雀院の、
ご病気をはばかって、
楽人は召されていないが、
太政大臣が楽器をそろえていた。

太政大臣の長男、柏木衛門督が、
大臣の秘蔵の和琴を、
面白く弾きこなした。

この一族は、
楽才があって、
息子の柏木は、
明るく朗々とした音色で、
愛嬌がある。

「柏木が、
これほどの名手であったとは」

と親王がたも驚かれた。

明け方、
玉蔓は帰った。

源氏は玉蔓との、
あわただしい逢瀬が、
惜しまれてならなかった。

玉蔓は、
源氏にとっても、
特別な女人である。

玉蔓も実父の太政大臣は、
ただ血筋の上の肉親というだけで、
源氏は精神的な近親者であった。

養父の源氏に、

「お父さまのお幸せを、
祈っております。
いつまでもお元気で、
いらして下さい」

玉蔓は心からそういった。

二月十日すぎ、
いよいよ、朱雀院の女三の宮が、
六條院へお輿入れなさる。

六條院でも、
その準備はたいていではない。

若菜の宴のあった、
西の放出(はなちで)に、
張台をたて、
西の一の対、二の対、
渡殿にかけ入念に磨き上げる。

結婚の作法は、
御所へ入内なさる方と、
同じであった。

朱雀院から調度は、
運び入れられ、
女三の宮が移られる儀式は、
美々しい盛んなものとなった。

姫宮のお車が、
六條邸にお着きになった。

車寄せに出て、
源氏は自身、腕を伸ばして、
宮を抱き下ろしてさしあげる。

内親王を妻にした男は、
わが邸へ迎えたとき、
車から抱き下ろしまいらせるのが、
決まりである。

しかし源氏は、
ただの臣下ではなく、
準太上天皇という、
身分なのであるが、
姫宮の身分を上にして、
へりくだったのだった。

御所への入内でもなく、
臣下への降嫁でもなく、
世に類のない、
珍しい夫婦である。

三日間、
婚儀の宴は賑やかに張られた。

紫の上は、
それらのにぎわしさを、
さすがに平静で、
聞き過ごすことは、
出来なかった。

しかし源氏のいうように、
今までと打って変った、
仕打ちをされようとは、
信じられない。

(あんなに信頼し合った仲だし、
宮さまがいらしたからといって、
手のひらを返したように、
わたくしを扱われることはない)

と信じながらも、

(でも、
宮さまはわたくしより、
ずっとお若い。
それにご身分もたかく、
ご威勢も世間の重みも違う。
宮さまの方にお心が行くかも?)

けれども彼女は、
それを気振りにも見せず、
お輿入れの前後は、
源氏と心を合わせて、
準備にけんめいになり、
自身でも手を下したりした。

それは、
源氏と一つ心で生きている人の、
とりなしである。

紫の上は、
何ごともみな源氏のためを思い、
源氏の身になって考え、
実行しているのであった。

源氏はそんな紫の上を、
前にもましていとしく、
思わざるをえない。

それにくらべて、
女三の宮には、
源氏はひそかに失望させられた。






          


(次回へ)

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