・紫の上の実父、式部卿の宮も、
招待されていられたが、
ご出席をためらっていられた。
今は玉蔓と結婚した、
髭黒の大将が、
宮の姫君と離婚している。
いや、離婚というより、
宮が玉蔓との結婚に腹を立てて、
無理に連れ帰ってしまわれた。
そんないきさつがあるので、
髭黒の大将が六條院の婿の資格で、
采配を振るう場に、
出席するのはご不快であった。
しかし招待を受けている以上、
源氏との続き柄からいっても、
出席しないわけにはいかないので、
おそくに出かけられた。
大将の姿は、
不快であったが、
宮にとってお孫の若君たちが、
(宮が連れ帰った姫君の子)
用をつとめていられた。
この若君たちは、
紫の上とも縁続きになる。
籠に入れた果物四十、
折櫃物四十、
息子の夕霧中納言はじめ、
縁故の人々が捧げて、
源氏の前に並ぶ。
盃がめぐり、
若菜の羹(あつもの)が出る。
源氏の異腹の兄君、朱雀院の、
ご病気をはばかって、
楽人は召されていないが、
太政大臣が楽器をそろえていた。
太政大臣の長男、柏木衛門督が、
大臣の秘蔵の和琴を、
面白く弾きこなした。
この一族は、
楽才があって、
息子の柏木は、
明るく朗々とした音色で、
愛嬌がある。
「柏木が、
これほどの名手であったとは」
と親王がたも驚かれた。
明け方、
玉蔓は帰った。
源氏は玉蔓との、
あわただしい逢瀬が、
惜しまれてならなかった。
玉蔓は、
源氏にとっても、
特別な女人である。
玉蔓も実父の太政大臣は、
ただ血筋の上の肉親というだけで、
源氏は精神的な近親者であった。
養父の源氏に、
「お父さまのお幸せを、
祈っております。
いつまでもお元気で、
いらして下さい」
玉蔓は心からそういった。
二月十日すぎ、
いよいよ、朱雀院の女三の宮が、
六條院へお輿入れなさる。
六條院でも、
その準備はたいていではない。
若菜の宴のあった、
西の放出(はなちで)に、
張台をたて、
西の一の対、二の対、
渡殿にかけ入念に磨き上げる。
結婚の作法は、
御所へ入内なさる方と、
同じであった。
朱雀院から調度は、
運び入れられ、
女三の宮が移られる儀式は、
美々しい盛んなものとなった。
姫宮のお車が、
六條邸にお着きになった。
車寄せに出て、
源氏は自身、腕を伸ばして、
宮を抱き下ろしてさしあげる。
内親王を妻にした男は、
わが邸へ迎えたとき、
車から抱き下ろしまいらせるのが、
決まりである。
しかし源氏は、
ただの臣下ではなく、
準太上天皇という、
身分なのであるが、
姫宮の身分を上にして、
へりくだったのだった。
御所への入内でもなく、
臣下への降嫁でもなく、
世に類のない、
珍しい夫婦である。
三日間、
婚儀の宴は賑やかに張られた。
紫の上は、
それらのにぎわしさを、
さすがに平静で、
聞き過ごすことは、
出来なかった。
しかし源氏のいうように、
今までと打って変った、
仕打ちをされようとは、
信じられない。
(あんなに信頼し合った仲だし、
宮さまがいらしたからといって、
手のひらを返したように、
わたくしを扱われることはない)
と信じながらも、
(でも、
宮さまはわたくしより、
ずっとお若い。
それにご身分もたかく、
ご威勢も世間の重みも違う。
宮さまの方にお心が行くかも?)
けれども彼女は、
それを気振りにも見せず、
お輿入れの前後は、
源氏と心を合わせて、
準備にけんめいになり、
自身でも手を下したりした。
それは、
源氏と一つ心で生きている人の、
とりなしである。
紫の上は、
何ごともみな源氏のためを思い、
源氏の身になって考え、
実行しているのであった。
源氏はそんな紫の上を、
前にもましていとしく、
思わざるをえない。
それにくらべて、
女三の宮には、
源氏はひそかに失望させられた。
(次回へ)