むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

17、お見舞い ② 

2022年08月22日 08時55分13秒 | 田辺聖子・エッセー集










・人をお見舞いする才能、というのがあると、
つくづく思わざるを得ない。

口下手な人、
深刻癖のある人、
雰囲気の重苦しい人、
事大主義の人、などは病人を見舞わないほうがよい。

何となくさわやかな、
さして口数も多くないのに明るい気分を漂わせ、
それでいて、さしでがましくない、
そういう人が、病人の見舞いに適している、
というべきであろう。

そういう才能も徳もない私は、
病人見舞いには不向きである。

ある時、

「もうダメかもしれないから、
いま行って会っておくように」

と私は身内の老人に指示され、
ある縁辺の老女を見舞いに行ったことがあった。

病室は、花、花、花、で、
何だかお棺の中みたいで、
生きながら葬られたという感じだった。

老女はもう意識もなく、口も利けない。

娘さんが、といっても、かなりの年輩であるが、

「あんたを見て笑てます」といい、

そういわれれば、
病人の口元にかすかな動きがある。

私は嬉しいとか悲しいかよりも、
ギョッとしてしまった。

生前のおもかげのまま別れたほうがよかった、
と後悔した。

病が進んで面代わりした病人と会うよりは、
元気なときのその人を思い出しているほうがいい、
とつくづく思った。

(いま会っておかないと、もう最後かもしれない)

と思う人もあろうが、
最後だからこそ、会わないでおこう、
と思う人もあっていい。

もうダメかもしれない・・・と厳粛にいわれると、
なぜか人は心せかされ、
会っておかないと人間ではないように思い、
人道見地から、あわてて見舞ったりするが、
あれは疑問である。

少なくとも、私はそうは思わない。

病人が「会いたい」と意思表示してくれれば、
喜んでいくが、そうでなければ、
どっちでもよい。

それより心の中で、深く深く、
その人のことを思っているのがよい。

さて、病人の身になって想像すると、
まず入院すると、早速、親兄弟とか身内が聞いて、
駆けつけてくれるであろう。

病人には、心強くも嬉しいことであるが、
想像するに、この身内というのは遠慮がないだけに、
入院した本人に、
ズケズケ思っていることを言いそうな気がする。

「ふだんから不節制だからよ。
前々から、こんなことになるんじゃないか、
と思っていた。言わないこっちゃない」

「飲み過ぎたのよ、大体。
飲み過ぎって、お医者さんに言われなかった?」

などとかしましい。

病人は、よけい病状が悪化しそうなのをこらえ、
みなが帰るときには鎌首もたげて、

「ありがとう」

といわされる。

これを手始めに、さまざまの見舞客が来る。
見舞客の中には、儀礼で来る人もいるから、

「〇〇さんはまだ来ていないの?
まあ、何をしてるんでしょ。
知らないはず、ないのに」

といったりする。

「いやもう、来て頂かなくてよい、
そうお伝えください」

病人は、しんからそう思っていうのであるが、

「そんなわけにいきませんわ。
××さんまで来ているのに、〇〇さんが来ないなんて」

ということになり、
〇〇さんに伝わる頃には、
病人が会いたがっているのに、
〇〇さんは来ない、という風になってしまう。

〇〇さんはあたふたと、
取るものも取りあえず、メロンなど持って、

「まあ、遅くなってごめんなさい。
いえ、それがねえ、
この間から息子の受験であたふたしてまして、
一段落したと思ったら主人と姑(はは)が風邪をひきまして、
それやこれでお見舞いが遅くなってしまって・・・」

と遅くなったことばかりいううちに、
病人も社交儀礼とて気力をふりしぼり、

「で、お坊ちゃんはいかがでございました?」

と問うであろう。

受験が一段落したというのは、
ひょっとするとその結果を聞いてほしいのかもしれぬ、
ふだんから気を遣うくせのある病人ならそう思う。

もし失敗したのなら、
「とりこみがありまして」といいつくろうであろうから、
すると果たして見舞客は、得たりとばかり、

「おかげさまで、どうやら△大へ入れまして」

と思わず洩れる会心の笑み、
病人は気息えんえんながら、
こういわねばならぬ。

「それは・・・まあ・・・おめでとうございます・・・」

そればかりではない、
悪くすると病人はそのあと、
偏差値がどうの、共通一次がどうの、
と門外漢には全く興味のない話を長々聞かされるかもしれぬ。






          


(次回へ)

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