むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

17、お見舞い ③

2022年08月23日 08時39分49秒 | 田辺聖子・エッセー集










・〇〇さんは帰るとき、ふと思い出した如く、

「そういえば※※さんはお見舞いにいらっしゃいました?」

と言い、

「いえ、あの、もう、それはどうぞ・・・」

と病人が懇願しているのに、

「え~っ!まだですか、
ご入院をご存じないのかしら、
私、お知らせしときます」

「いえ、それはいいですから、
お知らせくださいませんように」

「いいえ、あとで※※さんに恨まれては、
私、立つ瀬がありませんもの」

〇〇さんは満足気にいい、
帰るときには、病人はまた、
「どうもありがとうございました」
と言わされる。

やがて※※さんから電話がかかってくる。

意外に、お見舞い電話、というのが多い。

これも付き添いの人がいると、出てくれるが、
歩いてトイレへ行けるくらいの病人は、
看護婦さんにインターホンで、
「お電話です」と呼ばれたとき、
留守宅で変事でもあったかと、
ぼつぼつ歩いて、ナースステーションに礼をいい、
電話を取り上げることになる。

すると、

「あら、※※ですけど、いかがですか?」

からはじまって、
忙しくてお見舞いに行けないお詫び、
〇〇さんや××さんに遅れをとったいいわけ、
とりあえず電話でと思うまでの気持ちを、
縷々とのべたてる。

お見舞い電話というのは、
本来、してはならないものと思うのであるが、
付き添いの人が出たときは、
病人を出せ、という人もあっておかしい。

「お電話に出られないくらいですの?」

「いいえ、そうでもありませんが疲れますので」

「じゃあ、お声だけ、ちょっと」

なんて人もいる。

病人も付き添いも見舞客に疲れ果て、
看護婦さんに頼んで「面会謝絶」の札をかかげてもらう。

しかしこれがなお、
人々の見舞欲をそそることになり、

「お悪いらしいわ、
今日のうちにお見舞いしといたほうが」

などというウワサが飛んだりする。

また、あるタイプの人にかかると、
「面会謝絶」の札なんか眼中にない人もいる。

病人はあらかじめその人の性格が分かっていたりして、

「あの★★さんなら、
きっとズカズカ入ってくると思うから、
ドアのところで断ってね」

と付き添いの人に頼んだりする。

またナースステーションの看護婦さんに、

「〇〇号室の患者は面会謝絶ですのでお断りして下さいね」

なんて頼んでおく。

しかし、見舞欲旺盛な人は、
ナースステーションなんか見向きもせず、
わき目もふらず、〇〇号室めがけて突進する。

そして、付き添いの人が油断しているスキに、
サッと入ってくるのである。

あ、来た!と病人が思う間もなく、

「いやあ、お見舞いが遅れて」と第一声。

いっておくがこれは男性にも女性にもいる。

一方、病人の方は、
心身は病院宇宙のプログラムにやっと馴染んで、
それなりに暮らしているものを、
見舞客という別次元の人にかきまわされて、
その落差にまた変調をきたす、
これがいけない。

枕頭台には吸い飲みやおクスリ、
あるいはガーゼのハンカチとか、ティッシュぺーパーの箱、
お茶道具やふきんなど、あるかもしれない。

それらは病人臭い、見苦しきものである。
しかし病院は一種仙境であって、
病人はいうなら仙人である。

仙人は何があっても苦にならない。
そこへ俗界の風が吹き込んだとき、
俗人の心を取り戻し、
にわかに俗なる目で気づかいしてまわりを見まわす。

病人臭い感じを俗界の人に与えないかと、
それを恥じる心が萌したりする。

かつ同性同士ならいいが、
女性の病人は、容色衰えた自分を異性に見られたくない、
と思うかもしれない。

あれこれ想像すると、
病人のお見舞いというのは、
よほど人生的腕力がないと、
むつかしいことのように思う。

何にしても、儀礼的お見舞いはやめたほうがいい。

以前私は、友人が入院したと聞いて、
遠方なので、何心もなく花を贈った。

すると退院したからと、鄭重な礼状と共に、
「内祝い」ののしがついた品を送ってきたので、
大いに弱った。

社会的地位のあるその人は、
多分、かなりの見舞いを受けたに違いないのだ。

そのお返しに多忙なその人が、
心いため、手紙を書いたのかと思うと、
申し訳なさに私は髪をかきむしりたくなった。

何も見舞わないのが、ほんとのお見舞い、
とそのとき思ってしまった。

こんなことを思うのは、
私がこの世に一匹狼として生きているからで、
子供も居らず組織にも入っていないせいかもしれない。

子供の先生や会社の上司下僚への義理などない、
立場だからかもしれない。






          


(了)

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