・若い人向けの恋愛映画というと、
必ず血をみないとおさまらない。
これではつまらないのである。
私は「ヘッドライト」や「アニー・ホール」を、
日本映画で見てみたい。
「ヘッドライト」のジャン・ギャバンは、
くたびれた貧しいトラック運転手であるが、
ブリジット・バルドーと共演した「可愛い悪魔」では、
社会的地位のある辣腕弁護士という役どころだった。
また「ヘッドライト」のときと同じで、
アルヌールとの顔合わせでみせた「フレンチ・カンカン」では、
芸能界の興行師に扮している。
それがまたいかにも、
その世界の水にどっぷりつかった、という感じで、
ギャバンというのはいい役者である。
こういうのができる役者さんというのは、
日本では誰だろうか、
藤田まことさんはどうかしら?
渥美清さんあたりで「ヘッドライト」みたいなのを、
じっくり見せてほしいものである。
また私が(面白そうだな)と思うのに、
財津一郎、花紀京、芦屋雁之助と小雁がいるが、
この人たちで、じっくりした恋愛映画がとれれば、
大人が楽しんで見られると思う。
つい横道にそれてしまったが、
恋愛の概念も確立せず、
男と女が対等に渡り合うという伝統のない国で、
恋愛映画というのはたいそうむつかしいように思われる。
この国ではともすると恋愛は、
浮き上がってしまう。
好色の伝統はあっても恋愛の伝統はないから、
仕方ない。
ではどうするかというと、
喜劇役者の芦屋雁之助さんや花紀京さんに、
マルセル・カルネの「嘆きのテレーズ」のラフ・ヴァローネ役や、
「ヘッドライト」のギャバン役をさせるといいかもしれない。
また「現金(げんなま)に手を出すな」というのがあったが、
その中でギャバンのギャングは、
公衆電話をかけるとき、
かくしからメガネを取り出す。
この何気ないしぐさに、
老境に入ったギャングの哀愁が出ていていい。
こういうことをやって似合うのは、
私は喜劇の人ではないかと思う。
反対に名優といわれるような、
たとえば三船敏郎さんや仲代達也さんには、
マルチェロ・マストロヤンニの「ああ結婚」のような、
喜劇はどうだろうか、
三船さんの「ああ結婚」なんか、
ぜひ見てみたい気がする。
私は勝新太郎さんも好きだが、
カツシンは「悪名」でお手並みをとくと拝見したというところ。
「ああ結婚」ふうなのは、うってつけかもしれない。
それからフランキー堺さん、
フランキーさんはもっぱらテレビで赤かぶ検事と、
向田邦子さんのドラマで拝見していたが、
いい中年役をやれる人で、
この人で「望郷」なんか見たいなあと思う。
中年男に対し中年女もどんどんとヒロインになった、
恋愛映画を作ってほしい。
「かくも長い不在」のアリダ・ヴァリの、
ものすごく太い腰がよかった。
がっしりした肩幅や大きいお尻に、
かえって女の哀れさや可愛らしさがあり、
重苦しい悲愁感があとに残るが、
(いい女だなあ)という情感がいつまでも消えない。
そういうのがある映画は、
私にはたのしい映画なのである。
こうして考えてくると、
日本にもたくさんいい俳優さんがいるにちがいない、
ひょっとすると宝のもちぐされで、
あたら才能を活かしきれないで、
老いさせているのではなかろうか。
大人が見てたのしめる小味な、しゃれた、モダンな、
大人の「恋愛映画」がもっと生まれないかなあ、
と私は思う。
そういうのはテレビでごらん下さい、
といわれるかもしれないが、
私はまだ映画館の暗闇に入ってゆく喜びを、
捨てきれないでいる一人である。
そして、いつかきっと、
日本にもかっちりした「細部の真実」で支えられた、
甘い恋愛映画、しゃれた恋の映画が、
できるはずと信じている。
(了)