むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

15、思い込み健康法 ②

2022年08月16日 08時45分40秒 | 田辺聖子・エッセー集










・時差ボケ、というのはそのことであろうか。

海外旅行の場合、何時間かして外国へ着き、
心はすぐに異郷の風物にとけこんでいるのに、
体だけはほかへ置き忘れたようになかなか調子が戻らない。

時空のバランスがとれず深い混乱の中で、
途方にくれているというところがある。

だから、たとえば飛行機を使わぬ旅であると、
体も少しずつなれて納得するのである。

人間の体は鈍重というより正直なのであろう。

そのでんでいけば、
突如、体重が5キロ、10キロも落ちると、
体も勝手がちがって錯乱し、
ついにどこかがショートして、
ぷつんと電源が切れてしまう、
そんなところであろう。

ゴルフが怖いというのは、
夫にいわせると、夢中になるからだという。

夢中になると体が訴える声なき言葉に、
耳をかさなくなってしまう。

不調を不調と気づく余裕が失われるのだそうな。

夫はゴルフ好きだったが、
病気になったせいもあってやめてしまった。

そうなのである。

夫はいろいろ御託をならべつつ、
自分が病気になってしまった。

病気になったから、
健康法をいろいろ考えられる、ということもある。

健康な人が健康法を書くより、
病人が考える健康法のほうが、あるいは、
ツボにはまっているのかもしれない。

そうはいうものの、
夫のいう健康法もあやしいものだ。

煙草をいまだにやめず、

「これはやめると体にわるい」と称している。

私が夫に、

「男向きの健康心得ばかりですが、
女性はどうですか?」と聞くと、
女は知らん、という。

女はみな強いからことさらなる健康法は要らない、
などという。

私の思うに、女のほうが生来強靭かもしれないが、
しかし女は病臥できないような世の中の仕組みになっている。

男は会社を病気で休んでも、代わりのタマがある。
それが会社というものの組織だが、
女は病臥すると代わり手がないので、
家が崩壊してしまう。

無理してでも起きて、家事に当たっているうち、
いつか治る、というようなことが女にはある。

ところで私は私なりに中年以降、元気でいるには、
どうしたらよかろうかと考えてみた。

クスリを服むな、とか、外科手術はなるべく避けよ、
というのは、医学の素人としては、
その当否はあげつらえない。

しかし私は、ビタミン剤とか疲労回復剤に限っていえば、
服んだことがほとんどない。

疲労回復、というなら、夫の言い草ではないが、
ともかく眠ることだと思う。

眠れなくても横になって「精力を貯める」
ということがいい。

ビタミンは食べ物で摂る主義なので、
およそ錠剤は口にしない。

これは私の独断偏見なので、
そう思ってお読み下さればよいのだが、
人間は自然の一部なので、
草根木皮の漢方薬のほうがいいと思う。

しかし面倒くさがりの私は、
何かを煎じて飲む、ということもやらない。

滋養は食事から、ということになると、
そのメニューが問題であるが、なるたけ、
生まれた風土のなりものを食べる、とうのがよい。

日本でとれる米、野菜を日本人が食べるというのがよい。

私はごはんが好きなので、
エネルギーのもとは米だと思っているが、
それをほかの人に強制する気はさらさらない。

私の健康はごはんからはじまる。

野菜は根菜を摂らないといけないように思う。
くりかえしていうが、これは私自身の考えなので、
人により違うはずである。

私はゴボウとかレンコン、タケノコが好き、
それに備蓄食品の千切り大根や荒布(あらめ)などを、
油揚げで炊くのも好きである。

高野豆腐にかんぴょう、麩、豆腐が好き、
南瓜を煮たものとか、煮魚も好き。

ねりものも好きで、
蒲鉾、竹輪、あんぺいなども。

葱、小松菜、茄子、胡瓜、のたぐいは、
どんな料理も大好き。

ということになると、みな日本料理風になるが、
なに、牛豚鶏、猪に馬、なんだって食べるのである。

ただ生まれて住んでる土地にできたなりものを摂る、という、
妙な思い込みが私にはあって、
べつに農協のまわしものではないが、
外国の輸入食糧ばかりに依存してはいけないと思う。

果物も日本の土にできたものを食べるのが、
体にいちばんいい、と信じている。

日本の草を食んでる牛の乳を飲むのがいい、
と思うわけ。






          


(次回へ)

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