
・私のまわりを見わたすと、
五十代で死ぬ男が多くなった。
かつそれに加え、五十代男性の自殺も増えている。
まさに五十代危機といっていい。
いったい、どうしてこんなことになったのだろう?
社会の中枢にいるはずの五十代が、
心身とも脆弱になってしまったのだろうか。
そういえばこの間私はあるところで、
そこにあった週刊誌を見るともなく見ていたら、
アメリカのジョギング提唱者の男性が、
ジョギングの最中に心臓マヒだか心不全だかで、
急死したというニュースが出ていた。
この人も五十代である。
「奇蹟のランニング」という本を書いて、
ジョギングブームを引き起こした有名な人らしい。
ジョギングをやれば体重を落とせるし、
心臓も強くなると説いて、
いまも毎日16キロを走っていたという。
そういう人が心臓の不調でジョギング中に死んだというのは、
皮肉といって嗤えない。
いたましくて可哀そうで、どこかそらおそろしい、
不気味な感じを受けてしまった。
ほんとにいいと信じてやってることが、
正しいのかどうかという気がして、
怖ろしくなったのだった。
この人は朝、走っていて町なかで倒れたのだが、
身につけているのはTシャツとジョギングパンツだけだったので、
身許の確認が遅れた。
病院へ運ばれたとき、もう息はなかったという。
日本でも有名な企業の御曹司の副社長が、
朝のランニング中に亡くなられたことがあった。
この人も五十を出たばかりだった。
階段を大股に二段跳びにあがるのが健康にいいというので、
エレベーターやエスカレーターを使わず、
つねに二段あがりを心がけていた男性が、
これは脳出血で亡くなった。
煙草がわるいといわれると、ピタッとやめ、
お酒もほどほどにと言われると、
宴会も二次会もすべて敬遠されていた人なのに。
健康のためと信じてやってることが、
あべこべの結果になるのでは、
われわれ素人は迷ってしまう。
私の夫は十年くらい前からそれを唱えていた。
ジョギングブームはしりのころから、
ジョギングや階段二段上りを中年男性がやるのに危惧をもち、
そのブームに疑問を感じていたようだ。
彼にいわせると、
走ること、階段をかけ上ることは激越な運動であって、
子供や若い者は知らず、中年男性にとっては、
そこから得られる好結果よりも、
むしろリスクの方が大きいという。
彼は医者のはしくれであるが、
西洋医学に疑問を持ち、
クスリも怖ろしいという。
彼は患者に対して、
「休んでいなさい。とにかく横になりなさい」
とすすめて倦まない。
「そのくらいの病気ならクスリも注射も要らない、
ぬくいもの食べてじっと寝て、なるべく気楽にしてたら治る」
という。
<寝ておれと 生活(くらし)知らぬ 医者がいう>
という川柳があるが、
ほんとにその通りであった。
学生の患者さんは、
「明日、テストがあるから休めない。
すぐなおる注射して下さい」
というし、勤め人の患者さんは、
「このところ会社が忙しいて休みがとれまへん。
イッパツで熱の引くような薬頼みます」
などというのであった。
その度、夫は「困るなあ」といっているのだが、
困るのは医者の家族もそうで、
「ぬくいもの食べてじっと寝てたら治る」
という診察では、現今の保険では点数に数えられず、
稼ぎにならないのである。
それでも夫は、
「やたらクスリ服むんやない」
という見解をあらためようとしない。
ところで、この男にいわせると、
中年老年男性は走ってはならぬ、
階段をかけ上るのは恐ろしい、
というほかに、ゴルフも怖い、という。
血圧の高い人はことに要注意といい、
減量はしてもしなくてもよいが、
仮にやせるときも、一ヵ月に500gとか1キロとか、
少量ずつやせるようにするべきで、
一ヶ月に5キロもやせるようなことは、
考えただけでも恐ろしい、という。
さる著名な中年男性が、
たしか一ヵ月で10キロやせて、
そのあと、ふいっと亡くなられた。
体というのは人間の心より鈍いところがあり、
急激な変化についていけないのかもしれない。



(次回へ)